腹切ります…
終わった。
何か、色々と。
朝起きた瞬間から脳ミソの許容量を超える異常事態、超常現象、怪奇生物のオンパレードではあったけれど、兎にも角にも人の形を失ってなお死ねなかった魔術師さんをスピネルが「終わらせて」くれた事によって、彼女を悩ませる怪現象は終わりを告げたのだ。
めでたしめでたし──ではない。
寧ろそこからが大変だった。
何せ魔術師さんは魔術師であるが故に、警察に届け出る事が出来ない。
もし彼(?)の存在を誰かに報せてしまえば管理小屋の地下にあった「如何にも」な魔術の研究所──工房を大公開してしまう事になるし、不可思議な力で木っ端微塵になった彼の亡骸もまた警察の目に晒される事となる。
それに、そもそもどうして僕らが彼を発見したのかと言う話にもなる。
魔術を知らない人からすれば、きっと猪や熊のような
だから、結局僕達に出来た事と言えばバラバラになった魔術師さんの欠片を拾い集めて向日葵畑の端っこに埋めてあげるくらい。
それが悪いとは言わないけれど、どうにもスッキリしない話だった。
「あ゛ー疲れたぁ……マジ疲れたぁ……」
「ぐちぐち五月蝿いわね。誰のせいでこんな事になったと思ってんだよ」
「全面的にキミでは?」
「あーあー聞こえなーい」
「つ、都合の悪い時だけ聞こえない振りしやがる……!」
とは言え、隣を歩くスピネルが元気──を通り越してうざったらしいまでの傲岸不遜さを取り戻してくれたのだからボロクソになった甲斐もあったと言えよう。
余程機嫌が良いのか時折その鹿の蹄みたいなヒールでステップを踏んでいるし、今この瞬間だって指と指を絡め合っ────絡め?
「ん?」
「あ?どした?」
「いや、何でもない」
いや。
いや、ちょっと待て。
当然の様に受け入れてきたけど、よくよく考えてみると色々おかしいぞ。
まずスピネルが、あの同調性皆無で、傍若無人の化身で、人間なんか指先1本で前衛芸術に変えられてしまうスピネルが「僕の隣を歩いている」って言うのがもうおかしいだろう。
彼女に「歩調を合わせる」なんて協調性のある思考は出来ない、筈だ。
「ふふ、変なヤツ……!」
「いや、それ笑うような事か……?」
「笑う事よ、私にとっては」
それに何と言うか、心なし雰囲気が柔らかくなったと言うか。
今もこうして僕を笑っているのに、以前までは瞳の中に見え隠れしていた「刺」のようなモノが消え失せた様に感じられる。
つまりは単純に、純粋に。
例えるなら、休み時間に教室で友達と駄弁っている時みたいな──外見相応の笑みがあった。
そして。
そして、だ。
(────マジ?)
手を繋いでいる。
僕と、スピネルが、横に並んで、手を繋いでいる。
滅茶苦茶滑らかで、それでいてしっとりとしてもいる。
ついでに僕の語彙力も死んでる。
「……んん?」
ヤバい、よくよく考えてみるとこれはかなりヤバイぞ。女の子の手ってこんな感じなんだ──と最高級に気色悪い感想を弾き出しているが、それはただの現実逃避に過ぎない。
理解が追い付けなくなった脳ミソは既にフリーズ寸前まで追い込まれている。
一体、何がどうしてこんな事態になってしまったのか。
ちょっと血を啜らせて、遺体を一緒に埋葬しただけだぞ?
別に貧血になるまで吸血された訳でもないし、どっちかって言うと血の掃除とかばっかりで肉片を集めたのはスピネルだ。
何をどう考えたってこんな急接近する要素が無い。
確かに彼女は気分屋だが、幾ら上機嫌だとしてもこれは何か違う。
でも、違うとすると。
(……え、マジ?)
これは、ひょっとして。
ひょっとして、ひょっとしたりするのか。
安易な思い上がりかもしれないけれど、キモい妄想なのかもしれないけれど、疲れてへとへとになった頭が馬鹿な答えを弾き出しているだけなのかもしれないけれど。
────好き、か?
僕が、スピネルを。
或いはスピネルが、僕を。
あまりにも馬鹿げているけど、どちらも可能性はゼロじゃない。
だって、僕はスピネルが好きだ。
もう信じられない位情緒不安定で、我が儘で、その癖他人に嫌われやしないかとオドオドしている部分もあるけど、それらを全部ひっくるめた上で彼女が好きだ。
でもそれは俗に言うLikeの「好き」であって、Loveの「好き」ではないと思っていたのだ────今までは。
しかし、だ。
どうやら、所謂「恋」が僕の中に芽生えている可能性があるらしい。
でなければこの胸の高鳴りに説明が付かないし、片付け終わってから今に至るまで1度も視線を合わせられない理由が分からなくなってしまうのだ。
つまり、僕はスピネルが好き。
それも友情の域を超えて、明らかに恋愛として。
(これは、困った)
軽く聞こえるだろうけど、冗談抜きで。
だって、この恋は絶対に成就しない。
スピネルはいつまでも此処にいる訳じゃないんだから。
僕は別にいたって構わないと思うけれど、生憎彼女は妖精でサーヴァント。
ナントカ継続保障機関であるカルデアとやらに帰らなければいけないし、
そして帰ってしまえば一般人である僕が連絡を取れる可能性など万が一にも有り得ない。
つまり早ければ今日、遅くとも明日には今生の別れとなる訳だ。
(……どうしよ)
困った。
あぁ、困ったさ。
いやだって、そうだろう。
どんなモノにも終わりはあると知っていたけれど。
いつ消えるか分からない夢か幻みたいな共同生活だと理解していたけれど。
(聞いてないよ、こんなの……!)
