思ったような文章が出てこなかったり6章があのような結末なのに書く意味があるのか悩んだりしましたが取り敢えず更新です。
走ったところで、どうにかなるとは到底思えなかった。
何せ彼女はサーヴァントとやらで、僕は人間。
身体能力には天と地ほど差があるのだから、ただ追いかけるだけでは距離は開くばかりだ。
ただ──だからと言って、走るのを止める理由も何一つとして無かった。
理由は幾つかあるが、それら全てが単純明快。
態々言葉にせずとも分かる話だ。
しかし、敢えて。
敢えて理由を口にするならば。
そう、僕は彼女に返すべき恩がある。
無論彼女は恩を売ったつもりなど無いだろうし、僕がそれを「恩」だと気付いたのもつい先程だ。
だが恩は恩、受けた施しは礼で以て返すのが人としての道理に他ならない。
いや、それすら取り繕った言い訳でしかない。
本当はそう難しい話じゃないのだ。
要するに、楽しい非日常だった。
ただそれだけ。
実際そうだろう。
出会いは最悪、女の子を家に招くと言う人生初の一大イベントも汚される、家の中を荒らし回られる、飯には文句付ける、我が儘で殴り倒される、勝手にハイテンションになったり落ち込んだりする。
一方僕は彼女に振り回されっぱなしで、もう毎日ヘトヘトになって、それでも必死こいて献立考えて、やいのやいの言いながら遊んで寝る。
思い返せば思い返す程ひっでえ数日だ。
けど、楽しかった。
見慣れすぎて飽き飽きしていた我が家が、何一つ思う所が無かった玄関が、この何にも無いクソ田舎がまるで違った景色になった。
うだうだと人生を浪費してるアホ野郎が、同じ浪費でもまだ何か得るモノがある方へとちょっとだけ舵を切る事が出来た。
こんなに素晴らしい事が他にあるか?
走りながら「絶対にない」と己の意志を口に出して確認する。
そうだ、今更何を隠す必要がある。
この数日間、
こんな田舎も中々悪くない、家にいるのだって辛くないと思える、そんなごく普通のエンジョイ勢になってしまったのだ。
まぁ変な影に襲われるのは想定外と言うか流石にヤバいと思ったけれど、それはそれ。
彼女はしっかり守ってくれた訳だし、何だかんだ言って解決策は
だから何も問題はない。
問題は────スピネルだけ。
どうにも、僕は彼女を見誤っていたらしい。
確かに彼女は知らない土地で家出を敢行する程の胆力を持っていて、他人を意のままに振り回す傍若無人な気質が染み付いていて、他人を思い遣る優しさを秘める「強い」モノだった。
だがそれと彼女自身の打たれ弱さは全く別の話だ。
スピネルは──妖精騎士トリスタン、或いはバーヴァン・シーと呼ばれるあの赤い少女は、本質的には「弱い」モノだと言える。
英雄と呼べる程成熟した精神じゃない。
妖精と呼べる程我が儘でも、無邪気でもない。
況してや1人で生きていける程逞しくもない。
普通だ。
ちょっと普通の人より強くて、たまに血を飲みたくなって、他人の温もりが恋しいごく普通の少女だったのだ。
そしてそれを僕は勘違いしていた。
出会いのインパクトが強すぎるあまり、無意識の内に「強いヤツ」に分類してしまっていた。
その勘違いを続けて、続け過ぎて────今に至る。
「クソ野郎だよ、ホントに……!」
今はそんな事をしている暇はないけれど、一辺自分自身を殴り倒したい衝動に駆られる。
必死になって発信し続けているSOSに気付かず、バカみてぇに笑ってやがって──そんな己に腹が立つ。
死んでしまえこんなアホ野郎。
……だが、まだ手遅れではない筈だ。
そう信じたいだけかもしれないけれど、まだ僕の言葉だって通じると思っている。
だから今も走っている。
気分だけならオリンピック選手にも勝てそうな位の勢いで、未だかつてない位全力で手足を振って先を急ぐのだ。
「あぁもう、クソっ!」
遠い。
歩いてほんの20分程度しかないあの場所への道のりが果てしなく遠く感じられる。
勿論、そんなのはただの思い込みだ。
地面に点々と続いている血痕が僕を焦らせ、正常な思考能力を根刮ぎ奪い取ろうとしているに過ぎない。
けど──それが尚の事僕を苛立たせる。
なんで僕はこんなに足が遅いのか。
もっと急ぐべきなのに、もっと速くあるべきなのに、どうしてこんなトロトロ走っているのか。
畜生、こんな事ならちゃんと運動しておくんだった、と今更意味の無い後悔をしながら先を急ぐ。
「────!」
そして、見た。
見つけた。
あの錆びた立看板。
薄れかかった「この先、向日葵畑あります」の上には真っ赤な手形が付いていて──まだ乾いて凝固していない事から、彼女が近い事を確信する。
そう、まだ手遅れではないし行き先も判明した。
「向日葵畑か──」
薄々察してはいたが、やはり向日葵畑だ。
僕とスピネルが初めて出会った場所に彼女は向かったのだ。
けど何の為に?
