因果は巡り、怨嗟は止まらない話

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血塊

線香の煙が暴風に抗えないのと同じように、たった今、亡くした左腕から流れる血液は川に押し流され、薄まって下流へと流されていく。そこには、風情の欠片も無い。

いつか見た宝鯉の揺らぎを思い出した。どうせならその鯉の尾鰭のように、惘とした血の絹布を見たかった、と、思う。

 

俺をこうした本人は、いっそ憎めない程に凪いだ瞳をしていた。鬼のように禍々しい牙を持ち、然し慣れ親しんだ仮面の奥から、膚を突き刺す冷えた空気が伝播していた。

 

つい数秒前に起きた出来事を思い返し、そして奴の裂けた着物の下を見て、瞠目する。

俺が斬ったはずの傷は、既に癒えていた。飛ばす勢いで斬りつけたはずで、ほぼ、その通りになった首の傷からは、血の一滴も流れていなかった。

不死を望む人間が絶えないのにも、頷ける。

 

「…名は。お前、名は」

 

視界の端が暗く染まる中、這う這うの体でそう問う。

 

「血塊」

 

案外素直に答えるものなのだなと驚くが、直ぐに、そうか、と理解する。

此奴が何者であれ、忍びであれ、侍であれども、これから死ぬ相手に何を言っても変わらないのだ。

 

「次は、どうだろうか」

 

奴はそう言った。何がだ、と言い返そうとしても、視界は厚布を被せたように暗い。微かに瞳を震わせる。

 

もう一度、左腕から流れる血を見つめた。川は一時的に桃色に染まっている。

またすぐに、元に戻るんだろう。

限りなく薄まって、絶無となるんだろう。

 

『溢れる血を見るより、流れる血を見る方が恐ろしくはないだろう』

 

誰かがそう言った。

目を閉じる。世界の全てが遠くなる。

 

 

…その時俺は、確かに、一度死んだのだ。

 

 

 

 

 

 

 

血塊

 

 

 

 

 

 

 

俺がその川に赴いたのは、確かに気まぐれだった。

ただ、ふとあの老婆の話を思い出したから、というのも確かだ。

炎を弱めるには、水が必要だと思った。

 

『あんた、そういう怨嗟が、何処に積もるか知ってるかい?』

 

あぁ、なんて、哀れで、罪深い。

灰のように乾いた己の身に、耐えきれない程の炎が積もるのを感じる。

戦は未だ、止む気配は無い。

戦場の炎は全てを焼くこと、喪われるものがどれだけ尊いのかを、人々は知っているはずだ。

それでも争いを続けるのだから、奪うことを止められないのだから。

俺が、仏を彫るのを止めるなんてことは、有り得ない。

 

 

『不死絶ちを、お願いできますか』

 

久しい記憶。然し何度も反芻したせいで、何よりも新鮮な記憶となっている。

 

すすき野、血、竜胤と、不死斬りの、赤い

 

酷い頭痛がした。さらさらと川の流れる音が、かさかさと揺れる葉の囁きが、今は腹立たしかった。

 

煙と、硝煙。死体の燃える匂いを錯覚する。

何かが壊れる時は、大抵、全てを飲み込まんとする炎があがっている。

心底、怨めしい。

 

その時だった。

河原の端の方、積まれた竹に、撓垂れ掛かるようになった男の死体を目にしたのだ。

最初はただの死体かと思った。戦は止まず、上流から死体が流れて来るのは、珍しいことでもない。

 

だが、違った。

ゆっくりとその死体に近づいて、見れば、微かに胸が上下していた。左腕を亡くしている。

ほぼ血の抜けて雪のようになった肌をして、傷に蛆を飼っていても、まるで死んだように生きていた。

 

いや、きっと、と、思う。

きっと、一度死んだのではないだろうか?

 

「因果か」

 

そう、呟く。

 

 

 

 

 

▢▢▢

 

 

 

 

 

眠りから醒める、という言葉は、核心をついてはいないなと、俺は思った。なんてったって、灯るからだ。

醒めるというより、火が灯るようだから、である。

蝋燭の火のように、粛々と起き上がり、ゆらゆら揺れる。点火だ。

 

俺に火がついたのは、外界から聴こえる、およそ規則的な要素を感じない、ある音のせいだった。

その音は、激しくなったかと思うと、直ぐに静寂に堕ちる。断続するその音は、然し永遠に止むことの無いもののようだ。

ほらまた、音がなり始める。狼が爪を研ぐ音に似ている。

 

「目醒めているだろう」

 

