向日葵畑で、君と   作:イナバの書き置き

4 / 21
感想、評価、お気に入りなどありがとうございます。
ボーイミーツガール杯期間中の投稿はこれが最後になると思いますが、今後も続けていきたいと思います。


第4話「限りある休日、我が家にて(上)」

「……?」

 

 目が覚めたら、超至近距離に灰色があった。

 キラキラと輝いているように見えて、どこかくすんでいるようにも見える綺麗なその灰は──少女の瞳。

 大変不本意ながら昨日より我が家の居候となったスピネル嬢が、ぐうぐうと安眠を貪っていた僕を覗き込んでいたからに他ならない。

 そうしてぼやけていた視界がハッキリしてくると──視界一杯に広がった少女の顔が、にんまりと喜悦に歪む。

 

「寝惚けてないで起きろ豚。もう7時半なのよ?」

「……二度寝良いすか」

「ぶち殺すぞ」

 

 昨日の出来事は全部夢でこれまで通り代わり映えのしない夏休みだろう──と言う幻想は一瞬で打ち壊された。

 小悪魔的な美少女、と呼ぶしかないスピネルの美貌から開口一番放たれたのはやはり辛辣な言葉だったし、昨日放り投げたっきりそのままにしてあるスマホが枕元に転がっている事からも、これが現実である事は明白だ。

 大変残念だが、やはりこの横暴の権化とは暫く付き合いを続けなければいけないらしい。

 

「おあよ……ございます……」

「……いや、もうちょっとシャキッとしなさいよ」

 

 するりと下がったスピネルの冷たい視線を受け止めつつ、毛布をはね除けベッドからずりずりと体を引き摺り落とす。

 ここは彼女の言う通り「シャキッと」すべきなのだろうが、どうも昔から朝はダメだった。

 目覚ましをかけても、声をかけられても全然ダメ。

 普段なら母の手によって窓を全開にされ太陽の光を燦々と浴びた上にタオルケットをひっぺがされて漸く目が覚めるレベルなのだから、我ながら始末に終えない。

 挙げ句起床した後も割と曖昧な事が多く、「ふと気付いたら着替えて玄関に立ってました」なんてのもザラにある。

 つまり、「朝」は僕にとって不倶戴天の敵なのだ。

 

 そう言う意味では、スピネルにただ至近距離から見詰められただけで目が覚めた今日は異例中の異例なのだろう。

 尋常ならざる事態に深く眠れなかったのか美少女に見下ろされているのに寝ている場合じゃない!と体が奮起したのかは定かではないが──何だ。

 こう言ってしまうとダメ人間みたいでアレだが、たまには早起きも悪くないじゃないか。

 

「────ねぇ」

 

 等と下らない事を考えていると、スピネルが呼び掛けてきた。

 何とも言えぬ視線を此方に向ける彼女の格好は、あのやったら赤いドレスではなく至って普通の飾り気の無いパジャマ。

 まぁ、財布1つポケットに突っ込んで飛び出してきたが故に着替えの用意すら無かった彼女に僕が貸したモノなのだが──何だろう。

 今のスピネルはちょっとサイズが合っていないパジャマなんて気にならない位真剣に見える。

 

「あの、さ」

「何だよ」

 

 それに気付いた僕が居住まいを正すと、彼女は視線を若草色のカーペットとの間で忙しなく往復させ──やがて、もう我慢できないとばかりに早口で件を話し始めた。

 

「お前のお母様、もう出てったよ」

「あぁ、うん。母さ──お袋は隣の町で図書館に勤めてるから、電車も全然来ないし早めに出ないと間に合わないんだよ」

「ええ。それで、質問は?」

「……バレてなかった?」

「もっちろん!なーんも気付かずに一人で飯食って『お仕事』行っちまったぜぇ?」

 

