向日葵畑で、君と   作:イナバの書き置き

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第3話「限りある夢、原風景にて(下)」

 我が家は──田舎の建物、と言う割には広く新しい。

 昔から代々住んでいたと言う父方の家を5年程前にリフォームし、水道から何から新築した方が早いレベルに取り替えたのだからその「現代らしさ」は折り紙付きだ。

 と言うよりは、リフォームする前が酷すぎたのだ。

 口にするのもおぞましいレベルで広さだけが取り柄の老朽化したきったねえ屋敷が、多少コンパクトになったものの最新設備を手に入れたのだから、家事で苦労していた母共々嬉しさで跳ね回っていた記憶がある。

 

 そしてちょっと日が傾き始めた今、家族3人で夢見た理想のマイホームを指差して我らがスピネル嬢はこう言い放った。

 

「ふぅん、日本の家って思ったより小さいのね」

「何て事を言いやがるお前」

「小さいモノは小さいんだからしょうがねぇだろ」

「いやそもそもからして小さくねえって。これで小さいならどんな所住んでたんだよお前」

 

 それは、ダメだろう。

 言って良い事と悪い事ってのがこの世にあって、仮にも他所様の家を指して「小さい」発言は間違いなく悪い事に該当する筈だ。

 それだけならまだしも、(脅してる立場ではあるが)泊めてもらおうとしている家の住人を相手に堂々と罵倒出来るとは恐れ入った。

 世間知らずと言うか我が儘と言うか、此処まで来れば「外見だけかお前はぁ!」と罵りたくなってしまうレベルに色々と酷い。

 マジで性格が全部台無しにしてる、と心の中で愚痴りつつ門を開いて────

 

「私、城に住んでた事あるもの。これじゃ全っ然物足りないわ」

「さいですか……」

 

 面白くなさそうな表情のスピネルからすっ飛んで来た爆弾発言に、がっくりと肩を落とした。

 そりゃそうだろうよ。

 イギリスで城に住むようなお貴族様なら、小さめの屋敷程度じゃ満足出来ないに決まってる。

 でも此処は別荘地にもなれないクソ田舎で、単身赴任して必死にお金を稼いでいる父は何の変哲もないサラリーマンなのだ。

 貴族と一般市民を一緒にしないでくれ。

 

 てかコイツ一体何なんだ。

 よく考えたら現代では本物の貴族だって城には住まないだろうに、それをスピネルは当然のように流している。

 やっぱり貴族とか言うのは嘘で、本当はヤバい性格のコスプレイヤーなのかもしれない。

 そう考えるのが自然だ。

 ただ、一般人と言うには彼女はあまりにも浮世離れしていた。

 立ち振舞い、仕草、話し方。

 どれを取っても僕らとは根底から違うんだ、と思ってしまう事が多々あったのだ。

 そしてそれはまるで物語から出てきたような隔たりで──現状の「嘘だろ?」と言いたくなるような流れも合わせて不思議な真実味を与えてきた。

 

「……?何してんのお前。ボケッとしてないで早く鍵開けろよ」

「あーはいはい。今行くから待っててな」

 

 等と考えている内にスピネルは玄関前に辿り着いて扉をガチャガチャやっている。

 どうにも──こう言う事を考え出すと周りが見えなくなるのは悪い癖だ。

 なればこそ、疑問と困惑はさておき不思議そうな顔の彼女を追いかけながらポケットから家の鍵を取り出した。

 

 

 

▼▲▼

 

 

 

 結論から言ってしまえば、家の案内は遅々として進まなかった。

 そもそもからして(城とかそう言うの以外では)我が家が広い事や、僕自身が自宅紹介に不慣れだった事もあるが──何より、スピネルが常識知らずかつ全然言う事を聞かない。

 

 そんな彼女の罪状を順に並べるとするならば、まず1つ目。

 

『いや、待って。靴脱いで』

『は?何それ?そんな事する意味ある?』

『床が汚れるだろ!?』

『汚れねーよ!てかブリテンだとこれが普通よ!』

『此処はブリテンじゃなくて日本だろ──いや待って待って!ホントお願いだから脱いで!』

 

