向日葵畑で、君と   作:イナバの書き置き

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6章が終わったので更新です。


第13話「限りあるあなた、きみの隣にて(上)」

 いやはや、全く────介護とはここまで大変なモノだったのか。

 何と言うか、昨晩はつくづく自分自身の見識の浅さを思い知らされた夜であった。

 

 自失しているとは己の一切合切を放棄していると言う事であり、全てを他人に委ねると言う事でもある。

 つまり、本当に生命活動をしているだけ。

 呼吸して、瞬きして、ちょっと汗かいたりする位で、その他の何もかもを行えなくなってしまうのだ。

 そしてスピネルがそうなった、主に自分のせいで。

 

『何か言いたい事があるなら、自分の口で言え』

 

 ガウェインさんとまだ見ぬ「お母様」にあれだけの啖呵を切ってしまった手前アレだが、やはり僕の責任は重い。

 次にガウェインさんが──或いは「お母様」が来る時は素直に謝るべきだろう。

 だって、なぁ。

 そりゃスピネルにはスピネルの事情があるんだろうが、「お母様」にも「お母様」の事情があるに決まってる。

 それをついカッとなってしまったばかりにあんまりな発言をぶっぱなした訳だ、僕は。

 こういう所は今後直していきたい。

 

 ……話が脱線してしまったが。

 兎にも角にも、僕は自分の出来る範囲で精一杯──まぁ、甲斐甲斐しいと言えなくもない位の介護擬きをスピネルにしたのである。

 カレー……ではなく飲み込みやすいお粥をスプーンで掬っては口に運んでやり、服を脱がせて風呂……に入れてやるのは普通に後で殺されそうなので肌の見えてる部分を濡れタオルで拭ってやり、眠る時も側にいる……のは母に訝しまれるので帰ってくるギリギリまで天井裏で手を握ってやった。

 どうだろう、我ながら中々のモノじゃないか。

 

 ……で。

 身勝手にも明日にはいつもの傲慢さを取り戻してくれる事を祈りつつベッドに入ったのだが────

 

 

 

 

 

「……わお、めっちゃ赤いじゃん」

 

 朝目覚めた瞬間視界に飛び込んだのは、毒々しいまでの「赤」だった。

 最早知らない天井とかそう言う次元ではないし、リフォームにしたって悪趣味過ぎる。

 まるでホラー映画の一幕のような天井の変わりっぷりに、これは夢なのだろうかと思わず頭を振って────

 

「……えぇ?」

 

 天井どころか部屋1面がペンキをぶちまけたみたいに真っ赤な事に漸く気付いて、間抜けな声を漏らしてしまった。

 

 

 

▼▲▼▲▼

〔 5  目 〕

 

 

向日葵畑で、君と

 

 

限りあるあなた、きみの隣にて

──×──

"The Grimalkin and a boy fight in the vilage."

▲▼▲▼▲

 

 

 

 先ず最初に、結論から言ってしまおう。

 真っ赤なのは僕の部屋だけじゃなかった。

 屋根裏部屋も、居間も、キッチンも、風呂場も、我が家のありとあらゆる場所が「赤」に染まっていた。

 しかもこの「赤」、何やらとてもベタベタしている。

 その上ぐっちょりとしていて、粘性があって、鉄臭い臭いがして──ああいや、ここまで喋っておいて今更何を躊躇う必要がある。

 

 ────血だろ、これ

 

 そう、血だ。

 我が家を真っ赤に染めているのは、()()が流したと思われる大量の血なのだ。

 お陰様で靴下はもうぐしょぐしょ、天井からポタポタと垂れてくるから服も髪も顔も真っ赤っか。

 1度洗面所で洗い流してこれなのだから堪ったモノではない。

 

 ────でも、それだけなら別に良かった。

 

 いや、母に叱られると言うか卒倒されるだろうから良くはないのだが、仕方ないと受け入れる事だって出来るには出来る。

 得体の知れない「影」が迫っている以上、この手のスプラッタ全開なハプニングだって想定していなかった訳じゃない。

 本題は別にある。

 

「……いない」

 

 いなかった。

 屋根裏部屋も、居間も、キッチンも、バスルームでさえ隈無く探したのに、彼女が何処にもいない。

 僕が寝るまで自失していた筈なのに、屋根裏部屋でしっかりと寝息を立てている所を確認した筈なのに、彼女がいないのだ。

 あぁ────

 

「スピネル……!」

 

 スピネル。

 いや、妖精騎士トリスタン?