そして誰の為に?
「関係、ない……!」
一瞬考えが巡ったが、そんなモノはどうでも良かった。
今大事な事は彼女が何処にいるかであって、何故其処に彼女が向かったのかではない。
それに目的地がハッキリしたならば、俄然気力が漲ってくる。
当ての無い放浪は苦痛だが、ゴールが見えているならば楽になるというモノだ。
「────っ」
故に──立看板を掴んで、自分史上稀に見る程の全力疾走でへばりそうな体を立て直す。
そう、ゴールはもう目の前なのだ。
歩けば10分、走れば3分の近場にスピネルはいるのだ。
ならば走ろう。
走って走って──思いの丈をぶちまけよう。
最初からそれ位しか出来る事は無いのだから。
そうして走り出すべく渾身の力を足に籠めて──「不思議」が起こった。
『よもや、こんな事になるとは思いませんでしたが────』
1歩、踏み出す。
不思議と、少しだけ心が軽くなった。
『どうやら、今のバーヴァン・シーに必要なのは私ではないようだ』
2歩、進む。
不思議と、少しだけ足が軽くなった。
『行きなさい、汎人類史の人の子よ』
3歩、走り出す。
不思議と、透き通るような誰かの声が聞こえた。
「言われなくても!スピネルの
なので──ありったけの感謝と、少しばかりの怒りを込めて叫び返してやった。
どうだ、参ったか。
スピネルのお母様は威圧感で人を圧倒するのが得意と聞いていたから、よもやこんな矮小なクソガキから何か言葉が返ってくるとは思うまい。
どうにか連れ帰ってみせるから、これに懲りたらもっとスピネルに構ってやるんだな──なんて思いながらも、瞬く間に復活した体力を根刮ぎ消費する勢いで僕は森を駆けた。
『……何か威勢の良い事を心の中で宣っているようですが、人の子。お前が考えている事は全て筒抜けですよ』
「…マジ?」
『マジです』
スピネルは
魔術って思ったより何でもありなんですね、
「──ぅ、ぁ」
体が重い。
スピネルが自身の体調を評するならば、その一言に尽きる。
歩こうにも足はマトモに上がらず、這おうにも
それでも、彼女に動かないという選択肢は無かった。
今はただ1メートルでも、1センチでも、1ミリだって構いやしない。
遠くへ──ひたすら遠くへ。
「──っぐ、く……!」
そもそもからして、可笑しな話ではあったのだ。
サーヴァントであり、かつバーゲストのように特別な捕食欲求を持っている訳でもないのに何故バーヴァン・シーは異様な程に少年から吸血する事に拘っていたのか。
何故少年が作る特別美味な訳でもない食事をあれだけ食べられたのか。
そして何故バーヴァン・シーの行く先に「影」は現れるのか。
「クソっ……まさか自分がこんな間抜けだなんて、思いもしなかったわ……!」
決まっている。
バーヴァン・シーを苛むそれは、
逃避の最中で偶然引っ掛けてしまったのか、はたまた向日葵畑に何かいたのかは彼女が知る所ではないが、兎に角初めて少年と出逢った時には既に取り憑かれていたのは間違いない。
だから少年から血を吸った。
ほんのちょっとだけ、もう少しと己の衝動を抑えられぬままに「食欲」を満たそうとし続けたのだ。
「……結局、アイツの考えていた通り、かぁ」
そう、「影」の正体とはあの郷土資料館の巻物に記されていた通りひだる神である。
取り憑いた相手に異常なまでの空腹感を与え最終的に餓死に至らしめると言うその悪霊が、今この瞬間もスピネルに致命的な干渉を行っているのだ。
それこそあの無駄に明るくて容易く心の中に踏み入ってくる少年を「空」にしてしまいたいとうっかり考えてしまう程に。
だが、その事実に漸く気付いたスピネルが何の抵抗もしなかった訳ではない。
結界は一時凌ぎにしかならず、例えひだる神そのものが出現せずとも空腹感には絶えず襲われるとしても、彼女はあらん限りの力を振り絞って己を抑え込もうとした。
それは「妖精國」でお母様の娘となる以前、どれだけおぞましかろうとやれと言われた事を自身の意思に関わらず実行させられたあの頃以来の痛ましき献身。
本質的には他者を思い遣る彼女だからこそ出来る、滅私の極致。
その証拠に──スピネルの喉には、今も深々と指が食い込んでいる。
「──ガッ、カ……ぁ、ぐ……!」
呼吸の度に、隙間から零れ落ちた血液が首筋を伝っては深紅のドレスを更に紅く染める。
それどころか口腔内にも血は溢れだし、口角からは赤い泡が垂れ落ちる始末。
人間だったら当の昔に死んでいるし、サーヴァントにしたってバーヴァン・シー並の生存力を以てしてどうにか己を繋ぎ止められるレベルの傷をその身に刻みながら、それでも少女はよろよろと歩み続けた。
だって、そうしなければ少年を吸い殺してしまうから。
