英雄伝説 青薔薇の軌跡   作:灰猫ジジ

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あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。



第七話 緋の帝都

(どうして、こうなった……?)

 

 ユージオは困惑していた。目の前の光景が信じられなかったからだ。

 それも仕方がない。今目の前にいるのはドレスを纏った金髪の美少女なのである。

 

(いや、そうじゃなくて!)

 

 否、そうではなかったことを訂正する。

 彼の目の前には確かに金髪の美少女がいるのだが、彼が困惑していたのはその美少女がエレボニア帝国の皇女であったことが理由の一つであった。

 彼女は皇城にある自室でソファに座りながら紅茶を飲んでいる。

 

「ユージオさんもこちらに座って一緒に紅茶を飲みませんか?」

「い、いえ! 僕は大丈夫です!」

 

 直立不動で部屋の端に立っていたユージオに微笑みながら声を掛ける皇女。

 しかし、ユージオは今の状況を把握するので精一杯だったのだ。一国の皇女と対面でお茶を飲むことなど出来るわけがない。

 

(ど、どうして、こうなった……?)

 

 ユージオは夢であってほしいと願いながらも、皇女をちらりと見る。

 皇女と目が合い、すぐに目を逸らし目の前を見続ける。

 彼女はそんなユージオに少し困ったかのような仕草をしていたが、口元は笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 ユージオはなぜこのような状況になったのか。

 時は紺碧の海都オルディスでカイエン公とクロウに会ったところまで遡る。

 

 オーレリアとユージオはその日のうちにジュノー海上要塞まで戻り、各々の部屋で休むこととなった。

 もちろん追い出されたはずのユージオが戻ってきただけでなく、ルグィン家の一員──ユージオ・ルグィンとなったことに海上要塞にいた兵士達全員が驚いたのは言うまでもない。

 

「義理とはいえ姉なのだから一緒に寝るのは構わないであろう?」

 

 オーレリアの冗談とも思えるこの言葉を鵜呑みにする者などいるわけもなく、ウォレスによって引きずられていく《黄金の羅刹》を見た兵士達は、これは夢なのだと自らに言い聞かせていた。

 

 そして次の日の早朝。

 朝から訓練をしようと準備をしていたユージオは、いきなり部屋に入ってきたオーレリアによって連れ去られていく。

 そして昨日とは違う導力車に乗せられた彼は、何の説明もないままオルディスの空港へと到着する。

 

あれよあれよという間に導力飛行船に連れ込まれ、エレボニア帝国首都であるヘイムダルへと着いたのだった。

 

「オーレリアさん……」

「なんだ?」

「ここって……ヘイムダル、ですか?」

「そうだ。よく勉強しているな」

 

 感心したかのようにユージオを褒めるオーレリア。

 《緋の帝都ヘイムダル》。人口は約八十万人のエレボニア帝国の首都である。西ゼムリア大陸だけでなく、ゼムリア大陸全土でも最大級の規模と人口を誇る。

 緋色のレンガを基調にした美しい街並みで、歴史的な建造物も多く存在している。

 十六の街区が存在し、それぞれが地方都市並の規模を持っており、街の北側には皇族が住まう《バルフレイム宮》がエレボニア帝国の象徴としてその存在感を大きく示していた。

 

(オルディスとは雰囲気が全く違うなぁ。というか、オルディスといい、急に色々なところに連れ出されているけど、なぜなんだろう?)

 

 ユージオには貴族の建前というものが理解できていないため、挨拶や申請をしなくてはいけないということが分かっていなかった。

 特にルグィン家のような伯爵クラスになると、(しがらみ)も多くなっており、オーレリアといえどもやるべきことはやらなくてはいけない。

 そして執事の運転で向かった先。そこにはジュノー海上要塞と同クラス、歴史の重みを感じさせる迫力を加味するとそれ以上の建造物があった。

 

「わぁ! これが……」

「ああ、ユーゲント皇帝陛下をはじめ、エレボニア帝国の象徴である皇帝家が住まう《皇城・バルフレイム宮》だ」

 

 目の前の光景に圧倒されるユージオ。

 オーレリアとしては、毎回目をパチクリさせているユージオの顔を見るのもなかなか楽しめると思っているのだが、これから会う相手が相手のため、これ以上入り口でもたもたしているわけにもいかないのだ。

 