 玄関から上がる際に、レディ・スピネルは靴を脱ごうとしなかった。

 しかしこれには情状酌量の余地がある。

 皆様御存じの通り欧米では自宅でも靴を脱がない文化が定着化しているし、生まれてこの方イギリスから出た事の無いスピネルが日本文化に疎いのも仕方ないと言えるだろう。

 しかしキッチリ説明をした上で何故か抵抗する彼女をあの手この手で懐柔し、不承不承ながらもやたらヒールの高い靴から脚を引っこ抜かせるまでに20分。

 

 そして、2つ目の罪。

 

『……何を、してる?』

『あー?靴漁ってんだよ。センス良いのあったら参考にしようと思ってな』

『それ、片付けんのは誰だと思ってるんだ……?』

『勿論アナタでしょ?頑張れよ豚野郎☆』

 

 火元を確認しようとちょっと目を離した隙に、レディ・スピネルは玄関のクローゼットを開け中に入っていた靴やら何やらを漁ってはそこら中に放り出していた。

 で、散らかすだけ散らかした後はお眼鏡に敵う物が無かったのか詰まらなそうに鼻を鳴らしてどっかに行く始末。

 最早許し難いとか傍若無人とかそう言う次元ではない。

 しかし僕の言葉など聞かないだろうし、溜め息を吐きながら元に戻すのに四苦八苦して30分。

 

 最後に、3つ目。

 

『あっはははは何これぇダッサぁ!ビミョーな絵を飾ってんのは良いけど熊の置物とか置いてんのはダメだろぉ、ヒヒッ……0点っ!』

『……』

『キッチンはぁ……60点!整ってるけどこれじゃ飾り気が無さすぎるわね……』

 

 何と罪人スピネル嬢は我が物顔で家中を駆け回り、家具やら小物やらに点数を付け始めているではないか。

 しかも低めに。

 あまりの暴れっ振りに「何様のつもりなんだお前」と言わなかった僕を誰か褒めて欲しい──と言うか本当に何様のつもりなんだコイツは。

 一言目からヤバい輩なんだろうな、とは思っていたけれど想像を遥かに上回るレベルで面倒臭い。 

 

『……』

『……何だよ?』

『いや何でもない』

 

 げんなりした表情を隠さずにいるとまたしても訝しげな目を向けられたが、最早言葉位しか取り繕えない。

 まだ玄関から動いてすらいないのに、すっかりヘトヘトで────

 

 

 

「つっかれた……」

 

 等と腑抜けた事を思っていたのがかれこれ6時間程前になる。

 すっかり絶望しきっていた夕方の自分には大変残念な話だが、真の面倒はその後に、しかも複数回に渡って押し寄せたのだ。

 やれ椅子が硬いだの、折角作った飯が合わないだのと暴れ回った事に比べれば玄関ではしゃいだ位全く大した事が無かった。

 いや、それはそれで慣れたらダメなんだろうけれど。

 

「頼む……なるべく長く湯船に浸かっててくれ……!」

 

 スピネルは風呂に行ったので今はこうして自室のベッドに座ってぼんやりとしていられるが、この「自由時間」も後何分続くか。

 つまりは次に部屋の扉が開いた時こそ、地獄再開の時となる訳だが──両手で掲げたスマートフォンの画面には、黒い文字で「110」。

 

「……通報、するか?」

 

 それが正しい、と僕自身思っている。

 当人の言葉を信じるならばスピネルは異国からの渡航者で、王室とまでは言わなくともかなり高貴な身分の御令嬢なのだろう。

 幾ら関係がぎくしゃくしていようともきっと彼女の親御さんは心配しているだろうし、警察に相談して捜索願が出ているかもしれない。

 だったら、普通に考えて通報すべきだ。

 それが人として、日本に生きる人間として正しい行為だ。

 

「……」

 

 でも────何故か発信マークをタップする事が僕には出来なかった。

 彼女は見掛けだけ美少女だが中身は性悪の、ぶっちゃけてしまえば最低女である事に疑いはない。

 開幕罵倒されるし殺されかかるし家はけちょんけちょんに貶されるし、1日だって側にいたら頭が可笑しくなる事も間違いなしだ。

 分かってる。

 それはよく分かってる。

 それでも、やっぱり押せない。

 どれだけ指に力を込めようとも、やはり受話器のマークに触れる事だけは出来なかったのだ。

 

「あー、クソ……っ!何なんだよ……!」

 