一瞬、空間が静止したように息苦しくなった。低いその声が、俺の首を絞めるように響いたせいだ。

いつの間にか、狼は爪を研ぐのを止めていた。

 

瞳だけを動かし、声の主を伺う。壮年と見えるその男は、左腕の部分が不自然に弛み、煤けた着物を羽織っていた。

纏めた髪はほつれかけ、木の塊を彫っているのだろうその手は、止まっている。

 

チクチクと腕に刺さるほど毛羽立つ、簡素な藁の上かけを払った。

上体を支える左腕に、違和感。見ると、骨を繋いだような義手が、平然と居座っている。

 

「目醒めっつうより、火が灯るってとこだ」

 

俺は起き上がりながら言った。

何だ、まだ、寝惚けているのだろうか。一声でおかしなことを口走った自覚はある。然しその男は、何も聞こえなかったとばかりに、また木彫る手を動かし始めた。

まるで、鏡面のように滑らかな湖に、雪の一片ばかりが落ち、瞬時に融解するように。

 

「俺はどうだ」

 

不意に、その男が言った。

 

「どうだ、って、なんだ」

 

「俺は、火が灯っているように見えるか」

 

男をまじまじと見つめる。火が灯っているなんて、とんでもない。消えかけの燃滓か、灰。

どちらかと言えば、多分、灰に近いんだろう。

 

灰色に近い髪。褪せた雰囲気を演出しているのは煤けた着物なのだろうが、男そのものが鮮やかな空気を吸い込んでしまうような。いうなれば、そんな感覚だった。

今にも崩れそうな石像のように、動けば関節から、ぱらぱらと砂が落ちるに違いない。

 

「あんたは、灰だ。燃え尽きちまったって感じだな」

 

素直にそう伝えると、男は、そうか、と呟いてそれきりだった。

俯いたその目が、瞳が、

 

「目が、あんた、目が狼に似てるな」

 

爪を研ぐ音が聞こえてくる。

 

 

 

 

 

▢▢▢

 

 

 

 

 

「お前は、何の疑問も持たないのか」

 

男がそう問いかける声は、湧き水のように自然だった。あるべくしてあるような。

実際、聞くべくして聞いたのだろうが。

何故、自分はここにいるのか。この義手は何なのか。俺がそれを疑問に思わないのは、野兎が無防備に眠るくらい不自然な事だ。

 

「あんた、俺を助けてくれたんだろう。それさえ分かってれば、いいんだ。充分だ」

 

「充分か」

 

「そうだ、その通りだ」

 

視線を上げると、男の眇めた眼光が目に入った。燭台の火を反射している。

その時微かに俺は、溢れんばかりの炎の渦を、目撃した気がした。

 

「随分慣れているようだな、此度の…」

 

「九死に一生を得ることを」

 

「そうだ」

 

俺は、どう説明したものか、と、頭を抱えた。頭皮に義手の凹凸が伝わる。

 

「何回か、というか何回も、こんなことがあった。あぁ、こりゃ死んだかもな、そう思った次の瞬間には、真っ暗になってんだ。気づけば、大なり小なり傷こそついても、死にはしねぇで、生き残ってる」

 

豪運なんだ、俺はそう続けた。

 

「俺は本当に運がいい。今回は腕を無くしちまったが、それでもあんたが助けてくれて、新しい義手までくれた。俗に言う死なず、程のしぶとさだな」

 

「不死ではないのか」

 

「そりゃあそうだ。俺は今の今まで一回も、死んだ記憶なんて無いんだからよ」

 

そう言って目を伏せ、義手の表面を撫でると、まるで屍蝋のようにすべすべとした感触がした。時折、指先が小さな傷を跨ぐ。

 

「そんだけ死にかけてりゃ、慣れるってもんだ。まぁ、たった二本の腕を無くすなんてことに、慣れた訳じゃ無いが」

 

「それで、その内の一本を誰に斬られた」

 

そう問いかけられた時、俺は丁度、気を失う前何があったのかを思い出そうとしている所だった。

…確か川に居て、俺の左腕の傷から、喪失感を感じさせるほどの量の血が、流れ出していた。

鬼の様な面の奥、冷たい空気の伝播を感じ、癒えていく傷を見た。そこできっと俺は、気絶したのだろう。

そこから先の記憶は無かった。

 

「そいつは…俺の腕を斬りやがった奴は、鬼みてえな面をつけてた。向かい合ったら、多分あんたも感じるだろうよ。…冬が来た、ってな。オマケに奴は、傷ついても一瞬で治りやがる」

