「結婚しろって?」
先ず結論から述べてしまえば、クソ田舎は何年経ってもクソ田舎だった。
特に利便性回りに於ては他の追随を許さない超究極レベルのクソ田舎と言える。
相変わらず劣化した道路の此処彼処を突き破って雑草が生えているし、相変わらず最寄りのコンビニは3km先だし、相変わらず最寄り駅は無人駅。
変化と言っても精々改札機がICカード対応になったのと殆ど「無」だった駅前に綺麗な公衆トイレが建った位で、住み辛さで言えば10年経ってもほぼ変わらない。
つまりは25歳になる訳だが、何時まで経ってもこの不便さにぶつくさ文句を言い続ける未来は想像に難くない。
等と嘯いていたのだが。
『そろそろ良い相手、見付からないの?』
そんな時、電話を掛けてきた母から何の前触れもなく投げつけられたのがこの一言だ。
母が単身赴任中の父と暮らすと決めたのは5年前、つまりは
今では都内のマンションで2人暮らしをしており、中学時代の不仲は何だったのかと言わんばかりの仲睦まじい夫婦生活を築き上げているらしい。
そして母が転居した事でだだ余りしたスペースは俺のアトリエになった。
これに関しては本当に感謝している。
後は俺の画家活動を認めてくれたのも。
まぁその結果が息子の結婚催促なのだから、何寝惚けた事言ってやがるとしか返事のしようがないのだが。
大体、今時25で結婚を催促するのが先ずどうかしているだろう。
彼らが若かった頃ならいざ知らず、晩婚化が進むこの世の中早い内に結婚しなければならないという道理は崩壊しているのだ。
『そんな事言ったって……田舎じゃ出会いもないでしょ?』
「ある訳ないじゃんこんなクソ田舎で。大体俺好きな人いるし」
『そう言ってまた誤魔化す……!私知ってるんだからね、あんたホントは誰とも付き合う気すらないって』
にも関わらず相当突っ慳貪な返答を叩き付ける俺にもめげず、母は食い下がってくる。
このようなやり取りは、今回が初めてではない。
もう何回も何回も──それこそ耳にたこが出来る位散々繰り返した話だ。
しかしそれで時代遅れな「お見合い」を勝手にセッティングされかけた事もあるのだから全く油断はならない。
余計な御世話と言うか子離れが出来ていないと言うか、兎にも角にも此方の話を聞きやしないのである。
こう言う時の対策は、ただ1つ。
「あーハイハイ分かったから。忙しいしもう切るよ」
『えっ、いや、あんたちょっと待っ────』
問答無用、スマホの電源を切ってポケットに突っ込む。
東京から此処まで5時間はかかるのだし、説教の為だけに態々戻ってきたりはしないだろう。
連絡を絶つのは単純だが効果的な策だ。
とは言え、これでも大分マシになった方と言うべきか。
中学の頃は最後の方まで会話らしい会話をしていなかったし、高校では絵画の道に進むか否かで毎日のように喧嘩をしたものだ。
それがこうして一方的に電話を切ったりしてもまた懲りずに掛けてくれるようになったのだから、悪くない関係に至れたと考えて間違いないだろう。
そうして喜ぶへきなのか悲しむべきなのか分からない溜め息を吐きつつ居間に戻れば──机の上に散乱する夥しい数の書類と向き合う青年がじろり、と視線だけ向けてきた。
「またですか
「やなこった。大体俺には約束があんの」
「それももう何回目か分からない位聞きましたよ。その割には女性と逢い引きしてる所なんて見た事ないですけどね」
「……黙秘で」
「いやまぁ先生が良いなら良いんですけど」
どうも最初から此方の意見など聞くつもりが無かったのか、言うだけ言って彼──
彼は俺の秘書、みたいなモノだ。
このご時世にしては珍しく絵一本で飯を食っていく事に成功しているのだが、残念な事に俺は文系の化身。
数学はてんでダメだった。
高校でも常に赤点スレスレ、期末試験が近付く度に冷や汗を流しながら徹夜をする羽目になっている身では経理がどうとか確定申告がどうとかまるで分からない。
そんな訳で雇ったのが彼なのだが──まぁ、彼も中々に珍妙な青年だった。
「……てかそろそろ先生呼び止めてくんない?俺と君確かほぼ同年代だったよね?」
「え、嫌ですけど」
「なんでさ」
「そっちの方が何か格好いいじゃないですか。そう思いません?」
「思わないが」
「僕は思いました」
「…そう」
なので呼び方は変えません、と言い切るが言葉に感情は籠っていないし、此方を見ようともしない。
興味がある事柄には何処からともなく現れてしれっと乗っかったりするけれど、反面興味が無い事柄に関してはとことんまで関心を示さない。
仕事が終わればまるで家主のようにふてぶてしくソファーでぐうたらしているし、昼食は炒飯以外決して食べない変則的偏食家。
