向日葵畑で、君と   作:イナバの書き置き

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2部終了後と言う妄想


第1話「限りある夢、原風景にて(上)」

 ここ数年間、世界がおかしい。

 具体的にどの辺りって言われると、全体的に。

 勿論海の向こうでは紛争だの飢饉だので悲惨な事になっているし、国内だって地震雷火事台風で年がら年中てんやわんやだが、この5、6年間は輪にかけておかしかった。

 

 だって、1年間分の記憶が丸々すっぽ抜けるだなんて普通あるか?

 それも2回も。

 そう、俄に信じがたい話だが僕には2016年の記憶と2018年の記憶が全く無い。

 普通に寝て起きたら日付が1年間飛んでいたとか言う摩訶不思議な現象が2度も発生したのである。

 いや、それでも記憶喪失が僕にだけ起こったモノなら「何か面倒な奇病に罹ってしまったなぁ」で済む話なのだが。

 

 何と、僕と全く同じタイミングで全世界が記憶喪失になっていたらしいのだ。

 当然の事だけれど各国政府は面食らったし、対応に追われて連日気が狂ったみたいに会見ばかりしていた。

 コンピュータシステムのバグだとかアメリカの磁力兵器だとか、ありそうだったり無さそうだったりする事を喚き散らす輩もいた。

 けれど真実は変わらない。

 彼らが天体の位置や機械等の計測結果を綿密に分析する程、1年後に来てしまったと言う事実は補強されてしまったのだ。

 

 いやはや、不思議な事もあったモノである。

 人生に於いて理解の及ばぬ現象は沢山あるだろうけれど、これに関しては「そうはならんやろ」「なっとるやろがい」の極致だった。

 一体全体何をどうしたら世界規模で記憶喪失になれるのか、神様がいるんだったら訊いてみたいモノだ。

 

 ────等と余裕たっぷりな事を言っていられるのも、多分僕が住んでいるのがトンでもないクソ田舎だからだろう。

 何せ最寄りのコンビニまで約3km。

 最寄りの駅は寂れた無人駅。

 平均年齢上昇中で過疎化進行中、そろそろ隣の町と合併するんじゃないかなと誰もが思う程度の山間の小さな村。

 だから時間が1年間飛んだとしても影響は微々たるモノで、精々ご老人達の寿命が延びた程度の話だ。

 

 でも、何にも良い事が無かったかと言われるとそうでもない。

 幾ら1日に停車してくれる電車が両手の指で収まる程度しかないド田舎だからと言って、社会の混乱を受けない程に隔絶されている訳でもなく──2度目の記憶喪失から1年経った今年は、少しだけ夏休みが終わるのが遅くなった。

 ほんの1週間。

 されど1週間だ。

 人間1週間真面目に何かをやればきっと良いことがある。

 クーラーの効いた部屋でゲームをするも、勉強に取り組んで資格を取るも、思いっきり友達と遊ぶも自由自在。

 

 

 だから────僕は今日も画材を詰め込んだ鞄を抱えて、外に出た。

 

「あっつ……」

 

 鼓膜を揺らすのは、夏も後半だって言うのに未だにくたばる気配が見えない蝉の鳴き声。

 視界を揺らすのは、ジリジリと照り付ける太陽によって浮き上がったコンクリート上の蜃気楼。

 40度近い気温の中、ぼうぼうに生い茂った緑にズボンの裾を擦らせながら沿道を行く。

 

「いや、あっつ……何これ……?」

 

 何だろう。

 何でこんな事をしているんだろう。

 そう思った事は1度や2度ではない。

 そもそもからして、僕に絵画なんて高尚な趣味は無かった。

 田舎育ちではあるけどどうしようもない程のインドア派で、通販で買ったパソコンやらゲームやらをエンジョイする「非生産的な」輩だった筈だ。

 それは中学3年生となった今でも全く変わらない。

 変えようとも思っていない。

 

