向日葵畑で、君と   作:イナバの書き置き

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感想、評価ありがとうございます!
そろそろ折り返しですが引き続き頑張りたいと思います。


第9話「限りある才能、無駄遣いにて(下)」

 蝉が鳴いている。

 昨日までと同じように、此方の事情なんて聞きもせずにミンミンだの何だのと五月蝿い事この上ない。

 もう晩夏なんだから蝉爆弾にもならず速やかに死滅してくれ──等と極めてどうでもいい事を考えつつ天井を仰げば、夕暮れ時の黄色い光に照らされた壁紙とLEDの電灯が絶妙に気色悪いコントラストを演出している。

 

 そう、僕があの向日葵畑で絵を描こうとしていた時──そして得体の知れない「影」に襲われた時より既に3時間が経過していた。

 その間何をしていたのか、と言われれば勿論自宅への撤収とスピネルからの事情聴取だ。

 振り向いた一瞬しか見えなかったとは言えあんな存在が出没する所でのんびりしていられる訳がないし、兎に角現在の自分を取り巻く状況をしっかり整理したかったのだ。

 しかし、この尋問は困難を極めた。

 

 何やらスピネルの様子がおかしい。

 まあ元から現代では滅多に見ないような格好、性格、言動をしている上に今回めでたく指から光弾を発射すると言う特技を見せ付けてくれたトンでも要素の塊なのだが、それを踏まえた上でも超おかしい。

 

『取り敢えず落ち着けって、な?此処で泣いてたって何にもならないんだし一旦帰ろう?』

『帰る……?』

『帰る……かえ、る。うぅぅぅ……!』

『何でそこで泣くんだよ!?』

 

 先ず、えぐえぐと泣くばかりで会話が成立しない。

 僕を背後から襲った「影」を木っ端微塵に射殺した直後からもうそんな調子で、まるで話を訊くタイミングが無いのだ。

 けれどその場で落ち着くまで待てる余裕もなし、取り敢えず彼女の手を引いて自宅まで戻ってきた。

 戻ってきたのだが──結局帰ってきても泣き止まず、ハンカチを貸したり飲み物をあげたり背中を擦ったりしてあげる事1時間。

 ヤケクソで与えたイチゴミルク味の飴を舐め終わる頃に漸くスピネルは落ち着きを取り戻し始めた。

 

 そして、2つ目。

 

『……分かった?』

『いや、全く』

『……本当に?』

『ココで嘘吐く意味ある?』

『……ない』

 

 スピネルの説明がマジで何を言ってるのか分からない。

 いや、自分で言うのもアレだが「本当に失礼なヤツだな」と思う。

 それに彼女は説明下手なりに言葉を噛み砕いて、どうにか此方が理解出来そうな言葉を出力しようとしているのは察せるのだ。

 

 だが、まぁ──率直に言ってしまうと、酷い。

 何だよ人理継続保障機関フィニス・カルデアって。

 何だよ境界記録帯(ゴーストライナー)って。

 何だよ人理漂白って、新手の洗剤か?

 兎にも角にも専門用語が多すぎる。

 その上時系列が行ったり来たりするモノだからもう何が何だか。

 それでも何とか理解しようとして紙に書いてみたり質問形式にしてみたり頭を抱えたりする事約2時間。

 日が傾き始める頃になって漸く僕の理解は分かったような分からないような領域に到達したのである。

 

 で、それを纏めると────

 

「世界中の記憶がすっ飛んでる2年間は2回も世界滅亡しかかってて」

「うん」

「世界滅亡のピンチにカルデアとか言う組織が過去の偉人とか神様とかを召喚して対抗して」

「うん」

「君もその1人────って事で良いの?」

 

 げんなりした色が隠せていない僕の問い掛けに、先程からやけにしおらしい様子のスピネルはゆっくりと首肯した。

 これまでとは異なり此方を見下すような雰囲気が無い辺りどうも「コチラ」が彼女の素であるようだ。

 ……かなり弱っているのに申し訳ないが、ぶっちゃけ可愛い。

 貴族っぽい外見そのままと言うか、ファーストコンタクトが罵倒だったから逆に新鮮と言うか。

 不謹慎な事この上ないけれどトキメキのような何かを感じる。

 

 そして、素の状態で喋ってくれたのだから嘘は言っていない──と信じたい。

 断言出来ないのは、幾ら彼女が真剣だからと言ってもあまりに話が荒唐無稽過ぎるからだ。

 だって「実は2回も世界が滅びそうになってました」とかいきなり言われたって、はいそうですかと受け入れられる筈がない。

 その上未だに目の前で鼻を鳴らしている強気なんだか弱気なんだかよく分からない赤髪少女が、過去の歴史で活躍した偉人だとか信仰される神々だとはどうにも思えないのだ。

 

