やさしい恐喝王 作:くま
笑顔は時として凶器となる。コミュニケーションにおいて第一印象は表情から始まる、私はメディア露出に合わせて日頃から笑顔の練習を欠かさない。笑い過ぎても駄目なのだ、その場の雰囲気に合わせて表情を変え対応する。
だが第一声に〝テキーラをヤったのはお前か〟と大企業の会長に言われた時はどんな表情をすればよいのでしょうか?私は貴方と取引したくて連絡しただけなのですが、それよりテキーラで吐いた話は部下にしか教えてないはず…
部下に経済界の大物と呼ばれる
いや、それより私はカクテル呼び仲間について教えられていないのだが…基本部下に頼み連絡を繋げるしか方法がない、枡山氏に仲間について教えて欲しい事を伝えてみたが、話を逸らすなと怒気が含まれた声で言われた。
テキーラで吐いたのは20になった時だ、若さ故の過ち、勢いとは怖い物だと感じた苦い思いで…それを怒っているのか?日本人はそういう馬鹿らしいが危険な行為に対して敏感だと聞いている。もしそうだとしたら、なんて優しい方なのだろう…
待たせるわけにはいかない、自分の行為が早計だった事を伝えると体の心配までしてくれた。感動だけでなく取引も行う、取引は問題なかったがカクテル呼び仲間についてはまだ駄目だそうだ。仕方ない、最後に貴方を第二の父と呼びたいと冗談で言ってみたら切られてしまった。
失敗した日本人には冗談は通じないのだった。母国であれば皮肉なり返してくれるのだが、純粋な感情に胸が躍っていたようだ…私もまだまだ親離れが出来ていないな、こういう場合は詫び菓子と謝罪だったか。やはり優しい、賠償金と罵倒による返しがないというだけで取引相手として有益だ。
何を送るか、紅茶は普通だな、父性を感じさせてくれた相手だ洒落た物を送りたい…会長のカクテルはピスコか、ピスコと言えば「レモン」だな、ついでにピスコの原料「ケブランタ」も送るか。後はどうする?ピスコの語源は「鳥」だったな、私の心を温めてくれた思いを込めて赤い鳥のオブジェにしよう!最後に私の心からの気持ちです。と…喜んでくれるかな?
これは良いとして…さて、部下君?な~に話しちゃってるのかな...そこまで怒っていないが個人情報の漏洩だ。少し注意してみたら、顔が真っ青になった…え!何故、そこまで怒ってないけど!何で土下座するんだ…まずい、社内での印象が低下する!
家族だけは...
ん?家族…そうか!ワーカーホリックなんだな、元から私の為に働き過ぎている時がある。私の為にと実行した事を否定されて不安定に…ワーカーホリックは真面目な人物程なりやすいと聞く、家族もいるのは知ってる。板挟みにされて…罪悪感を感じるが、一生懸命仕事しているからこそ過労死なんてしてほしくない…出来る限り優しく問いかけて休めと言った。後姿が処刑台に行くように重いぞ…一応心理カウンセラーもいるから彼の元に送ろう。
社内の空気が重い、当然だが…私がいると気を遣わせるな、そうだ!抜き打ちで新入社の面談に行こう。メディア進出で忙しくて部下に任せっきりだった、いつも最後で挨拶と頑張ってね、ぐらいしか出来なかった。先ほどの部下の事を思い出す、初心にかえるのも大事な事だと改めて感じた。
私が面談に現れると…何故だ、新入社予定の社員が絶望の表情をする。まあ突然社長が現れればそうか、だが人の顔を見てそんな表情をされたら怒りも湧く、それより我社は報告代理店だぞ?確かに他の事業にも手を伸ばしているが各部署で面接を分けている。ここにいるとは、メディアに対する営業を行うという事だ…話題を小出ししながら聊かなってない事を伝えた瞬間逃げ出した。え…
面接官から謝罪された、気づかなかったと…新入社員のメンタルが弱かったことか...気にするなと可能な限り平静を装って笑顔で退出した。確かにこんな輩ばっかり相手していたら精神的にもくるな...部下君達の給料を増やす事を検討しよう。
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突然だが私には日本人の友人が複数人いる。そのうちの一人、シンメトリー建築を愛している大学教授の
シンメトリーの良さ…左右対称、表裏の無いハッキリとした事象。メディアに出るに当たって、人の裏側を知る機会が多い私は賛同した。それを切っ掛けに今も交流を続けている、彼が手掛けた作品はどれもシンメトリーで芸術的であったが…日本の西多摩市の新都市計画を白紙にされた事に怒りを覚えていると電話で1時間近く…その他にもあるらしいが早口で喋っている為聞き取れない事が多かった。
