壁 )ノ〜「新作」
ヴィヴィオたちチームナカジマの面々は、インターミドル初参加ながら快進撃を続けていた。しかしそれも長くは続かない。
エリートクラスに入った直後、アインハルトとコロナによる同門対決を始め、上位選手との試合が決定した。そしてヴィヴィオは同じく初参加にして強豪ミカヤ・シェベルを相手に大金星を挙げた強敵ミウラ・リナルディとの対決。
序盤から常に主導権を握っていたのはヴィヴィオだった。しかし、ヴィヴィオは戦いの中でずっと違和感を感じていた。そしてそれは、観客席にいるチームナカジマの面々にも伝わっていたのだった。
「……」
「ふむ。どうかしたのかな?私には問題なく戦えているように見えるが……」
「その、ヴィヴィオがすごく戦いづらそうにしてるんです。あたしにも上手く言えないんですけど、なんというか、うまく噛み合ってないというか……」
「噛み合っていない?二人の戦闘スタイルはこの上なく噛み合っているようだが。……となると、彼女個人の問題ということかな?」
「うーん……そうなんでしょうか……?」
「その通りだよ、リオ。おそらくだが、ヴィヴィオは今、自分自身の感覚のズレと戦っている」
「おや、ヴィヴィオちゃんのお父上。なにか、心当たりが?」
「ああ、僕にも覚えがある。端的に言えば、ヴィヴィオの反応速度が早くなりすぎて身体の動きとデバイスの処理が追いついていないんだ」
「待ってください。身体が追いつかないのは理解できます。しかし、人間の反応速度がデバイスを超えるというのは……」
「有り得ないわけじゃないさ。言っただろう?覚えがあると。しかしこれは僕の落ち度だ。セイクリッドハートのチューニングはカリカリに仕上げたつもりだったんだが、あの子の成長速度は僕のつまらない予測なんか軽々と超えてしまった。……だからこそ、あの子は自分の能力に振り回されている」
(開いたッ!これで———-—)
第三ラウンド終盤、息をつかせぬ連打がミウラのガードを跳ね上げ、こじ開ける。
それを好機と見たヴィヴィオが前に踏み込もうとしたその瞬間だった。
『————欲しかったのはこの距離です』
ヴィヴィオの目の前をプラズマが撃ち抜いた。
一瞬の閃き。脳裏を閃いたのはミウラの意志。それ即ち。
(これは罠——クロスレンジで待たれてる!?)
思考する暇は無かった。秒にも満たない僅かな時間の間に、ヴィヴィオは突き出しかけた右アッパーにブレーキをかけ、無理矢理ワンツーのカタチへ、なり損ないのフェイントに仕立て上げた。
試合としては明らかに悪手だ。このギリギリの戦いの最中、己に無用の負担をかける愚行。そのコストに対し、リターンがまるで見合っていない。観客も、セコンドも、仲間達も、他の上位選手も、誰もが困惑していた。
ミウラの対アッパーに偏ったガードをすり抜け、威力不足のブローがボディーに突き刺さる。
苦悶に歪む表情。だがクラッシュエミュレートを起こすには圧倒的に足りない。そしてヴィヴィオもまた、その表情は浮かない。
(完全に、カウンターまで読まれてたッ!おかしい、どうしてこんな、まるで未来予知されてるみたいな……ッ!)
(さっきので結構体力持ってかれちゃった。ただでさて残り少ないっていうのに!)
(それに……!)
ヴィヴィオには聞こえている。ここに集まった人たちの「声」が。
心配する仲間の声。純粋に試合を楽しむ声。別のブロックの試合に歓声を上げる声。負けて悔しがる声。声、声、声……。
その全てをヴィヴィオの脳は拾い上げてしまっている。
思わず膝をつく。瞬きさえ忘れ、視線だけをミウラに向けたまま頭を抑えて悶える。
(これじゃまともに集中できない!わたし、一体どうしちゃったの!?)