 誰が聞いている訳でもないのに声を潜めれば、スピネルはゲラゲラと笑いながら何度も頷いた。

 そう、僕はスピネルが居候となった事を警察はおろか同じ屋根の下に住まう母にすら伝えていないのだ。

 理由としては「絵を描きに行ったらイギリスから旅行に来たご令嬢に殺されかかって匿う事になりました」なんてどう伝えれば良いのか見当も付かないとか、只でさえ忙しい母を厄介事に巻き込みたくないとか、色々ある。

 ただ、それ以上に────昨晩、我が家の「アレ」っぷりを語った途端に黙っていた方が楽しそうとかスピネルが言い出してしまったのだから仕方ない。

 

「あんな『いかにも』って顔してんのに息子の()()()に気付きもしないとは、随分と節穴なんだなぁお前のお母様は!」

「……何も言えねぇ」

 

 職場までの物理的な距離やら飲み会をやりたがる気質やらで、毎晩帰って来るのが夜中な母。

 思春期真っ只中、反抗期ではないけれど陰気で何考えてるのか分からないように見える息子。

 唯一緩衝材足り得る父は単身赴任で季節に1回しか帰ってこないし、今夏は2週間前に帰ってしまった。

 そう言う環境に何年も置かれていたならば、僕と母の関係があまり良くないのも必然と言える。

 家庭問題から家出を敢行したらしいスピネルは、そんな我が家の様子を観察する事で自分の糧にしようとしているのだ。

 

「……気付き過ぎるってのも、考えモノだけどね」

「……そっか」

 

 だからこうして、不意に暗い表情にもなる。

 きっと──これは彼女が漏らした言葉からの想像でしかないが、我が家とスピネルの家庭事情は対極にあるのだろう。

 察せない親と、察し過ぎる親。

 人間には各々個性があるのだから、抱える問題も多岐に亘ると言う訳だ。

 そうして家庭問題の新たな形を目撃してしまった今、芽生えた不安を拭おうとしても簡単には拭えない。

 例え脅した相手だとしても話さずにはいられない。

 

「あー……」

「何だよ」

 

 とは言え、それに関して僕から出来る事は大して無い。

 スピネルの問題はスピネルが決着を付けるべきであって、この観察から何か得られたと言うならそれで良し。

 薄情に思えるかもしれないが、それが現実だ。

 故にこそ、取り敢えず今は────

 

 

 

「お腹減ったろ?作るから待っててよ」

「あら、気が利くじゃない。でも昨日みたいに変な料理出したら腕の筋肉削ぎ落とすから覚悟しとけよ?」

「カレーは変な料理じゃないし立派な家庭の味だろ!?」

「私ああいうコッテリしたのダメなのよ」

「本当に我が儘だなおい……」

 

 

 

 スピネルの舌に合う朝食を作る事から、始めるべきだろう。

 

 

 

▼▲▼▲▼

〔 2  目 〕

 

 

向日葵畑で、君と

 

 

限りある休日、我が家にて

──×──

"The Grimalkin plays around home."

▲▼▲▼▲

 

 

 

 頭の普段使わず錆び付いているような部分を必死こいて動かしどうにか作ったさっぱり目の朝食は、その甲斐あってか恙無く──いや全然恙無く終わってないわ。

 箸が使えないのは此方の配慮が足りてなかったから仕方無いとして、やれ味噌汁に入っているワカメが嫌いだの目玉焼きは半熟じゃないと嫌だのと──味覚が小学生なのだろうか。

 スピネル嬢のお母様には、彼女が戻ったら是非食育を頑張って頂きたい。

 

 とは言え、済んだ事は済んだ事。

 この手の「些細な」問題にいちいち目くじらを立てていればストレスで頭がおかしくなる事を、昨日1日で僕は学んだのだ。

 ついでに食器を洗っていたら気分も落ち着いてきたし、それはもう良い。

 真の問題は────ぐい、と腕を引っ張られてたたらを踏む。

 

「何処に、行くの?」

「外」

「嘘でしょ……!?」

 

