世界救い終わったけど、記憶喪失の女の子ひろった   作:龍流

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勇者と記憶喪失ちゃん

 世界を救ったら、やることがなくなってしまった。

 

 婚活でもしたら? 

 

 というのが、共に激戦を潜り抜けたパーティーメンバーの談である。要するに、早く身を固めろというのだ。

 

「まあ、立場もあるだろうし、勇者くんがいろいろ悩むのはわかるけどさ。でも、そんな風に迷ってると、好きな人とちゃんと恋愛して、結婚できる機会もなくなっちゃうかもしれないよ? もちろん、あたしが心配することじゃないし、余計なお世話かもしれないけどさ」

 

 と、これはパーティー前衛担当としてがんばってくれた女騎士ちゃんの言葉だ。たしかに自由恋愛は人生の華だし、憧れるよな、と。そう言いながら頷くと、女騎士ちゃんは金髪のポニーテールを揺らして苦笑していた。そんなに笑うことだろうか。

 おれは腐っても世界を救った勇者なので、地位や名声やら土地やら、そういう類いのものは大体もらった。おれと一緒になるということは、そういった地位や名声やら土地やら権力やらを間接的に得ることに繋がるわけで、なんでも王国の上流階級に位置する貴族のみなさんは、すでにお見合い、縁談、パーティーと、あらゆる手段を用いておれと接点を作ろうと躍起になっているらしい。

 これを教えてくれたのは、パーティーの頭脳労働担当の賢者ちゃんである。

 

「勇者さんは、本当にこういうことに疎いですからね。私と……私たちから離れたら、政治闘争にでも巻き込まれてコロッと死んじゃいそうで心配です」

 

 そんなことを言われても、おれの仕事は基本的に女騎士ちゃんと一緒に前に出て敵を斬ることだったので、旅先での交渉やら物資や人員の調達やら、そういうめんどくさい仕事は途中からすべて賢者ちゃんに丸投げだった。まあ、何に巻き込まれてもそう簡単に死なない程度には鍛えているから安心してほしい、と。そう返すと、賢者ちゃんは真っ白な銀髪を横に振ってめちゃくちゃ大きなため息を吐いていた。解せぬ。

 しかし、これといってやることがないのも事実。女騎士ちゃんは元々隣国のお姫様だから、お国に戻れば公務が待っているだろうし、賢者ちゃんは持ち前の頭の良さと腹黒い暗躍ムーブで、既に王国の中枢に深く食い込んでいるとかなんとか。つくづく、俺のパーティーのみなさんは世渡りが上手いと思う。おれが人生設計へたくそなだけ? まあそうですね。

 

 パーティーで一番の常識人である死霊術師さんに至っては、魔王軍のモンスターを輸送に転用して、大規模な運送会社を一代で築き上げてしまった。

 

「やることがない、というのはまた贅沢な悩みですわねぇ。いっそのこと、わたくしのように勇者さまも何か事業を立ち上げてみるというのは如何でしょう? 生産的な趣味は人生の潤いですよ?」

 

 そうは言われても、おれには商売の心得がまるでない。それこそ、根がとてもいい子で実家も権力がある女騎士ちゃんや、驚くほどに頭が回る賢者ちゃん、人付き合いが抜群に上手い死霊術師さんならともかく、腕っぷしに任せてノリと勢いで人生を駆け抜けてきた俺が、今から何かはじめてもうまくいくとは思えない。

 

「どうすっかなー」

 

 お日さまが空の上で一番元気な真っ昼間から、特に当てもなく街の中をぶらぶらと歩く。

 夢のように大きな目標を達成した人間は燃え尽き症候群にかかるというが、今のおれはまさにそういう状態なんだろう。

 魔王も四天王も結構強かったけど、倒してしまった今となっては良い思い出である。あの頃の血湧き肉躍るバトルは、つらかったけど楽しくもあった。まあ、もう一度やれとか言われたら絶対にいやなんですけど。

 

「あ、勇者さまだ」

「勇者さまこんにちは!」

「おう。少年少女達。今日も元気がいいな」

 

 顔見知りの男の子と女の子が一人ずつ、元気よくあいさつをしてくれたので、手をあげて振り返す。かわいい。やっぱ子どもは人類の宝だよな。

 魔王を倒して無職ニート生活をはじめてからはずっとこの街で暮らしているので、街の子ども達ともすっかり顔馴染みになってしまった。世界を救った勇者、なんて大げさな肩書がついているから、最初の頃は遠巻きに見られていたけど、今ではすっかり近所でいつも散歩してる暇そうなお兄さんというポジションに落ち着いている。よかったよかった。いやほんとによかったのか? 