「では行くぞ」

「ま、待ってください! ()()()()()()()()()()()()()()()()()って、もしかして──」

 

 ユージオの言葉に先に歩みを進めていたオーレリアが立ち止まり、そして振り返る。

 

「ああ、これからお会いするのはエレボニア帝国現皇帝〝ユーゲント・ライゼ・アルノール様〟だ」

 

 ユージオは彼女の言葉に絶句するだけだった。

 

 

 

 

 

 

「それで、今回はどういった用件かな、オーレリア将軍よ」

 

 跪くオーレリアとユージオの前にいるのはユーゲント皇帝。

 彼には事前にどういった内容でオーレリアが来たのかの報告は受けている。

 しかし、それはそれ。臣下から改めて用向きを聞くため、挨拶もそこそこに本題に入る。

 

「はっ。本日は私の隣にいる男、ユージオについてのご報告に参りました」

「ふむ。そこな少年がどうしたのかな?」

「この度、ユージオが我がルグィン家の末席に名を連ねることとなりました。つきましてはそのご報告とご挨拶をさせていただきたく。ユージオよ、皇帝陛下にご挨拶を申し上げ…………」

 

 オーレリアはユーゲントに挨拶をするようにユージオに伝えようとしたのだが、言葉を途中で切ってしまう。

 彼はまだ顔を上げて良いということだけでなく、発言の許可すら出ていないにも関わらず、ユーゲントの方を(ほう)けた顔でじっと見つめていた。

 視線の先を追うと、そこにはユーゲント皇帝と皇妃であるプリシラの娘であるアルフィン・ライゼ・アルノールがあった。

 

「…………」

「ユージオ」

「────ッ!? し、失礼いたしました!」

 

 オーレリアに小さな声で名前を呼ばれ、ようやく自分の不敬に気付き、謝罪とともに頭を垂れるユージオ。

 彼のやってしまったことにオーレリアが謝罪をしようとしたが、ユーゲントが先に口を開く。

 

「フッ。どうやらそなたの義弟はアルフィンに興味があるようだな」

「あら、まぁ……」

 

 ユーゲントのからかいを含んだセリフに対し、いろいろな意味で冷や汗をかくオーレリア。

 当事者のアルフィンは頬に手を置きながら、少し困ったような嬉しそうな表情を見せる。

 

(ほうほうほう。これはなかなか面白いな)

 

 その様子を満面の笑みで見守っていたのは兄であるオリヴァルト。

 ユージオがどういう意図でアルフィンを見ていたのかは分からないが、彼女のまんざらではない表情に何か面白いことが起きそうだとでも思っているような顔つきであった。

 

「……こ、この度ルグィン家の末席に名を連ねることとなりました、ユージオ・ルグィンと申します。何卒よろしくお願い申し上げます」

 

 話を誤魔化すように事前に教え込まれていた挨拶の内容を述べるユージオ。

 しかしユーゲントを初めとした皇帝一家は、()()()()()()それぞれの意味を込めた笑みを浮かべている。

 これで報告すべきことは終わりのため、オーレリアは何か他に話が出る前に退出の流れに持っていこうとするが、数歩前に歩いてくる足音に顔を上げる。

 

「オーレリア将軍、お久しぶりですね。そして初めましてユージオ様、私はアルフィン・ライゼ・アルノールと申します。よろしくお願いいたしますね」

 

 綺麗な笑顔でオーレリアとユージオに挨拶をするアルフィン。

 

「ええ、お久しぶりですね。殿下はおいくつになられたのでしたかな?」

「十四になりましたわ」

「それはそれは……今は聖アストライア女学院の中等部に在学中でしたと記憶していたのですが、あそこは寮ではなかったでしょうか?」

「ええ。本日はたまたま戻ってきたのですが、良いタイミングだったようですわね」

「…………」

 

 お互いに笑みを浮かべて世間話をしている風に見えるのだが、なぜか二人の間には凍えそうな空気が感じられていた。

 それに気付いているのはプリシラとオリヴァルトの二人。しかし、二人は何も言わず黙ってみているだけだった。

 少しの沈黙ののち、アルフィンがユーゲントの方へ振り向き口を開く。

 

「お父様、良いことを思いつきましたわ。ユージオ様を()()()()()として就いていただくというのはいかがでしょうか?」

「──ッ!」

 