 震える声の問いかけに一言で答えれば、少女はオーバーに感じる位愕然とした反応を返してきた。

 そう、真の問題は未だかつて無い位青ざめた表情で玄関に向かおうとした僕を引き留めるスピネルにあった。

 箪笥の底から引っ張り出した灰色のシャツとチノパンに着替えた彼女は、道行く者全員を振り向かせるような美貌と即席ではどうしようもない外国人っぽさを除けば概ね「田舎のちょっとお洒落な美少女」へと雰囲気を落とし込む事に成功している。

 ファッションに拘りはなかったけれど、我ながら悪くないセンスだ。

 

 が、しかし彼女はその格好を見せびらかすつもりはないらしい。

 寧ろ可愛らしくぷるぷると震え、必死になって僕を外へ出すまいとしている。

 そんなに暑いのが嫌か。

 

「いや──いや、おかしいだろ。こんなクソ暑い日に何の用があって外に出るのよ。正気とは思えないわ」

「え、絵を描きに」

「明日にしろ」

「明日も大して変わんないと思うよ」

「ハァ!?んな訳ないでしょ!」

 

 あるんだな、それが。

 日本に来たばかりのスピネルは知らないだろうが、我が国の夏は大体9月前半まで灼熱地獄である。

 それもただ気温が高いだけではなく、湿度も高い。

 そこには地理的な原因と地球温暖化的な原因があるが、兎に角今日家に籠ったからと言って明日涼しくなっている訳ではないのは明白なのだ。

 

 後は、あの向日葵畑も見に行っておきたい。

 今の所大輪の花達が萎れる事は無さそうだが、いつ枯れるかも分からないのでやはり行かせて欲しい──と気持ちを込めた目線を送れば、スピネルはぶんぶんと首を左右に振った。

 

「む、無理よそんな。私もお前も肌が焼けるだろ、な?」

「君はそうかもしれないけどさぁ、俺は焼いた方が良いって常々言われてるよ」

 

 確かに僕は彼女とそう変わらない位色白だけれど──まぁ正直、余計なお世話だと思う。

 されど近所のおばちゃん連中から「そんなひょろひょろの真っ白で大丈夫なのかい?」とありがたいお言葉を高頻度で貰っているのは事実であり、色白はインドア志向の僕にとって解決したい問題の1つでもあった。

 だからウォーキングを兼ねて徒歩で絵を描きに行く事にしていたのだ。

 が、しかし。

 

「そもそも君、付いてくる気だったのか」

「え?」

「てっきり留守番するつもりなんじゃないかと思ってたけど、意外だな」

 

 そう、スピネルが付いてくると言い出すなんてまるで思わなかった。

 彼女は自身が言うように家の中でゴロゴロしているものだと考え、実際そのように支度をしていたのだが──己の勘違いに気付いたスピネルの頬が、真っ赤に染まる。

 

「あ、な……!?」

「へぇ……?」

「ち、違う!違うの!これはそう言うんじゃない!」

「へぇぇ……」

「そのしたり顔を止めろ豚!」

 

 僕の煽りに耐え兼ねた彼女が拳を振るうが、その軌道は昨日の指の閃きと違ってあまりにも遅く、粗い。

 殴り合いの喧嘩をした事がない僕でも見切れてしまう程に雑で、1歩下がるだけで空を切ってしまう。

 

「ふんっ、せぇいっ!チッ、避けるんじゃないわよ!」

「いや、避けるってマジ──ぅおおっ!?」

 

 しかし、スピネルの腕力は尋常ではない。

 一見華奢に見える両腕から誰がどう見てもへにゃへにゃのフォームで繰り出される拳は、結構な風圧と共に鼻先を掠め──後退を余儀無くされる。

 いやだって、当たったら痛いだろう。

 殴られておいた方が丸く収まるのかもしれないが、兎に角痛いのは嫌だ。

 

「────!」

「これでもう逃げられないわね。覚悟しろよぉ……!」

 

 されど、玄関と言う狭い空間にあって後退はほんの数秒で打ち止めとなる。

 正面に気迫の炎を立ち上らせるスピネル、背中には閉まったままの扉。

 ああもう、終わりだ。

 これは完全に終わりだ。

 最早万が一にも制裁から逃れる術は存在しない。

 そして今、裸足でたたきに降りたスピネルが拳を振り上げ────

 

