世界救い終わったけど、記憶喪失の女の子ひろった   作:龍流

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赤髪ちゃんと先輩。勇者とヒモな悪魔

 わたしの名前は赤髪です。名前はあることにはあるのですが、滅多に呼ばれることはありません。

 現在、わたしは非常に危機的状況に晒されています。わたしの保護者である勇者さんが、死霊術師さんの生首を引っ掴んで、どこかに消えてしまったのです。

 直前までモデルのアルバイトをしていましたが「すいませんわたしのバイト代ってどうなるんですか?」と聞ける雰囲気ではなく……結果的に、わたしは無賃金労働を強いられることになってしまいました。許せません。これだからあのすぐ全裸になる死霊術師さんは信用できないのです。

 行くところもなく。お金もなく。結局わたしはお姉さん……イト・ユリシーズさんの騎士団の駐屯所でお世話になることになったのですが

 

「ひゃっくまいめ〜!」

 

 荒れています。

 それはもう、お姉さんはとても荒れていました。

 どれくらい荒れているのかというと、勇者さんと死霊術師さんの駆け落ちの記事が載っている記事を、片っ端から魔法で切り刻む程度には荒んだ有様でした。こんなに無駄な魔法の使い方も、中々ないでしょう。笑顔のまま淡々と切り刻んでいるのが、またなんとも言えない恐ろしさを醸し出しています。

 

「ふふっ……みてみて、アカちゃん。お花の形に切ってみたよ」

「すごいです。かわいいですね」

「後輩くんの顔写真の部分だけ切ってみたよ」

「すごいです。元の記事が穴だらけですね」

「十字架の形に切ってみたよ」

「やばいです。こわいですね」

 

 いちいち相槌を打たなければいけないのも大変です。

 わたしはサラダを食べながら、ハムとチーズをパンに挟みました。即席サンドイッチというやつです。

 

「ああ……ああ、もう……全部切っちゃった。サーちゃん!サーちゃん! 追加の号外記事持ってきて! 切る分なくなっちゃった!」

「お待ちを、団長。今、市街に散っている団員に全力で回収させております。ところで赤髪さん、ローストビーフもいかがですか?」

「はい! 食べます!」

「では、おかわりのパンもお持ちしますね」

 

 お姉さんが切り刻む号外記事を持ってきたり、わたしのご飯を持ってきてくれたり、部下のみなさんに指示を出したり、休みなくきびきびと働いていらっしゃるのは、第三騎士団の副団長である、サーシャ・サイレンスさん。なんでも、イトお姉さんとは学生時代からのお付き合いだそうです。

 号外記事を切り刻んでばかりでまったく仕事していないお姉さんが、どうやって騎士団の仕事を回しているか不思議でしたが、お姉さんが役立たずな分、副官さんがとても優秀ということなのでしょう。納得です。

 

「でもお姉さん。そんな風に怒りにまかせて紙を切ってるだけでいいんですか? お仕事した方がいいんじゃないんですか?」

「ちょいちょい、まったまった。それじゃあまるで、ワタシが仕事してないみたいじゃん」

「はい」

「わはは……ほざきよる。ていうか、それを言ったらアカちゃんも、さっきからご飯食べてるだけでは?」

「わたしのは必要な栄養補給です!」

 

 ローストビーフサンド、とてもおいしいです。

 

「まあ、大丈夫だよ。ワタシだって、何も手を打ってないわけじゃないから。ちょっとキナ臭い場所があるから、次はそこの調査に行こうと思ってるんだよね」

「キナ臭い、というと……秘書さん関連ですか?」

「お。さすがにそういう頭の回転は早いね。元魔王なだけある。ちょっと、黒いお金の流れがありそうな場所を見つけてね〜」

 

 褒められているのか貶されているのか微妙なところですが、わたしは自作したサンドイッチを頬張りながら、お姉さんから渡された地図を見ました。わたしたちが今滞在しているベルミーシュの街から少し離れた位置に、赤い丸が付けられています。

 

「……リリンベラ。どんな場所なんですか?」

「金と酒と女の街だね。大陸で最も賭博が盛んと言われている場所だよ」

「それはまた、なんというか治安が悪そうな……」

「ところがどっこい、意外や意外。そうでもないんだよね。金回りがいい場所は、治安もそこそこ良かったりするもんだよ。でなきゃ、お金持ちが安心して遊べないからね」

 

 お姉さんのお話を要約すると。

 リリンベラという都市は、公営のカジノを軸に発展した独特な歴史を持っていて、王族や貴族を問わず、各地からお金を持った資産家たちが集う社交場のような土地なのだとか。華やかなギャンブルで多額のお金がやりとりされる反面、やはり黒い噂もちらほらと聞くのだそうです。