 突然の提案に絶句する一同。それもそのはずだ。なぜなら代々皇帝家の守護職に着任するのは武の名門である《ヴァンダール家》と決まっていたからだ。

 実際にユーゲントには《雷神》マテウスが、オリヴァルトにはマテウスの息子であるミュラーが守護職として着任しており、セドリックにもマテウスの息子であるクルトがなるであろうと言われていた。

 それをアルフィンが別の貴族家から守護職を任命したいと言い出したのだから、このような空気になってしまっても仕方がない。

 

「…………ふむ。アルフィンのいきなりの提案にはいささか驚いたが、どういった理由か説明をしてくれるかな?」

「はい。それは……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ですわ」

 

 直球でユージオを気に入ったと話すアルフィン。

 ここまでストレートに感情を表現されたら、誰も何も言えなくなるのは当然のことである。

 しかしながらそこで口を挟んでくる者がいた。

 

「おやぁ? アルフィンはユージオ君がお気に入りのようだね。ただ、アルフィンも知っていると思うが、皇帝家の護衛である守護職は代々ヴァンダール家がなることが慣例でね。そこに例外を作るというのはいささか性急過ぎやしないかい?」

 

 一応()()として現状を話し出したのは兄であるオリヴァルト。

 だがその顔はもはや本音で語っているのではないということは明白であり、このあとにどうすれば面白くなるかを考えているような顔つきをしていた。

 彼の横では護衛であるミュラーが小さくため息をついていた。

 

「ええ、お兄様の言いたいことは分かりますわ。ですが、《黄金の羅刹》であるオーレリア将軍が認めた殿方に守護職として護衛に就いてもらえるのであれば、それはとても頼もしいなと思いまして」

 

 そう言いながらもちらっとオーレリアの顔を見るアルフィン。

 オーレリアは薄く笑いながらも表情を表に出さないようにし、極めて冷静に努めていた。

 

「おやおや、そこまで気に入っているのかい? だがオーレリア将軍が認めた逸材だったとしても、実績が大切であるということも──」

「──それならばこの場でそれを示してみるというのはいかがでしょうか?」

 

 皇帝家ではないにも関わらず、オリヴァルトとアルフィンの会話に割って入った男。

 本来であれば最大級の不敬ではあるのだが、彼にはそれが出来るだけの権力を有していた。

 

「……オズボーン宰相」

「いやはや、話に入ってしまって失礼いたしました。私としては皇帝家の守護職にはヴァンダール家でなくとも良いのではないかとも思っておりまして。今までの実績──つまり信頼と皇帝家を護衛できるだけの実力、それを兼ね備えていれば問題はありますまい?」

「それはどういうことかな?」

 

 オリヴァルトは顔をややしかめつつ、宰相であるギリアス・オズボーンの方を向く。

 誰かが話に割って入ったことに対してではなく、彼が割って入ってきたことがオリヴァルトにとってあまり良いものではなかった。

 

「信頼に関してはルグィン家の名があれば問題はありますまい。あとは──」

「──〝皇帝家を護衛できるだけの実力〟があるかどうかということ、か」

 

 オリヴァルトの言葉に黙って頷くギリアス・オズボーン。

 

(この男、何を考えている……? だがまぁ、今回に関してはボクも同じ意見だ。彼がどれくらいの実力者なのか、何者なのかというのを知る上でも、必要なことだろう)

 

 オズボーン宰相に警戒を強めるが、元々同じ流れに持っていこうとしたというのもあり、どうせならそのまま話を進めようと決心した顔をする。

 

「ではそれでよろしいですかな、陛下?」

「……ふむ。だが、実力を測るにも誰が相手をするのが良いかだな」

 

 ユーゲントは顎を手で触りながら、適任者を探す。

 まず皇帝家はありえない。続いて提案者の一人であるオズボーン宰相だが、達人クラスの実力を持ち合わせているのは理解しているが、実戦を離れていた期間が長いため彼のことも除外する。

 オーレリアは実力が離れすぎているであろうし、自分の家族に手心を加える可能性がゼロではない──特に周囲から言われる可能性が高いため同じく除外。

 そうなると、必然的にこの場にいるもので()()()()()()()()()()()()()

 

「…………というわけで、頼んだよ。ミュラー君」

「……はぁ。あとで覚えておけよ、オリビエ」

 

 ため息をつき、小さな声でオリヴァルトに向かって文句をいうミュラー。

 そして少し前に出ると跪き、ユーゲントへ発言の許可と提案をする。

 

