向日葵畑で、君と   作:イナバの書き置き

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第2話「限りある夢、原風景にて(中)」

「あっつうい……日本の夏ってのは毎年こんな感じなワケ?信じらんない……」

「残念ながら。君の格好も滅茶苦茶暑そうだけど」

 

 ミーンミンミン、と晩夏のよく分からない蝉ががなり立てている。

 種類は知らない。

 元々蝉には興味が無かったし、あったとしても今だけは全力でスルーしていたと思う。

 と言うか、画材すらマトモに見ちゃいない。

 折角取り出したボードさんには鞄に戻って頂いて、筆くんの出番は訪れる前に終了した。

 残念無念、また明日。

 確かに絵画は重要だけど、毎日そればっかやってたら煮詰まって頭が可笑しくなるので正しい選択だろう──等と考えているが。

 

 今はそれどころじゃない。

 蝉だとか絵画だとかよりもっと重要な問題が背後に転がり込んできて、しかもうっかり振り向いてしまったが為に解決を迫られている。

 取り敢えず──先ず、何をすべきか。

 そう、確認だ。

 現状を確認し客観的に分析する事で何やかんやあって解決策が導き出されるとテレビ番組か何かで言っていた。

 

 故にこそ。

 頭の中で慎重に言葉を練って、聴取から得られた情報をなるべく簡潔に噛み砕いて──意を決して、口を開く。

 

「えーっ、と」

「何よ」

 

 決意を固めた割には歯切れの悪すぎる切り出しに、隣に座った赤の少女が怪訝な顔をする。

 彼女は今、鞄に偶々入っていたレジャー用のビニールシートを(何故か僕が)敷いてその上に腰を下ろしている。

 チラリと視線を向ければ、いかにもって感じのお嬢様みたいな座り方。

 スカートから伸びるスラリとした脚とヒールが艶かしい。

 ついでに言えば、人を疑う表情でさえ画になるような美しさで──じゃなくて。

 確認すべきはこれだ。

 

「じゃあ、あれか?君はブリテン──イギリスだっけ?の良いとこ生まれのお嬢様で」

「ええ」

 

 先ず1つ、赤の少女はイギリス出身の超名門貴族のお嬢様らしい。

 まぁ見るからにそれっぽいドレスを着ているし、顔だって平たいだの何だのと揶揄される日本人とはまるで違うのだから「そう」なのだろう。

 本音で言えば貴族の所は嘘吐いてるか盛ってるんじゃないかと思っているけれど。

 

「生まれて初めての家族旅行で日本に来てて」

「そうね」

 

 2つ、彼女は家族旅行に来ていた。

 何でもずっとイギリ──ブリテン?に住んでいた上に当主である「お母様」の娘として蝶よ花よと育てられてきた赤の少女は、今まで旅行と言うモノをした事が無かったらしい。

 正直に言って、これにはちょっと同情した。

 両親が共働きで顔を見ない日すらある僕ですら家族旅行には行った事があるって言うのに、この自分と同年代かちょっと年上とおぼしき少女は今日までそれすら無かったのだ。

 冷えきった、と言う訳ではないらしいが中々にお辛い。

 どうぞどうぞ、満足するまで存分に日本をエンジョイして欲しい。

 

「初めて見る電車にはしゃいでたら親とはぐれた挙げ句に何時降りれば良いのかも分からなくてこんなクソ田舎に辿り着いたと?」

「そうよ」

 

 そして、3つ目。

 彼女はおよそ日本国民ならば当然のモノとして処理しているであろう「当たり前の」常識に対して非常に弱かった。

 どうも聞いている限りではイギリスを出る時に初めて電車の存在を知ったようで、その(赤の少女目線では)珍妙で沢山の人を乗せて動く鉄の箱に興味津々だったようだ。

 しかし保護者同伴だから降りる駅や改札の仕様については一切知らず、流されに流されてこんなクソ田舎に辿り着いてしまった──そう言う事らしい。

 

「えーっと、だな」

「何かしら」

 

 なるほど、なるほど。

 あぁ、理解した。

 完全に理解した。

 家庭事情とかはあまり深く踏み入らなかったけれど、これはつまり────

 

「バカじゃねえのお前?」

「何舐めた口利いてんだ殺すぞ」

 

 思わず口を衝いた正直な感想に返ってきたのは、これまた正直過ぎるドスの利いた罵倒だった。

 此方を覗く灰の瞳も、絶対零度と呼ぶに相応しい冷えたモノ。

 つまりとても同年代とは思えない、殺すと言ったら本気で殺されてしまいそうな「凄み」があったが──こればっかりはビビってなんていられない。

 正義は我にあり、と言うヤツだ。

 

「いや──いやだってさあ。生まれてこの方こんな間抜けな事するヤツ見たこと無いよ」

「何だとぉ……!?」

 

 少女の美貌が、羞恥の赤に染まり屈辱に歪む。

 傲岸不遜で自分に自信がありまくる類いの輩だと思っていたが、どうも思ったより打たれ弱いらしい。

 ならば──これ幸いと追撃に打って出るしかあるまい。

 

