第八話 トールズ士官学院入学
七耀歴1204年3月31日水曜日。
エレボニア帝国中央、帝都《ヘイムダル》近郊──小都市《トリスタ》。
そこは貴族領ではなく、皇帝の直轄地であり、名門の士官学院《トールズ士官学院》が市街地北部に立地する学園都市。
街の至るところにライノの木が植えられており、この時期になると綺麗な花を咲かせるため、まるで新入生を出迎えているようであった。
都市の南側にはトリスタ駅があり、列車がちょうど停まったところで続々と制服を来た士官学院の生徒たちと思しき少年少女が降りてくる。
「ふう、ようやく着いたか」
金髪碧眼の青少年──ユージオも同じように列車から出てくると思いきや、彼は馬に乗ってトリスタまで走ってきていた。
全ては義理の姉である《黄金の羅刹》オーレリア・ルグィンの指示によるものだった。
(オーレリアさん、指示が曖昧なんだよな……危うく遅れるところだったよ……)
馬から降りたユージオはなんとか入学式には間に合いそうだと安心し、心のなかでオーレリアに愚痴を言う。
入学まで《
急いで馬を走らせてきたから間に合ったものの、最悪オーレリアの指示を無視して列車を使おうと思っていたため、ある意味間に合ってよかったと言えよう。
「それにしても、ライノの木が綺麗だ──」
「きゃっ……あいた……」
すぐ近くでユージオと同じ赤い制服を来た少女が、これまた同じ赤い制服を来た少年とぶつかっていた。
少年がすぐに少女に手を差し伸べたため、ユージオはそれ以上特に気に掛けることなくそのまま馬とともに士官学院へと歩みを進める。
駅前の公園広場のベンチでは銀髪の少女が寝ているのを横目に、坂を登っていく。
(それにしても、僕と同じ赤い制服を何人か見掛けたけど、ほとんどが緑と白の制服なんだよなぁ)
通常、緑の制服が平民、白の制服が貴族と分かれている。
全寮制で住む場所も平民と貴族では分かれており、色々と派閥もある。
このことはジュノー海上要塞にいたときに習っていたことだ。
その中でユージオは
服が届いたときは何かの間違いではないか?と思ったものだが、ある事情から時間が無かったのもあり問い合わせをする隙すらなかった。
周りからは奇異な目で見られつつも士官学院の門に着いたところで一台の導力リムジンが停まっているのを見つける。
(この気配は……)
まさかと思い、導力リムジンに近付いてみると、窓が開きそこから見知った女性の顔が現れる。
「ほう……随分と鍛錬を重ねたようだな」
「お久しぶりです、オーレリアさ……あ、姉上」
オーレリアを
その言葉に満足したのか、オーレリアは薄く笑い元の顔に戻る。
「そ、それにしてもどうしたんですか? こちらに来るとは聞いてなかった気がしますけど……」
「ああ、我が母校だからな、久しぶりにライノの花が咲くこの季節に来てみたかっただけだ」
あくまでユージオに会ったのは
彼女の本当かどうか分からない言葉にユージオは苦笑いで返す。
「そうか、今日は入学式だったのだな?」
「は、はい……」
絶対に知っていただろうといった顔をするユージオにオーレリアは素知らぬ顔を保つ。
そして
(そうか、ユージオを
予想はしていたものの、自身と同じく貴族クラスに入ってもおかしくなかったのだが、これもまた女神の導きなのだと納得して再度ユージオの顔を見る。
「では私はこれで行くが、ユージオよ」
「……はい」
「そなたはルグィン家の一員として、恥じることない行動を取るのだぞ」
「は、はい!」
ユージオの返事を満足そうに聞いたオーレリアは、「出せ」と執事に指示をしてその場から去っていった。
導力リムジンの中で少し満足そうな顔をしているオーレリアに、執事は声を掛ける。
「あれでよろしかったのですか?」
「……なんのことだ?」
「久しぶりにユージオ様のお顔を見たというのに、いささか淡白すぎるかなと」
「フッ、それでいいのだ。あやつの成長も確かめられたしな……それに言わなくても伝わるものだ」
「…………御意」
執事はそれ以上口を閉ざし、オーレリアは満足そうな顔をしたまま帰路につくのであった。
(一体、何しに来たんだろう……?)