 ところが、だ。

 そうやって自分の世界を楽しんでいると、周りの連中がトンでもなく羨ましくなる時があった。

 特に、隣町の中学校──地元には人が少なすぎて通うしかなかったあの場所には、そう言うのが沢山いた。

 一生懸命勉強して良い成績を取りたいってヤツがいて、日焼けして真っ黒になる位スポーツに熱心なヤツがいる。

 親の稼業を手伝うってヤツがいて、毎日遊び呆けるって笑顔で宣言しちゃうヤツがいる。

 父がやってる農家を継ぐって言うヤツがいて、都会に出て自分の生き方を探すって言うヤツがいる。

 皆何かしらにやる気があって、実際取り組んでいた。

 学ぶ事に、遊ぶ事に、真面目な事に、ふざけた事に真剣だった。

 

 翻って──自分はどうなのか。

 中学に入学してから大体2年間と3ヶ月、一体何かしただろうか。

 何か生み出したと、何か浪費したと心の底から言えるのか。

 いや、言えない。

 何にも、本当に何にもしていなかった。

 友達も作らず、部活も入らず、勉強もそこそこに。

 平坦過ぎて逆にビックリする位だ。

 

(……折角、夏休みなんだからな)

 

 で、いよいよ夏休みを迎えるに当たり、流石にこれはヤバいんじゃないかと思った次第である。

 小学校より始まった学生生活も折り返しを過ぎて、もう本当は少しでも受験勉強をしなくちゃいけなくて。

 なのに家でうだうだゴロゴロ、寝っ転がっているだけ──?

 

「冗談じゃない」

 

 そう、冗談じゃない。

 教室の後ろででやいのやいの騒いでいるヤツらのようにいかなくとも、参考書に向かってぶつくさ言ってるヤツらのようにいかなくても、「自分らしさ」って物を見付けてみせる。

 僕だってやれば出来るんだ。

 等と(心の中で)宣い────

 

(……凄かったなぁ、アレ)

 

 ある日、油絵と出会った。

 だけど本当に、深い理由なんて何一つとして無かった。

 ただスマホを弄って「あれやりたいなー、これやりたいなー」とか中身のない事を言っている最中に、偶々()()を見掛けただけだ。

 

(名前も何も分からないけど、アレが現代のゴッホってヤツかな……)

 

 曰く、後期印象派の復活。

 曰く、真に現代の肖像画。

 つい3ヶ月くらい前、ヨーロッパのさる絵画コンテストに匿名で提出された数点の絵画は、その時代に真っ向から逆行したスタイルと強烈な色彩で以て瞬く間に世間を騒がせる事となり、誰がどれだけ探しても作者の名前すら分からなかった事も相まってインターネットを騒がせていた。

 

 それが、凄かった。

 絵画について全く無知だった当時の僕でも思わず「おおっ!?」と驚いてしまう位に繊細な描き方で、それでいて素朴さも感じられる──正真正銘、誰に見せても文句無しの名画だったんだ。

 

 けれど、それだけじゃない。

 ただ凄い絵だったら「わー、すごいなー」で終わっていただろうし、すぐに忘れ去っていた筈だ。

 僕が着目したのは、絵の良さだけじゃないんだ。

 そう、縦73.7㎝、横92.1㎝のキャンバス地に油絵具で描かれた彼の名は────

 

「藤丸、先輩なぁ……」

 

 藤丸立香。

 僕がまだ小学生だったあの頃、隣に住んでいたお兄さん。

 のほほんとしていて、ロボットアニメとか如何にも子供が好きそうなモノに目がなくて、だけど1本芯の通った兄貴分。

 結構遊んでもらっていたりしたから、親の事情で引っ越してしまって残念だと思っていたら──これだ。

 

「バレバレなんだよなぁ……」

 

 テレビでは「この肖像画のモデルは誰だ!?」とか言って特集をやってたりするけれど、昔馴染みからすれば一目瞭然。

 寧ろちょっとカッコつけた感じの表情してるのが笑える。

 しかし、だ。

 

「てかマジで絵画モデルやってんのかあの人……信じらんねぇ」

 