(うーん……)

 

 要するに、ファンタジーが過ぎる。

 よく練られた小説とかゲームの設定とかみたいで現実感がまるでないし、普通だったら絶対に信じない。

 って言うか今も6割位頭が拒絶している。

 ただ、まぁ──見てしまったモノは見てしまったんだから、仕方ないだろう。

 

(指からビーム……?いやビームで良いのかアレ……)

 

 だって、指から光弾だぞ。

 それも得体の知れない存在が消し飛ぶレベルの。

 大して賢くもない頭を捻ってみたりスマホで調べてみたりもしたが、何の仕掛けも無しに殺傷能力のある光の弾丸を発射する術などどれだけ指を滑らせようとも存在しなかった。

 それこそ漫画やアニメみたいな事を目の前でやられてしまったのだから、現世がファンタジーなのはもう認めるしかない。

 

 それにあの影。

 振り向いた一瞬しか見えなかった上に次の瞬間にはスピネルが木っ端微塵にした為、ハッキリと視認出来た訳ではないが──間違いなく人ではなかったし、熊とかの類いでもなかったように思える。

 何故なら、熊はあんな紙キレみたいに薄っぺらくないからだ。

 いや、熊に限った話ではない。

 あんなペラペラな生き物など見たことも聞いたこともないし、いたとして──なんでそれが襲ってくるんだ?

 

 後、もう1つ。

 

「……」

 

 意味もなく天井に向けていた顔を戻せば、俯いて表情を窺えないスピネルの様子が目に入る。

 そう、スピネルだ。

 そもそもからして、こんな田舎で家出をしたイギリスの貴族少女(暗殺術持ち)と出会すと言うのが異常性の塊だったのだ。

 サラッと家に招き入れて飯作って、一緒に絵を描きに行くって、何から何までおかしいもんな。

 だから色んな意味で不相応な出会いをした、そのツケを払わされる羽目になったのが今回の一件──なのではないだろうか。

 知らんけど。

 

「────」

「────?」

 

 などとロクでもない事を考えていると──突如、椅子を撥ね飛ばすようにしてスピネルが立ち上がる。

 すわ何事かと此方も立ち上がれば、彼女は此方を見向きもせずに玄関の方へと歩き出して────その腕を掴む。

 

「──ッ、な、何よ……!?」

「何って、そんなのこっちが言いたいよ!あんな訳の分からないヤツに襲われて日もそろそろ沈むってのに、いきなり何処に行くのさ!」

 

 びくんと震えたスピネルの正面に回り込み、泣き腫らした灰の瞳を覗き込んでふと、気付く。

 そうだ、この3日間スピネルは暴虐の限りを尽くしたが、必ずしも傲慢な訳ではない。

 寧ろそれは彼女にとっては皮のようなモノで、被っていなければやっていけない類いの精神的な防壁なのだ。

 その下に潜んでいたのは普通の女の子と変わらない──どころかその何倍も寂しがり屋なだけの少女だ。

 本気で僕を騙そうとか、考えられるヤツじゃない。

 

 つまり、今回の一件に深い責任を感じているのだろう。

 そしてあの「影」がこの世ならざる者である自分に引き寄せられたのだから、説明を済ませたらすぐにでも離れなければならない──そんな風に感じているのではないか。

 

「何でも、良いだろ……!私は出て行かなきゃいけないんだよ!」

「だからなんで!?」

 

 そうこうしている内にも、スピネルは僕を引き摺るようにして玄関へと足を進めている。

 筋力では英霊とやらである彼女に逆立ちしたって敵わない定めらしいが──あぁ、そうかい。

 そっちがその気なら、此方にだって考えがある。

 

「─────」

 

 息を吸って、吐いて、そして覚悟を決める。

 もう嫌われたって構うもんか。

 理由なんて自分でも分からないけど今の彼女を1人にしてはいけないような気がするし、放っておく事も()()()全身が拒絶している。

 なので────

 

「いい加減に、放せ……っ!」

「っと、いいのかなぁ!」

「なに……?」

 

 

 

 

是が非でも、今日は我が家に泊まってもらう

 

 

 

 

「僕このままだとまたあの変な影に襲われちゃうかもなー」

「は?」

 

 

 