オーレリアを見送ったユージオは、結局何しに彼女が来たのかを理解出来ていないままだった。
ライノの花を見に来たなどという言葉をそのまま受け取っているわけではない。
けれど、ユージオの顔を久々に見たにしてはあまりにも淡白なやり取りだったため、入学を祝いに来たというわけでもなさそうというのが彼の分析である。
言わなきゃ伝わらないということの典型であろうことは誰から見ても明白。
頭を軽く掻いたユージオは、気を取り直して士官学院の門をくぐる。
そこには茶髪の小柄な少女と、ゴーグルを付けた恰幅の良い青年が待っていた。
「──ご入学、おめでとーございます!」
「ありがとうございます」
恐らく先輩であろう──決してそのようには見えないのだが──小柄な少女のお祝いの言葉に丁寧に返したユージオ。
「えっと、君はユージオ・ルグィン君、──でいいんだよね?」
「はい、そうです」
「それが申請した品かい? 一旦預からせてもらうよ」
「あ、はい。お願いします」
ユージオは恰幅の良い青年に青薔薇の剣が入った包みを渡す。
「はい、確かに。ちゃんと後で返されるとは思うから心配しないでくれ」
その言い方がすでに心配なのだけれど、そう思ったユージオではあったが、言葉には出さずに飲み込む。
「入学式はあちらの講堂であるから、このまま真っ直ぐどうぞ」
「はい、分かりました」
ユージオはそのまま講堂に向かおうとしたところで、小柄な少女に再度呼び止められる。
「あ、そうそう──《トールズ士官学院》へようこそ!」
「入学おめでとう。充実した二年間になると良いな」
その言葉に会釈で返し、再度講堂へと足を進める。
講堂に入ったユージオは、辺りを見回すがある程度人数が揃っているようで、自身は最後らへんなのだなと思いつつ、指定されている席へと座る。
そして入学式開始まで心を落ち着かせるのであった。
(二回目の学院生活か。今回はどうなるかは分からないけど、
◇
「──最後に君たちに一つの言葉を送らせてもらおう」
入学式は順調に進み、最後に学院長であるヴァンダイクの祝辞で締めようとしているところだった。
「本学院が設立されたのは、およそ220年前のことである。創立者はかの、《ドライケルス大帝》──《獅子戦役》を終結させた、エレボニア帝国、中興の祖である。即位から30年あまり。晩年の大帝は、帝都からほど近いこの地に兵学や砲術を教える士官学院を開いた。近年、軍の機甲化と共に本学院の役割も大きく変わっており、軍以外の道に進むものも多くなったが……それでも大帝が遺した“ある言葉”は今でも学院の理念として息づいておる」
どの世界でも学院長、学校長の話は長いものなのかとユージオは思い、周りをちらりと見ているが、ほとんどの生徒が彼の言葉を真剣に聞き入っている。
ヴァンダイク学院長の横にいる七人の教官と思しき人達も真剣な表情でこちらを見ていた。
「『若者よ──
笑顔でありつつも、威厳のある雰囲気で放たれたヴァンダイク学院長の言葉に生徒たちは拍手で応えつつも、その言葉を深く心に刻みこれからの学院生活に新たな気持ちで臨もうとしている者がほとんどのようである。
(ドライケルス大帝──《獅子心皇帝》か。オーレリアさんや他のみんなもよくこの言葉を使っていたよね)
それだけドライケルス大帝の言葉が帝国には根付いているということなのである。
そこには貴族平民という枠では当てはめることが出来なかった。
「──以上で《トールズ士官学院》、第215回・入学式を終了します。以降は入学案内書に従い、指定されたクラスへ移動すること。学院におけるカリキュラムや規則の説明はその場で行います。以上──解散!」
男性の教官の言葉で白と緑色の制服を着た生徒たちはすぐさま講堂から出ていく。
その場にはユージオを含めた十人の赤い制服を着た生徒が困惑しながらも残されたままであった。
当のユージオは入学案内に書かれていなかったことは承知しているが、この程度で慌てる必要もないと思い冷静に席について次の指示を待つことにする。
「はいはーい。赤い制服の子たちは注目〜!」
その時、赤髪の女性の声が聞こえたのでそちらの方へ全員が振り向く。
「どうやらクラスが分からなくなって戸惑っているみたいね。実は、ちょっと事情があってね──君たちにはこれから『特別オリエンテーリング』に参加してもらいます」