それだけは何があっても、我慢を続けた先にどうなってしまうのだとしてもしたくなかった。
彼の部屋を血塗れにしたのだって、ふとした拍子にかぶりつきそうな己を抑える為首を滅茶苦茶に──それこそサーヴァントとしての身体能力を全開にして掻きむしったからだ。
「──く、ぅ。うぅ、はぁっ、はぁっ……!」
されどそこまでする理由は、彼女自身にも分からない。
確かにスピネルは少年にある程度の好意を抱いていて、スピネルにそれを言い出す勇気があったならば「所謂友達」関係を築いていた筈だが──それにしたって、命を懸ける程だっただろうか。
あの情熱だけが取り柄の冴えない少年の為に、一切合切を諦める理由は何かあったか。
朦朧とする意識の中で何度も自問自答して、それでもやはり答えは出なかった。
「……良いの、これで」
それで良い、と少女は思った。
答えを知る必要はない。
それが例えどれだけくだらない理由だったとしても、知ってしまえばもどりたいと願ってしまうだろうから。
「……あ、れ?」
ふと気づけば、スピネルはあの立看板の前に立っていた。
兎に角少年から遠ざかる事だけ考えていたから、意図して花畑の方へ歩を進めていた訳でもないのだが──これも運命とやらか。
特に何を迷うでもなく、一瞬崩れ落ちそうになった己を支えるべく反射的に立看板を掴んだスピネルはそのまま方向を変えて、何の面白みもない森の中へと緩慢な逃避を再開した。
「────」
草木の生い茂った森の中では、スピネルの履くヒールの高い靴は非常に歩き辛いモノだ。
1歩踏み出せば雑草が絡み付き、2歩進めば根に躓く。
だが、今更スピネルはそんな些事を全く気にしない。
気にしている余裕が無いとも言えるが、それ以上にある種の確信が彼女にはあった。
呼んでいる。
向日葵畑が呼んでいる。
スピネルにとって出逢いの地、或いは運命の場所とも呼べるあの黄金色の海が何らかの力で以て彼女を呼び寄せているのだ。
そして──少女は、辿り着いた。
「あぁ────」
向日葵畑は、初めて迷い込んだ時から何1つとして変わらず其処に在った。
朝露に濡れる事もなく、虫に集られる事もなく、ただ人々の営みを照らす太陽のように開いた花弁を思う存分スピネルに見せつけていた。
その輝きの、何と眩しい事か。
「欲しい……欲しいのぉ……!」
遂に膝から崩れ落ちたスピネルは、もんどり打って地面に倒れながらも手を伸ばす。
輝きが、欲しい。
物でも才覚でも体験でも何でも構わないから、誰にも負けない自分だけの輝きが。
誰にも恥じる事なく自慢出来る、「何か」が。
なのに、「それ」から遠ざからねばならない。
すぐ目の前にあったのに、もう顔を見る事すら許されない。
「やだぁ……いやなの……」
何が、とは続けられず、いつしか視界は止めどなく溢れ出す涙で滲んでいた。
ドレスとヒールは土に塗れ、心はぐちゃぐちゃに引き裂かれていた。
あまりにもみすぼらしい己の姿にこれが罰なのだろうか、と少女は悲嘆する。
何も望んではならないのに、幸福になる資格なんて最初から持ち合わせていなかったのに勘違いしてしまったから、こんな目に遭うのか、と。
その果てに壊れた心から飛び出すのは、やはりあの言葉。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
もう何も見たくなかった。
考えたくなかった。
希望を見せつけられた上で奪われる位なら、最初から何も知らず何も感じず白痴でいる方が余程マシなのだと、少女は心の底から願っていた。
だから──────
さも当然のようにそれを否定する少年は、やはりスピネルにとっては最低最悪のヒーローと言えるだろう。
◯少年/最低最悪のヒーロー
正義の味方ではない。
悪と戦う力もないし頭の回転も良くないし人々も守らないし不正も正せないし察しも悪いし間違えてばかりだし怠け者だ。
けれど彼はたった1人、
◯スピネル/妖精騎士トリスタン/バーヴァン・シー
最初からひだる神(?)に憑依されていた。
やたら食事に関する言及が多かったのもそのため。
前回ラストでこのまま吸血すれば少年を「空」にしてしまうと気付いた為咄嗟に己の喉を掻きむしって逃走を図った。
絶望とひだる神によって付与されどうしても抑えきれない食欲に苛まれ錯乱しているが、それでも少年から遠ざかろうとする等本来の善性(?)が隠しきれていない。
◯「お母様」
人類最後のマスターの妻を自称するスピネルの母。
とても強い(小並感)魔女なので遠隔読心位お手の物。
バーゲストから少年の伝言を受けスピネルに会いに行くつもりだったが事態を察知し見守る方に回る。
後ちょっと身体能力もブーストさせてあげるとても優しい魔女。