向日葵畑で、君と   作:イナバの書き置き

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沢山の感想、評価ありがとうございます!
後前回を少し修正しました。


第10話「限りある猶予、決戦前にて(上)」

 眠い。

 眠くて、もうどうにも眠くて──いや、此処まで来ると最早眠いなんて生易しいモンじゃない。

 これは、寝る。

 必死になって落ちようとする意識を繋ぎ止め、勝手に閉じようとする瞼を押し留めねばならない程に朝の8時から僕は追い込まれていた。

 

 やはり無理だったのだ。

 どんなに遅くとも日付が変わるまでにはベッドに入ってスヤスヤしている健康優良中学生がいきなり徹夜する事がどれほど無謀であるかなど、よく考えずとも最初から分かっていただろうに。

 それでも眠気を打破するドリンクを冷蔵庫からちょろまかしてまで起き続けたのには、理由がある。

 単純で簡潔で、それ故に重要な理由が。

 

 先ず、1つ目。

 

「ホントに元気だねぇ、君は……」

「なーに言ってんのよ。たかが一徹でへばってるアンタが弱っちいだけでしょ?」

 

 ほんの十数分前まで母が仕事の準備を済ませて一息吐くために座っていた木製の椅子に今腰かけているのは、例にも頬杖を突きながらよってニヤニヤと嘲笑混じりの笑みを浮かべているスピネルだ。

 昨日姑息な手段で彼女を焚き付けた僕は、それが思った以上に上手く行った事に安堵して──まぁ、はしゃいだ。

 スピネルにはバレてないと思う。

 時々此方に振り返ってはこのようにニヤニヤしてくるからバレてるのかもしれないけど、もしそうなら恥では済まされないので取り敢えずバレていないと言う事にしておいて欲しい。

 

 だが、何にしたってはしゃいでいた事実は変わらないのだ。

 ドリンク類と一緒にちょろまかしたお菓子を食べながらラジオを聞くのも中々「お洒落」だったし、ハッキリ言ってしまえば──悪くない。

 健康に害が出ない程度に間隔を空けてでまたやってみたいモノだ。

 

 次に、2つ目。

 

「お前のお母様はピンピンしてるわ。帰ってくるまでに襲われたとか取り憑かれたとかも無さそうだし、心配はなさそうね」

「そっか……良かった」

 

 昨夜はお袋が──母さんがあの「影」に襲われたりしていないか、徹底的に監視する必要があった。

 何せ僕らが「影」について知っている事は殆どない。

 あれが「何」なのか、1体だけなのか、そもそもスピネルの魔力弾で倒せたのか、何1つとして明確になっていないのだ。

 よって警戒は幾らしてもし足りると言う事はなく、スピネル共々我が家の周囲をひたすら見張る羽目になっていた訳である。

 

 それに例えスピネルが結界を張ってくれたとしても、母さんは社会人だ。

 今日が木曜日である以上仕事に行かなければいけないし、その為に結界の外に出なければいけない。

 何なら1歩踏み出した瞬間に奇襲される可能性もある訳で、「影」が何を目的にしているか判別出来るまでは最大限警戒する必要があった。

 

 ……随分回りくどいと、思う人もいるだろう。

 僕自身もそう思ってる。

 でも、結局僕は「これ」を選んでしまった。

 

「にしても態々私に駅まで護衛させるなんて、お前豚野郎の癖して人使いが荒いんだな……」

「……それに関しては悪いと思ってるよ、マジで。だから朝飯にフレンチトースト作ったんじゃないか」

「私を顎で使うには全然足りないっつってんの。後で肩揉みなさい」

「あーはいはい、分かった分かった……」

 

 などと言いつつも、気持ちは中々浮いて来ない。

 

 ……最初は、スピネルの件も含めて全部母さんに打ち明ける事を検討していたのだ。

 だって、あの人は僕の親なのだから。

 例えギクシャクしていたとしても、ここ最近マトモに会話していないとしても、僕を生んでくれた人だ。

 話せば何か変わるかもしれない、信じてくれるかもしれないと期待を抱いていたが──結局、話せなかった。

 理由の中には高校入試の事に関する反発とか、反抗期特有の逆張りとか、そう言うのが含まれているが──突き詰めてしまえば、やはり最後の最後で信用出来なかったんだろう。

 その証拠に、今も頭の中で誰かが囁いている。

 

 信用される前提で考えているけれど、もし信用されなかったら?