「てか、ずーっと電車に乗ってたら普通どっかでおかしいと思うだろ……何考えてんだよお前……」

「ぐっ、ぬ、ぐぎぎ……っ!」

 

 そうだろうそうだろう。

 反論したくても出来ないだろう。

 どう考えても間抜けなのはお前であって、僕は何も間違っちゃいない。

 電車の降り方もマトモに知らず、こんな田舎まで来ちゃった我が身を呪うと良い──そう思ったところでふと、ある疑問が湧いてきた。

 

「帰んないの?」

「あ?」

「電車に乗って来たんだから、電車で帰れるだろ。親御さんも心配してるだろうに……」

 

 そう、彼女は何故帰らないのか。

 幾ら東京から此処まで4時間以上かかるからと言って、帰れない程ではあるまい。

 合計8時間無駄にすれば都内に帰還は果たせるだろう。

 日本語が喋れなくて切符が買えないだとか、1円足りともお金を持っていないだとか、そんな感じでもない。

 寧ろ勉強したのか日本語は堪能、常識は無い癖に罵倒のレパートリーだけ異常に豊富なエセお嬢様だ。

 だからと言って「折角ここまで来ちゃったんだし、ちょっと観光してから帰るワ」とか言いそうなタイプでもない。

 とことん行きたい所だけ行って、やりたい事だけやる。

 窮屈な現代社会に於いて滅多に見ない感じの生き様を貫いているのは、少し話しただけでも強烈に伝わってきた。

 

 で、あれば。

 何か理由がある筈だ。

 こんな何もない田舎までやって来て、駅からもそこそこ離れた森の中をうろついている理由がある筈なのだ。

 勿論彼女が一切嘘を吐いていない、と言うのが前提になるけれども。

 そこに関しては信じられる──いや、信じてみたいと思った。

 出会いから此処に至るまで、互いの素性すらマトモに知らないけれど、この向日葵畑にいると言う事はあのボロっちい立て看板を見たと言う事で。

 態々面倒な道を進んてまで、初対面の僕をからかいに来た訳じゃない。

 そう思いたかったが──「余計な事を言った」と気付いた時にはもう遅い。

 

「あー、えぇっと、んー……」

「言いたくないなら、言わなくて良いけど」

 

 赤の少女は僕の言葉に対して思う所があるのか悩んでいる様子だった。

 スッとした顎に細くしなやかな指を当て、宙を見詰めて思索に耽る様はそれだけでも何か芸術的なモノを感じさせる。

 どんな角度からでも写真に撮ってコンテストに出せば優勝間違いなし、絵に描いて売り出せば何千万もの価値がポンと付きそうな位彼女自身が「美」に愛されていた。

 そう、絵に描いたらきっと────

 

「あぁ!」

 

 パン、と手を打ち合わせ合点がいった様子の少女に、僕も我に返る。

 いけないいけない、危うく邪念──と言うより下心に囚われる所だった。

 相手は異国の地で深刻な問題を抱えている最中だって言うのに、幾ら何でも下劣過ぎる。

 反省すべし、と頭を振って──

 

「────っ」

「私さぁ────」

 

 嗜虐の色を含んだ灰の瞳が、此方を覗き込んでいた。

 それだけではない。

 顔を──身体全体を此方に寄せて、右肩に腕を乗せて。

 問題の解決を図るのではなく寧ろ混乱させようとする意思の見える挑発的な仕草に、僕は動けない。

 ただ全身を硬直させて、じっとりと絡み付くような視線に唾を飲むだけ。

 そして、耳元に顔を近付けた赤の少女がゆっくりと口を開く。

 

「家出したのよ。ま、所謂家庭の事情ってヤツ?」

「家、出……?」

「そ、家出」

 

 家出。

 言葉の意味は分かる。

 親と喧嘩した時とかに子供が使える、最も効果的な抵抗手段の1つ。

 これをやられると、どれだけ怒っていたとしても親は子を保護しなければいけない以上一旦落ち着く事を余儀無くされ、家出に踏み切った彼らが帰ってくれば状況は完全にリセットされる。

 つまりは我が儘が通じる子供だからこそ使える、最強の仕切り直し戦法だ。

 

「こんな所に流れ着くなんざ思ってもみなかったけど……此処なら中々見付からなそうだろ?」

「あ、あぁ……」

「これだけやればお母様や『アイツ』も必死になって探してくれるんじゃないかって思ってさぁ、まだ帰りたくないの」

 

 それを、彼女はやったと言う。

 聞く限りでは如何にも厄介な問題を抱えていそうな家族関係とは言え、こんな言葉も通じるのかハッキリとしない異国の地で行く当ても決めずに家出したのだと言う。

 何と胆力のある──或いは我が儘な少女なのだろうか。

 自分を通す為なら家族や警察を困らす事を全く厭わないその姿勢は、呆れとかその他諸々を通り越して感服すらする。

 

「それで、なんだけどさぁ────」

 

 それで、何だ。

 家出した事を僕に伝えてどうするのだ。

 家族関係が大変そうなのは理解したし帰りたくないのも分かったが、それを言われたって出来る事など何も無い。

 彼女は何を期待しているんだ。

 そんな風にいよいよ混乱極まってフリーズしている僕の首に腕を回し、しなだれかかるようにして──赤の少女から、「我が儘」が放たれる。

 

 

 

「泊・ま・ら・せ・ろ♡」

 

 

 

 ────────はい?

