向日葵畑で、君と   作:イナバの書き置き

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どんよりした話。


第6話「限りある休日、我が家にて(下)」

 蝉が鳴いている。

 奇跡的に晩夏まで生き残った最後のざわめきが、開け放たれた窓から弱々しくも無遠慮に飛び込んでくる。

 そんな雑音にも等しい喝采を受ける少女は──コルクボードに貼られた写真を摘まんで、ポツリと呟く。

 

「仲良さそうね、あなたの家族」

 

 思いの外鋭く通った言葉に苦々しい思いを抱きつつ、僕は「そうでもない」と答えた。

 スピネルは面白くなさそうに鼻を鳴らすけど、別に悪ぶっている訳でも格好付けている訳でもなく、本当に──「そうでもない」のだ。

 確かに写真に写っている僕と父と母の3人は如何にも仲良さ気に笑っていて、幼い僕と父は肩まで組んでいるけれど、今はとても出来そうにない。

 

「多分、それが一番仲が良かった時の写真だと思うよ。まぁ、今の家がどんなかは朝のお袋見てたら察しが付いちゃうだろうけど」

「ふぅん……原因は?」

「分かんない。多分、ちゃんとした理由は無いと思う」

 

 写真から此方に目線を移しつつ曖昧な言葉を糾弾するスピネルに、僕は答える。

 そうさ、原因も時期も──「その日、これが理由で」なんて言える程明確なモノは何もなかった。

 父が単身赴任していたって、母が忙しくたってあの頃は皆笑顔だった筈なのに、今では家に冷えた空気が漂うようになって「おはよう」すらマトモに言えなくなってしまった。

 

「多分多分って、ハッキリしねぇな」

「僕もそう思うよ」

 

 彼女の言う通りだ。

 何でだろう、どうしてこんな風になってしまったんだろうと考えていても、僕の平々凡々な脳味噌ではキチンとした答えは出てこなかった。

 だから曖昧な事しか言えないし、気温とは種類の異なる冷えきった空気もそのままにしていた。

 けど──問題の中心に潜むモノは、既に見えている気がする。

 

「多分、僕だよ。僕が中学に入ったからこうなったんだ」

「……?中学に入るとなんで家庭が冷えるのよ」

「中学に入るって事はさ、高校まで後3年──義務教育が終わるってこと」

 

 つまりは、高校受験が視界の隅にチラつき始めるようになると言う事。

 そこまで言い切ってから「あぁ、スピネルは外国人なんだから日本の受験事情なんて知らないよな」と気付く。

 彼女は彼女で相当大変なんだろうけど、こんな面倒で鬱屈とした問題に関わらなくて良いなら──それもまた、ある意味では幸せなのだろうか。

 等と考えている内にも、舌は勝手に回り続ける。

 

「親父もお袋もハッキリとは言わないけどさ、多分都会の学校に行って欲しいと思ってるんだよな」

「……」

「こんな何時潰れるかも分からない、消えてなくなる未来しか見えない田舎に閉じ籠ってるんじゃなくて、もっと広い世界を見て欲しいって──そう思ってる」

 

 きっと、両親の言っている事は正しい。

 僕に何の才能があるかなんて知らないけれど彼らはそれを見出だしていて、或いは純粋に息子をクソ田舎で終わらせたくなくて、東京の私立校を受けさせようとしているのだろう。

 非の打ち所なんて1つも無い、真に子供の事を考えているからこその選択だ。

 ただ────

 

「僕は嫌だった。と言うより、まだこのクソ田舎でやれる事が残ってるんじゃないかって思ってる」

「……」

「やり残した事が、やりたい事がある筈なのに、それに見て見ぬ振りをして他所に行っちまうなんて嫌なんだ」

 

 確かに此処はクソ田舎だ。

 観光資源になるモノなんて何一つとしてなければ都市として栄えるだけの何かがある訳でもない、正真正銘何もない虚無みたいな土地だ。

 現に人口は毎年減っていって最近は殆ど爺婆しか見かけないし、隣町と併合する話なんてそれこそ毎日のように出てくる。

 そう遠くない内に村としての名前は消えるだろうし、ちょっと時間が経てば廃村にだってなりかねない。

 そう言う「終わった」村なんだ。

 でも、だからって生まれ育った故郷をポイと捨てるなんて出来る訳がない。

 そりゃ何にも無いのは事実だしマトモな建物と言えば公民館位な物だが、僕を育んでくれた自然はある。

 人はいないし特に若者はいないけど、やたらフレンドリーな爺婆はいる。

 クソと言えばクソだけど、簡単に出ていく程悪くはないじゃないか。

 それに────

 