 与太話として切り捨てられ、スピネルも通報されてしまったら?

 

 もし囁きの通りになってしまったら、多分一生母さんの事を嫌いになる。

 でも、それは嫌だ。

 別に今も好きじゃないし顔も全然合わせないから家族でないような気すらしているけれど、積極的に嫌いになりたい訳じゃないんだ。

 

 ──そしてその為に、スピネルに無茶をさせた。

 昨日に続いてクズポイントが着実に増えていく。

 

「……まぁ、いいけど」

「いいんだ?」

「いいのよ。お母様を大切に思う気持ちは……私にも、分かるから」

 

 強いて救いを挙げるなら、僕が何か言う前からスピネルが母さんの監視に積極的だった事だ。

 お互い家庭環境に妙な問題を抱えているが故かは知らないが、夜間の見張りから霊体化(?)とやらをして駅までの護衛をしてくれるモンだから本当に頭が上がらない。

 お陰で対価としてフレンチトーストを作れだの歩いて疲れたから靴脱がせろだのとワガママお嬢様の本領を発揮されて、もう大変だったが──ちょっとだけ気は楽になったし、相応の成果はあった。

 

「じゃ、作戦会議を始めようか」

「何それ、カッコつけてんの?ダサいから止めとけよ」

「……」

 

 精一杯気取った物言いを一撃で叩き潰されつつ、情報を纏めたホワイトボードをテーブルに置く。

 そう、僕だってただ無為に夜更かしをしていた訳じゃない。

 有り余る時間を活かして「影」が来ないか結界の様子を見張ったり思いついた事を片っ端から紙に書いて整理してみたりもしたのだ。

 で、その結果分かった事が幾つかある。

 

「……アイツ、()()()()()()()みたいだな」

「あぁ、まさか仕損じるなんて……クソが」

「まぁ落ち着きなよ。イライラしたってしょうがない」

「…えぇ、分かってる」

「しかし、完全に僕ら狙いだな?」

「……お前のお母様には見向きもしなかったし、そうみたいね」

 

 悔しさから爪を噛むスピネルに合わせて、僕も溜め息を吐く。

 昨日の午後10時半頃から我が家の前に出現し侵入を試みた薄っぺらいソイツは、しかし敷地内をカバーするように展開された結界に阻まれ何度も弾き飛ばされた後、母さんの帰宅と同時に退散していった。

 それは出現から消失までが大体30分位の、ぱっと見ではシュール極まりない光景だが──魔力弾の直撃を受けて木端微塵に消し飛んだと思っていたのに、あの「影」は健在だったのだ。

 異様な位真っ黒だから実際はどうなのか分からないが傷の類いは見受けられず、その上母さんには目もくれず僕らに一心不乱なのだから、もう喜ぶべきか悲しむべきかも分からない。

 

 本当、何が悲しくて「人っぽい何か」に追いかけまわされにゃならんのだ。

 どうせストーカーされるなら性根が真っ直ぐで、かつスピネルみたいに顔が良い女の子であって欲しかった。

 

「正体に心当たりは?」

「ねーよ……ってかある訳ないじゃない。この国の英霊でもないんだから地方の怪異なんて知ってる方が異常よ」

「だよなぁ……」

 

 加えて正体も見当が付かない。

 今ある人類の歴史とは違う可能性を辿ったとか言う「異聞帯」とやらの出身である彼女が日本の妖怪だとか神だとかについて知っている訳もないし、超現代っ子な僕がこの辺りの歴史について深く知っている訳もない。

 つまりは手詰まり、迷宮入り、立ち往生──そんなネガティブな言葉ばかりが浮かんでは消えていく。

 

 ただ、全く打つ手なしかと言われればそんな事もない。

 

「郷土資料館、行くか」

「あ?」

 

 そう、一見するとこの村は何にもない虚無みたいな場所に思えるが、実は郷土資料館がある。

 別に大きくもなければ新しくもないが、信じられない事にマジであるのだ。

 予算もケチられマトモな公民館すらない我が村とは到底思えない。

 まぁ、古臭くてカビ臭い上に大した資料も無いから訪れる人は殆どいないが、この辺りの歴史に触れるならあそこしかあるまい。

 