 

「…それの、名は」

 

「名は、分からない。聞く前に寝ちまった」

 

男は、フンと鼻を鳴らし、仏に目を落とした。

 

「お前の話を聞いていなかった。何の為、腕を無くす戦に挑んだ」

 

実を言うと。そう、口を開こうとして、止めた。まだ話すべきことを熟考できていない。

どこまで話すのか。話したところで、この男はどんな反応を見せるだろうか。

 

ふと、左腕に取り付けられた義手を見た。血と油がこびり付いている。だが丁寧に手入れされていた。

一体どれくらいの年月をかけて、磨いたのだろうか。

そもそも何のため、誰が、誰のため作ったものなのだろうか。

 

それを、俺に譲るだけの価値を見出したのだろうか?

 

そこまで考えたところで、あぁ、と、ため息をもらす。

受けた恩は、返すべきだ。誠心は、その一端になり得るだろうか。

 

「実を言うと、俺はあの鬼の面をつけた不死を追ってたんだ。竜泉川のはるか下流、微かに、源の水の庇護を受ける土地から、ずっと」

 

「…何故」

 

「俺の、俺の…主様が、そいつに殺されたんだよ」

 

ガツン、と大きな音が一音鳴って、止む。

狼の爪が折れたようだ。もう研ぐ気が失せてしまった、というように。

 

「…主か、そうか」

 

燭台の火がゆらりと揺れる。

男の目が、狼のような目が、こちらを見る。

 

「主を失ったのか」

 

「そうだ。目の前で、死んじまった」

 

あんたも、ともらしそうになって、然しその瞳を見て逡巡する。

あんたも、主様を失ったのか?と、口に出すのは憚られた。

そんな瞳だった。

 

「正確には、殺されちまったってより、そいつが死に追いやったって方が近い」

 

主様とは、歳が遠かったなぁ、と思い返す。

いつも傍にいた。正体不明の咳の病に襲われた時も、いつも主様の傍にいた。咳をする度に苦しげに涙を流すのを、ただ見ていることしか出来なかった。

 

全てが変わったのは、あの夜だ。

 

「その夜主様は、いつもより沢山咳をしてらした。皆んなして、あぁ、こりゃもうダメだとか言いやがる。何故か皆んな、主様に冷たい」

 

あれは、何年前だったか。指折り数える、いち、に、さん。

あぁ、主様とは、十歳以上差があったか。

思考が上手く整合性を持たない。

 

「夜も半分くらい過ぎた頃だ。主様の息が細ぉくなった。口には出さなかったが、俺も、もうダメかもな、って思っちまうぐらいには」

 

未だに、鮮烈に思い出せた。水を貯めた桶が、咳を苦しむ涙で染まってしまうのではないか、と思ったのを覚えている。

そして、

 

「…」

 

「すまない、あんた。もう何も考えられねぇ。少し」

 

「少し、散歩でもしてくるといい」

 

その男の瞳は、懐かしがるように細められていた。

その瞳を眺めながら、俺は、あぁ、と半分夢を見るような心持ちで応える。

 

「礼を言う、仏師殿」

 

赤く、ぼやけた視界が晴れたような感覚がした。

各所に山積みにされている仏の顔が、鬼の形相をしていることに、漸く気づく。

 

「俺と、お前はよく似ているな」

 

仏師がそう呟いたのを、背中から拾う。

ああ、やはりそうか、と、確信めいた瞬き。

 

 

 

 

 

▢▢▢

 

 

 

 

 

俺はまた、己の身が流れた竜泉川の端をなぞる様に歩いていた。薄い足布の裏に、角の取れた川石の感触を感じる。

川の流れる音は、どこにいても変わらないものだな、と、思った。

 

故郷を懐かしむ感傷は、無い。今更、あそこが故郷である意味は無い。

葉が落ちる、流れに消える。瞬間的なその様子を目の端で捉える。消える、残像のように。

一瞬前でも既に過去だ。思い出そうとしても不鮮明になる。

 

ならあの夜の記憶は?

 

考えてみる。然し記憶は停滞し、霧のように掴めなくなる。

雲を掴んだ者は居ない。そも、空に飛び立つことは出来ない。できるとしたら鳥、具体的に言えばきっと鳶だが、鳥は雲を掴みたいと思わないだろう。

 

雲に触ることが出来たら?

霧と違って、雲に感触があったら、どうだろう。

そうだったら俺はきっと、歓喜する。

 

掴み損ねた過去の記憶も、掴み直せるかもしれない。

 

掴み損ねた?どういうことだろう。

忘れていることがある?