帰りたくない。
時間を進めたくない。
ただ隣を歩いてるだけで良いからずっとこの時間を続けていたいと、そう思わずにはいられない。
(どうすんだ。これどうすんだホントに……!?)
そうか、これが恋なのか。
この痛くて、苦しくて、切なくて。
得体の知れない衝動に突き動かされるままどうにかなってしまいそうなこの感覚が、初恋なのか。
だとしたら──気付くのが、あまりにも遅すぎる。
「……何だよ、さっきからやけに力込めてきて」
「い、いや。何でもない……!」
どうやら繋いだ手にも無意識に力が入っていたようだった。
あまりにもヘタクソな誤魔化しに、怪訝な表情をしたスピネルが此方を覗き込んでくる。
「ふぅん……ま、いっか。それより帰ったらスイーツ一杯食べさせろよな!」
「スイーツ……?」
「約束したの忘れたのかよ!何でも好きなだけ食わせてやるって言ってたじゃんか!」
「あー、あぁ!言ってた言ってた!うん、作るよ。勿論作るとも」
「しっかりしろよなー」
良かった、気付かれてない──いや、全く以て良くはないが。
だって、怖いだろ。
マジで怖い。
やはりと言うべきか、フェイルノートが放つ刃には身を晒せた癖にどうにもこの好意を確かめる勇気は出てこなかった。
返答に声の震えが表れなかったのがもう奇跡だ。
(……まだ午前中だったんだ)
やけっぱちになって空を見上げれど、残念な事に太陽はまだ昇りきってすらいなかった。
つまり、
それが良い事なのか、悪い事なのか。
幾ら考えれどさっぱり分からず──気付けば見慣れた我が家がほんの数十メートル先にまで迫っていた。
「……?」
いたの、だが。
「……玄関に誰か、いる?」
「……!」
無意識の内に頬が引き攣る。
人並み程度の視覚しか持たない僕からはまだ見えないが、これは間違いなくガウェインさんだろう。
人口スカスカのこの村で、何の用も無しに玄関先に屯してるヤツなんている筈もない。
つまりは、お迎え。
もう後数十秒も歩いたら、僕と彼女はお別れだ────そう、思っていたのだが。
「お母様……?」
「ヒエッ……」
死んだわ、これ。
愕然とした表情で呟くスピネルの隣で、まだ相手の顔すら見えていないのに僕は絞殺寸前みたいな悲鳴を上げるしかなかった。
先ず結論から言ってしまえば、妖精國の女王にしてバーヴァン・シーの「母」であるモルガン・ル・フェに羽虫のようにか弱い少年をどうこうするつもりは1ミリたりともなかった。
大体、もしその気だったなら態々新幹線やら在来線やらを乗り継いで消滅寸前の過疎地域なぞに足を運んだりはしないだろう。
神域の魔術師である彼女の力を以てすれば、例え数百キロ離れていようが特定の対象に呪いをかける程度児戯にも等しい。
しかしそれをせずに家の前で帰宅を待っていた時点で、敵意はないと言う証明になるのだ──あくまでも、モルガンにとっては。
『おい……おい!しっかりしろよおい!』
『バーヴァン・シー、彼は一体どうしたと言うのだ』
『何って、お母様にビビって気絶しちまったに決まってるだろ!』
『……そう、か』
しかし少年にとってはそうではない。
ここ数日間の間にバーヴァン・シーの口からその「凄まじさ」について耳にタコができそうな位聞かされていた彼は何とかモルガンを目視できる位置まで近付けたものの、あまりの緊張と疲労と威圧感によって対面したその瞬間に気絶してしまったのである。
これには流石の魔女も困惑するしかなく、崩れ落ちた少年を慌てて支えるバーヴァン・シーを手助けしつつ彼の意識が戻るのを待つしかなかった。
だが、真の問題は此処からだった。
『いや』
『こ、殺さないで……殺さないで下さい……!』
『あの』
『すっげぇ失礼な事言っちゃったのはお詫びしますからどうか命だけは……!』
『……っ、ぶふっ!くく……!マジでおもしろ……!』
意識を取り戻した次の瞬間惚れ惚れする位に綺麗な土下座を繰り出す少年はまぁ仕方ない。
しかし何故バーヴァン・シーは止めもせずに隣で腹を抱えて笑い転げているのか。
他人が困ったり苦しんだりしている光景を見るのに愉悦を覚える彼女の趣味からすれば当然の話ではあるのだが、そんな事をされればモルガンとて極力控えていた「何故いつもお前はそうなのだバーヴァン・シー」を放つか否か検討せざるを得ないのだが。