 それとも妖精バーヴァン・シー?

 別にどんな名前でも構いやしないけど、今一番無防備な少女の姿が何処にも見えなかった。

 これは、マズい。

 どうマズいって、全てに於いて最大限マズい。

 

 先ず彼女の命が危ない。

 今も「影」は家の周りを徘徊している可能性があって、そんな所に自失した彼女がふらふらと出て行ってしまっては抵抗する暇もなく殺されてしまうだろう。

 

 次に、彼女の心が危ない。

 認めたくないし信じたくもないが、状況から判断するに家中にぶちまけられた血液は全てスピネルのモノだ。

 幾ら英霊で妖精と言ったって湯槽を一杯に出来そうな位血を失ってタダで済むとは思えないし、それを行ってしまった彼女の精神は破綻寸前に違いない。

 

 後ついでに僕の命も危ない──が、それは今気にする事じゃない。

 そんな些細な問題は彼女が健在ならどうにでもなる。

 兎に角、兎に角──スピネルを探さないと。

 

「……探すなら、何処、だ?」

 

 きっと、今の僕は冷静じゃない。

 探すにしたって、先ず何処を探すんだよ。

 当ては1ミリだって無いし、山に行ったのなら絶対に見付けられない。

 山の深さと広さは僕が1番良く知っている。

 それに見付けたとして、どうする?

 どう声をかけてやれば良いんだ、何をしてやれば良いんだ、どうすればスピネルは笑えるんだ。

 

 その答えを、僕は何一つとして持ち合わせていない。

 これまでの薄っぺらい人生から導き出せした言葉なんて、彼女に届く訳がない。

 けど──それでも、動く事だけは止められない。

 

「待ってろよ……!今行くから絶対に待ってろよ……!」

 

 譫言のようにブツブツと呟きながら赤く染まったシャツを脱ぎ捨て、同じく真っ赤になった箪笥から辛うじて汚れるのを免れた服をピックアップする。

 そのせいでパリッとしたオックスフォードシャツの上半身とパジャマそのものな下半身でちぐはぐな事になっているが、そんな事はどうでも良い。

 そんな始末だから──突然訳の分からない叫びが迸るのも当然だ。

 

「スピネル────っ!」

 

 三段飛ばしで階段を駆け降り、スニーカーを引っ掛けながら玄関から転がり出る。

 大きな音が鳴るのもお構い無しに門を蹴り開け、勢いのまま早朝の村をひた走る。

 

「何処だ……っ、何処にいる……!?」

 

 考えろ、考えろ。

 彼女が行くなら何処だ。

 朝っぱらから茹だるような暑さな上に湿気も限界を突破しているようなこの田舎で、何処だったら彼女は落ち着ける。

 

 

 

 

 

 

「────向日葵畑?」

 

 

 

 

 

 

 ちょっと頭を捻っただけで、あまりにもあっさりと答えは見付かった。

 

 

 

▼▲▼

 

 

 

 実の所、自らをスピネルと自称()()()()その少女は妖精騎士ガウェインが家を訪れた時には既に心神喪失状態から復帰していた。

 確かに少年を誤射してしまった事には多大なショックを受けていたものの、「持ち前の」傲慢さと理性的に物事を考える余地が多少残されていた脳は「誤射した自分も悪いけれど不用意に腕を掴んだ少年も悪い」とある意味完璧な答えを算出していたのである。

 

 それでも彼女が素直に少年の前に健康な姿を見せず、あまつさえ喪失状態であるかのように見せかけていたのは──単純に、ガウェインを恐れていたからである。

 常日頃の少女であれば躊躇う事なく絡みに行った上にガウェインが抱えている重大な「衝動」を悪辣にあげつらっていただろうが、生憎今の彼女にそのような余裕は無い。

 加えて正気に返ったからと言って切り裂かれた少年の頬に思う所が無い筈もなく、何をされた訳でもないのに手の震えが止まらない始末。

 

 こんな所をガウェインに見られてしまったら、果たして何を言われるのだろうか。

 いや、そもそも「お母様」のメッセンジャーである彼女とどんな顔をして相対すれば良いのか。

 失望されてしまうのではないか。

 1度そう考えてしまったら、もう動けなかった。

 少年とガウェインが話している空間からたった扉1枚向こうに少女はいたのに、ドアノブを掴んだ手に力を入れる事が出来なかったのだ。

 

 

 

『何か言いたい事があるなら、自分の口で言え』

 

 

 

 そして少女は、この世界で最も勇ましき言葉を耳にした。

 英霊が言うならまだ分かる。

 少女はおろかガウェインすら凌ぐ程の強者がそれなりの数いるのだから、啖呵を切られる事だってあるだろう。

 なのにこの少年は──何の力も持たず備えも無しに、指一本で己を殺しうる相手に喧嘩を売ったのだ。

 

(嘘でしょ……!?)