「……へ!?」
「特別オリエンテーリング……」
「ふむ……」
「……………………」
反応は様々だが、一様にして戸惑っているというのは変わらない。
しかし赤髪の女性は「すぐに判るわ」と言い、自分について来いと言う。
「え、えっと……」
「とりあえず、行くしかなさそうだ」
「……やれやれだな」
戸惑いを見せつつも、諦めの表情を見せる者もおり、ユージオは何も言わずに席を立ってついていくことにした。
そして、士官学院の裏手にある古い建物の前まで全員で到着する。
赤髪の女性は鼻歌を歌いながら、建物の入口の鍵を開けてそのまま入っていく。
「こんな場所で何を……?」
「くっ……ワケが分からないぞ……?」
金髪の少女と緑髪で眼鏡を掛けた男子はそれぞれ思ったことを口にするが、青髪の少女に「考えても仕方がない」と言われてしまい、口を噤んでそのまま古い建物へと入っていく。
(…………? まぁ、いいか……)
ユージオは誰かに見られている視線を感じたが、他の生徒が先に行ってしまったため置いていかれないように視線を無視して建物内へと入っていく。
そして、ユージオを見ていた
「──ほっほう、あれが俺たちの後輩ってわけだな?」
「まあ、名目こそ違うが、似たようなものだろうね」
そこにはバンダナを付けた銀髪の青年──以前カイエン公爵邸で会ったクロウ・アームブラスト──と短髪の紫髪に黒いツナギを着た少女がいた。
「私達の努力が報われたのなら、こんなに嬉しいことはない。一年間、地道に頑張った甲斐があるというものだよ」
「だよな〜……って。お前は努力なんてしてねぇだろ。好き勝手やってただけじゃねーか」
「フッ、それは君も同じだろう。しかしアリサ君といい、可愛い子ばかりで嬉しいな。これは是非ともお近づきにならないとね」
「…………さっきのアイツを見てもそういうことを言えるお前の神経を疑うがな。てか知り合いでもいんのか? ……じゃなくてコナ掛けまくるんじゃねーよ! お前のせいでこの一年、どんだけの男子が寂しい思いをしたと思ってやがるんだ!?」
「…………フッ。先程の彼のことはともかく、
鼻で笑いながらクロウの言葉を流す紫髪の少女。それに対して、言い返そうとしたクロウであったが、そこに先程学院の入り口にいた茶髪の少女が止めに入る。
「も〜、二人ともケンカしちゃダメじゃない」
その声に二人が振り返った先には少女の他に恰幅の良い青年もおり、紫髪の少女が「二人ともお疲れ」とねぎらいの言葉を掛ける。
クロウも進捗の確認──話を逸らしたとも言う──で声を掛ける。
「他のヒヨコどもは一通り仕分け終わったみてーだな?」
「うん、みんなとってもいい顔をしてたかな。よーし! 充実した学院生活が送れるようしっかりサポートしなきゃ!」
「フフ、さすがは会長どの」
「おーおー、張り切っちゃって」
「まあ、多少の助けがないと最初のうちは厳しいだろうしね──それで、そちらの準備も一通り終わったみたいだね?」
「ああ、教官の指示通りにね。しかし何というか……彼らには同情を禁じえないな」
紫髪の少女の言葉にクロウも同意する。
「本年度から発足する“訳アリ”の特別クラス……せいぜいお手並みを拝見するとしようかね。ま、一人はレベルが違いすぎて、そういう意味でもあいつらには同情するがな」
「……クロウ君やアンちゃんから見て、そんなに違ったの?」
「そうだね、トワ。
「ああ、この位置で気配を消していた俺とアンゼリカを瞬時に見つけただけじゃなく、すぐには害がないと判断して無視する能力……とてもじゃないが俺らと
一年前に会ったとき以上のレベル差を感じたクロウは、冷や汗をかきながら一瞬だけ素に戻ってしまったが、目を瞑るとすぐにいつものお調子者の彼を演じる。
「ま、これで俺たちの仕事はこれでおしまいだ! ジョルジュ、遊びにでも行くか!」
「ダメだよ、クロウ君! まだまだやることあるんだから!」
苦笑いするジョルジュにすぐにサボろうとするクロウを止めに入るトワ、そのトワを違う目線で見ているアンゼリカ。
この一年で積み重ねた彼らの信頼関係は決して変わることはないと、ここにいる誰もが思っていた──。
◇
トールズ士官学院旧校舎一階。
そこに入ったユージオ含めた十人は周りを見渡す。
その間に女性教官は演台へと上がる。
(……ん、ここは?)