「……それであれば確かにこの場では一番の適任であろうな」

 

 と、全員の中でもミュラー以外の選択肢が無いことは明白である。

 ユージオの実力を測るためにミュラーはユージオと模擬戦をすることになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、立会人はこの私、オーレリア・ルグィンが務めよう」

 

 皇城《バルフレイム宮》内にある練武場の中心で、ミュラーとユージオは真剣を持って対峙していた。

 ミュラー・ヴァンダール。彼の生家はヴァンダール流という武術を受け継いでおり、アルゼイド流と並び「武の双璧」とも呼ばれている。

 彼の父であるマテウスは現当主であり、その長男としてヴァンダール家の跡継ぎである。そしてミュラー自身の腕前はヴァンダール流を修めているだけあり、達人(マスター)クラスであった。

 

 練武場の観客席にはユーゲントを初めとした皇帝一家と宰相であるギリアス・オズボーンがおり、それぞれ何か思惑がありそうな顔をしていた。

 

(なんでこんなことに……)

 

 ユージオは心の中で嘆息していた。

 急に皇帝に会うことになったと思いきや、自分よりもかなり年上の男と戦うことになってしまったのだから仕方がない。

 皇帝が認めてしまった以上、オーレリアはもとより、自分が何か言う権利など無い。

 

「ルールはどちらかが負けを認めるか、私の判断で確実に勝敗がついた場合とする。両者ともいいな?」

 

 オーレリアの言葉に二人とも頷く。彼女はユージオ側の人間なのだから、ユージオに有利なジャッジをするのではないかと通常であれば思うだろうが、ここにいる人間にそういう考えを持つ者はいなかった。

 オーレリア・ルグィンという人間は決してそのような武を軽んじるようなことをしない。それを理解しているからこそ誰も何も言わないのだ。

 

(やるからには負けるわけにはいかない。今の自分の力を試すチャンスだと思うことにしよう。それに……)

 

 そう思いながらユージオは昔のことを思い出していた。ノーランガルス帝立修剣学院時代、彼の親友であるキリトと当時の主席であったウォロ・リーバンテインとの決闘を。

 結果は引き分けとなっていたのだが、彼もユージオの目の前にいるミュラーと同じく大剣を使用していたのだ。

 

「何か面白いことでもあったのかな?」

「……いえ、すみません」

 

 微かに笑みを浮かべているのを気付かれたのか、ミュラーはこれから戦うとは思えないほどに穏やかな声でユージオへと話し掛ける。

 ユージオは謝罪をすると、一転して真剣な顔つきへと戻す。

 

「君がルグィン家に入るということは、最低でもそれなりの強さはあるはずと推測する。俺も全力を持って闘いに挑もう」

「──お願いします!」

 

 ミュラーは闘気を迸らせながら愛剣を構える。

 闘気を見ただけでユージオは彼が達人であることを確信する。

 そしてゆっくりと青薔薇の剣を抜き、アインクラッド流の構えを取る。

 

「なんて、綺麗な剣……」

 

 アルフィンは遠目から青薔薇の剣を見て、今まで見たことがないほどの美しさに思わずそう呟く。

 ユーゲントとプリシラはアルフィンにちらりと視線を移し、オリヴァルトは目を瞑りながら笑みを浮かべている。

 

「各々、悔いが残ることがない闘いをするように! ──はじめっ!!」

「うおおぉぉぉ!!」

「やあぁぁぁあ!」

 

 オーレリアの開始の合図とともに、両者が突っ込んでいき剣をぶつけ合う。

 

「ぐっ!」

 

 剣を重ねたとき、ミュラーの剣撃の重さに思わず苦しそうな声を上げるユージオ。

 

「……どうした!? まだまだこれからだぞ!」

 

 ミュラーはそのまま連撃でユージオを攻め立てる。

 ユージオはなんとかその攻撃を防ぐが、それでも周りからは劣勢に見えていた。

 

(なんて重い攻撃、そして連撃のスピードなんだ……リーバンテイン先輩なんて比ではない!)

