向日葵畑で、君と   作:イナバの書き置き

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ケット・クー・ミコケル実装記念ですがミコケル要素は殆どありません


番外編「10年後、浜辺にて」

 以前から常々言っているように、僕が住むこのド田舎には何もない。

 スーパーはおろかコンビニすら隣町にしかなく、だからと言ってその不便さに見合った文化や歴史の積み重ねがある訳でもないしアクセスも最悪。

 電車は日に5、6往復しか止まらない上、遅々として進まない道路の整備状況はかの「酷道」にも全く引けを取らない惨憺たる有り様。

 強いて言うなら例の向日葵畑と昨年建て替えたばかりの小綺麗な駅舎が見所だが──これにしたって、雑草がぼうぼうに生えたコンクリートの塊に掘っ立て小屋がくっついているとしか表現しようのない単線ホームが漸くまともなカタチになった、と言うだけの話であって別に褒め称えられるようなものでもなかった。

 当たり前の話だが、これでは移住者など望める筈もない。

 360度どちらを向いても無い無い尽くしの虚無みたいな村落にして、元から少なかった人口の減少によって今正に統廃合の危機に直面している瀕死の自治体なのだ。

 

 が、しかし。

 

 何だかんだ言いつつかれこれ20年以上へばりついている僕は、このさっさと引導を渡してやった方が県も住民も楽になれそうな限界集落に新たな価値を見出だす事に成功した。

 そう、それはちょっと地図を開く発想があれば直ぐにでも思い至れる簡単で単純な事実。

 或いは都市部だとか観光の名所ばかりに向けていて羨望に曇った瞳では全く気付けなかった、新たな視点。

 即ち────

 

 

 

 ──実は電車一本で日本海を見に行ける

 

 

 

 と言うメリットである。

 

 

 

▼▲▼▲▼

〔 番  編 〕

 

 

10年後、浜辺にて

 

 

ある妖精騎士の話

──×──

"The Grimalkin takes a trip to a little beach."

▲▼▲▼▲

 

 

 

 センセイが何かを隠している、とバーヴァン・シーが気付いたのは今から大体一週間程前の事になる。

 美術ではなく労働で賃金を稼ぐ人間が多数を占める日本社会に於いて珍しく油彩画一本で生計を立てている彼は、それ故に日中はそこそこ忙しい。

 恐らく、美術家が四六時中キャンバスに熱中していられる時代は当の昔に過ぎ去ったのだろう。

 数学的な物事がてんでダメな彼に代わって財務関連を担う二川はバーヴァン・シーの目から見てもそれなりに仕事の出来る人間ではあったが、しかし個展の打ち合わせだとか雑誌のインタビューだとかそう言った部分はどうしても当人が出張らなければならず──早朝に家を出て日も暮れてから帰ってくる、と言うのも然程珍しい話ではなかった。

 しかし、だ。

 

 ──嗅ぎ慣れない匂いがする

 

 それは決して他の女を想起させるような飾ったものではなく、都市の過密が繰り出す淀んだ空気の重みでもない。

 この村でも妖精國でも一度も感じた事のない、それでいてどこかで嗅いだ覚えはある不可思議な香り。

 考えれど考えれどその正体は一向に掴めず、遂には恥を忍んで彼の手作り菓子を勝手に貪り喰らう駄竜と化したメリュジーヌに彼が何を隠しているのか訊いてもみたのだが──彼女にしてものらりくらりと答えをはぐらかすばかりで、例えどんな事情があろうと教えられないとの態度を崩さなかった。

 取り分けバーヴァン・シーを苛立たせたのは、そのあしらい方だ。

 どうも何か知っているらしいのは間違いないのにのらりくらり、知らぬ存ぜぬの一点張り。

 仕舞いには高級菓子での買収も試みたが、態々隣町まで行って買ってきたシュークリームを頬張りながらメリュジーヌは苦笑して言ったものだった。

 

『作ったものは好きに食べて良いって約束だから、悪いけどそれは言えないかな。大体、そこまで知りたいなら当人に直接訊くなりこっそり後をつけるなりすれば良いじゃないか。僕たちに口止めはするけど知られたなら仕方ないって感じだったしね』

 