 あまりにも棒読み過ぎでうざった過ぎる警鐘に、しかしスピネルの動きはピタリと止まった。

 言葉の意味を咀嚼しようと、咄嗟に硬直しているのだ。

 即ち、畳み掛けるなら今がチャンス。

 

「何、を、言って……」

「いや、だって……そうだろ?僕もスピネルも『アレ』が何なのか知らない。1体だけなのか、他にもまだいるんじゃないか──それに、本当にスピネル狙いだったのか」

「────!」

 

 思い当たる節があったのか、スピネルはその綺麗な顔を緊張に強張らせた。

 そうだ、嘘は言ってない。

 説明の時、スピネルもあの「影」の正体は知らないと言っていた。

 恐らくかつて信仰されていた妖の類いだろうと当たりは付けていたが、確証は持てないとも。

 だから「影」が1体とは限らないし、本当にスピネルを狙っていたかも分からない。

 寧ろ隙だらけのスピネルを背後からではなく正面から襲った所から考えるに、僕がターゲットである可能性も濃厚なのだ。

 それなのに今出て行ったら、ほら。

 

僕が死ぬ。

 

 単純明快、簡単な話。

 優しいスピネルは僕を見捨てられない。

 色々引っ剝がされたしまった今の彼女は他人を簡単に切り捨てられるようなヤツじゃない。

 更に付け加えるならば、この家を出たとして行く当てがある訳でもない。

 この辺りの土地勘が無い彼女では、間違いなく交番はおろか駅にだって辿り着けない。

 本音では離れたくない筈だし、離れたって意味がないと心の何処かでは理解しているだろう。

 

「────っ」

 

 その証拠に、組み合ったままのスピネルは覇気の無い瞳で此方を睨み付け──しかし戸惑ったようにすぐ伏せてしまう。

 あまりにも弱弱しい仕草に心が痛むけれど、手段は選ばないと決めたのだ。

 

「頼む、()()()()()!」

 

 続けて繰り出した懇願に、スピネルはギョッと目を見開く。

 そりゃそうだ。

 こんな情けなくて浅ましいヤツ、僕がスピネルだったら蹴り飛ばしていたかも分からない。

 でも、()()()()()

 僕を蔑め、見下せ、嘲笑え。

 それでこれまで通りの「スピネル」の皮を被りなおせ。

 緊急治療の荒療治だが、僕が嫌われる事で少しでも彼女が「普段」を取り戻せるなら本望だ。

 

 

 

 

 

 

 ……だって、そうだろう。

 スピネルは僕にとっては恩人だ。

 出会いはサイアクで、性格はザンコクで、引き起こした事件は須らくサイテーだけれど、それでも停滞した日常に風穴をぶち開けてくれた彼女は正しく救世主なんだ。

 だから、笑ってほしい。

 無理にとは言わないけれど、どうか────

 

 

 

▼▲▼

 

 

 

 昨晩、妖精バーヴァン・シーは少年に魔術をかけた。

 それは彼を視界に入れている限り読心が可能になると言う極めて単純なモノで、バーヴァン・シーの無茶降りに合わせて一喜一憂する心の様を楽しむ程度の効果しかない。

 要するに、少年の意識が自分に向いているかを確認する為だけに行使した魔術なのだ。

 だが、しかし────

 

「ぁ────」

 

 笑って欲しい、と絶叫する少年の心に堪らずスピネルは小さく悲鳴を上げた。

 それだけではない。

 敢えて嫌われようとする決意が、このまま行かせたら危ないと呟き続ける危惧が、自分なんかより先ずスピネルを助けなければならないと奮起する意志が、怒涛の勢いで以て彼女の脳内に流れ込んでくる。

 

(う、嘘……)

 

 その全てが、暖かかった。

 打算1つない、純粋な好意に満ち溢れていた。

「助けて欲しい」と妖精國でのトラウマを無自覚に抉り返す発言を繰り返す少年は、しかしその全てを擲って少女の短慮な行動を食い止め、同時に活力を取り戻させようとしていたのだ。

 

(信じ、られない……)

 

 そう、信じられない。

 バーヴァン・シーの母、妖精妃モルガンは彼女の為に自らが築き上げた國と数千年に亘る歴史を投げ捨てる覚悟があった。

 だがそれはモルガンがバーヴァン・シーの「母として」不器用な愛を注いでいたからであり、初めに深い関係があったからだ。

 妖精騎士トリスタンのマスター、藤丸立香は何の打算も無しに彼女と交流していた。

 だがそれは彼に類い稀なコミュニケーション能力が備わっているからであり、偏見を良しとしない清廉な精神があるからだ。

 

