少しでも皆様が楽しんでいただけるように頑張りたいと思います。
本日はもう一話投稿予定です。
プロローグ
「だから、ほら──泣かないで、キリト」
全身を黒色の服で身に纏ったキリトと呼ばれた青年は、涙を流し続けていた。
それは今まさに死を迎えようとしている親友を目の前にしていたからに他ならなかった。
その親友の両手からは力が抜け、右手は床に、左手は胸の上に落ちている。
キリトと彼は同じ時を生き、ここで道が分かれるということは理解しているのだけれど、それでも彼らの中には確かな思い出と揺るぎない絆がある。
そのことを思い出すことが出来たキリトの心の痛みは、僅かながらではあるが和らいでいた。
「ああ……思い出は、ここにある」
キリトは自分の胸に左手を押し当て、声を詰まらせながらも薄く笑う。
死にゆく彼に自身が残せるものは安心感だけだと思えたからだ。
「永遠に、ここにある」
「そうさ……だから僕らは、永遠に、親友だ。……どこだい……キリト、見えないよ……」
輝きの薄れかけた瞳を彷徨わせ、それでも微笑みを浮かべている彼はキリトを探す。
最期が来たのだと、そう確信したキリトは彼の頭を左手で抱く。キリトの胸に抱かれている彼の頬には、溢れた涙の粒が
「ここだ、ここにいるよ」
「ああ……」
もはや輝きを失っている彼の瞳。しかし、彼はどこか遠くを見詰め、その先に確かにあるものを見ていた。
満ち足りたような笑みを浮かべた彼はゆっくりと口を開く。
「見えるよ……。暗闇に、きらきら、光ってる……。まるで、星みたいだ……ギガスシダーの根元で……毎晩、ひとりで、見上げた……夜空の星……。
キリトの剣の……輝きにも……よく、似てる……」
力なく、しかし透き通った彼の声は、キリトの魂へと確かに届いていく。
「そうだ……。キリトの、黒い剣……《夜空の剣》って名前が…………いいな。どうだい…………?」
「ああ……いい名前だ。ありがとう、ユージオ」
徐々に力を失っていくユージオに、キリトは笑顔で答える。
彼の言葉の一つひとつを漏らすまいと、キリトは胸へと刻んでいく。
「この……小さな、世界を…………夜空のように……優しく……包んで…………」
両の
キリトはその光を見上げ、親友の死を
◇
ユージオは、どことも知れぬ暗い回廊に立っていた。
しかし、彼は一人ではなかった。しっかりと繋がれた左手の先では、青いドレス姿の少女は微笑んでいる。
握る手に少しだけ力を込め、ユージオは幼馴染の少女へ語りかけた。
「これで……よかったんだよね」
少女は金髪を結わえる大きなリボンを揺らして、しっかりと頷いた。
「ええ。あとは、
「……そうだね。じゃあ、行こうか」
「うん」
互いの手を強く握りあった彼らは、回廊の彼方に見える白い光を目指して歩き始めたのだった。
◇
「ん……ここは……」
ユージオはゆっくりと目を開ける。そこには彼の知らない天井があった。
彼の覚えている限りの記憶では、幼馴染の少女と白い光の中に入ったところまで。
それ以降に何があったのかは一切思い出せず、気が付けば地面に横たわっていたのだった。
(僕はアドミニストレータにやられてしまって、確かにあのとき死んでしまったはず……)
ゆっくりと体を起こし、辺りを見渡す。
見たことがない部屋の真ん中にポツンと一人だけでいた彼は、ここが何かの執務室なのではないかと当たりをつける。
規模や豪華さは全くもって違うが、ノーランガルス帝立修剣学院で学んでいた際にも似たような部屋があったことを記憶していた。
しかしながら不可解なことがある。
それは本人ももちろん気付いていることなのであるが、
あの世──親友を裏切ってしまった自分が天国に行けるとは思っていない──とやらは、現実世界と同じような作りになっているのか。
考え事をしている彼の左手が、ふと何かに当たる。
その方向へと目をやると、そこには鞘に収まった自身の愛剣があった。
青薔薇の剣──自身の生まれ育った村に伝わるおとぎ話で、《英雄》ベルクーリが三百年前に白竜の住まう洞窟より持ち出した伝説の剣。
柄も刀身も青白く輝く長剣で、
その剣もセントラル・カセドラルの最上階にて、公理協会の最高司祭であるアドミニストレータとの戦いで折れてしまったのだが。