「あの……スピネルさん?」

「……」

 

 問題は──勿論スピネルだ。

 チラ、と視線を向ければもう見るからに不機嫌な表情をしている。

 分かる、分かるとも。

 朝から駅まで往復したのにまた外に行くのが嫌な事くらい、僕にだって分かる。

 と言うか僕なら全身全霊で拒否する。

 

「付いて来て下さい、お願いします……!」

「外に出るの、ヤなんだけど」

「そこを何とか……!」

「1人で行けば?」

「弱っちいから『影』に襲われたら逃げられません……!」

 

 手を合わせ、拝み倒す。

 自分の弱さをアピールし、泣き付く。

 彼女をそれなりに扱き使っている以上、そして彼女の()()──傲岸不遜に見えて実はそこそこ優しい事を知っている以上、最早これしかあるまい。

 

「……」

「スピネルさん……?」

「うっさい。黙れ」

「あ、はい……」

 

 が、しかし彼女のガードは固かった。

 そっぽまで向かれる始末で、完全に取り付く島もない。

 だが、この異常事態を早期に解決したいと思うならばどうにかして説得するしかないのだ。

 

「────」

 

 よし、分かった。

 良いだろう。

 こうなったら此方も最後の切り札を使うしかあるまい。

 そう、つまりはアレだ。

 多大な犠牲を払う代わりにどんな事でも聞かせられる、究極のアレだ。

 

「────」

 

 ゆっくりと息を吸って、吐いて、覚悟を決める。

 最低でも今日の間は玩具にされるのを承知の上で、それでも為さねばならぬ使命があるから────

 

 

 

 

 

「何でも、するよ」

 

 

 

 

 

 乾坤一擲の一言に、頑なに視線を逸らしていたスピネルの眉がピクリと反応した。

 

 

 

▼▲▼▲▼

〔 4  目 〕

 

 

向日葵畑で、君と

 

 

限りある猶予、決戦前にて

──×──

"The Grimalkin takes a walk in the vilage."

▲▼▲▼▲

 

 

 

 何と言ったのか。

 今、少年は何と言ったのか。

 スピネルは己の耳を疑った。

 だってそれは、彼女にとってあまりにも恐ろしい誘惑だったのだ。

 

「……なんて?」

「……何でも、する」

 

 恐る恐る聞き返してみるも、やはり少年の答えは変わらない。

 酷く沈痛な面持ちではあったものの、彼は間違いなく「何でもする」と言った。

 

「本当に?」

「……本当に。だから資料館に付いて来て欲しい」

 

 なるほど、なるほど。

 あまりの驚愕にスピネルは己の意識を吹き飛ばしかけていたが、漸く己の事情を把握した。

 つまりは「『影』に関する手がかりが郷土資料館にあるかもしれないから護衛がてら付いて来て欲しい」と言う事で、その替わりに()()()すると少年は提案したのだ。

 

 ああ、なんて──────軽率。

 

 その言葉を少年は安易に口にするべきではなかった。

 何しろ相手は妖精だ。

 自然の触覚にして魔術とは異なる基盤に神秘を宿す存在、或いは気紛れで、享楽的で、人間とは大きく離れた価値観に生きる「あの」妖精なのだ。

 もしこの発言をスピネル以外の妖精にしたのであれば、散々弄んだ末に手慰みで殺されたって文句は言えない。

 彼なりに悩んだのかもしれないが、殆ど自殺行為と言って差し支えない言葉を高々郷土資料館の為に発したのである。

 

(ちょっと、待って──────)

 

 そして「何でもする」に秘められた魅力に引っ掛かるのはスピネルとて例外ではなかった。

 寧ろ3日と言う短い期間ながら友好な関係を築けていた分、その効力は速やかに浸透する。

 

(待って、待って待って待って待って────!?)