 それが出来ないから訊いてんだろ、って言うか肝心な所は隠す癖に何ちゃっかりシュークリームは食べてんだよ──そんな罵倒だけ飛ばしてその日は退いたバーヴァン・シーだが、無論この程度で諦めるつもりはなかった。

 大体、メリュジーヌを当てにしたのが間違っていたのだ。

 別に告白した訳でもないのに、何ならお母様と言う存在がありながらマスター……藤丸立香の恋人を自称する色ボケ妖精騎士にマトモな返答を望んだところで返ってくる筈もない、と今度はバーゲストに尋ねてみたものの、彼女の口から出てきたのは「知りたいなら自分で訊け」というまたしてもにべもない一言。

 受け流していただけまだメリュジーヌの方がマシだと思える程取り付く島もない。

 これには「流石に根回しがしっかりし過ぎてるだろ」と舌打ちせずにはいられない──正に八方塞がりだった。

 

 とは言え、少女に彼を咎める資格はない。

 誰にだって隠しておきたい秘密の一つや二つ位あるだろうし、他ならぬバーヴァン・シー自身も未だ妖精國で己の身に起こった事象を全ては打ち明けられた訳ではないのだから。

 無論、青年が()()()()の事で失望するなどとは毛ほども思っていない。

 自分がやったことややられたこと、それら全てに表情を面白い位変えながら結局は今のバーヴァン・シーを受け入れてくれるだろう──彼はそういう人間だ。

 しかしそんな確信を抱いていても中々勇気が出せないのがバーヴァン・シーという妖精で。

 自分も秘密がある癖に青年が自分に隠れて何かコソコソやっていると不安で不安で仕方ない、という捻くれた性根を抑えられないのが彼の前では未だにスピネルを名乗る少女の性であった。

 そしてそんなバーヴァン・シーの様子を見かねたのだろう。

 何をやっても思うように気が乗らず、意味もなく地面を蹴るヒールが苛立ちのあまり穴を掘り始めそうになった頃、突然少女はモルガンから教えられた。

 

『海へ行きなさい』

 

 行けば分かる、とだけ言ってその場を立ち去った女王が何を考えていたのか、その時のバーヴァン・シーには分からなかった。

 今まで静観していたのだから間違いなくモルガンも口止めをされていた筈であり、女王として規範を敷く彼女が自ら約束を反故にする事は有り得ない。

 それなのに何故このタイミングで、何の為に。

 何の脈絡もなく降って湧いたチャンスを直ぐには信じられず、実は彼の身に何か起こっているのではないか、と彼女にしては珍しくモルガンを疑いもしたが──しかしそれならば尚の事気になって仕方がなくなり、結局沸々と湧きあがる「海へ行かなければならない」はものの数分で他の一切合切をバーヴァン・シーの内から消滅させていた。

 

 本棚から引っ張り出した地図帳をそのまま手提げバッグに投げ込んだバーヴァン・シーは、間髪入れずに昨年改装されたばかりだという最寄り駅へと足を向け──時刻表を調べずに飛び出してきてしまった為に30分程の足止めを受けた後、漸くやってきた電車に乗って日本海を目指していた。

 尤も、その段階で漸く自分の足で動いた方が速い事に気付いた訳だが。

 

「…おっそ」

 

 そうして今、購入した切符の区間を無視する事も出来ずにバーヴァン・シーは使い古された気動車のボックス席に座っているのである。

 生来の生真面目さとサイアクでザンコクを自称する()()()()()()()()()らしい突拍子の無さが組合わさった、ちぐはぐな行動だが──しかしこうして他の乗客もいない中、頬杖を突いて車窓の景色を眺めていれば見えてくる事もそれなりにあった。

 

 ──どうやらアイツは海に行っているらしい

 

 成る程、そう考えればあの慣れない匂いも想像が付く──所謂磯の香りというヤツなのだろう。

 そもそもサバフェス以来久しく海を見ていない上に、八方を山に囲まれた村が生活拠点な自分では正体に至れないのも納得だった。

 そこに気付ければ何をしているかだって直ぐに分かる。

 恐らくは、いや、基本的にインドア派な彼が態々海に行くなら十中八九絵を描く為に違いない。

 何でも描くけれど風景画が得意なアイツならそうするだろう、というある種の信頼がバーヴァン・シーにはあった。

 けれど────

 