 苛立ち紛れにスマホを投げようとして、結局それも出来ずに枕に放る。

 心の中は得体の知れないイライラが渦巻いて正常な思考を妨げているし、やるべきと思った事は出来ないし。

 流されるままで本当に情けない。

 優柔不断と言うか、自分のこう言う所がずっと昔から嫌いだった。

 もっとこう、色々な事をバシッと決められるヤツなら良かったのにうだうだと管を巻き続けて、まるで生産性が無い。

 加えて通報してさっさと縁を切るにしろ匿って苦労を続けるにしろ、どちらかを選択してそれを貫き通すような覚悟も無い。

 暴走するスピネルに引き摺られて、ずるずると家に連れ込んで、一体何をしたいんだか。

 

「────おい!」

 

 そうやって己の不甲斐なさを嘆いていると──バァン、と下手すりゃ壊れそうな位派手な音と共にいきなり扉が開く。

 思考を中断し視線を向ければ、バスタオル1枚纏って全身からほかほかと湯気を立てるスピネルの姿。

 

「見てんじゃねえぞ豚!」

「あ、はい」

 

 水気を帯びて艶やかな赤髪とか白く肉付きの良い太腿とか、普段であれば赤面していた所なんだろうけど彼女の「アレ」っぷりを知った今では最早何も思わない。

 そうして仏のような心のまま次の言葉を促すと────

 

 

「シャンプー切れたから今すぐ足せ!」

 

 

 

 さいですか。

 

 

 

▼▲▼

 

 

 

 実に田舎らしい鈴虫の鳴き声と、扇風機が回る単調な音が少女の耳を打つ。

 

「……」

 

 赤の少女、レディ・スピネル──否、人理継続保障機関「ノウム・カルデア」によって召喚されたサーヴァント(英霊)が一騎、妖精騎士トリスタンは屋根裏部屋の暑苦しい空気の中でぼんやりと天井を眺めていた。

 空気が出入りするのは階下で寝息を立てている少年の部屋に直通する出入口と、蒸し暑い夜闇へと繋がる滑り出し窓の2種類のみ。

 隅に置かれた古めの扇風機が首を振ってはいるものの、精々空気を掻き回す程度で気温に対して何か効果を発揮している訳ではなかった。

 

「……」

 

 そもそもからして、魔力によって肉体を構成された擬似生命体であるサーヴァントに睡眠や食事は()()ではない。

 究極的に言えば、魔力の供給さえあれば飲まず食わず寝もせずに何日でも活動を続ける事が可能であり、空腹や眠気を覚える事はあってもそれは無視出来る程度のモノだ。

 故に、トリスタンが眠る事は無い。

 それよりも今の彼女には休息よりも己への嘲笑が必要だった。

 

「何やってんだろうな、私……」

 

 切っ掛けは、本当に些細な事だ。

 トリスタンが所属するノウム・カルデアには本当に──本当に沢山の英霊がいる。

 アルトリア・ペンドラゴン(ア ー サ ー 王)に始まり、英雄王だの神霊だの鬼だの探偵だのと、それはもう歴史に名を馳せた強者達が闊歩しているのが自然状態なのだ。

 

 そんな中にあってトリスタンは──まぁ、特に何もしていなかった。

 勿論竪琴()であるフェイルノートを用いての戦闘能力は他の英霊に何ら劣らないし、自らの夢である最高の靴を作るべく工房に通い詰めてみたりもしていたが、それで自分が誰かに必要とされているかと言えば──果たして、どうなのだろうか。

 それでも、その時は自分について深く考えようとはしなかった。

 それが享楽を好む妖精としての本質であり、徹頭徹尾自分の流儀を曲げないトリスタンの生き方なのだ。

 

 だが──汎人類史最後の希望()()()「彼」の護衛として何騎かのサーヴァントと共に日本の地に降り立ったその時、トリスタンが塗り潰した筈の不安は明確な恐怖となって蘇った。

 強調しておかねばならないが、彼女が感じた恐怖は並大抵のモノではないのだ。

 その証拠に、簡素なベッドの上に踞った少女の瞳は英霊らしからぬ恐怖と困惑に揺れている。

 

「何だったのよ、アレ……」

 