 

 止まらないミュラーの攻撃を必死に捌く。だが、徐々に押されてしまい後退していく。

 

「この程度なのか? 《黄金の羅刹》殿に認められた少年の腕というのは!? これでは我が弟にも勝てはしな──」

 

 更に攻め立てようとするミュラーの一撃に対し、ユージオは脱力をして受け流すと、そのままクルリと回りミュラーの右脇腹を目掛けて横薙ぐ。

 しかし、その一撃はミュラーの剣によって防がれる。

 

「……ようやくやる気になってくれたというところか?」

「……どうですか、ね!」

 

 ユージオはそのまま剣を振り切ると、そのまま右側から水平斬りをする。

 ミュラーは先ほどと同じく剣で防御するが、ユージオの技の勢いに押される。

 

「……アインクラッド流《バーチカル・アーク》」

「──くっ!」

 

 二人の闘いを見て、オーレリア以外の全員が驚いていた。

 特にミュラーの腕を誰よりも知っているオリヴァルトは、珍しく驚きを顔に出していた。

 

(あの年齢でミュラーと互角の闘いをするとは、彼は一体何者なのだ……?)

 

 ミュラーと互角であるということは、達人(マスター)クラスだということ。まだ成人していないであろうユージオがヴァンダール子爵家次期当主と同等レベルの戦闘力を有するというのは、それだけで彼の才能が凄まじいことを表している。

 

「まさか、これほどとは……」

「ええ、私も驚きましたわ」

 

 ユーゲントもプリシラも同じく驚いている。

 オーレリアが認めていたとはいえ、まだ十七歳のユージオではミュラーに一蹴されてしまうだろうと、そう思っていたからだ。

 そして、二人の闘いが更に激しくなっていく────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこまでだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────その直前に一人の男の声によって模擬戦は終えることになった。

 

 

「オズボーン宰相……?」

 

 ギリアス・オズボーンは一声で二人の闘いを止めると、ユーゲントへと声を掛ける。

 

「これ以上はもう良いでしょう。彼は十分認められるだけの腕前を見せたと思いますが? あのミュラー少佐と互角に戦える少年はなかなかいないでしょう」

「…………む、むう。そうだな……」

 

 ギリアス・オズボーンの提案にユーゲントも迷い始める。

 初めに話していた『信頼』と『戦闘力』。その二つを兼ね備えているのが分かったためだ。

 だが、今までの慣例というものもあるため、気軽に了承するわけにもいかなかった。

 

「陛下、それについては私からも話したいことがございます」

「オーレリア将軍? 話したいこととは何だ?」

練武場(ここ)で話すことではないので、一旦場所を変えてもよろしいでしょうか?」

「……あ、ああ。分かった。それでは先程の謁見の間に戻ろうではないか」

 

 ユーゲントはプリシラとともに立ち上がり、戻ろうとする。

 アルフィンも後についていこうとしたところで、オリヴァルトから声が掛かる。

 

「アルフィンは私室で待っていなさい。あとはこちらで話しておこう」

「……分かりましたわ」

「ユージオ君、よければ君もアルフィンと一緒にいるといい。なに、二人きりというわけではないから安心したまえ!」

 

 笑いながらユージオにもアルフィンとともに席を外すように言うオリヴァルト。

 ユージオはどうすれば良いかが分からないため、オーレリアを見るが彼女も頷いてオリヴァルトの提案どおりにするようにとユージオに伝える。

 

(な、何がなんだか分からないんだけど……)

 

 どういうことなのかが全く分かっていない状態で、オーレリア達と別れ、アルフィンについていくしかないのだった。

 

 

 

     ◇

 

 

 

 そして今に至る。

 ユージオは部屋の隅で立ったまま、今までのことを思い出していたが、何回考えてもどうしてこうなったのかが理解できていなかったのだ。

 

(理解できていないこともそうなんだけど、やっぱり……()()())

 

 ユージオはアルフィンの顔を見て、《ある人物》を思い浮かべていた。

 アルフィンはユージオを見つめ返して、目が合った瞬間にユージオが目を逸らし、アルフィンが微笑むということを何回も繰り返していた。

 

「もう、姫様……ユージオさんが困っていらっしゃるじゃないですか」

「あらエリゼったら、ユージオさんはこれから私の守護職として護衛していただくことになるのですから、コミュニケーションを取るのは大事だと思うの。そう思わないかしら?」

「それとユージオさんを困らせることとはまた違うと思いますわ。ユージオさん、姫様が本当に申し訳ございません」

「い、いえ。僕は別に……」

 