 

 

 ──何でそれを私に隠すんだよ

 

 

 

 隠すなよ、描いてるとこ見せろよ、てか海に行くなら連れてけよ、水着(の霊基)だってちゃんと用意してんだぞ──なんて柄にもない事を心の中で叫んでしまう位に、ただそれだけが腹立たしい。

 

 

 

▼▲▼▲▼

 

 

 

 陽は既に下辺を水平線に触れさせ、大きく開かれた空と海を茜色に塗り替えている。

 晩夏の太陽に照らされながら降り立った駅の前を走る沿岸道路に沿って暫く歩けば、そこはもう「知る人ぞ知る」といった風体の小さな浜辺だった。

 そしてそんな浜辺の真ん中に置かれたイーゼルスタンドに、その絵は立てかけられていた。

 

 ──海

 

 左右に伸びて浜を小さく見せる岬も構図の中に収め、眼前に広がる夕暮れの全てを切り取ったような油彩画が其処にある。

 上部の幾らかをまだ空白が占めていることからそれがまだ未完成なのは明らかだったが、バーヴァン・シーにはそれが彼の作品であると一目で判別出来た。

 風景をそのまま描き写したような精緻に富んでいながら、細かな部分にはただもの寂しいだけではない命の力強さが宿っている──それが彼の画風だから。

 そして塗り付けられた絵具の乾き具合に青年がそう長時間離れている訳ではないのを感じたバーヴァン・シーは、纏った服が汚れるのに少々の苛立ちを覚えつつも砂浜に座って彼を待つことにした。

 しかし、じりじりと太陽を呑み込みつつある水平線を見詰める少女の灰の瞳に焦りはない。

 

 そう、何があったにせよ彼の下に帰ってきた。

 また彼が描いた絵をこの目で直に見ることが出来た。

 一先ずの心配も晴れたのだから、これ以上何を望む必要があるのだろう。

 真にそう思うからこそ、バーヴァン・シーは待てるのだ。

 況してや波の押し引きに合わせて刻一刻とその形を変え、あらゆる者を惹きつける。

 不安も、猜疑も、呪いも、何もかもを全部溶かしたってまだまだ余りある、茜色の海原があれば────

 

「げっ、もうバレたのか……」

 

 背後から来るだろうと分かっていても、思わず胸が高鳴った。

 そうして恐る恐る振り返った()()()()は、何度見ても飽きない安堵の根源が変わらずそこにあると知る。

 

「中々良いでしょ、海も」

 

 スピネルが降り立った町とは反対の方へと足を伸ばしていたのか浜辺に点々と足跡を残した「彼」は、夕陽に照らされた顔に困惑混じりの苦笑を浮かべていた。

 ありふれた、十把一絡げにしても何ら問題ない凡人そのものの出で立ち──なのに。

 

 ──あれ、コイツ()()()だったかな

 

 無地のTシャツに重ねたネルシャツが風を孕んではためけば、自然と視線が惹かれてしまう。

 砂浜を踏みしめるハンティングシューズが視界の隅に入るだけで、胸の内に熱が灯る。

 罷り間違っても美男とは言い難いが、言葉にし難い「何か」がある。

 故に──放って寄越されたジュースのペットボトルをキャッチしたスピネルが「アイスティーじゃないのかよ、気が利かねえな」などと口走っているのに気付いたのは、頭が真っ白になって言いたいことが根こそぎ吹き飛んでしまった後だった。

 

「いいだろ、別に。元々自分で飲もうとしてたんだし……それに、海を眺めながらジュースってのも結構悪くないよ」

 

 しかし、青年は悪態もまるで意に介さない──憎まれ口の裏に隠そうとしていたものなんて既に見透かされているのだろう。

 男子三日会わざれば刮目して見よとはよく言うが、10年会わないとこうもなるのかとスピネルは舌を巻くしかない。

 そうして不意に垣間見えた10年前とのギャップに呆けるスピネルに再び苦笑を向けた青年は「モルガンさんかな、バラしたの」と穏やかな声音で続ける。

 