「後、絵を描くのが楽しい」

 

 ああ、そうだ。

 絵を描くのが、心底楽しいんだ。

 夏休みに何もしてないのが嫌だからって偶々ネットで見掛けた絵に触発されただけの、すぐ飽きてしまう趣味だと思っていたのに──ぶつくさ言いながら向日葵畑に行くのが習慣になった。

 何を書いているのかも分からないぐちゃぐちゃの塊が向日葵の形になって、筆の扱いとか色合いの調整が上手くいくようになって、最初は正面からしか描けなかったのが色んな角度から書けるようになった。

 この村の全部を描いてみたいって思う程没頭していたんだ、今更のように。

 

「中三の夏ってさ、受験勉強頑張んなきゃいけない時期なんだ。此処でしっかりやらなきゃ良い学校には受かれない」

「……でも、お前」

「そりゃ最低限はやってるよ。でも、東京に行けるような成績じゃない」

 

 単身赴任の都合上どちらかと言えば放任よりな父は兎も角、これで母が良い顔をする訳がない。

 けれど、どういうつもりなのかは知らないが母は何にも言ってこなかった。

 中学に上がってからは殆ど顔を合わせないけれど、たまに話す時だってよく分からない感情を孕んだ視線を向けてくるだけだ。

 これも、考えてはみたけれど理由は分からなかった。

 

「色々ぐちゃぐちゃになっちゃって……何が正しいのかもう分からん」

 

 要するに、何も分からないのだ。

 親が何を考えてるのか分からないし、自分が目指すべき最善の着地点も分からない。

 分からないから動けない。

 色々と長ったらしく語ってしまったが、結果的にただそれだけの話。

 

「……」

「……」

 

 沈黙。

 傲岸不遜が人の形を取ったようなスピネルも、これには閉口せざるを得ないらしい。

 そりゃあそうだ。

 こんなクソ詰まらなくて1ミリだって為にならないような家庭の事情を聞かされたって、何も返せる訳がない。

 じゃあそもそも話さなければ良かっただろう、と言う話にもなるが──もう喋ってしまった後なのだから仕方ない。

 覆水盆に返らず、過ぎた事は取り敢えず脇に置いておいて先ずはこの空気をどうにかすべきだ。

 

「じゃあ、はい」

「なに?」

「次、夢の話どうぞ」

 

 と言う訳で────スピネルには自分の夢を語って貰おう。

 僕1人だけが恥ずかしい思いをするなんて、幾ら何でも理不尽が過ぎるだろ?

 ついでに言えば彼女は究極的に自己本位だが、それ故にピュアな感じの夢を持っていそうで結構気になる。

 そう言う思いを籠めて話を促す事約5秒、漸く何を言いたいのか理解したらしいスピネルの顔が真っ赤に染まった。

 

「え……は?何、私も恥ずかしい思いしろっての?」

「うん」

「うんじゃねーよ!?」

「いや、だって、ほら……居たたまれないじゃん。主に僕が」

「知るか!」

 

 彼女はぎゃあぎゃあと騒いでいるが、何と言われようと逃がすつもりはない。

 自分でこう言う空気を作っといてアレだけれど、本当に居たたまれないのだ。

 挙げ句脅迫してくる居候に身の上話をしてちょっと憐れみの入った目線を向けられるなんて、無様にも程がある。

 だから、お高く止まるもりのスピネルには悪いが同じレベルまで落ちてもらうじゃないか。

 

 ただ、家庭事情とかそう言う部分に踏み込む気はない。

 そこそこ自分語りをしておいて何を今更と言う話ではあるが、どうも彼女の家庭は一筋縄では行かなそうなのだ。

 話してくれるなら人並み程度に力を貸すのも吝かではないけれど、安易に手を出して余計掻き乱してしまったら本末転倒だろう。

 故にこその、夢。

 曖昧であっても誰もが持っている筈の理想なら、お互い恥ずかしいだけで済む。

 

「だ、大体夢って何よ!?そんなもん語らせて何になるんだよ、あぁ!?」

「君も居たたまれない気持ちになる」

「クソだなお前!」

「女の子がクソとか言うんじゃないよ。高貴なんだろ?」

「ぐ、ぬ……!」

 

 適当極まりない煽りを受けたスピネル嬢は拳を握り締め、プルプルと震えているが──甘い甘い。

 昨日からの経験だが、基本的に彼女が己の主張を通す時は暴力か抑圧が伴うらしい。

 居候脅迫然り、外出妨害然りその「強さ」を用いねばスピネルは他人を従わせられないのだ。

 即ち、対等な立場での口論──いや、レスバに弱い。

 付け加えるならば、凄まじく偉いお貴族様であるからか煽り耐性も無い。

 間違いなくSNSとかをやらせたらダメなタイプだ。

 