 

 

 

「今日は私と()()()だ」

 

 

 

 ガツン、と頭蓋に星が飛び散った。

 

 

 

▼▲▼

 

 

 

「……?」

 

 しまった、とトリスタンが思った時にはもう遅かった。

 キチンとセーブしていたとは言え、英霊の尋常ならざる腕力によって振り下ろされた拳は寸分違わず少年の頭部を打ちその意識を刈り取る事に成功していた。

 

「あ、違っ……違うの!」

 

 くたりと崩れ落ちた彼の肢体が床に叩き付けられるその直前に、間一髪の所でトリスタンは体を滑り込ませて受け止める。

 そう、まかり間違っても彼女は少年を気絶させたかった訳ではない。

 ただ月の光が好きで日光が苦手なバーヴァン・シーは、それを言葉にして伝える事も出来ずどうにか引き留めようとしただけで、殴りかかったのもほんの照れ隠しのつもりだったのだ。

 しかし、「妖精騎士トリスタン」としての本性──即ち弱い者をいたぶり、道理を理不尽で捩じ伏せる残酷さは当人の意図せぬ形で発露してしまった。

 

「ごめんな……あぁ、ごめんなさい……!」

 

 力の抜けた少年をそっと床に横たえ、胸にそっと耳を当てれば──確かな鼓動。

 トリスタンが殴ったのは頭で心臓は全く無関係なのだが、動転するあまりにそんな事にすら気付けない。

 ただ少年にすがり付き、今までの傲岸さは何だったのかと思う程に弱々しく泣き崩れる。

 

「ごめんなさい……ごめんなさいぃ……!こんな、こんなつもりじゃなかったの……!」

 

 トリスタンは、弱くなった。

 肉体が──ではなく精神が、である。

 少年に見せる我が儘な一面は「普段の自分」を取り繕った物に過ぎず、その本質は自己崩壊の寸前まで陥った壊れかけの魂。

 嫌われたくない、同じ悩みを共有して欲しい、しかし「皆の慰め者」であるバーヴァン・シーの本音を晒した所で受け入れられる訳が無い、見捨てられてしまうと言う思い込みが彼女に「見捨てる側」である妖精騎士トリスタンを演じさせているのだ。

 そしてそのトリスタンが引き起こしたのが、少年への不必要な暴力。

 求めれば傷付け、離れれば孤独に苦しむ現実に少女は泣いた。

 

「あ……?」

 

 だが、ああ──バーヴァン・シーは見てしまった。

 それを、見るべきではない物を、究極の背徳への入口を少年にすがり付いていたばっかりに発見してしまった。

 それは──首筋であった。

 先程までポロシャツの襟で隠れた少年の白い頸が、偶然から露になっていたのだ。

 

「あ、ぁ────!」

 

 ふと気付いた時、バーヴァン・シーは気絶した少年の首元に顔を寄せていた。

 スコットランドの伝承に伝わる「吸血妖精」としての本性が、彼女にその伝承通りの行動を──血を啜らせようとしているのだ。

 どうにか抗おうとして、体を引き剥がそうとして、しかしどうにもならない。

 

 だって彼女は自分を見失ってしまったのだから。

 トリスタンとしての自分を主柱に据える事も、バーヴァン・シーとしての己に素直にもなれず両者をさ迷っているのであれば、本能が理性を上回るのは当然と言えよう。

 そして────

 

 

 

「嫌いに、ならないで……!」

 

 

 

 堪えきれぬ衝動に突き動かされるまま、ボロボロと涙を溢しながらバーヴァン・シーは少年の首筋に鋭い歯を突き立てた。

 自らがどうしようもない呪いをかけようとしている事に、気付かずに。




◯妖精騎士トリスタン/バーヴァン・シー
既に精神の乖離がヤバい所まで来てるヤバい妖精。
多分メンタルケアが必要だと思うんですけど(凡推理)
今のところ6章後半がどうなるか分からないのでアレですけど取り敢えず想像で補える所は補っていきたい。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。