そもそもからして、モルガンは致命的なまでに言葉が足りない。
何があっても眉1つ動かさない鉄面皮と
故にこそ、必要な事を必要な分しか喋らない。
遊びもなければ遠回しな物言いも出来ない。
そして、そんな魔女が言葉で自体を好転させられる筈もなく。
「すいませんホント……今サッと出せるのがこれ位しかなくて……」
「まぁ、これはこれで。私が事前に連絡の1つもせず押し掛けたのが原因でもありますから」
午後1時を回る頃になって漸く誤解を解く事に成功したモルガンは、縁側にて少年と共に棒アイスを齧っていた。
尤も、現世に合わせたモルガンの「田舎には絶対いないけど都心だったらギリギリいるかもしれない超絶美人OL」な出で立ちが説得の決め手となった事には流石のモルガンも驚きを隠せなかったが。
「……意外と、美味しい」
「まぁ、夏の風物詩ですから」
口の中にじんわりと広がる葡萄の風味を楽しみながら、特に何をするでもなく魔女と少年はぼんやりと庭を眺める。
「スピ……バーヴァン・シーは暫く上がってきませんよ。アイツ風呂長いんで」
「あぁ……でしょうね……」
究極的に言ってしまえば魔力の塊であるサーヴァントにとってシャワーや飲食は娯楽の一環でしかないが、しかしそれ故に重要な行いでもある。
よって、誤解が解けた次の瞬間バーヴァン・シーは風呂へと直行し──取り残された2人は手持ち無沙汰になってしまったのだ。
そこでどうにか会話を生み出そうとお互いに苦心した結果が、今の何とも言い難い微妙な空気だった。
まぁ、此処でも相互の認識に差があった事が原因だが。
「あの……別に畏まらなくて良いですよ……?って言うか、敬語とか使われると逆に此方が申し訳ないです……」
「特に畏まっているつもりはありません。娘の友人に接するならば、これ位が当然です」
少年にとってモルガンはとんでもない非礼を重ねまくった相手であり、モルガンにとって少年は娘が異郷の地で作った大切な友人。
しかし幾ら殺す殺さないの誤解は解けたとは言え早々認識のズレが擦り合わされる筈もなく、ぎくしゃくとした雰囲気は拭える気配が一向に見えてこない。
「……」
「……」
そうして結局無言に落ち着く。
多分、それが正しい間合いなのだ。
単純に相性の話として、どれだけ打ち解けようが両者がこれ以上歩み寄る事は出来ない。
「……明日の昼頃、電車で東京に戻ります」
「……そうですか」
「それまでに何があっても、
「……はい」
「それだけです」
だから、終わりも唐突。
突き付けられた夢の終着点に少年は重々しく頷き──意趣返しとばかりに口を開く。
「じゃあ
「……」
「ちゃんと話してやって下さい、アイツと。カルデアじゃ話し辛い事も全部」
「……ありがとう、ございます」
「……これ以上アイツが泣くのを見たくないだけです」
所詮は、カッコつけに過ぎないけれど。
本当は今この瞬間も不安で押し潰されそうだけれど。
モルガンも少年も既に覚悟は決めていた。
そう、此処から先は玉砕上等。
ただありったけの想いをぶつけるだけだ。
「好きなら好きってちゃんと言ってあげて下さいよ、
「貴方こそ。好機を逃すような愚は犯さないように」
残された時間は既に23時間を切っている。
しかし────この村で少年以上に諦めの悪い人間などいないし、この世界でモルガン以上に諦めの悪い妖精など存在しない。
それが純然たる事実だった。
◯少年
モルガン陛下にクッソビビってた癖にどうしてもカッコつけるのだけは止められない一般田舎民。
モルガンとは根本的に性格が合わないけど嫌いとかではなく上手く話が出来ないだけ。
後今回で漸く恋心を自覚した。
◯バーヴァン・シー/妖精騎士トリスタン/スピネル
事が済んだので今回は終始御機嫌。
直接好きとか言わないだけでもう手を繋ぐ位は当然だと思ってる。
しかも読心は相変わらず機能してるのでクソボケ少年が何考えてるかは全部筒抜けだったり。
◯モルガン・ル・フェ
全然書き進められなかった理由の約7割を占めてる陛下。
少年とは根本的に性格が合わないけど別に嫌悪とかはない。
寧ろ「バーヴァン・シーの友達なのだから非礼の無いようにしなければ…」位は考えてる。
でも言わないから一向に誤解は解けない。
書けなかった理由の残り3割は藤丸立香やオイオイネーを登場させるか考えてたからです。
ゆるして…