「弟と結婚できないなら、色情霊になればいいじゃない」~弟くんのことが大好きすぎてお姉ちゃんは今夜も弟くんを誘惑しちゃいます~ 作:水無飛沫
「夏になるとな、セーラー服から透けて見えるんだよ!!」
それは昼休みも終わろうかと言う頃だった。
バシン。俺の机を叩きながらコウが力説してきた。
やめろ、こんな話を女子に聞かれたら……
俺は慌ててコウの口を塞ぐ。
ギロリと形容できるような殺気を感じて思わず周囲を見回すと、クラス中の女子の目が俺たちを睨んでいた。
あー、そうですよね。あんな大声で力説してたんだから聞かれてますよね。
「なんだよ。相変わらずお前は初心(うぶ)だなぁ」
初心というよりは保身なんだが……
俺の反応をどう勘違いしたらそういう発言になるのか。
「あー、はいはい。そうですよー」
興味なさげにつぶやいて、この話題を早々に切り上げようと試みる。
「しっかし、なんでこのクソ熱い中、うちのクラスの女子共はカーディガンなんて羽織ってるかねぇ」
もったいない、とつぶやくコウのもとに「お前のせいだっ!!」と言わんばかりの殺気が上乗せされる。
……なんで俺、こいつと友人やってるんだろ。
はぁ、なんだかどっと疲れてしまった。
パックを手に取り、残り少ない牛乳をストローでチューチューと啜る。
「なぁ、知ってるか? 深夜の学校に出るっていう幽霊の話」
声を潜めたかと思うと、またバカな話を始めるコウ。
……声を潜める基準おかしくない??
「お前まだそんなの信じてるのか?」
ジュルジュルと音を立てるだけで既に中身を出さなくなったストローから口を離した俺の口からは、
再び深いため息が出てしまう。
「バカっ、ちげーし。幽霊なんて怖くねーし」
目が泳いでんぞー。とツッコむのもかわいそうなので、
「はいはい、幽霊が怖いんでちゅかー。呪われて死んでくだちゃいねー」と慰めることにした。
こう見えて俺は友人想いなのだ。
ちげーし、ちげーし。と繰り返していたコウだが、すぐにまた小声になって
「なんでも何かを探すようにウロついてるらしいぜ。
ただの不法侵入の部外者かもな」
それはそれで怖い。というか、目撃者がいるなら真相はわかってそうなものだけど……。
「それがな……」
コウの顔にニヤニヤとした表情が浮かぶ。ゲスいことをいう時の顔だ。
「うちの制服を着てて、めちゃくちゃ美人らしい。目が合うとフッと消えてしまうんだとか」
やはりそんなオチか。
こんな噂、どこまで本当かわかったものじゃないにしても、誰かが肝試しでもしたのだろう。
美女を拝めればラッキー。拝めなくても、話の種ぐらいにはなるだろう。
バカバカしい、生身の美女の方がいいに決まってる。
……カノジョとかできたことないけど。
「それとな……」
「まだなんかあるのか?」
「その美人さんな、昔この学校で自殺した女子生徒だって話だ」
「……」
ゾクリとした。
世界が一気に遠くなって、周囲の音が掻き消えてしまった感覚。
体中の気圧が一気に変わって、心臓がバクバクと酸素を求めて喘ぎだす。
「ハヤト? どーした?」
コウの声に現実に戻る。
体は真冬であったかのように震えている。
「いや、なんでもない。少し寝るわ」
それきり、俺はコウとの会話を打ち切って、机に突っ伏す。
――まさか。そんなはずがない。
けど、俺の中で疑念が晴れることはなかった。
その夜、俺は学校に侵入していた。
目指すは3年D組。”彼女”が最後に所属していたクラスだ。
非常灯と月明かりを頼りに、しんと静まった廊下を歩き、ゆっくりと階段を2フロア分昇る。
じっとりと背中に汗をかいているのは、暑さのせいだけじゃないだろう。
不法侵入の背徳感とこの先に待ち受けている不安と恐怖に、正直今にも引き返して逃げ出してしまいたい。
けれど、ことが大ごとになってしまう前に、俺はどうしても来なければならなかった。
――俺が来るべきだったのだ。
などと考えているうちにも、3年D組の扉の前に着いてしまう。
俺は音を立てないように注意しながら、少しだけ扉を開けた。
……月明かりのおかげで、少しだけ中の様子が見える。
そこには少女が佇んでいる。
季節外れの濃紺の制服を着て、つまらなそうにフラフラしている。
この位置からでは顔は見えない。
少しすると、少女が暇を持て余すように教室内を歩きだす。
俺はゴクリと息を飲み、知らない間に全身に力が入ってしまっている。
本物の幽霊だ。
腰まで届こうかと言うロングヘアも、すらっとした後ろ姿も俺の知っているものだ。
疑惑が確信へと変わっていく。
もうすぐ彼女が顔の見える位置まで移動する。
このまま見てしまってもいいのか? 俺は後悔しないか?
カツン、カツンと教室内に足音が響く。
彼女が窓際まで歩いていき――振り返る。
そう思った瞬間、幽霊の姿が消えた。
「はーちゃん。会いたかったよ」
耳元で囁かれたかと思うと、背中から抱きしめられる。
その声を僕は知っている。
忘れられるわけがない。未だに夢に見ては泣いてしまうほど大好きだった人なのだ。
「アヤ姉ちゃん……」
それは5年前に自殺した姉であった。
「そう。おねーちゃんだよ?」
記憶の中の姉と同じように、彼女が優しく微笑む。
少し間延びした喋り方も、とても懐かしい。
「なんで……?」
なんで自殺したの? なんで幽霊になってるの? なんで僕に会いに来てくれなかったの?
様々な疑問が頭に浮かび上がるが、そのどれもが口を突いて出ることはなかった。
「あのね、はーちゃん。落ち着いて聞いて」
アヤ姉ちゃんが僕の頭を撫でる。
そのまま頭を抱くようにして僕に密着して、耳元で囁いた。
「あのね……おねーちゃん、色情霊になっちゃったの」
は? 今なんて????