その癖食洗機が心底嫌いで手洗い以外は認めないとか、頑なに先生呼びを変えようとしないとか、よく分からない部分に尋常じゃない拘りを持っている。
それが二川なる青年なのだ。
──いや、やる事はちゃんとやってくれるから文句は無いけどさ
彼の仕事に不満はない。
寧ろ社会には思ったより変な人が沢山いると知れただけ、彼には感謝している。
そう、かつて彼女が均一化された恐ろしい人々と表現した彼らにだって、当たり前だが個性があった。
人格が、生活が、家族が、趣味がある。
勿論通勤ラッシュに死んだような顔で揺られる人たちだって、各々異なる悩みを抱えているのだ。
そして特に芸術に携わる人間は妙なのが多い。
正に千差万別。
思ったよりこの世界は変なやつでいっぱいだぞー、なんて記憶の中の彼女に思念を送ってみたりもする。
「うーん……気分転換にちょっと外歩いてくるわ。留守番頼む」
「はぁい。いってらっしゃいませー」
まぁ、何はともあれ態々隣町から朝イチでやって来る彼のお陰でこんなクソ田舎でも退屈せずに済んでいるのだ。
しかも彼は大手企業を辞めてまで此方に引っ越してきたと聞く。
あまり好みではない呼び方をされたとて、その程度で責める道理は無い。
ただ。
──先生なんて、柄じゃないよな
母との舌戦に続いて2連続で逃げの一手を打ちたくなる程、「先生」なんて大層な称号は荷が重すぎる。
それだけの話なのだ。
書類に向き合ったまま適当に手を振る二川青年に見送られ、家から出てはみたが──その選択を直ぐ様後悔する羽目になった。
「あっつー……」
鼓膜を揺らすのは、夏も真っ盛りだからまるでくたばる気配が見えない蝉の鳴き声。
視界を揺らすのは、ジリジリと照り付ける太陽によって浮き上がったコンクリート上の蜃気楼。
外を歩いてくると言った手前戻るに戻れず、40度近い気温の中ぼうぼうに生い茂った緑にズボンの裾を擦らせ沿道を往く。
何て事だ、絵を描く為ならば毎日のように平気で出歩いていた短パン小僧はもういないと言うのに。
これなら冷房の効いた我が家に籠っている方がずっと良い気分だっただろう。
「あづいよぉ……」
大して見所のない霊峰に囲まれ、冷やされた空気が入り込む隙間すら存在しないこの消滅寸前究極クソバカ田舎は、今年も相変わらずだった。
時が止まったような、と言えば良いのか。
どれだけ周囲の地域で開発や合併が進んでも、この辺りの山々と田園風景は変化を拒絶したまま。
10年前と比較したって一見すると何も変わっていないように見えるだろう。
しかし、変化が一切無かった訳ではない。
その証拠に、チラリと視線を横に向ければ墓石の集団が目に入る。
全部、この10年で亡くなった村人の墓だ。
あの頃の時点で此処彼処に爺婆しか見当たらなかったのだから、その内の何人かが他界していたとて不思議な話ではなかった。
「……」
無言のまま、手を合わせる。
別に彼らの事は嫌いではなかった。
確かに尋常じゃない位もごもごと喋っていたし、その癖うんざりする位頻繁に話し掛けてきたし、やれひょろひょろだのもやしだのと言いたい放題言ってくれたが、それでも嫌いではなかった。
顔を合わせれば畑で収穫した野菜を分け与えてくれたし、学校の講義では絶対に習えない野山の知識を教えてくれもした。
何時でも、何処でも、自分のペースで。
人理焼却や人理漂白の影響で世界がてんやわんやになっている時だってそれらに流されず、在るがまま──自然体で生きてきたあの人達は、きっと「凄い爺婆」なのだ。
だから、敬意は欠かさない。
中学生のあの頃は持ち合わせていなかったであろう気持ちを精一杯込めて、通り掛かる度に黙祷を捧げる事にしていた。
自己満足の黙祷を終え再び歩を進めていると、急に踏み均された脇道が現れる。
かつては一人分だったけれど、今では4人が横並びになったってまだ余裕がある。
その上杭とロープで作られた簡易ガイドのおまけ付き。
勿論行き先は鬱蒼と茂った森の中で、入り口の横には
『この先、向日葵畑あります』
ポップな文体で描かれた宣伝の横をすり抜け、躊躇う事なく足を踏み入れる。
森の中は丁度道の真上だけ枝を切り払ったらしく、繁っている癖に陽当たりは良好だった。
まぁ、それが良い事だとは思わないが。
蒸し暑い上に日光まで直に浴びねばならないのだから、汗に濡れたシャツが肌にベッタリと貼り付いてきて不快な事この上ない。
もし熱波から逃れようと訪れた人がいれば、近辺と大して変わらぬ気温に間違いなく絶望するだろう。
けど、それでも、10分我慢して歩き続ければ────
「また、咲いてる」
視界一杯に広がるは、鮮やかな黄金色の絨毯。
東京ドーム何個分なんて言える程広くはないけれど、大輪の向日葵が
「……これなら頑張った甲斐も、あったかな」
そう、あの景色は思い出の欠片として残った。