 

「勇者様なにしてるのー?」

「散歩だよ」

「勇者さまいつもひまそうだね!」

「ばか! 勇者様は戦いの疲れを癒やしてるんだよ」

 

 お嬢ちゃんにひまそう、と言われた俺を、少年の方が慌ててフォローしてくれる。この年頃の男の子にフォローされると逆に傷つきますね。

 

「勇者さま、暇なら森の方いこ!」

「探検ごっこしよ。探検ごっこ!」

「お前らなぁ、子どもだけで森の方行くのはダメだぞ。危ないから」

 

 魔王軍が壊滅してから、モンスターの数は減少傾向にあるし、街と街を繋ぐ街道で人が襲われるような被害も、随分と減った。でも、街の外はまだ小さな子ども達だけで遊びに行けるほど、安全でもない。

 

「うん! だからお母さんが勇者さまと一緒なら行ってもいいよ! って言ってた」

「えぇ……?」

 

 おれ、完全に引率の先生じゃん。遠回しに暇だったら遊んであげてって、お世話頼まれてるじゃん。

 しかも、この子達のお母さんには野菜とかもらっていろいろお世話になっているので、どうにも断りづらい。しかもおれはちょうどひまである。悲しいくらいに断る理由がない。

 

「じゃあいくかー」

「やったー!」

「探検探検!」

 

 

 

 

 

 

「勇者さまみて! お花みつけた!」

「かわいいな。どれどれ、勇者さんが髪飾りにしてやろう」

「やったー! ありがとう!」

「勇者さまみてみて! かっこいい棒拾った!」

「マジかよ超かっこいいじゃん。じゃあおれの勇者ソードと勝負しようぜ」

「するー!」

 

 お花を被せたり、棒を振ってチャンバラしたり。なんだかんだ、子ども達と遊ぶのはめちゃくちゃ楽しい。だから、パーティメンバーのみんなが「はやく結婚したら?」っておれに言ってくるのは、ある意味正しいんだよな。おれ、子ども大好きだし。人並みに性欲もあるし。さっさとかわいい奥さんを見つけて家庭を築いて、サッカーチーム作れるくらいの大家族で楽しく過ごすっていうのは、結構夢がある。

 

「勇者さまー、喉かわいたー」

「ん。じゃあ、水汲みに行くか。こっちに川あるし」

 

 そういえば、賢者ちゃんは首都の方で魔術の講師として教鞭をとっているというし、学校の先生とかやるのも悪くないかもしれない。でも、おれが教えられることってあんまりない気がするしな……。

 あーだこーだと考えを巡らせながら、水筒に水を汲んで飲ませてあげる。

 

「勇者さま、あっち見てきてもいい?」

「いいけど、あんまり離れるなよ。あんまり行き過ぎると、崖があるから危ないぞ」

「はーい」

 

 あるいは、おれが先生になるのはダメでも、学校の運営とかはありかもしれない。女騎士ちゃんと出会った騎士学校は悪いところではなかったけど、何かを学ぶ場所っていうよりも、強くなるための訓練場みたいな学校だったし。せっかく世界が平和になりつつあるのだから、普通の学校を建ててみるのは悪くない。

 もしくは孤児院とかね。どうせお金はじゃぶじゃぶと余っているのだから、少しでも世のため人のために使うのは、かなりありな気がする。うん。

 

「ちょっとがんばるかぁ」

「勇者さま、なにをがんばるの?」

「いや、なんか人生の目標みたいなもんがまた見えてきたからさ」

「やっと働くの?」

 

 うっせぃわい。

 と、男の子の方が声を張り上げて戻ってきた。

 

「勇者さま、こっちきて! みてみて!」

「どしたー?」

「なんかあっちからお馬さんが来るよ?」

「馬?」

 

 声を追って草をかきわけてみると、やはり少年は森から出て、崖の方まで身を乗り出していた。

 

「こら。お前、崖の方は危ないから行くなって……」

「勇者さまみてみて! お馬さんたくさん!」

「先頭のお馬さんを追ってるみたいだよ!」

 

 言われて、おれも身をのりだして目を凝らす。森の切れ目は結構な高さの崖になっており、ここからは眼下の荒野が地平線まで一望できる。

 なるほど。たしかに子ども達の言う通り、東の方から馬が走ってくる。先頭の一頭を、後ろの三頭が追いたてる形。どの馬も、鞭を入れてトップスピードで駆けている。明らかに、ただ事ではない。しかも、先頭の人影はローブを頭から被っているせいで詳しく判別はできないが、体格が小さい。おそらく、女の子だ。