 

「めんどくさい権力者が集まってるからさぁ。ワタシらみたいな陛下のお膝元の騎士団は、中々踏み込めないってわけなのよ」

「意外です。騎士団の名前を出せば、大抵のことは通るかと思ってました」

「そりゃあもちろん、基本的には通るけどね。ただ、陛下はまだお若い上に、リリンベラは領主が自治権を持っている土地なんだよ。そちらの顔も立てておかないと、ワタシたち騎士団でも自由に動けない。だからある意味、良い機会ではあったんだよね。前々から合法的に調査に行きたいと思っていた土地に、踏み込む口実ができたからさ」

 

 そこだけはあのメガネ砕き女に感謝してあげてもいいよ、と。

 イトお姉さんは、切り刻んだ駆け落ち号外記事を、さらに輪切りにしながら言いました。正直、全然感謝の気配が感じられません。

 

「というわけで、準備ができ次第、ワタシはリリンベラに発つ予定だけど……アカちゃんも一緒に来る?」

「いいんですか?」

「もちろん。今回の一件では、アカちゃんにもあのこまった後輩くんのケツを蹴り上げる権利があると思うし。あと、あの死霊術師は殺す」

 

 こまりました。後半に殺意しか感じられません。

 

「リリンベラに行くのは、お姉さんだけですか?」

「いや、実はもう一人。騎士団長が先に現地に身分を隠して入ってるんだよね。アカちゃんは会ったことないと思うけど、そこそこ頼れるヤツだから、まあ上手くやってるんじゃないかな」

「なるほど?」

「あと、荒事になるならもうちょっと戦力がほしいところなんだけど……そこは心配ないかな? だって……」

 

 イトお姉さんが言い終わる前に、駐屯所の扉が吹き飛びました。

 はい、吹き飛びました。唐突に、物理的に。

 わたしはとっさにローストビーフサンドを庇うので精一杯でしたが、お姉さんはまるで「待ってました」と言わんばかりに、口元を歪めています。

 

「お、きたきた」

 

 がちゃり、と。重い鎧が擦れる音が一つ。

 たん、と。細い杖が地面を叩く音が一つ。

 手荒に部屋の中に踏み込んできたのは、わたしもよく知る賢者と騎士の黄金コンビ……というか、シャナさんとアリアさんでした。

 

「おひさしぶり、というわけでもありませんね。イト・ユリシーズ第三騎士団長」

「どうもどうも。シャナ・グランプレ宮廷魔導師殿。この前の合コンぶりだね」

 

 つかつかと室内に入ってきたシャナさんは、切り刻まれた号外記事が無惨に床に散らばっているのを見て、表情を歪めました。

 

「うわ。なんですかこれ。まさかあなた、あの駆け落ちの号外記事、いちいち魔法で切り刻んでるんですか?」

「そうだよ。悪い?」

「悪いわけないでしょう。私が魔法で増やしてあげますから、気が済むまでもっと切り刻んでいいですよ」

「ふぅー! シャナちゃん話がわっかるー! ちょうど切らしてたんだよね! 切るものだけに!」

 

 シャナさんが魔法で増やした無傷の号外記事がさらに室内にばら撒かれ、お姉さんがそれを嬉々として切り刻みはじめました。キャッキャウフフと、二人揃ってとても楽しそうです。

 なんなんでしょうこの人たち、頭がおかしいんじゃないでしょうか? 

 

「……冗談はさておき。率直に言えば、私はあなたのことがあまり好きではないので、こうして手を組むことはしたくなかったのですが……」

「いやいや。気持ちはわかるけどね。でも、非常事態だから仕方ないでしょ?」

「ええ。不服ですが、ここは一時休戦です。それで、勇者さんの居場所に心当たりはあるんですか?」

「そっちはないけど、この号外記事をばら撒いてる元凶を追い詰められそうな場所なら、わかるよ」

「結構です。では、共に行きましょう」

 

 シャナさんの言葉に軽く頷いて、イトお姉さんは既に全身武装で臨戦態勢の鎧騎士に目を向けました。

 

「アリアも、そういうことでいいかな?」

「はい」

 

 シャナさんがばらまいた号外記事の一枚を手に取って。しかし手に取った瞬間、その薄っぺらい紙面はアリアさんの魔法により、一瞬で消し炭に変わりました。

 

「早く行きましょう。先輩」

 