少し疲れはあったが、私は共感した。自分にとって信念に等しい物を予算の都合で…勿論それだけじゃないだろうが、遣る瀬ない気持ちにもなるだろうと。彼は話しているうちに普段通りの彼になってきた、やはり彼は紳士的な態度が似合う。そんな彼が提案してきた…
…ミルヴァートン、私の作品を見に来ないか?サプライズも用意しよう、きっと気に入るぞ…
日時を指定したあと楽しみにしている、そう返事をして電話を切る。元々、日本には取引や仕事で行く予定だった、ついでと言ったら失礼かもしれないが彼の芸術鑑賞と愚痴を聞くならそれぐらい気にしないだろう…友人との付き合いも大事だが、今日は久しぶりの休日なんだ。
私はある女優のファンなんだ。名をクリス・ヴィンヤード、彼女の舞台を接客を兼ねて見物したが…取り込まれるとはこのことだろう。彼女の動作、彼女の声、彼女の表情…まるで自分が舞台の主役となり一緒に踊るような感覚を味わった。それ以来、チケットを手に入れたら見に行くようになった。チケットの競争率も高く、行けない事も多いのだが今回は勝った!
しかし、休日でも私はミルヴァートンとして表に出なければならない。それと…カクテル呼びの人物は全身黒づくめにしなければならないらしい、疑問を感じるが今更だ。黒いシルクハットに黒いコート…うん、ミルヴァートンは元から黒づくめのような見た目だ、本当に今更だな。
私のミルヴァートンとしての努力はそれだけじゃない、目が悪いわけでもないのに金縁のめがね、可能な限り声を穏やかで丁寧に話すように心がけるなど…流石に灰色の目はカラーコンタクトしかないが、元から肝臓が悪く黄色に近い目だ、蛇のように見えるだろう。パパラッチがどこに居るかもわからないんだ…気が抜けない。
馬車が来た…この馬車も自家用車ならぬ自家用馬車だ。従者君は私の部下の一人だ、何でも出来るよ本当に…衣装もわざわざヴィクトリア朝の服飾を準備してくれた。小さいことから瓦解するとよく言う話だ、徹底的に土台は作るのみ!
…少し揺れを体感しながら何事もなく着いた。やはり目立つな、車と同様に停車させて降りる。今回の公演は運がいい母国でしかも近所なのだ、今までチケットを手に入れても最後尾のギリギリだった、その時はオペラグラスで覗いたりしていたが。今回は間近だ!演出だけじゃない美しい彼女を見れるのだ!テンションが上がる!
予定通りの時間に始まった…やはりいい...おお!彼女と目が合ったぞ!笑顔で返す事を忘れない。
夢のような時間だった…だが私の運は絶好調らしい、舞台後に呼ばれたのだ、あのクリス・ヴィンヤードにだぞ!内容は舞台についての感想だった、正直に頭が溶けそうなレベルで最高でしたと言えれば…だができない、ミルヴァートンとして誉めたよ...まあ、私がキャラ作りしているのは母国だけじゃなく、国外でも有名だ…わかってくれただろう。最後に握手を求めたら…〝貴方の前ではアイリーン・アドラーになろうかしら…A secret makes a woman woman〟と深みのある笑顔で握手をしてくれなかった。
…気高い女という意味だろうか、アイリーン・アドラーと言えばオペラ歌手。確かに立場的に合っているが、何故?ホームズが愛した女性…カクテル呼びだが私はウイスキーソーダと呼ばれてホームズと縁が・・・私に惚れている!なんて事があれば良かったが…知ってるはずがないか、まあ私が有名になっても調子に乗るなという注意だったのだろう…心に刻んでおこう。
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…あの男、チャールズ・オーガスタス・ミルヴァートン…奴は危険だ、今のままでは組織にとって害になる…
大手自動車メーカー会長としての多くの事業を導いて来た。あの方の下でピスコとして動き続けて数十年、長年の勘と経験があの小僧は今のままでは危険だと伝えている。第一にあいつは協調性が無い、ここまで侮辱してくるとは…
最初にテキーラについて聞いた時、奴は隠さなかった。やり方は不明だが、遠く離れた国だろうと関係ないと言いたげに…
『ええ、若さ故の過ちとは怖いですね。実に馬鹿らしいでしょう?』
『無暗にやるな相談しろ…ヤり過ぎれば命に係わるぞ』
『…ご忠告ありがとうございます』
後で知ったことだがテキーラを殺した爆弾、あれは手違いだったと犯人は語った。大学時代の人間関係で本来の人物を殺したかったと、こいつは知っていたのだ...知っていて…それはもういい。