「後ちょっとで完成するって時にスピネルが来たんなら、多分そうなんでしょ?」

「おまえ……」

「どうしても最初に見せるのはキミにしたかったんだ」

 

 やはり、何となく想像した通りだった。

 青年が態々自分に隠してまで絵を描くなら、凡そ他の理由は考えられないだろう。

 そして他人の内面にそれとなく寄り添う事は出来ても中々踏み込めないスピネルであれば直接訊いてくる可能性は低いと踏んで、周囲に予め口止めをしていた。

 改めて事の次第を理解すれば納得は出来るが、だからこそ何か腹が立つ。

 しかし「隠し事とかムカつくんだよな、センセイの癖に小癪なことしやがって」等と肩を怒らせて詰めよれば────

 

「結局向日葵畑の絵、キミにあげられなかっただろ」

「あ……」

「それに、色々貰ってばっかりだし」

 

 そう言って、青年は足元へと視線を逸らす。

 

 ──そういうことかよ

 

 成程──確かにあの絵は少女の手元にはなく、現在は東京の美術展に展示されている。

 青年の代表作にして異色作でもある「向日葵畑で、君と」は今や彼一人の自由意思で誰かに譲渡出来るものではなく、その上再会して早々スピネルが創り上げた渾身の一作──ハンティングシューズまで貰ってしまえば、青年が不平等を感じるのも当然だろう。

 スピネル自身彼から同じだけの贈り物を貰えば落ち着いていられないのは明白だったから、言わんとすることは直ぐに分かった。

 

 要は、何かしらをスピネルに返したかったのだ。

 

 はぁ、と思わず溜め息が漏れた。

 何て馬鹿なのだろう──見てくれは多少マシになっても中身があの頃から何にも変わっていない。

 愚直で、手が届く範囲なんて冗談みたいに狭い癖にその範囲でやれる事をやろうと藻掻いて、格好付けるのを止められない少年のまま。

 何かあったのではと心配したのも馬鹿らしくなってくる。

 

 

 

 ────でも

 

 

 

「じゃ、さっさと描き上げて。ここで待ってるから」

「え゛っ……!?」

 

 そんな少年だからこそスピネルは好きになって、今もずっと好きなのだ。

 

「前は途中で寝ちゃったけど、今度は最後まで見るわ」

「ま、マジか……」

「あ、日が暮れるまでに描き終わらなかったらシールにするからそのつもりで」

「シール!?何でシール!?」

「んなもん決まってるだろ?罰ゲームだよ罰ゲーム♪締め切りを決めとかないと作家ってのは何時までもうだうだサボりまくるってサバフェスで学んだからなぁ」

 

 慌てて画材道具を漁り出した青年の横に改めて腰を下ろしつつ、少女は笑う。

 そう、変わったものもあれば変わらないものもある。

 或いは少年がちょっと成熟した部分のある青年に成長したように、少女もこの10年間で相応に成長したと言い換えても良い。

 その証拠に。

 

 新生した妖精騎士トリスタンは。

 

 呪いを飲み干したバーヴァン・シーは。

 

 祭神の巫女、ケット・クー・ミコケルは。

 

 そしてザンコクで、ワガママで、サイアクな妖精少女スピネルは。

 

 

 

「ま、精々頑張れよ♪私の騎士サマ────」

 

 

 

 何でもない、何にもない。

 でも何にも替えられないこの時間が最も幸せだと、知っているのだから。




◯バーヴァン・シー/妖精騎士トリスタン/ケット・クー・ミコケル/スピネル
妖精騎士にして祭神の巫女にしてサイアクでザンコクな10年後の少女。
サバフェスでのあれこれも含めて色々成長した結果「スピネル」を名乗っている時でも少し落ち着きを得た。

◯センセイ/青年
折角描いた絵は見せられないし靴貰っちゃうしで何か返そうとこっそり新しい絵を描いていただけの、相変わらずバーヴァン・シーの前では格好付けるのが止められない青年。
最後に騎士扱いされているがこれは文化功労的な側面からのものであり、バーヴァン・シーも妖精騎士の重みを知ったので当面叙任をするつもりはない──尤もあくまで当面の話でしかなく、他ならぬバーヴァン・シーが周囲に言いふらしているので当人以外の誰もが知っているが。
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