 アルフィンの私室にいたのは二人だけではなく、エリゼと呼ばれる黒髪の少女もいた。

 エリゼ・シュバルツァー。彼女はシュバルツァー男爵家の長女で実子である。シュバルツァー男爵家は過去に養子を取ることに対し、周囲からの声に嫌気が差してしまい、男爵自身は中央からは離れて領地に引き篭もっていた。

 しかしエリゼ自身は帝都にある聖アストレイア女学院中等部に入学し、そこで知り合ったアルフィンとは親友のような間柄となっていた。

 

「それにしても遅いですね。いつ頃まで話は続くのでしょ──」

 

 アルフィンがいつ終わるか分からないオーレリア達の話に不満を漏らそうとしたところで、部屋の扉をノックする音が聞こえる。

 返事をし、扉を開けたのはエリゼ。開けた先からはオーレリアが入ってくる。

 

「アルフィン殿下、失礼いたします」

「オーレリア将軍、もう話は終わったのかしら?」

「ええ。陛下や宰相にもご納得いただけました」

 

 二人の見つめ合った間にはなにか迸るようなオーラが見えたような気がしたが、ユージオは気のせいだと思い込みオーレリアに話の内容を聞く。

 

「それでオーレリアさん、どのような話をしたのですか?」

「ああ、それについてだが。殿下の守護職に就くというのは()()となった」

「──え!? ど、どうしてかしら!?」

 

 アルフィンはまさかの内容に驚きの声を上げて、理由を問い詰めるように聞く。

 オーレリアの話を簡単に纏めると、ルグィン家は代々《トールズ士官学院》に入学することが決まっており、それは養子であるユージオに対しても例外はない。

 現在、十七歳のユージオは本当であれば今年入学するのが適齢だったが、入学の時期も過ぎてしまったため来年から入学することになる。

 そのため聖アストレイア女学院にいるアルフィンの護衛は、少なくともトールズ士官学院を卒業するまでは出来ないという結論になっていたのだった。

 

「で、ではあくまで()()ということで、完全に無しとなったというわけではないのですね?」

「…………ええ、今のところはそうなりますね」

 

 ホッとするアルフィンと一瞬だけ不服そうな顔をするオーレリア。

 

「そういうことなので、私達はそろそろ失礼させていただきます。行くぞ、ユージオ」

「は、はい! アルフィン殿下、失礼いたします」

 

 部屋から出ていこうとするユージオに、アルフィンは声を掛ける。

 

「ユージオさん」

「はい、何でしょうか?」

「私から手紙を書きますので、ユージオさんも……返事してくださいね?」

「え、あ、は──」

「ユージオは戻り次第、遠出をすることになるのでそれは難しいと思います。では失礼いたします」

 

 オーレリアはユージオを引っ張りながらアルフィンの私室を出ていく。

 扉を閉められたとき、アルフィンは頬を膨らませていた。

 

「姫様、はしたないですよ」

「もう! オーレリア将軍はどうしてあそこまで意地悪をするのでしょうか!」

 

 エリゼに(たしな)められても、怒った表情をやめないアルフィン。

 だが、少し時間が経つと冷静になったのか、恥ずかしそうな顔をしながらもため息をつき、両肘を立てて手の上に顎を乗せる。

 

「もう、姫様ったら。その格好もはしたないですよ」

 

 

 

     ◇

 

 

 

「オーレリアさん」

「なんだ?」

「あの……僕がこれから遠出をするというのは……?」

「ああ、そのことか」

 

 帰りの導力飛行船の中で疑問に思っていたことをユージオは尋ねる。

 

「そなたには戻り次第、修行を兼ねて向かってもらう場所がある」

「向かう場所?」

「ああ、《龍來(ロンライ)》という場所に向かってもらう。そこである人に会って来るのだ。トールズ士官学院の入学式がある次の春までな」

「……そんな話は聞いていなかったのですが……」

「そうだな。私もさっき陛下に話す直前に思い付いたのだから、聞いていないのも仕方あるまい」

 

 

 

 

 

 

 

 導力飛行船の中でユージオの叫び声が聞こえたのだが、オーレリアはそんなことを気にせず機嫌良く外の景色を楽しんでいた。

 そして、トールズ士官学院入学式まで、ユージオの旅が始まるのだが、それはまた別のお話。

 




プロットは出来ているのですが、文章が上手く書けず投稿が遅くなりました。

次回から第一章 閃の軌跡Ⅰの原作開始となります。
良ければ楽しんでくださいますと嬉しいです。

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