「レモン」「ケブランタ」「赤い鳥のオブジェ」『私の心からの気持ちです』…手の込んだ侮辱だった、一瞬自分がピスコだからと思った、だが手紙の『心からの気持ち』というのが引っかかった。何より会話した内容が会社の取引と先走った行動を咎める注意だ、何故わざわざ「詫び菓子」と書いているのか不明だった…故に読み取った。
最初にレモンが出てきた、自分が想像したピスコのカクテルで良く使用されるのもレモン…多分sour、気難しい、不機嫌などの意味だろう。
次にピスコの原料ケブランタ、ブドウだ。grape…負け惜しみの隠語。
最後に赤いカナリアのオブジェ、これは日本だから複数意味がある、一つは共産主義の呼び名、この場合は協調だな…そして口うるさいなどの侮辱の意味、赤いのは血が上る表現だろう。
要約すれば『お前の協調性を大事にする考えは酷く愚かしい、聞くに堪えない』
それだけじゃない…奴が最後に深みのある言い方で『第二の父と呼びたい』あの言葉で締めた。私だけじゃない、どうやって知ったのか…アイリッシュの事まで知っている。アイリッシュは親代わりのように育てていた、第二の父とはそのことだろう。
「どこで漏れた、コードネームを得て時間が経っていない、同じネーム持ちとの接触も部下を通して…既にバレているのか」
奴に対して推薦を送って来る構成員達…流石にあそこまで露骨にされたら何かあったと気づく、推薦した者達には家族がいた。脅しで推薦状を書かせたのはすぐに理解した、恐怖で縛るだけでは二流と思いながら真摯に対応して奴の部下の一人を裏切らせた。
だが送られてくる情報は…普通の経営情報しか無かった。情報収集を頼むこともあるが手の汚れる仕事は一切頼まないようだ。どうやら部下の事を信用していないようだった、まあそれはそれで底が知れるとして泳がせていたが…
「…連絡は続いているが信用しない方がいいな」
テキーラの話から怪しまれたという。その後、何もなく帰宅させられ心理カウンセラーを送られたと…言葉通りに受け取る馬鹿ではない、この贈り物の後だとなおさらだ。見逃された、いや思考するに値しないとメッセンジャーにされたのだ…
「ッ舐めてくれる…まあいい、取引の際にその顔を拝んでやろう。あの方も判断に困っている…」
組織を動かすには協調は必要不可欠だ。ミルヴァートンは確かに才能はあるのだろう…だが若い、自分だけが良くても駄目なのだ、一人で歯車は回らない。若い者が陥りやすい罠にかかっている、年長者としての心構えで付き合うとしよう。
「だが不可解だ、どうやって我々のスパイに気づいた」
奴が突然、新入社員との面談に参加したらしい、そしてこう呟いた。
『ジェームズボンドは英国が誇る最高の作品だと思うのだがどう思う?』
お前はスパイだと明確に伝えたそうだ…奴の目で見られた瞬間の恐怖を語っていたが、まあ聞くに値しなかった。
『君は顔に出やすいな、そんなんじゃこれから苦労するよ』
笑顔でその言葉を発した瞬間、逃げ出したと…組織として最低限の配慮はするらしい、追手は向かわせず我々に処理させるのは頂けないが。そういえばミステリアスなのが売りだったなクク…
「楽しみにしているぞ、チャールズ・オーガスタス・ミルヴァートン君」
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…ミルヴァートン…奴は面白い男だ、吹っ飛ばしてやりたいぐらいに…
英国で何度目かは覚えていないが古典建築に酔いしれていた際に奴と出会った。みてくれはキザってると言うべきか…ヴィクトリア朝をモデルにしているだろうとわかる人物だった。別に服装に関係なく有名人だったが…国外でもそうだが、イギリスにおいて奴の姿を見ない日はない。
ストリートを歩けば奴の広告が目に映る。それはいい…丁度良かった、古典建築を学ぶ上で奴ほど過去に囚われている者はいないと思っていたから。小説のモデルに合わせようとしている様は滑稽に映っていた、実際に道行く人の中には笑っている者もいた。
その考えは奴と目が合った瞬間に消えた。初めてだった、自分で言うのも何だがシンメトリー以外の有象無象は考えるに値しない思いで過ごしてきた。これからもそうだろう…と思っていた。
(こいつこそ…シンメトリーだ)
左右対称、右が変われば、左も変わる。全く同じ形こそ美しい…こいつは芸術そのものだった。服装が、名前が、肉体が、全て関係ない!こいつの中身だ、中身、心が魂がどのような変化にも合わせられる真のシンメトリーを持っている!