 まぁぶっちゃけてしまえば、滅茶苦茶ビックリした。

 流石に全世界記憶喪失に比べれば大したことはないけれど、正しく「そうはならんやろ」の権化だった。

 いや、だって普通無いだろうそんなの。

 確かに藤丸先輩はイケメンよりの顔立ちはしていたし、人当たりもかなり良かったと思う。

 公民館でもお爺ちゃんお婆ちゃん連中から人気者、社会に出ればコミュニケーション能力の高さで成功するモノだとも思っていた。

 けど、けど──よもやこんな斜め上方向にカッ飛んで行くとは、考えもしなかった。

 だって、「普通のサラリーマンになるんじゃないかなぁ」とか呑気に言ってた人が、絵画モデルだぞ?

 元々のノリの良さもあるんだろうけれど、都会の空気があの人とヤバい感じの化学反応を起こしてしまったに違いない。

 

 で、だ。

 ここからの話は極めて単純。

 一言で纏めてしまえば「藤丸先輩がこんな風に化けて出たって言うなら、僕だって何かしらに化けられるのでは?」と思った次第なのである。

 我ながら随分と思い上がったものだ。

 でもそう思っちゃったんだから仕方ない。

 そうして取り敢えず絵筆だとか絵の具だとか参考書だとかをお年玉叩いて買い漁って、毎日結構な時間睨み合って──もう後少しで夏休みが終わろうとしている今日も、絵を描きにクソ暑い田舎道をえっちらおっちら歩いていた。

 

「地球温暖化なんてしてんじゃねえよ……記憶喪失だけで十分だろうが……」

 

 なんてこの夏の暑さにうだうだ言ってられるのも、後何年間残っているのだろうか。

 中3の夏と言えば受験が迫っている頃で、受験が終われば高校生。

 高校は隣町の所に通うつもりだから良いとして、大学は都市部──東京とかに出る事になってしまうだろうから、つまりは残り3回。

 短いような、長いような。

 あまり実感は湧かないが、後3回夏を過ごしてしまえばもう子供ではいられなくなるって事らしい。

 

 ああ、嫌だ嫌だ──なんていかにもモラトリアムらしい事を考えながら歩を進めていると、急に踏み均された脇道が現れる。

 行き先は鬱蒼と茂った森の中で、入り口の横にはすっかり錆びた立て看板。

 

『この先、向日葵畑あります』

 

 躊躇う事なく足を踏み入れて、蚊柱に襲われながら黙々と歩く。

 森の中は枝葉によって日光が遮られている分気温は低いけれど、代わりに湿度が最悪だった。

 ただでさえ外は蒸しているって言うのに、それ以上に湿気ていて気色悪い。

 その上汗に濡れたシャツだが肌にベッタリと貼り付いてきて不快な事この上ない。

 けど、それでも、10分我慢して歩き続ければ────

 

 

 

▼▲▼▲▼

〔 1  目 〕

 

 

向日葵畑で、君と

 

 

限りある夢、原風景にて

──×──

"The Grimalkin comes into vilage."

▲▼▲▼▲

 

 

 

「────まだ、咲いてる」

 

 

 

 視界一杯に広がるは、鮮やかな黄金色の絨毯。

 東京ドーム何個分──なんて言える程広くは無いけれど、大輪の向日葵が文字通り花畑のように群生していた。

 そう、そうだ。

 夏休みの間、ずっとこれを描いていた。

 毎日のように足繁く通って花畑の全景を、気に入った1輪の向日葵を、或いは花の蜜を求めて飛んできた虫達を、僕は必死になって描いていたんだ。

 

「うん、今日もまだ綺麗だ」

 

 其処に深い理由は無い、かもしれない。

 正直に言ってしまうのなら、どういう意図があってこの花畑に執着しているのか僕自身にもよく分からないのだ。

 ただ、今分かっているのは「十何年間も田舎で生きてきた癖に、この場所に気付いたのは今年になってから」、「花畑が堪らなく綺麗で、誰にも渡したくなかった」、「けれど、この感動を誰かに伝えたい」の3つのみ。