 

…頭が、酷く痛い。

 

 

あの夜、主様は死んだ。ただ実は、死体は見つかっていない。

だが死んだ、そう思った。

 

主様の傍らで、病の様子を見守っていた時、不意に意識が途切れた。真っ暗だ。月も星もない夜のように。腕を失った時と同じように。

 

目を覚ませば、主様の姿が消えていた。

代わりにもぬけの殻の布団が残っていた。

 

そして、もうひとつ。自身の手にあった、鬼の面が消えていた。

あの不死が身につけていた面は、元は俺のものなのだ。何の戯れか奴が持ち去り、身に付けている。形の無い罪を象徴するように…

 

主様は、一人で歩ける状態では無かった。誰かが助けてやらねば、立ち上がることすら出来なかったのだ。

一瞬で病を治すすべなどが無ければ、一人で出歩くことは出来なかったのだ。

 

暫くして俺は、その病の名を知った。

血は淀み、咳は止まない。そしていずれ、死に至る病。

原因は、不死の力にあると聞く。

 

 

『溢れる血を見るより、流れる血を見る方が恐ろしくはないだろう』

 

何時もより鮮明に聞こえる。掴み損ねたというより、零れかけた記憶だった。

 

「あぁ、三年前」

 

そうだった。三年前、主様から聞いたんだった。

三年もの間、ほぼ手がかりの無い中、鬼の面だけを頼りにここまでやってきた。

そしてあの不死を見つけた。

 

「もしかしたら」

 

主様の死体は見つかっていない。俺は、彼が死んだことをほぼ確信しているが、死体は見つかっていないのだ。

もしかしたら、主様は生きているかもしれない。

 

花弁の先程の冀求を胸に、俺は川を遡っている。

腕を失った場所に、宿命の仇を求めに

 

 

 

 

 

 

▢▢▢

 

 

 

 

 

 

亡国葦名の偉大さというのは、制圧された後でも変わらない。

竜泉川の上流、清流の元にたどり着いたと思ったら、そこにあったのは巨大な滝だった。

 

飛沫は塵ほどに小さく、辺りは濃霧で覆われている。手のひらで撫でれば、感触がありそうだ。

大きく息を吸い込むと、無数の水滴が喉に触れた気がした。

 

ふと、辺りを見渡すと、未明の太陽のような光が見えた。霧を足がかりに、そこかしこに光を伝播させている。

目の奥を刺激するようなその光に酩酊する、近づく。半ばふらつきながら。

 

夏の虫

その言葉が脳裏をよぎる。

 

「お前は、光が好きだな」

 

その声は、俺が求めた光に似ていた。

俺の頭は、辺りの濃霧を全て吸い取ったようにぼんやりとしている。一泊置いて、その声の主が誰か気づいた。

死んだ鹿の目から光が消えていくのを眺めるのは、こんな感覚なのだろうと思いながら。

 

「俺のことをよく知ってる」

 

「そうだな」

 

振り返れば、あの鬼の面が待っているのだろう。あの、忌々しい。

 

「俺が何故お前を追ってるのか、お前は知っている」

 

「ああ」

 

「お前は、俺の主様を知っている」

 

「ああ」

 

火が灯る、点火だ。仇との遭逢もまた、点火に似ていた。

小さな音が響く。かちり、と。

記憶が定かであれば、面の留め金を外す音だ。

 

相変わらず、霧が深い。振り向いても、奴の顔が見えないかもしれない。

 

「溢れる血を見るより、流れる血を見る方が恐ろしくはないだろう」

 

「あぁ、」

 

あぁ、そんな、

 

「主様、」

 

振り返る間も惜しいほどだった。足首にまとわりつく飛沫さえ、うっとおしく感じる。

 

完全に身体を向ける、その一瞬前だった。

 

「あぁ、血塊」

 

俺の身体を、赤い刃が貫いている。

 

 

 

 

 

▢▢▢

 

 

 

 

 

(流れぬとは、難儀なものだ)

 

初めてそう思ったのは、未だ幼い頃だった。

少し開いた襖の隙間から月光がもれている。ささくれだった畳を直線状に分断し、我が物顔で走り去る。

 

私の血は、これに似ている。

そう思った。

 

隣国、葦名に伝わる竜胤の力、それがここで生まれたのだから、我が物顔とはよく言ったものだ。

 

どういう因果でそうなったのかは分からない。

然し何故か、私は竜胤の血を持って産まれた。

 