「ほれほれ、言ってみなさいよ」

「言わねぇよ!」

「言い方がダメだったか」

「そう言う問題じゃないわよ!?」

 

 で、あるが故に気質の激しさを利用するのも簡単。

 成功すればスピネルの夢が聞けるし、失敗しても湿った空気は吹き飛ばせる。

 どう転んだって良い事しかないのだ。

 

「えーでは改めて─────」

 

 だから────

 

 

 

 

 

「君の夢って、なに?」

 

 

 

 

 

 僕にはまるで見えないモノを、君の言葉で教えて欲しい。

 

 

 

▼▲▼

 

 

 

 開け放たれた窓の向こうで、鈴虫が鳴いている。

 ついさっきまで鬱陶しい位にミンミンとがなり立てていた蝉はどうしてしまったのだろう、と赤髪の少女──スピネルは射し込んだ月光を浴びながら現実逃避に走っていた。

 

「……」

 

 スピネルは月の光が好きだった。

 太陽の様な全てを塗り潰す輝きも、服ごと全身を溶かしてしまいそうな熱も無い。

 ただ其処にあって、ただ光を注いで、ただ此方を見下ろされれば余計な事を考えずに済む。

 詩的に述べるならば、そう言うある種の「冷たい」感じが彼女は好きだったのだ。

 

 ただ──今日は、そうもいかなかった。

 

「何やってんのよ、私……」

 

 募る鬱憤が、拳に力を込めさせる。

 行き場の無い諦念が、無意味に歯を食い縛らせる。

 どれだけ月光に身を曝そうと、どれだけ雑念を取り除こうと試みても何も変わらない。

 今夜のスピネルは──ある事情から限りなく「トリスタン」に近く、「バーヴァン・シー」にも近かった。

 何故なら────

 

「夢、夢って馬鹿みたいに……!」

 

 夢。

 そう、夢だ。

 妖精騎士トリスタンには夢がある。

 この世界のどんな優れた靴よりも優美な1足を、とびきり美しいヒールを備えた靴を作りたいと言う真摯な夢があるのだ。

 だが、それを他人に打ち明けたりするつもりはなかった。

 確かにノウム・カルデアの皆にも靴好きである事は既に知られているし、別に言ったとしても笑われたりはしないだろう。

 スタッフやマスターも含めて、彼らはそう言う誠実な集団だ。

 そして、だからこそ惨めにもなる。

 

「畜生……!」

 

 トリスタンの靴作りに対する姿勢に関して疑う余地は無い。

 傲岸不遜、傍若無人を地で行く彼女だが靴作りに勤しんでいる時だけは静かだったし、必要があればサーヴァント達に教えを請う事すらある。

 誠実そのもの、職人そのものだが──もしその根底にあるのが承認欲求だとしたら。

 ただ好きな物を褒められたくて、そして()()()()()()()()()認めて欲しいだけなのだとしたら──これ程の未熟者は、世界中の何処を探してもいるまい。

 浅ましいにも程がある。

 今の自分では夢を語る事すら烏滸がましいと、トリスタンのプライドは己を戒めていた。

 

 それが、なんだ。

 煽てられて、挑発されて?

 ムキになった挙げ句にうっかり言ってしまったと?

 

『……靴』

『靴?』

『皆に褒めて貰えるような、すごい靴を作りたいの……』

 

 あの一瞬を思い出す度に虫酸が走る。

 妖精騎士トリスタンはザンコクでサイアクでサイテーでなければいけないのに、あれではまるで純真な幼子ではないか。

 でも、でも────「普通の人(少年)」はそれを褒めてくれたのだ。

 

『え、凄いじゃん……!靴作るのって結構大変……って言うか職人技だろ!?』

『え、ぁ……?』

『何だよ、滅茶苦茶渋るから人に言えないような趣味してんのかと思ってたけど……いやマジでスゴいって!もっと自信持てよ!』

『ぁ、うん……』

 

 それは──周囲に「特別」が溢れていたカルデアでは決して得られぬ、未知の快感だった。

 逃げ出すまでは全くの無価値だと思っていた凡俗から貰った称賛が、「トリスタン」に新たな活力を与えた。

 正真正銘平々凡々な少年の言葉だからこそ、物質的な形を伴わない依存性抜群の()()()ともなる。

 

 そして、それ故に──いきなり()()()を大量摂取した彼女は、ツケを払わされるのだ。

 