 ただそれだけを動力にして、訳の分からない衝動に衝き動かされるままこの美しい原風景をどうにか形にして残そうとしていた。

 

 いや、どうなんだろう。

 本当は、そんな事全く考えていないのかもしれない。

 この向日葵畑が信じられない位綺麗だと思ったのは本当の事だけれど、それを誰かに伝えたいかと言われればどうなのか。

 何にも分からない。

 今日も今日とて迷走中。

 

 けど──動機が分からなくたって、絵は描けた。

 最初は落書きにすら見えないヘッタクソな前衛芸術でも、8月の半ば位には花の形を為すようになってきた。

 動物の模写だって、少しは「それらしさ」を見せるようになったと思う。

 描き上がった絵を持って帰って昨日のモノと比較すると、上達を確認出来るようで──何だか楽しくなってくる。

 そう、理由なんて関係ない。

 結局の所、「楽しいから描く」以外の何物も重要じゃなかったんだ。

 

「今日は……どうしよっかな」

 

 そうして、今日も「楽しい」を得るべく構図を考える。

 見事に咲いた花弁を正面から描いた事はある。

 花だけを描いた事も、全景を描いた事もある。

 ひらひらと飛んでいた蝶々も茎を登っていたカマキリも、画用紙だの水彩紙だのに思う存分描きまくった。

 で、あれば────

 

「────下から描くか」

 

 そう、たまには構図を変えてみるとか、正面からではなく下から見上げる構図とかも悪くない。

 良い感じの角度を求め、花畑の外れのちょっとした草むらにどっかと腰を下ろして、鞄からボードを取り出して────膝に乗っけたボードの上に、影が落ちた。

 

「────?」

 

 自分の、ではない。

 それに今日はピーカン晴れ。

 湿度は高いが雲一つない、春や秋だったら清々しく感じるような青空だ。

 と、すれば──誰かが、後ろに立っているのだろう。

 

(……どうしよ)

 

 振り向くべきか、振り向かずに立ち去るのを待つべきか。

 こんなド田舎だし、観光客なんてのもいないから不審者ではないと思う。

 ただ、無言で背中を見られていると言う感覚にぞわぞわする。

 上手く言えないけれど、気色悪い。

 なら──ビビってたとしても、振り向くしかない。

 

「────!」

 

 一呼吸。

 自分に猶予を与えて、勢い良く後ろを向く。

 

「────え」

 

 振り向いて先ず目に入ったのは、爪先立ちと変わらないんじゃないかと思う位にヒールの高い靴。

 そこから伸びるスラッとした脚と、赤いソックス。

 更に視線を上げれば、赤を基調とした中世の貴族みたいなドレス。

 そして、顔。

 あまり「そう言うの」は読んだ事が無いけれど──それは最大限美化された漫画やアニメですら到底届かないと直感で悟らせる、鋭い美貌が此方を見下ろしている。

 

「え、えと────?」

 

 正直に言って、全く言葉が出なかった。

 こんな浮世離れした、物語からそのまま飛び出してきたみたいな美少女がこの世にいるなんて、思いもしなかった。

 そうこうしている内に腰まで届く艶やかな赤髪が夏の風を孕んでたなびき、凛とした印象を与える灰の瞳が細められ────

 

 

 

「あ?何見てんだよ」

 

 

 外見のお嬢様らしさとはかけ離れたあんまりな罵倒を以て、波乱の晩夏が幕を開けた。

 

 

▼▲▼

 

 

 

「──もしもし!先輩ですか?良かった、もう日本に着いたんですね!」

 

「私も付いて行きたかったのは山々ですが……久し振りの帰省、楽しんでくだ────」

 

「え?トリスタンさんが行方不明になった!?探してみてるけど見付からないって……!」

 

「モ、モルガンさんも一緒にいたんですよね?ならどうして……」

 

「と、取り敢えず此方でも出来る限りの事はしてみます!はい、それでは!」

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