 少年には、それら一切合切がない。

 特別な才能も選ばれた血筋も何一つとしてない、正真正銘の凡人だ。

 況して関係性など無いに等しく、まだ出会って3日の知り合い程度に過ぎない。

 

(信じられない、けど……)

 

 それが、何故。

 何故自分の──自分()()の為に尽くすのか。

 恋を知らないバーヴァン・シーには分からない。

 恋を知らないトリスタンには分からない。

 知っているのは、「スピネル」だけ。

 少年と共に食事を摂り、同じ屋根の下で夜を過ごし、花畑に行ったスピネルだけが全ての答えを知っている。

 

 ならば、どうすべきか。

 何が正しいのか──少女は既に、選ぶべき選択肢に気付いていた。

 

「────っ!」

 

 ぐいっと目元を拭い、涙で滲みそうになっていた視界を元に戻す。

 指を鳴らして、借り物のシャツから最初に着ていた紅いドレスへと霊衣を戻す。

 続けて爪先立ちと殆ど変わらない高さのヒールで軽やかにステップを踏んで、腰にしがみついていた少年を引っ張り上げる。

 

「え────?」

 

 その時の彼の間抜け面と言ったら!

 愚鈍で、浅はかで、情けなくて──それ故に愛おしい。

 バーヴァン・シーもトリスタンも今は理解出来ないだろうが、少女はその凡庸さに恋をしたのだ。

 

「いいぜぇ?」

 

 ヒールを履いた分上から見下ろす形になったスピネルが、少年の頬を撫でながらニタリと嗤う。

 その表情、正に邪悪。

 その仕草、正に悪党。

 だが、他ならぬ少年がそれを望んだのだ。

 今更後戻りなんて出来る筈もない。

 

()()()()()守ってやるよ。カルデアは正義の味方、だもんなぁ?」

「……自分で発破かけといて言うのもアレなんだけど、切り替えが早いんだな」

「当たり前じゃない。私はサイテーで、サイアクの()()()()よ?こんな事一々気にしてらんないの」

「……ああ、そう来なくちゃ」

 

 悪魔染みた少女が差し出した手を、少年は躊躇う事なく取る。

 此れを以て、人類に害しか齎さない妖精と何の変哲もない少年の間に1つの契約が成立した。

 ただし、この契約には自己強制証明(セルフギアス・スクロール)も令呪による強制力も存在しない。

 

「じゃ、この家に結界張るから手伝えよ」

「おぉ、一気に『らしく』なってきたじゃん」

「『らしく』も何もお母様から教わった魔術よ。そんじょそこいらの雑魚魔術師とは比べ物にならないわ」

「すげーなぁ……あ、てかさ。僕も魔術使えたりしない?」

「無理ね。才能ゼロ」

「クソが」

「ま、来世に期待なさいな。きっと良い事あるわよ」

「それ死ねって事じゃん!酷くない?」

 

 ヘラヘラと軽口を叩き合う様からも分かる通り、2人は完全に対等だ。

 サーヴァントがどうとか人類がどうとか一切関係無しに、単純な1人と1人の結び付きが生まれたのだ。

 

 ……とは言え、物理的な力量に天と地ほど差があるのは依然として変わらない訳で────

 

 

 

「あっ、ちょっと吸わせろ豚野郎♡」

「は?吸うって何を──いだだだだだッ!?」

 

 改めて意気揚々と玄関へ進む2人は、傍若無人な姉とそれに振り回される弟のように見えない事もなかった。

 

 

 

▼▲▼

 

 

 

「……で、これは何?」

 

「カップ麺。色々あり過ぎて疲れたし1人分の食材誤魔化すのもそろそろ辛くなってきたから親の防災バッグから引っ張り出してきた」

 

「……つまり?」

 

「これを食った事がバレるとお袋に怒られる」

 

「……もう食べ始めちゃったんだけど?」

 

「うん」

 

「うんじゃねえよアホ」

 

「まぁ、共犯って事でよろしく」

 

「いやよろしくしないわよ。1人で地獄に落ちやがれ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……でも、共犯ってのは良いかも」




◯少年
大体の行動が「しかたねーだろ好きになっちゃったんだから」で説明付けられるヤツ。
でも自覚はない。
好きな子には嫌われてでも笑ってて欲しいタイプ。

◯スピネル/妖精騎士トリスタン/バーヴァン・シー
↑の心情を全部読心で見てたのである意味ドン引きしている。
根が常識人(?)
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