ユージオは足元に違和感を覚え、
「──サラ・バレスタイン。今日から君たち《Ⅶ組》の担任を務めさせてもらうわ。よろしくお願いするわね」
サラと名乗った女性教官は笑顔で自己紹介をするが、それよりも全員には《Ⅶ組》という言葉に引っ掛かっていた。
全員が聞いていた話と違うと困惑の表情を見せる。
そこで眼鏡を掛けた茶髪の女子生徒が質問をする。
「あ、あの……サラ教官? この学院の一学年のクラス数は五つだったと記憶していますが。それも各自の身分や、出身に応じたクラス分けで……」
「お、さすが主席入学。よく調べているじゃない。そう、五つのクラスがあって、貴族と平民で区別されていたわ──あくまで“去年”まではね」
「え……」
サラは話を続ける。今年からもう一つクラスが新たに立ち上げられたこと。
それは
身分に関係がないというところに何人かが反応していたが、いきなり「冗談じゃない!」と大声を張り上げる少年がいた。
「身分に関係ない!? そんな話聞いていませんよ!?」
「えっと、たしか君は……」
サラに促されて緑髪の眼鏡の少年──マキアス・レーグニッツと名乗った──は不愉快そうに言葉を続ける。
「それよりもサラ教官! 自分はとても納得しかねます! まさか貴族風情と一緒のクラスでやって行けと言うんですか!?」
「うーん、そう言われてもねぇ。同じ若者同士なんだからすぐに仲良くなれるんじゃない?」
苦笑いをしつつも、精神年齢が幼い少年を見るようにサラは受け流す。
しかし更にヒートアップするマキアスに対し、明らかに聞こえるように金髪の少年が鼻で笑う。
「……君。何か文句でもあるのか?」
「別に。“平民風情”が騒がしいと思っただけだ」
その言葉を聞いて、ユージオも流石に苦笑いをする。
確かにかつて自分がいた世界でも、貴族と平民という身分差はあったし、自身もこういう貴族と平民のゴタゴタに巻き込まれたことはある。
だが、ここまで子供だったか──と考えたところで、すぐに思い直した。
(……ああ、たしかに
──行動も発言も。当時のユージオがキレて
もし行き過ぎてしまうようであれば止めればよいし、そうでないならいずれは解決するだろうと判断する。
そう考えている間に金髪の少年がマキアスに挑発されて自己紹介を始める。
「ユーシス・アルバレア。“貴族風情”の名前ごとき覚えてもらわなくても構わんが」
売り言葉に買い言葉で返すユーシス。
しかし、アルバレア家はカイエン家と並ぶ《四大名門》の一つ。
その名前に殆どの人が驚きの声を上げる──マキアスも例外ではなかったが、ここまで感情が昂った思春期の若者には引き際というものを分かっているはずもなく、更に食って掛かる。
「はいはい、そこまで」
血気盛んな若者たちを止めたのはサラの一声。
「色々あるとは思うけど、文句は後で聞かせてもらうわ。そろそろオリエンテーリングを始めないといけないしねー」
そう言うとサラはゆっくりと後ろへ歩いていき、「それじゃ、さっそく始めましょうか♪」という言葉とともに、壁にあるボタンを押す。
すると急に地面が揺れたと思うと、足元が坂道の落とし穴のようになり全員が落ちていく。
否──全員ではない。
「──やっ」
銀髪の少女はロープのようなものを天井の梁に引っ掛けて落ちるのを防ぐ。
しかし、それで許されることではなかった。
「──こらフィー。サボってないであんたも付き合うの。オリエンテーリングにならないでしょうが」
そう言うと、サラはナイフを投げてロープを切る。
フィーと呼ばれた少女は「メンドクサイな」と一言漏らして、そのまま地下へと降りていった。
「──で、あんたは行くの?」
「……まぁ行かないわけには、いかないですよね?」
「当たり前でしょ。というか、あんた
「ははっ、そうですよね」
サラとユージオは同じ人物を思い浮かべて、苦笑いをする。
むしろ出来なかったときのことを考えると、寒気がするほどである。
「じゃあ僕も行きますね」
「……ちょっと待ちなさい。あんたはこのオリエンテーリングはサポートに徹底しなさいよ」
「え……」
なぜと聞こうとしたところで更に言葉を被せられる。
「当たり前でしょーが! あんたみたいな実力者がいたらオリエンテーリングにならないのよ。全員の気持ちを一つにするためにあるんだから、あんたもそのつもりでいなさい」
「……はい、分かりました」
確かにユージオは自分と他の生徒の実力差については感じていた。
頭一つ出ていたのはフィーと呼ばれた銀髪の少女と、青色の髪の少女。そして力を無理に抑えているような気がするが、黒髪の少年である。
しかしその三人ですらもまとめて相手にしても簡単にあしらえるくらいの実力差があった。
「分かったらさっさと行きなさい。あの子たちのこと、よろしくね」
自分も生徒なのですが──その言葉を飲み込み、何も言わずに降りていくユージオ。
彼がいなくなったのを確認したサラは小さくため息をつく。
「ただでさえ面倒な子たちが揃っているクラスなのに……
年齢でいったらクロウたちと同い年。それでも自分とは七歳も離れている。
どれだけの才能を持って、どれだけの訓練を積み、どれだけの修羅場をくぐったらあの年齢であそこまでに到れるのか。
(しかも《黄金の羅刹》曰く、まだ伸び代はあるってことだし……彼も《Ⅶ組》で異質の存在になりそうね……)