 

 白い頬がカッと熱くなる。

 他者を見下す灰の瞳が、忙しなく右往左往する。

 頬杖を突いていた筈の右手はいつの間にか左手と組合わさり、もじもじと指先をぶつけ合っている。

 有り体に言ってしまえば、彼女の挙動は不審そのもの──いや、恋する乙女そのものであった。

 

「……?」

 

 だが、少年がそれに気付く事はない。

 魔術の世界についてつい昨日知ったばかりの彼が己の過ちを悟る事はあまりにも難しく、また未だ初恋の自覚すらない彼が少女の機微を読み取るなど土台無理な話だった。

 つまり、少年からは「スピネルが興奮した様子で悪巧みを始めた」ようにしか写っていないのである。

 

(え?……え?ちょっと待って僕に何させようとしてるのスピネルさん?)

 

 思っているのとは全く別方面で事の重大さを認識した少年の頬を、冷や汗が伝う。

 彼にとって「何でも」とは家の中で収まる行為であり、どれだけ酷くとも散財させられるとかその程度で済むと考えていたのだが──見よ、あの恍惚とした表情を。

 何なら「影」よりよっぽど危険な光を宿し始めた瞳を。

 

(ひょっとして、やらかした……?)

 

 口には出せない。

 口に出したら、己の致命的失敗が立証されてしまう。

 それこそ墓まで持っていかなければならないような「アレ」な事をさせられる未来が、決定してしまう。

 

(頼む……いや、お願いします……!マトモなお願いでありますように……マトモなお願いでありますように……!)

 

 最早少年に出来るのは祈る事だけだ。

 迫る嵐が見かけ倒しである事を、少女の良心を信じて彼はカルデアにも召喚されているらしい神々に祈りを捧げ始めた。

 

 が、しかしスピネルのボケ具合は少年の比ではない。

 

(これって……もしかして……!)

 

 彼女の中で膨れ上がった期待は、まるで見当外れだった。

 彼女が描いた理想は、少年のそれと1ミリ足りとも合致していなかった。

 と言うかその結論に辿り着くまでの思考回路が全く以て意味不明だった。

 そう、スピネルは────

 

 

 

(デートのお誘いってヤツ……!?)

 

 

 

 何故か「何でもする」を「デートのお誘い」と混同視していた。

 だが、それも致し方ない事なのだ。

 かつて妖精國で生きた彼女にとって、デートとは       と共に観賞する虐殺だとか靴のショッピング程度のモノであり、色恋に関して真っ当な知識が備わっているとは到底言い難い。

 流石に汎人類史を見れば以前の自分がおかしい事は分かるが、それでも今のスピネルが()()()()考えた「デート」は相手を意のままに動かして互いを満たす行為であり──やはり相手を支配する事である。

 

 そしてそんな思考の彼女に「何でもする」と言うとは、一体どういう事なのか。

 

(しっかし私にプランを任せるって事は……リードして欲しいって事よね)

 

 誘い受けとは中々手強いわね、と少年が知ったら首がもげるまで横に振りそうな事を考えながらスピネルは微笑む。

 そう、そうだ。

 トリスタンもバーヴァン・シーも知らないけれど、話で聞く限り恋とは駆け引きであるらしいのだ。

 その辺りを完全に誤解した結果、少年の戦々恐々とした心情はスピネルのプラン力を低く見積もった結果と曲解されてしまっている。

 

 故に──少女は、躊躇いなく行動に出た。

 

「おい」

「──!」

 

 昨晩と同じように──しかし昨晩とは全く異なる方向に吹っ切れようとしている少女が、椅子を撥ね飛ばすようにして立ち上がる。

 そして紡がれるは身勝手極まりない、契約。

 

「あぁ……良いぜぇ?郷土資料館でも何処でも、行こうじゃない」

「あ、ありが────」

「ただし!」

 

 思わず安堵した少年に、ビシッと指が突き付けられる。

 顔を上げた先には、赤い髪をした至極の美少女。

 ポカンと呆けた少年の前で、彼女はこの上なく邪悪な笑みを浮かべ────

 

 

 

 

 

「後でちょっと付き合えよ☆」

 

 

 

 

 

 どう考えても昭和のヤンキーそのものな誘い文句をぶっぱなした。




◯少年
自殺志願者か何か?(困惑)
徹夜はしないし夜食もそんなにしない割と健康な中学3年生。
家の中でなら最悪女装までは覚悟してる。

◯スピネル
普通に常識はありそうだけどそれはそれとして   のせいで色々と歪んでいる。
読心は完全にスッキリ見える訳ではなく「あー何かそんな感じの事考えてるんだなぁ」程度のモノ。
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