 

「勇者さま」

「勇者さま」

 

 子ども達の期待の視線が、まぶしい。それはもう、とてもまぶしい。

 

 まいったなぁ……。

 

 おれは大きく息を吐いてしゃがみ、二人と目線を合わせてから、ぐりぐりと強めに頭を撫でた。

 

「ここから、絶対に動かずに待ってろよ」

 

 

 

 

 

 森に入れば、逃げ切れるかもしれない。

 少女は、そんな自分の考えが甘いものであったことを痛感していた。乗りなれない馬に、相手は複数。視界の開けた荒野で、逃げ切れるわけがない。

 体を預ける馬の息遣いが、少しずつ。けれど確実に、荒くなっていくのがわかる。

 

「ごめん、ごめんね……でも、お願い。もう少しだけ、がんばって」

 

 か細い声に、ここまで駆けてくれた雄馬は任せろと言わんばかりに鼻息を震わせたが、限界が近い事実は変わらなかった。

 スピードが落ちたところに、左右を挟まれる。三人の追手の内、一人は弓を構え、二人は剣を引き抜いた。もはや彼らに自分を捕まえようとする気は欠片もなく、ただ命を奪おうとしていることは武器を構えるその動作で明白だった。

 

 手綱を握る手が震える。

 唇が、自然に言葉を発した。

 

 

「……死にたく、ない」

 

 

 少女は、自分の命を奪おうとしている相手に、それを言ったわけではない。

 最初から、返事は期待していなかった。ただ、言わずにはいられなかった。

 

 

「わかった」

 

 

 だから、不意に降ってきた返答は、幻のようで。

 まず最初に、真後ろで弓を構えていた一人が、吹き飛んだ。

 

「は?」

 

 間抜けな声は、少女ではなく、追手のもの。

 無理もない。突然、隣を並走していた仲間が、跨っていた馬を残して消えたのだ。驚くな、という方が無理な話である。

 せめて、何か意味のある言葉を発しようとした二人目の覆面は、しかし何も言うことができなかった。口を動かす前に、その顔面に拳が叩き込まれたからだ。

 また落馬する仲間を、ぽかんと眺めて。そこでようやく、最後の一人は追う側である自分達が、何者かの襲撃を受けていることを認識した。

 

 馬の上に、人が立っている。

 

 地味な色のかざらないシャツに、動きやすそうな麻のズボン。騎士ではない。魔術士でもない。ただの村人にしか見えないその服装を見て、最後の一人は警戒心をより一層強めた。

 仲間を馬上から引きずり下ろした、異常な挙動。尋常ならざる膂力。殺さなければ、こちらの命に関わる。

 

 何者だ、と。問いかけることすらせずに、彼は剣を振り上げた。

 一撃で、確実に首を落とせるように。背後から斬撃を浴びせた。

 

 最後の一人の対応は、全て正確で正解だった。その結果、白銀の剣は真っ二つに叩き折られ、錐揉みするように回転しながら、彼は仲間と同じ末路を辿った。

 

「え……?」

 

 ようやく、少女は声を発した。

 

「大丈夫?」

 

 優しいその声に安心して、緊張で張り詰めていた意識の糸が、ぷつんと切れた。

 

 

 

 

 

 女の子を拾ってしまった。さて、どうしよう。

 

「美人さんだ〜」

「きれいな人だね」

 

 うむ。たしかにかわいい。子ども達から見たら美人のお姉さんなんだろうけど、あどけない顔立ちは美人というよりもかわいいと言ったほうがしっくりくる。

 そのわりに、胸が結構大きい。けしからんサイズ……ではなく、グッドなサイズだ。

 しかし、なによりも目を惹くのは炎のように鮮やかな色の赤髪だろう。背中まである長髪は逃避行で汚れていたが、それでも燃える炎のような気品を漂わせていた。

 

「ん……」

 

 あ、起きた。

 瞳も髪と同じ色なんだな。つくづくめずらしい。

 

「あれ、わたし……」

「お姉ちゃん、起きた!」

「おはよう! お姉ちゃん!」

「え、えっと……?」

「お姉ちゃん、勇者さまが助けてくれたんだよ!」

 

 子ども達にわちゃわちゃと絡まれて、困惑した視線がこちらに向く。本当に、綺麗な朱色の瞳である。

 

「追手はおれが倒したよ。安心して」

「じゃあ、あなたがわたしを、助けてくださったんですか……?」

「そういうことになるかな」

「あ、ありがとうございます!」

「いいよいいよ。そんなかしこまらないで。はい、お水飲んで」

「あ、はい」

「ほい、手拭いどうぞ。顔拭ける?」

「は、はい!」

 

 お水を飲んで、顔を拭いて、赤髪ちゃんはようやく落ち着いたらしい。ふう、と息を吐くと、少し頬に色が戻ってきた。

 

「気がついたばかりで悪いんだけど、あんな物騒なヤツらに追われていた事情を聞かせてもらってもいいかな? 騎士団の詰め所に連れて行くにしても、おれも事情を把握しておいた方がいいだろうし」

「それが……わたし、なにも覚えていないんです」

 

 へ? 