「頭がい、たい。痛いの……!」

 

 カルデアにいた頃はまるで感じなかった、軋むような痛みが突然頭に走った事で堪らず妖精は悲鳴を上げる。

 トリスタンと(肯定された)バーヴァン・シーと(肯定された)スピネル(肯定された)

 3つの「自分」全てを少年の意図せぬ行為で肯定され何れに依って立つべきなのかを見失った少女は、頭を抱えて悶えるしかない。

 それだけならまだしも──追撃は止まらなかった。

 

 

 

ああ、何と滑稽なのだろう

 

哀れで惨めな■■■■■・■■

 

たった1人の没個性

 

褒められないし見向きもされない()()()()()

 

 

 

 記憶が、過る。

 自己肯定とは、過去と今の己を比較してその差を認めること。

 それ故に笑い者にされた記憶が、慰み物にされた記憶が、捨てられた記憶が、命すら弄ばれた記憶が、忌々しい過去が精神(こころ)の中を這いずり回っては嘲笑う。

 

「違う、違う違う違う違う違う……!」

 

 ずきずきと思考を蝕む頭痛に苛まれながら、妖精は何度も否定の言葉を口にし──気が付けば、少年の部屋へと繋がる木製のはしごを転がるようにして駆け下りていた。

 しかし結構な音が鳴った筈と言うのに、少年はまるで目を覚まさない。

 薄いタオルケットに包まれてすやすやと眠りこけているその面を拝んで──名前を失った妖精は、笑顔とも憤怒とも付かぬ歪んだ表情を浮かべた。

 

「おまえ……お前は……ッ!あなただけは────」

 

 絞り出すように漏れた声音も、日中の彼女からは信じられない程に濁っている。

 そう、此方の事情を知ろうともせず穏やかな寝顔を晒している様が、怒りに震える(歓喜に震える)妖精にとっては堪らなく憎らしい(愛おしい)のだ。

 バーヴァン・シーとスピネルの心は既に満たされもう後は無かった筈なのに、何て事はない少年の「凄いじゃん」に最後の砦であったトリスタンの心は救われ、同時に破壊されてしまった。

 故に────少女が口を開く。

 

 

 

「離さない」

 

 

 

 飛び出したのは、特大の呪詛。

 執着に満ちた、独占欲に満ちたおぞましい4文字を妖精は少年の耳元で何度も囁く。

 甘ったるい声、媚びるような声、戒めるような声。

 どの瞬間を切り取っても、聞いた瞬間に人を溶かしてしまいそうな言葉を呑気にも寝息を立てている少年に振りかけ、己の存在をアピールし、あなたがいなければ()()になってしまうのだと責め立てる。

 だが、これも彼が寝ているからこそ許された事。

 本性を見せれば嫌悪される事は必至だろうから、朝になったら高慢で高貴な「スピネル」に戻らねばならない。

 

「あはぁ────」

 

 その残り何時間かも分からぬ歓喜の時間を堪能する為、今一度少女は口を開く。

 ただし、今度は唾液でドロドロの口腔を見せ付けるように目一杯。

 

「────♪」

 

 妖精は得意気に鼻を鳴らしているが──あぁ、何と恐ろしい光景だろう。

 そもそもからして唾液とは食物を湿らせ咀嚼、嚥下し易くする為に分泌されるモノであり、捕食の際に最も分泌されるモノなのだ。

 つまり妖精は捕食者で、少年は獲物。

 貪り喰われる運命にありながら、彼は迫る脅威に気付きすらしていない。

 そして────

 

 

 

 

「お前に()を、刻み付けてやるよ」

 

 

 

 

 少女の牙が今一度、しかし朝の時より遥かに深く無防備な少年の首筋へと突き立てられた。

 

 

 

▼▲▼▲▼

〔 2  目 〕

 

 

あなたの話、君を壊す呪い

 

 

限りある休日、我が家にて

──×──

"The Grimalkin plays around home."

▲▼▲▼▲




◯少年
・スピネルの事情を深く探らずただスピネルとして扱った。
・自分を殴ったバーヴァン・シーを責めなかった。
・トリスタンの夢を笑わなかったし、努力しようとする姿勢を肯定した。
スリーアウト、チェンジ。

◯妖精騎士トリスタン/バーヴァン・シー/スピネル
日中はトリスタンとバーヴァン・シーが良い感じに混ざったスピネルとして振る舞っているけれど、夜や少年がいる所では更に混濁したぐちゃぐちゃの状態になる。
後唾液は口内の清潔を保つ効果がメインらしいですね(無知)
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