あの名も知れぬ魔術師が人の形を失っても維持していた土地は、1度国庫に返納された後村の地域振興プロジェクトによって再び向日葵の花園として甦ったのだ。
何でも俺が描いた「向日葵畑で、君と」を再現しようとか村長が言い出した結果らしいが──それで地域に貢献出来るなら悪くはないだろう。
──まぁ、
とは言え、10年前に枯れない向日葵畑が存在していた事を知る者は誰一人として存在しない。
この場所が選ばれたのも正真正銘偶然だ。
偶々、相続すらされず放置された土地があったから。
偶々、丁度良い感じの開けた空間があったから。
偶々、取り壊さずとも流用出来そうな小屋があったから。
都合が良すぎる位の「偶々」が積み重なって、向日葵畑は此処にある。
そして、あの頃とは大きく違う点が1つ。
「……これはちょっと、余計だよなぁ」
ポツリと漏れた文句と共に視線を向ければ、無数に咲く向日葵の根元には踏み均された地面が見え隠れしている。
所謂、観光客向けに作られた小路と言うヤツだろう。
これが振興プロジェクトの一環である以上客を呼び込まねばならず、単に外側から覗くだけではなく内側から見て貰おうと言う訳だ。
勿論、理解は出来る。
しかし、俺にはどうにもこれが無粋に思えてならない。
あの頃の俺が書きたがっていたのは手付かずの、自然のままの原風景であって、この様に人の手で整えられた花園ではない。
そしてそれはきっと、あの魔術師だって同じ筈だ。
ぶよぶよの肉塊になって尚彼が永遠にしようとしたのは恐らく
両手で掻き分けねば踏み入る事すら儘ならぬ、無秩序に咲き乱れるあの美観こそ彼が望んだ「ありのまま」であって。
下らない拘りだと自覚しているが、どうにもこの花園に侵入する勇気が出ないのである。
「……帰ろ」
そうだ、さっさと帰ろう。
此処には思い出の欠片があって、今年も向日葵が咲いていて、彼女はいなくて。
それで良いじゃないか。
止まったような田舎でも、10年の時が経てば変わるものだって変わるものは必ずある。
俺の立場しかり、並んだ墓石しかり。
その中に偶々花畑があったと言うだけの話であって、これにぐちぐち文句を言った所で何かが変わる訳でもない。
寧ろこうして不満を募らせる方が余程健康やモチベーションに悪影響を与えるだろう。
「────」
そんな鬱屈とした考えを振り払うべく、軽く頭を振って。
纏わり付く何かを振り切るように、勢い良く振り向いて。
其所に、赤髪の少女が立っていた。
「────え」
先ず目に入ったのは、爪先立ちとほぼ変わらないんじゃないかと思う位にヒールの高いサンダル。
綺麗に整った爪先から伸びるは、其処らのモデルなんて目じゃない位スラッとした脚。
更に視線を上げれば、膝丈まで広がった純白のシフォンワンピースと小洒落た麦わら帽子が目に入る。
そして、顔。
あれから色々な美術やら絵画やらを見てきたけれど──
何も、変わっていなかった。
10年前から、何一つとして。
「────」
正直に言って、全く言葉が出なかった。
こんな浮世離れした、物語からそのまま飛び出してきたみたいな彼女と
そうこうしている内に腰まで届く艶やかな赤髪が夏の風を孕んでたなびき、凛とした印象を与える灰の瞳が細められ────どちらともなく、口を開く。
ああ、前言撤回だ。
いっそ清々しい位の掌返しで魔術師さんには悪いけれど、小路がある花畑も全然アリじゃないか。
だって、そう。
君と並んで歩くには、丁度良いから。
◯センセイ
10年後の田舎少年。
絵画1本でやっていける位には画家として成功しているが、根が小市民な上にそんな器じゃないので先生呼びは滅茶苦茶嫌っている。
一人称は「俺」に変化したがバーヴァン・シーがいる場なら「僕」に戻る。
10年経っても相変わらずあれやこれやで悩んでいるけれどそれはそれとして格好付けるのも止められない大馬鹿野郎。
◯スピネル/妖精騎士トリスタン/バーヴァン・シー
今回はちゃんと許可を貰ってやってきたので着替えてる。
こっからイチャつくのか当初の悪友みたいなノリになるのかは知らん(無責任)
◯二川青年
下手に既存キャラ出して魔術に関われそう感出したら話が成り立たなくなるので適当に放り込んだオリキャラ。
10年前は描いた絵は自分の部屋に貼る位しかしてなかったし誰も見ない自己満足だったけど今はもっと他の人にも見て貰おうと手助けしてくれる人もいるよ!と言う象徴。
名字の由来は「アサルトリリィ BOUQUET」の二川二水ちゃん。
本来は前回のラストからそのまま今回に繋がる予定だったのですが何かエピローグっぽい文→エピローグっぽい文ってテンポ悪いな…と思ったんで分割したのですが、此を以て今度こそ本当に完結です。
最後まで読んで頂き本当にありがとうございました。