 

 人はそれを蛮勇と呼ぶが、少女にとっては勇敢そのもの。

 特別な者が行ったのではなく凡俗が行ったからこそ煌めく「特別」を、彼は自身すら気付かぬ内に手にしていたのである。

 

 勿論、少年にとってはそこまで深い意味のある発言ではない。

 見たまんま、読んだまんま、何か言いたい事があるなら直接自分の口で言いに来いと失礼にも言い放っただけだ。

 

 ──ただ、続いて少年が漏らした一言は今度こそ少女の心を刺し貫いた。

 

『想ってるだけの思いが勝手に伝わるなんて、そんな事有り得ないでしょうに……』

『そう、か』

 

 そうだ。

 その通りだ。

 少女自身も含めて英霊には読心能力を持つ者や尋常ならざる勘を持つ者がありふれているから勘違いしがちだが、本来はただ想っているだけで口に出していない気持ちが他者に伝わる筈が無いのだ。

 

 よく思い出してみれば──スピネルは「お母様」に1度でも「愛している」と言葉で以て伝えた事があっただろうか。

 確かに「お母様」はスピネルのやる事為す事の殆どをどれだけ残虐でも許していたし、それが愛故だと言う事も知っているが、無い。

 どれだけ愛されても、寛容さを享受しても、「愛している」の一言だけは受け取った事が無い。

 

(────お母様?)

 

 何故?

 どうして?

 そんなやり場の無い不安と、むかむかしたような気分だけがドンドンせりあがってくる。

 

『僕は……僕はスピネルと「お母様」に何があったかなんてロクに知りませんよ。知ったって何か出来るとも思えない。他所様の家庭事情に口を挟んだら余計拗れるだけだ』

『……』

『でも……でも、それを承知の上で言わせて下さい。スピネルをどうにかしたい、してやりたいって「お母様」が少しでも思っているなら、直接此処に来るように説得して下さいよ』

『……それは、私の一存ではどうにもならない。陛下が判断なさる事だ』

『どうにもならないって、そんな酷い事言わないで下さいよ……!アンタは妖精騎士……スピネルの仲間なんでしょう!?彼女がボロボロでも良いって言うんですか!親から叱ってすら貰えない子供なんて、そんな惨い事は無いのに!』

 

 ドアノブを掴んだまま静止する少女の混乱をそのままそっくり移したかのように、扉の向こうも混沌を極めている。

 我を忘れて激昂しているのか少年の叫びには悲痛なモノが混じり、受け止めるガウェインの声音も沈痛そのものだ。

 それでも2人が話し合った所で何かが解決する事は断じてない。

 

(私が、私の意思で決めないとダメって事……?)

 

 何故なら、少年もガウェインも当事者ではないからだ。

 家出をした少女とその母親だけがこの問題に関する決定権を持つ以上、代理風情が何を言ったところで部外者のいがみ合いに過ぎないのである。

 そして解決は両者の内どちらかが「話したい」と口に出して、もう一方が「話そう」と返す事で初めてアプローチを試みる事が出来る以上──少女が動かねばならない。

 半ば被害妄想染みた理由で家出した癖に、あのいつも仏頂面な母と相対しなければならない。

 

(出来るの?私なんかに……)

 

 怖い。

 どうしようもない位に怖い。

 だって、少女が愛する「お母様」の口から放たれた言葉はいつも無感動で無表情だった。

 何故お前はそうなのだと、或いは好きにすれば良いと耳朶を打つ音の響きには何の色も乗っていなかった。

 愛されていると知っていても「本当は何の興味も無いのではないか」と勘繰ってしまう位なのに、その上失望されたような言葉を吐かれたら──少女は壊れてしまう。

 それ故に決定を避けようとするのは、少女の防衛本能に近い。

 

 

 

──────でも。

 

 

 

 それでも。

 

 