そうだと分かった時、周辺は吉兆に騒いだし、同時に危険も多かった。だが、すぐ下火になった。

 

同時期、葦名の国には本物の竜胤があったらしい。

本物だ。何の因果かは分からないが、その子供は完全な血を持って産まれ、然し私はどこか欠けていた。

 

私が血の力を授けたのは、ただ一人だけだ。

私の忍びとして雇われていたその男は、名を、血塊という。

 

 

 

 

 

 

▢▢▢

 

 

 

 

 

「…あぁ、主様、何で」

 

身体を走る赤い刃を握り返した。痛みというより、熱を感じる。比喩ではなく、本当に。

この刃は生きているのだろうか、と感じてしまうほどに熱く、そして脈打っていた。

 

「あの夜、突然病が治ってよかった」

 

和やかに動く口元を見つめる。小さな皺があった。

あの夜、十三だった主様は、今は十六のはずだ。しかしどう見ても、彼は二十を超えていた。

 

「…主様、何故、貴方は未だ、子供だった」

 

「それだ、血塊」

 

「…は?」

 

「あの夜私は、未だ子供だった。そしてお前は私の、出来損ないの竜胤の力を受けていた」

 

竜胤?聞きなれない単語だった。不死とは、違うのだろうか。或いは、俺の豪運と、関係がある?

 

そこで立っていられなくなった。脚が震える。眠くて、たまらない。

 

「私の竜胤は、出来損ないだ…出来損なってしまった」

 

耳に馴染むほど繰り返す。

 

「出来損ないの竜胤は、死ぬ前の記憶を失わせてしまう。そしてお前は、幾度も死んでいた。私のせいで」

 

刀が引き抜かれた。支えを失って、流れに横臥する。

川は一時的に、桃色に染まっている。

 

「お前の言う三年間、何度死に、生き返った?」

 

惘とする、鯉の尾鰭を思い返す程には、記憶が朧気だった。三年の間、何があった。

 

「十年経っているぞ、あの夜から」

 

 

 

流れぬ、とは。主が、そう口にした。

 

「流れぬとは、難儀なものだな。生に塊って、死ねぬ。流れた方が、恐ろしくないだろう。もう、良いぞ」

 

 

視界はほぼ、無いに等しかった。水が流れる音に混じって、刃が擦れる音が聞こえる。

 

「…主様、義手を、返して、くれませんか、荒れ寺」

 

狼のような、あの仏師に、義手を

 

「…大切な従者の願いだ」

 

死ぬというのは、こんな感じなのだな、と祈りに似た思考が巡る、流れる。

頭痛も、もう消えている。

 

消火だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

▢▢▢

 

 

 

 

 

 

 

 

「仏師殿とは、貴方ですね」

 

「…」

 

「聞いたとおり、目が狼に似ている」

 

振り返ると、まず縦に伸びた影が目に入った。板間の窪みに沿って歪んでいる。

影の主を見上げると、苦い記憶が蘇るような心地がした。

 

やおら背を丸め、その心地に身を委ねる。高音に裂け、乾いていく木々の悲鳴が聞こえる。死体が焼ける匂いと、主の声は、影と光のように乖離している。

 

「その、」

 

その声に耳を澄ます。一拍置いて、現実から響いているのだと気づいた。

 

「その御守りは?」

 

腰に括りつけた御守りを見る。あの日薬師にもらった、竜咳を恢復させる御守りだった。願いと、祈りが納められている。

今となっては、その祈りそのものが主の思いと重なり合う気がして、未だに手放せないでいた。

 

「かつて、この地に竜咳という病が蔓延した。その病を治すすべは、祈りに似ていた」

 

「初めて祈った日は、いつ頃ですか」

 

そう言われ、記憶を辿る。霧の奥を掴むようなその探索は、数秒か、或いは数時間続いていたような気もする。

 

「確か、未だ葦名一心様が、ご存命だった頃だ」

 

そして九郎様が、俺に殺されずに生きていた日だ。

 

「あぁ、あの夜」

 

男は、夢うつつといった具合でそう呟く。

 

「貴方には、世話になってばかりですね」

 

「俺は何もしていない」

 

「いいえ、貴方にこれを返します」

 

 

「また次の忍びが、きっと、力を求めに来るでしょう」

 

 

戦は終わらない。終わらないのであれば、怨嗟は渦を巻く。

 

怨嗟が巡るのであれば、きっとまた、この義手が必要になる。

 

 

 

 

 

 

 

 




まとまりがよろしくない

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