 極めてフラットな、熱くて冷たい口調でした。

 なんでしょう。頭兜で表情が見えなくて想像するしかないのですが、間違いなくこの三人の中で一番こわいです。騎士さんが一番こわいです。

 金属質な音を響かせながら、頭兜がこちらに向きます。

 

「赤髪ちゃん。サンドイッチ食べてるんだ。焼いてあげよっか?」

「あ、大丈夫です」

 

 絶対火加減間違えて消し炭にされそうです。わたしはサンドイッチを守るために、残りを一気に頬張りました。

 ご飯を食べ終えたわたしを笑顔で確認して、お姉さんが椅子から立ち上がります。

 

「さてさて。じゃあ、みんな。行くとしようか」

 

 騎士さんに、賢者さん、そしてお姉さんとわたし。

 急遽結成したパーティーですが、このメンバーなら世界の一つや二つは簡単に滅ぼせそうだなぁ……と。わたしは思いました。

 

 

 ◇

 

 

「おーほっほっほ! フルハウスですわーっ!」

 

 すげえ! 死霊術師さんつえ〜! 

 リリンベラのカジノ、最高だぜ! 

 

「今のでもう元手は三倍になったな……」

 

 呟きながら、腕を組む。

 バニーガールの馬鹿みたいな衣装で周囲の注目を集めていた死霊術師さんは、その馬鹿みたいな衣装のままするりとカジノのカードゲームに参加し、あっという間におれが貸した金額を十倍ほどまで増やすことに成功していた。

 周囲には既に野次馬のギャラリーができており、その異常な荒稼ぎっぷりを見て、ざわざわと喧騒が広がっている。

 

「何者だ……あのバニーガール」

「スタッフじゃないのか?」

「いや、スタッフではないらしい」

「スタッフじゃないのになんでバニーガールなんだよ」

「わからん。自分から着てるんだろう」

「頭イカれてんのか?」

 

 いや本当にね。おれもそう思うよ。

 それなりに両手にチップをたんまり抱えた状態で、ニコニコと死霊術師さんがもどってくる。

 

「とりあえず一稼ぎして参りました!」

「うん。相変わらず賭け事に強いね」

 

 元から腹芸が得意で頭が良い、というのもあるが、死霊術師さんはこういった賭け事やテーブルゲームの類いにかなり強い。賢者ちゃんももちろん頭の回転は早いのだが、盤面の読み合いや心理戦では、どうしても死霊術師さんに一歩譲ってしまうイメージだ。

 

「ふふっ……こういったゲームの肝は、引き際の見極めと、表情の読み合いです。コツさえ掴んでしまえば、あとは多少の運を考慮に入れて立ち回るだけですわ」

 

 簡単にそう言われても、はいそうですかと簡単にできることではない。

 おれは素直に死霊術師さんを褒め称えた。

 

「流石だね。やっぱうちのパーティーで()()()()()()()()()()だけはあるよ」

「……二番目は余計です。二番目は。わたくしが目指すのは、常に一番の女ですので」

 

 調子に乗っていた表情に、ちょっとだけ拗ねたような感情が乗る。

 と、そんな死霊術師さんの肩を、黒服にサングラスの出で立ちの男が叩いた。

 

「すいません」

「あ、申し訳ありません。わたくしこんな格好をしておりますかが、スタッフではないのです。チップの換金などでしたらあちらのバニーさんに……」

「いえ、お客様にぜひご案内したいゲームがあるのです。よろしければ、ご一緒にいかがですか?」

 

 どうやら、もう釣れたらしい。

 荒稼ぎしている腕の良いギャンブラーしか案内されない、裏のゲーム。そこに潜り込むことが、死霊術師さんの目的だ。

 

 いってきます。

 気をつけてね。

 

 一瞬のアイコンタクトでおれに確認をとって、白い尻尾がくるりと振り返った。

 

「それはそれは。是非遊ばせていただきたいです。よろしいですか? 貴方さま」

「うん。遊んでくるといいよ。おれは適当に時間を潰してるから」

 

 黒服たちに囲まれて、バニーガールの背中が離れていく。

 これでとりあえず、当初の目的は達成した。あとは、潜り込んだ死霊術師さんが良い感じに情報を掴んでくれることを祈るだけである。

 

「さて、と……」

 

 しかし、こまった。

 死霊術師さんが裏ゲームに行ってしまって、おれは特にやることがなくなってしまった。単純に、手持ち無沙汰だ。

 

「……スロットくらいかなぁ。おれがやれるのは」

 

 スロットとは、魔力で駆動する絵柄合わせのゲームだ。コインを入れて、タイミングよくボタンを押すことで、絵柄を揃える。揃ったら、コインが払い戻される。単純な仕組みだ。