「え……」
心を落ち着かせるために愛剣を手に持つユージオ。しかし、持ち上げた途端にある違和感に気付く。
そして、その違和感の正体を確かめるために右手で柄を掴み、ゆっくりと愛剣を抜いていく。
折れてしまったはずの青薔薇の剣。それが完全な復元されていたのであった。
「ほう。私の執務室で得物を抜くとは、良い度胸をしているではないか」
「────ッ!?」
急に声を掛けられたことに驚き、後ろを振り返って身構えるユージオ。
よくよく考えれば、ただ声を掛けられただけではあるのだが、ユージオが感じた確かな威圧と愛剣を抜いていたという二つの要素が重なり、条件反射で戦闘態勢に入ってしまっていた。
ユージオは声の主を見て驚きの顔をする。
銀色の髪をした長髪の女性。白を基調とした軍服に、紫のマントを羽織り、腰には目の前の女性では扱うことが困難であろうと予測出来るほどの大剣を携えていたのだった。
「…………」
息を呑むユージオ。これほど見た目で判断してはいけないという言葉が似合う人を、彼は今まで見たことがなかった。
そしてそれが分かるほどの強さを、彼はセントラル・カセドラルでの激戦の中で身に付けることが出来ていたのである。
銀髪の女性は、ユージオが剣を構えているにも関わらず、余裕のある表情を浮かべていた。
「ふむ、先程まではこの部屋には私だけのはずだったのだが。そなた、見たことがないのだが、なぜここにいる?」
「…………」
銀髪の女性の質問を答えないユージオ。いや、答えないのではなく、
二十代後半の妙齢の女性。その見た目の美しさとは反した、強者としての威圧感。
彼の中で危険を示すアラームが響き渡っていた。
(……答えぬか。だが、
銀髪の女性はゆっくりと入り口へ歩いていくと、入り口のドアを開けてユージオに向かって「ついて来るが良い」と伝える。
急な出来事に彼はぽかんとした表情を浮かべたまま、動くことが出来なかった。
その表情を見た銀髪の女性は薄く笑うと、ユージオへ再度口を開く。
「そなたが何者でなぜ我が城に侵入してきたのかは分からんが、ここで我が兵士達に囲まれるよりは遥かにマシであろう。まぁ私を前にして五体満足で逃げ切れると思えるのならば、話は別だが」
執務室、我が城、侵入、兵士。銀髪の女性の言葉を反芻し、少しだけ状況を察したユージオ。
なぜだか分からないが、自身が侵入者と判断されていると気付き、誤解を解こうと声を発しようとするが、「いいからついて来るが良い」とだけ伝えられて銀髪の女性は部屋から出ていってしまう。
(な、何がなんだか分からないよ……)
ユージオはともすれば自分勝手な銀髪の女性の行動、そして今の状況全てが理解出来ずに混乱している。
しかし、彼が取ることが出来る選択肢は限りなく少なく、その中で銀髪の女性についていくのが一番良いであろうと判断する。
彼は青薔薇の剣を鞘に収めて、銀髪の女性を追うのであった。
◇
部屋を出たすぐそばでは、銀髪の女性がユージオを待っていた。
彼がついて来るという選択をしたことに薄く笑みを浮かべ、そのまま歩き出す。
ユージオもその女性の後ろを黙ってついて行く。
(な、なんだここは……?)
銀髪の女性が道を歩くたびに、近くにいた兵士達が作業を止めて敬礼をする。
その一糸乱れぬ行動は、兵士達の練度の高さを象徴していた。
とんでもないところに来てしまったと少しだけ怯え始めたユージオだが、セントラル・カセドラルに侵入したときの経験から、深呼吸をしてすぐに気持ちを落ち着ける。
(ステイ・クールだ。何も分からないときだからこそ、常に冷静でいなくちゃ。……そうだよね、キリト)
ユージオは親友であるキリトから教わった言葉を思い出し、廊下の窓から空を見上げる。
もう二度と会うことはないと分かっているのだけれど、もし、もし自身が生きているのであれば、また会うことが出来ればと考えていた。
「……どうかしたのか?」
「……いえ」
立ち止まっていたユージオに気付いた銀髪の女性は声を掛けるが、彼は一言だけ返してまた歩き出す。
これが彼にとっての新たな世界での第一歩となった。
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