 

「ど、何処に……?」

「え、お前ん()

 

 嘘だろ、オイ。

 なんて言いそうになった僕をどうか責めないで欲しい。

 だって、普通こうはならんだろ。

 絵を描きに出掛けて、向日葵畑で異国の女の子──しかも自分よりほんの少し背が高い、に出会って、挙げ句に家に泊まらせろって?

 運命的な出会いだとかボーイ・ミーツ・ガールだとか一瞬思ったけれど、間違いなくそれ以上の厄介事だ。

 関わったら色々面倒に巻き込まれると、全神経が警鐘を鳴らしている。

 故にこそ、咄嗟に断ろうと口を開いて。

 

「いや、ちょっと遠慮────い゛っ!?」

「あ、言っとくけどこれお願いじゃなくて命令だから」

 

 だが、長めに切り揃えられ紅いマニキュアの塗られた爪が首筋を軽く、撫でるようにしてなぞった途端、鋭い痛みが走った。

 そして、どくどく溢れ出す生暖かい感触──つまりは血だ。

 ただ彼女が爪で軽くなぞっただけで、首の皮膚を裂かれてしまったのだ。

 

「キレイに切ってやったからすぐ血も止まるけど──断ったらどうなるか、分かるよなぁ?」

「────!」

 

 ヤバい。

 殺される。

 どういう理屈なのかまるで分からないけれど、赤の少女は指先だけで僕を殺しうるだけの能力をもっている。

 成る程、道理で1人でも余裕そうな顔をしていた訳だ。

 襲われたり騙されたりしたって自力で返り討ちに出来る、そう言う類いの自信を最初から彼女は持っていた。

 そしてそんな彼女と話してしまった僕は、格好の獲物。

 互いの経緯を話す中で母が夜中にしか帰ってこなくて殆ど顔も会わせない事を知った彼女は、金を節約する為に無料の宿を手に入れようとしているのだ。

 

 ああ、何てこった。

 完全に騙された。

 如何にも良いとこ育ちっぽい格好と絶世の美少女振りに浮かれてしまったが、そんなに上手い話がある訳ないのだ。

 己のポンコツさを今更のように後悔するも、時既に遅し。

 

「さ、ドッチにする?」

「────」

 

 灰の瞳が喜悦に歪み、唇が弧を描く。

 間近に迫った少女の顔がニヤニヤと笑いながら選択を待ち、垂れ落ちた血が彼女の指を汚していく。

 その上から目線に無性にイラついて、蜘蛛の巣に引っ掛かった虫の意地を見せてやろうと思って、息を吸って────

 

 

 

「泊まって、くだ、さい……」

「ん、それで良いのよ」

 

 そっと指を首筋に添えられただけで、僕は敢えなく折れてしまった。

 普通に無理だった。

 死ぬのめっちゃ怖いし、明日も美味しいご飯が食べたい。

 悲しい位に僕は一般人なのだ。

 

「──あのさ!」

「何よ」

 

 するりと身を離して立ち上がった少女に向かって、声を張り上げる。

 飛び出した声は自分でもハッキリと分かってしまう位明らかな虚勢に震えていて、詰まらない男の意地を受けた少女も鬱陶し気に顔をしかめた。

 でも、1つだけ訊いておかねばならない事がある。

 何よりも大切で、そこそこの時間会話をしたのに1度だって話題にも上がらなかった()()は────

 

「君、名前は────?」

 

 名前。

 そう、名前を訊いていない。

 どこの誰かの内、「どこ」は知っていても「誰」は知らない。

 それは何て言うか、嫌だ。

 例え脅されていたとしても、信じられない程最低な悪女なのだとしても、彼女の名前も知らぬ内に死んでしまうなんて勿体無い。

 

「────っ」

 

 そう言う思いを籠めて、全力の問いを放てば──赤の少女は、ギョッとしたように目を見開いた。

 そして驚愕に、困惑に、或いは()()()目まぐるしく瞳の色が移り変わり────

 

 

「私、スピネル。レディ・スピネルよ。あなたは──?」

 

 

 宝石の女、レディ・スピネルは指に付着した血を舐め取った。




◯レディ・スピネル(仮)
大絶賛家出中。
持ち前の対魔力(EX)と魔術を活かしてガン逃げしてる。
家族関係の事とか嘘を言ってるには言ってるけど全く間違っているワケでもないところがアレな感じ。
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