 

「なにも覚えていないっていうのは、つまり……?」

「はい。ここがどこなのか。今が何日の何年なのか。自分が誰なのか。そういうことを、まったく覚えていないんです」

 

 マジか、と。言いそうになったのを、ぐっと堪える。

 

「ということはもしかして、自分が追われてた理由もわからないってことかな?」

「ご、ごめんなさい。わたし、気がついたら捕まっていて……なんとか馬を奪って逃げ出してきたんです。もちろん、わたしが逃げたから、あの人たちは追ってきたんだと思うんですけど」

 

 いや、まいったな。

 どうやらおれは、想像以上になにやらわけありな女の子を拾ってしまったらしい。

 しばらく俯いていた彼女は、けれど急に何かを思い出したように、顔をあげた。

 

「あ、でも、まってください! わたし、名前だけは! 自分の名前だけは覚えてます!」

 

 ああ、うん。こまった。

 名前だけは、覚えている。

 それは……ますます最悪だ。

 

 

「わたしの名前は『    』です!」

 

 

 おれは、それを聞き取ることができない。

 

「ダメだよお姉ちゃん!」

「勇者様に名前を言ってもわからないよ!」

「え?」

 

 本当に、最悪だ。

 

 

「だって勇者様、自分の名前も人の名前も、聞こえないし、言えないもん!」

「そういう呪いにかかってるんだって!」

 

 

 子ども達に言われて、少女の顔が固まった。

 

「……名前が、聞こえない?」

「いや、なんというか、この子たちが言った通りの意味なんだけど。おれ、きみの名前を聞き取ることができないし、自分の名前も言うことができないんだよね」

 

 ええ、まぁ、はい。そういうことなんです。

 子ども達の言う通り、おれは人の名前を認識できない呪いにかかっている。魔王を倒した時に、ヤツから置き土産として浴びてしまった。

 

 それは、一緒に冒険してきた大切な仲間を……()()()()()()()()()()()ほどに強力なもので。

 

 だから今のおれは、そこそこ付き合いが長くて、仲の良いこの子ども達の名前すら口にすることができない。ついでに、自分の名前も覚えていないし、発音することすらできないのだ。

 

 少女の顔が、愕然と冷たくなる。

 

 無理もない。広い世界にたった一人で放り出されて、ただ一つ。覚えているものが自分の名前だったのに、よりにもよってそれを聞くことすらできない男に助けられたのだから。

 

「……そんなわけで、おれはきみの名前も自分の名前もわからないんだけど」

 

 極めて情けない自己申告をしながら。

 それでも、目の前で座り込んで、困りきった表情のまま俯いている女の子を放っておくことはできない。

 まず、彼女に立ち上がってもらうために、おれは手を差し伸べた。

 

「だからとりあえず、おれのことは『勇者』って呼んでほしい」

 

 自分の名前しか覚えていない、記憶喪失の少女が一人。

 魔王が遺した呪いにかかった、言語障害の勇者が一人。

 彼女が覚えているのは自分の名前だけで、それが唯一の手がかり。

 

 ……うん。

 

 これ、普通に詰んだのでは?




このお話の登場人物

・勇者くん
思っていたより世界がヤバかったので、強いヤツを片っ端から集めて世界救済RTAを敢行し、見事魔王を撃破。世界は平和になったが、魔王から人の名前に関する呪いを受けてしまい、引退ニート生活をすることになってしまったかわいそうな勇者。巨乳が好き。

・記憶喪失ちゃん
記憶喪失で、自分の名前以外覚えていない。ケツがデカい巨乳の赤髪。

・騎士ちゃん
パーティーの前衛担当。隣国の姫君で女騎士。引き締まったケツの巨乳で金髪。勇者のことが好き。

・賢者ちゃん
パーティーの後衛、頭脳担当。毒舌で腹黒。スレンダーという言葉で形容するのが憚れるくらいの貧乳で銀髪。勇者のことが好き。

・死霊術師さん
パーティーの追加メンバー。良識があり人付き合いも巧く、ついでに経営センスもある。巨乳の黒髪。勇者のことが好き。

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