『あっつうい……日本の夏ってのは毎年こんな感じなワケ?信じらんない……』

『残念ながら。君の格好も滅茶苦茶暑そうだけど』

 

 少女には、ドラマティックでロマンチックな「出逢い」があった。

 

『お腹減ったろ?作るから待っててよ』

『あら、気が利くじゃない。でも昨日みたいに変な料理出したら腕の筋肉削ぎ落とすから覚悟しとけよ?』

『カレーは変な料理じゃないし立派な家庭の味だろ!?』

『私ああいうコッテリしたのダメなのよ』

『本当に我が儘だなおい……』

 

 少女には、かつて喉から手が出る程に欲しがって結局手に入らなかった「日常」があった。

 

『お望み通り守ってやるよ。カルデアは正義の味方、だもんなぁ?』

『……自分で発破かけといて言うのもアレなんだけど、切り替えが早いんだな』

『当たり前じゃない。私はサイテーで、サイアクのスピネルよ?こんな事一々気にしてらんないの』

『……ああ、そう来なくちゃ』

 

 少女には、不格好でねじ曲がった契約があった。

 

「話さなくちゃ……!私、お母様と話さなくちゃ……!」

 

 あの「お母様」に立ち向かうには信じられない位些細な事だけれど、それら全てが少女に力を与える。

 折れそうな膝に、萎んでしまいそうな心に活を入れる。

 ふと気付いた時にはもうガウェインは帰っていたけれど。

 少年に世話をされたのか屋根裏部屋のベッドに寝転がっていたけれど。

 

「私、やれるだけやってみるわ」

 

 少女は、ただ1人で己の結論を導きだしたのである。

 

 めでたし、めでたし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────それで済む筈が無い。

 

「……アンタには、随分と世話になったわね」

 

 介護擬きに疲れはてたのかこれまで以上に深い眠りに落ちているらしい少年の頬を指先でつつきながら、少女はポツリと呟いた。

 未だ夜は明けず、彼女が腰掛ける窓枠の外には無明の空間が広がっている。

 少女が何をしようとしているのか──決まっている。

 別れを告げるのだ、この脅迫から始まった居候関係に。

 

「色々してくれたアンタには悪いけど、今から私の戦いにケリを付けてくるわ。このしょぼい家ともお別れって訳。あーあ、清々した!」

 

 清々した?

 嘘だ、本当はずっと此処にいたい。

 少年とバカをやって、手作りのちょっぴり下手くそな料理を腹いっぱい食べて、屋根裏部屋で月を眺めながらゴロゴロしていたい。

 

 でも、それではダメなのだ。

 堕落を受け入れる事は部外者なりに少女と「お母様」の関係を考えていた少年の奮闘を裏切る事であり、それを見ていた彼女自身を裏切る行為に他ならない。

 

「……全部終わったらちゃんと会いに来るつもりだから、心配すんなよ」

 

 なので、行く。

 少年には不義理だが、この闘志がふとした事で萎えない内に「お母様」と話を付けてきてやるのだ。

 色々と不安があった、愛されているのか分からなくなった、特別でなくても愛してくれるのか、自分は妖精妃モルガンの娘で良いのか、それら全てを纏めて問い質す。

 

 つまり、次に帰ってくる時は勝利の凱旋だ。

 一皮剥けたんだぞ、と。

 今の私には怖いモノ無しだぞ、と。

 心の底から言えるようになって、改めて「スピネル」を名乗れるようになって少女はこのクソ田舎に戻ってくるのだ。

 

 それでも、ちょっと不安を覚えたならば。

 

「んじゃま。勇気の出るおまじないってヤツ、貰うぜ?」

 

 少女は()()()()()()()()()()少年の首筋にがぶりと食らい付く。

 こうなってしまえば最早ガウェイン(バーゲスト)を笑う事も出来まい。

 何せ彼女が今しようとしている行為は、彼の一部を取り込み自分の礎として────

 

 

 

 

 

「──────ぁ?」

 

 

 

 

 

 妖精にあるまじき異常な()()を自覚した少女の背後で、のっぺらぼうみたいな「影」がゆらゆらと揺れていた。




◯少年
寝て起きたらスゴい事になってた類いの人。
勉強が出来ない訳ではないのだが感情的と言うか他人に入れ込みやすい部分がある。
今更ですが意図して伏せてるだけで名前は今後出ます。

◯少女/妖精騎士トリスタン/バーヴァン・シー
かわいそう過ぎる。
誰か幸せにしてあげてよ…
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