ヴィヴィオが感じたことのない感覚に苦しむ一方で、ミウラもまた大きく追い詰められていた。
状況は刻一刻とミウラの不利へと傾いている。考えてみれば、この試合で違和感は幾つもあった。
通ると思った攻撃が通らない。逆に、通らないと思った打撃が通ったこともあった。そして何よりヴィヴィオの先読みの精度と来れば!それは未来予知でもされているのかと言わんばかり。踏み込みの瞬間を潰すかのように神速の追い足が先手を取りに来たことも一度や二度ではない。
「自分では読み合いでヴィヴィオには勝てないのではないか」
ミウラがそう悟るのも無理のない話であった。
そして今、ミウラの懸念は最悪の形で的中し、乾坤一擲の策は不発に終わった。クラッシュエミュレートによるボディーへのダメージがミウラの体力を着実に奪っていき、状況もヴィヴィオが得意とする睨み合い、即ち読み合いの展開に持ち込まれた。足元も覚束ない中で、それでも前へと飛び出した。真っ直ぐ行って叩き斬る。それが彼女の武器であるが故に。
踏み込みはミウラが早い。しかしヴィヴィオの反応速度はさらにその先を行く。脳に流れ込む「声」を一際大きく感じた瞬間。ヴィヴィオの視界を再び、プラズマが撃ち抜いた。
(あれ、なん、で)
ミウラの目の前には既にヴィヴィオが迫っている。だが攻撃は止められない。
この試合の中で幾度となく見た光景だったが、そのことを思い出せるようなコンディションではなかった。後の先を取ったヴィヴィオのカウンターがミウラに炸裂し、意識が飛びかける。
明滅する意識の中、それでもミウラの肉体は脳が下した命令を忠実に実行していた。それは日々の反復によって染みついた動き。無意識により、一切の攻撃の意を排した最後の本能。それがミウラにすら想像のつかない切れ味を披露する。
「—————————」
ヴィヴィオは反応できなかった。脳いっぱいに流れ込む「声」の処理が追いつかない。その中に紛れた声なき声を拾い上げることができるほど、彼女は自分のチカラを制御できていない。
———身構えている時ほど、死神は来ないものだ
父親の言葉が突如としてリフレインする。
全てがスローモーションに見えていた。
セイクリッド・ディフェンダーは間に合わない。斬撃はヴィヴィオを切り裂き、左腕の機能を奪い去った。
ライフは既に危険域。足元はフラフラ、まともに力だって入らない。
それでも——最後まで続けたかった。二人で戦うのは楽しかったからだ。
再び相対した二人は、互いに話すまでもなく同時に構える。
もうこのラウンドを戦い抜くだけの魔力も体力もパワーもない。だから、ありったけの一撃を。
ヴィヴィオの目の前をまたプラズマが撃ち抜いた。そしてこの極限状態でヴィヴィオは、キラキラしたものを見た。
それは青くあたたかい宇宙だったかもしれない。
それは宙を舞う白鳥だったかもしれない。
それは黄金の不死鳥だったかもしれない。
それは赤と白に輝く、二つの星だったかもしれない。
意識が戻ってきた時、彼女が見る世界は一変していた。そして感じたのはどこまでも純化された意思。そして感じたことのない程のプレッシャー。
『まっすぐ行って斬る。まっすぐ行って斬る。まっすぐ行って斬る。まっすぐ行って斬る。まっすぐ行って斬る。まっすぐ行って斬る。まっすぐ行って斬る。まっすぐ行って斬る。まっすぐ行って斬る。まっすぐ行って斬る。まっすぐ行って————』
(……大丈夫。あと一撃、あればいい)
今までのように先手を取りに行くにはヴィヴィオは既に消耗しすぎていた。だがあと一撃、一撃さえ通せば。それこそが自分自身の本領であるが故に。
そしてそれはミウラもまた同じ。一撃さえ、一撃さえ通したのなら、誰であろうと打ち倒してみせる。それこそが自分自身の本領であるが故に。
一瞬の交錯。ヴィヴィオの見切りは、この期に及んでなお健在。斬撃は空を切り、無防備な姿がヴィヴィオの前に晒される。絶好の機会。最高の機会。ヴィヴィオ渾身の最後の一撃が、その右の拳に託される。
「一閃ッ!必中ッ!」
全てが見える。ノーヴェの声援も、ヴィータの驚愕も、ミウラの焦燥も、息を呑む観客の感情も全て、全てが理解できる。
だが彼女の感覚はどこまでも冷徹で。
(たぶん、仕留めきれない)
拳を振るう直前、ズキリと斬撃を受けた箇所に痛みが走る。
ああ、だからかという心に蝕まれながら、それでもと捩じ伏せ、さらに前へ前へと踏み込む。
威力が足りないなら、もっと寄ればいい。
痛むのなら、関係ないほど身体を使え。
脳裏にこびりつく幻像を振り払うように、右の拳に宿る魔力が完全に解放される。
会心の一発。確かに、当たった。当たった、のだが———僅かに足りない。
頑健なパワーファイターとして成立しつつあるミウラの意識を刈り取るには及ばず。
あるいは、ヴィヴィオの身体的資質がもう少しでも格闘技に寄っていたのなら。また結末は変わっていたかもしれない。
「それでもぉッ!!」
さらに、さらに拳を捻り、振り抜く。
だが残されたライフを削りきるよりも、ミウラの復帰の方が一歩早かった。
振り抜かれたヴィヴィオの拳から逃れ、殆ど動けなくなった彼女にボディーブローを一撃。
そして。
「一閃必墜ッ!」
———————天衝星煌刃。
ヴィヴィオ・レイ、残存LIFEなし。
ミウラ・リナルディ、残存LIFE13。
勝者、ミウラ・リナルディ。
限界を越え、倒れ伏したヴィヴィオは目覚めない。
次に彼女が目を覚ました時、最初に目にしたのは優しく手を握る父親と、両目に涙を溜めたミウラだった。
この後禁断の「二度打ち」があります(予告)