 今でも両手で頭を抱えなければ全身が震えてしまう程に、「アレ」は恐ろしかった。

 希望も夢もまるで無い、ある種狂気的とも呼べる現象だった。

 そう、ズラリと並んだ人々が数分おきにやって来る鉄の箱に呑み込まれ、次々と何処かへ運び去られていくその光景を現代の日本人は────

 

 

 

「 通 勤 ラ ッ シ ュ 」

 

 

 

 と呼ぶ。

 

 何だそんな事か、と思う人もいるだろう。

 だが、我が儘で傲岸不遜で悪辣な妖精騎士トリスタンはよもや通勤ラッシュがこれ程までにおぞましい現象だとは思いもしなかったのである。

 没個性で、均一化の極みだ。

 磨かれてしかるべき宝石が、石ころの中に埋もれて見えなくなってしまうような愚かさだ。

 

「私は、違う。あんなんじゃ、ない……!クソ、落ち着け……落ち着けったら……!」

 

 そして──数多いる英霊の中で大した輝きを見せられていない、トリスタンと同じだった。

 寧ろ他の英霊は自分だけの「輝き」を見出だしているのだから尚更質が悪い。

 例えるならば、トリスタンは1等級の輝きを放つ宝石の中に紛れ込んだ似非宝石(スピネル)だ。

 暫くの間は彼等に成り済ます事が出来るだろうが、やがては正体が露見してしまう定めにある。

 そうして偽物の烙印を捺された石ころ(トリスタン)は、どうなってしまうのか。

 

 ────棄てられてしまうだろう。

 

 それに気付いた瞬間、妖精騎士トリスタン──否、寂しがりやで皆の慰め者な■■■■■・■■は、此処がどこなのか何の為に訪れたのかも忘れて駆け出していた。

 嫌だ、嫌だと譫言のように呟き、錯乱したまま恐怖を感じている筈の電車に乗って当ての無い旅へと飛び出したのだ。

 

「っ、ぅ……痛い……!頭が……痛いの……!」

 

 そして、トリスタンは名も知らぬ辺境の村に流れ着き──ある種「運命」とも呼べる遭遇を果たした。

 今日一日甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた彼の存在を、その意味をガラスが突き刺さったかのような頭痛の中で少女は何度も反芻して確かめる。

 

「私、だけじゃない……!私だけじゃないの……!1人じゃないなら……!」

 

 それは普段のトリスタンなら真っ先に見下すであろう、凡俗を体現したかのような少年だった。

 どうにも冴えない印象のポロシャツを着た、人の形をした平々凡々だった。

 ひ弱で、常識的で、「自分」を見付けられていない、謂わば同類と偶然にも彼女は出会したのである。

 

「縛、れ……違う、縛って……『私』が何処かに行ってしまわないように、崩れないように……ねぇ……」

 

 故にこそ、■■■■■・■■の執着は凄まじい。

 血走った灰の瞳に宿る狂気は最早一方的で身勝手なシンパシーと言い換えても良く、見ず知らずの全く何の縁もない少年を「自分のレベル」に引きずりおろす外道の行為が見え隠れしている。

 あぁ──これ程おぞましい事があるだろうか。

 疲労から階下で眠りこけている少年は、己を見失い曖昧な状態の■■■■■・■■が齎すワガママ、キマグレ、ザンコクに考え得る限り一番サイアクな形で巻き込まれようとしているのだ。

 

「あなたが縛ってくれないのなら────」

 

 ■■■■■・■■が、自らの愚行に気付く事はない。

 ただ「自分」を保つ為だけに、傲慢で奔放な妖精騎士トリスタンでいる為だけに少年を喰らい尽くさんと、酸素を求めて喘ぐ口腔で吸血妖精の鋭い牙が煌めく。

 そして────

 

 

 

 

 

「私があなたを、縛るから」

 

 

 

 

 

 どす黒い血の涙を流しながら、妖精バーヴァン・シーは嫋やかに微笑んだ。




◯バーヴァン・シー
誰もが笑顔の慰め者。
隠そうとしたって、無かった事にしようとしたって決して消えない忌まわしい記憶に苛まれ、ごくありふれた光景を起点としてフラッシュバックしてしまった事で「彼」の下から遁走する。
少年の正常性を食らって自分を保とうとするその様、正しく吸血妖精。
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