 とりあえず空いてる席に座って、絵柄を合わせようとがんばってみる。

 純粋な動体視力と反射神経なら多少の自信があるので、こういうゲームはまだ得意な方だ。逆に言えば、こういうゲームくらいしかおれには自信がない。

 

「フフ、そこのお兄さん」

「え? おれですか?」

「ああ。あなただ」

 

 隣の席から声がかかる。

 横目で見てみると、そこに座っていたのはイケメンだった。

 赤いシャツに、白のジャケット。整髪料で固めた髪。いかにも遊び人ですといった風貌だが、しかし間違いなくイケメンであった。

 

「すまないが、コインを一枚、貸してくれないだろうか」

「えぇ……」

 

 そんなイケメンは、イケメンのくせに、たかってきた。

 

「いや、実はおれも一緒に来ている人にお金貸してて……あんまり手持ちが」

「なに。それは良くないな。金の貸し借りは人間関係を歪める。貸したのは男か?」

「あ、いえ。女性ですけど」

「ますます良くないな。金の貸し借りは健全な男女の関係ですら歪めてしまう。悪いことは言わないから、貸したお金はすぐに返してもらった方がいい。それはそれとしてコインを一枚恵んでくれないだろうか」

「自分が言ったこともう忘れました?」

 

 なんだコイツ。

 

「ククク……頼む、信じてほしい。この台は、次こそ出るんだ」

「それ絶対に出ないやつのセリフ」

「いいや、出る。オレは次に、七を三枚揃えて勝つ」

 

 スロットに手を添えて、男は自信満々に言い切った。無駄に顔が良いので、雰囲気だけはある。

 このままごねられても面倒なので、おれは一枚だけコインを恵んであげることにした。

 

「……はぁ。一枚だけですからね」

「フフ……ありがとう。本当にありがとう」

「いいから早く回せ」

 

 伊達男はおれから受け取ったコインを躊躇なくスロットに突っ込み、躊躇いなく回した。

 

「……うお。マジか」

「ククク。当然だ。オレは、やるといったらやる男」

 

 その結果、大当たりの音が鳴り響き、数えきれないコインが排出口から溢れ出してきた。しかも、揃った絵柄は宣言通りに七が三枚である。

 これ以上ないドヤ顔で、伊達男は笑う。

 

「言っただろう? 運命の女神のハートは、常にオレの言葉の矢によって射抜かれる、と」

「聞いてないけどすごい!」

「ククク……窮地を救ってもらった礼だ。時間はあるか? よければ、バーで一杯奢ろう」

「お、ありがとう! 実は、ちょうど暇してて……」

「フフ。気にするな。こうして隣の席で打っていたのも、何かの縁だ。オレの名は、サジタリウス。お前の名前は?」

「おれは……」

 

 まじまじと。

 それこそ穴が開くほど、おれは伊達男の顔を見詰めた。

 サジタリウス、と。男は言った。

 名前が、聞こえた。

 聞こえてしまった。

 

「どうした? オレの顔に何かついているか? いや、たしかに今のオレにはツイている……勝利の女神の天運が、な」

「あのさ」

「なんだ?」

「おれ、実は人の名前が聞こえない呪いにかかってるんだけど」

「フフ、おもしろい冗談だ。まるで勇者だな」

「うん」

「……ククク。フフ……いや……え? 勇者?」

「うん」

「…………」

 

 イケメンの顔に、だらだらと情けない冷や汗が浮かぶ。

 その名前を。

 一言一句、再確認するように、おれは言った。

 

 

「なあ、サジタリウス。お前、悪魔だろ」

 

 

 束の間の、沈黙。

 震える膝を折り曲げ、地面に両手を突いて。

 

「ククク……勇者よ。命だけは助けてください」

 

 最上級悪魔は、それはそれは見事な土下座を行った。

 




こんかいのとうじょうじんぶつ

勇者くん
草むらを歩いていたら軽率にボスキャラにエンカウントするタイプ。運はそこそこあるが駆け引きは苦手。

死霊術師さん
ボロ儲けですわ〜!!

赤髪ちゃん
タマゴサンド。ハムサンド。ローストビーフサンド。

先輩
イライラしてる。指で触れれば魔法効果で紙を好きな形に切断できる。型抜きとかもすごく得意。

賢者ちゃん
怒っている。すでに増やした自分を使って二人を捜索している。

騎士ちゃん
キレている。駆け落ち号外記事は片っ端から燃やした。

サジタリウス・ツヴォルフ
第十二の射手。今回は勇者とのエンカウントを無事射止めた。

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