自分でも意味がわからない…だが屈辱だった。自分の作品以外に美しい、美学を感じる、ましてや人に対して!?論理的可笑しい!計算外だ!許さない…
「話は合う、友人としたら最高だよミルヴァートン…だがお前は生かしておけない。私の汚点でも最高の汚点!最高の時間を用意するとも、存在価値もない物全てを消し去ってから必ずな」
…ブラッディメアリー…意味はわかるかなミルヴァートン…
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…油断ならない子…でも面白い…
彼と出会ったのはコードネームで呼ばれてすぐだった、偶然…ではないでしょうね。彼が入ると観客の視線が取られた、挑戦かしらと受け取ったわ。その時の舞台は普段より熱が入っていたのを感じた…でも彼の姿を見て少し笑いそうになったの、見た目はキャラ作りでしょうけど今時オペラグラスなんて…
業績を伸ばしていく彼に不審な点は無い…組織にあれだけ目立つやり方で入ったにも関わらず、組織の手を借りない。正確には借りてはいるが、犯罪にならない程度のつまらない事だけ…期待外れとその時は思ったけど。
ミルヴァートンは英国だけじゃない、世界規模で自分をアピールしだした時の事を思い出す、大胆不敵とはこのことだった。
『皆様に伝えましょう…私がチャールズ・オーガスタス・ミルヴァートン。恐喝王と呼ばれる者、英国でお待ちしております紳士淑女の方々?』
日本で任務に出ていた際にCMで見た時、また私を笑顔にさせてくれた。
「…貴方はあくまで隠さないのね」
自分を偽らないとは難しいこと。常日頃から心がける者はいても、知らない間に仮面を被っている…でも彼だけは違う、偽りなき悪意を隠さない…
「ふふ、いいじゃない」
彼との交流はクリス・ヴィンヤードとして舞台の時に何度も出会う、でも焦らしてくる…手が届かない一番奥、出会った時のようにオペラグラスで覗いてくる。彼は女性の扱いが冷たいようね…それが私を熱くさせる。
何度目かはわからない彼との交流、だが今日は違う。最前列に彼がいる…目が合った時の笑顔はまるで蛇、私という存在を丸のみするかのような威圧感を醸し出す。それが私を熱くさせるスパイスだと知っているかのように…
「どうだったかしら?私の舞台は」
彼は私を待っていた。私の演技に魅了されたなら嬉しいけど、彼はそんな人物じゃない、だって彼は恐喝王なのだから…
『そうですね…思いちがいをなさっている様子ですねクリス・ヴィンヤードさん?舞台とは偽りの仮面を付けるもの、偽りなき舞台など価値が無い、貴方の前では全てが偽りになる舞台でしたよ』
私の演技が上手いという、遠回しな言い方じゃない。『全てが偽りになる』とはベルモットとしての私…シャロン・ヴィンヤードの私、含めて言ってるわね。今更知ってても驚かないわよ…こういう返しはどうかしら?
「貴方の前ではアイリーン・アドラーになろうかしら…A secret makes a woman woman」
…ふふ、良い顔ね…意味は自分で考えて頂戴。じゃあね恐喝王さん?貴方の力を借りる時もあるかもね…
ミルヴァートンのセリフが難しい、大半のセリフが犯罪に誘導するような物しかないし、喧嘩売るような言い回しになる。立ち振る舞いも現代風に直さなきゃいけない…