地下に落とされた。
この説明だけだと前後の文脈が意味不明になるので少し補足をしておくと、師匠がサジタリウスにいい感じに一矢報いてくれたので、ちょっと調子に乗って「どうだ見たか顔だけ悪魔! ウチの師匠は強くてかわいくてすごいだろ! 顔だけのお前とは違うんだよばーか!」といった感じで元気いっぱいに声を張り上げて応援していたら「ククク……黙れ」の一声で床が真っ二つに開き、入っていた牢の檻ごと穴に吸い込まれてしまった。口は災いの元とはこのことである。
驚くべきことに、地下にはサジタリウスにギャンブルで敗れた人がおれの他にも多くいて、強制労働に従事させられていた。
「おい! ハンラ! 新入りはこっちだ! 急げ!」
「すいません変なあだ名付けるのやめてもらっていいですか?」
パンツ一丁の半裸で地下に落とされたせいで、同じ境遇の囚人たちからも、妙な呼び方をされる羽目になってしまった。まったく勘弁してほしい。
「よぉ、新入り。お前、勇者さまに顔似てんなぁ」
「まあ、勇者なんで」
「がっはは! おもしれえ冗談を言うやつだ! 気に入ったぜ! なんて呼べばいい?」
「もうハンラでいいよ」
慣れてしまったのであまり気にしなくなったが、こういう時は本当に自分の名前が恋しくなってくる。まさかおれに呪いをかけた魔王も、カジノで闇のゲームに負けて身ぐるみを剥がされ、地下に落とされてあだ名がハンラになるとは想像もしていなかっただろう。助けてくれ。
しかし、結果的にボコボコに負けてしまったとはいえ、災い転じてなんとやら、だ。こうしてカジノの深い部分に潜り込めたのは好都合ではある。複数人で棒を持って回転させる……何のためにあるのかよくわからない装置を動かす労働に素直に従事するふりをしつつ、おれは聞き込みをはじめた。
「あんたたちもサジタリウスに負けて地下に落とされてきたのか?」
「ああ。オレらも元はちったぁ名の知れた博打打ちだったんだがなぁ……あの伊達男に負けてこの様よ」
「そりゃ、ついてなかったな」
「いやあ、オレらはまだマシな方だぜ。生きてるからな」
どういう意味だろう、と首を傾げると、おれの後ろで棒を押している男が答えてくれた。
「ハンラも上から落ちてきたなら、よくわかってんだろう? この裏カジノじゃ、人の命なんざチップにすらならねえ。負けたら死ぬなんて日常茶飯事だ。オレらみたいなクズも、それを承知でゲームに参加してる」
まあ、ついさっきまで死んでも死なない人がめちゃくちゃゲーム荒らしてたと思うけど……。
「だが、サジタリウスの野郎は
言われてみれば、たしかに。
限定的に効果を再現している、とはいってもアリエスの『
サジタリウスがそれをしないのは、単純に労働力が欲しいだけなのか、なにか別の目的があるのか。あるいは、あいつのギャンブラーとしてのポリシーの問題なのか。
まあ、それについてはあとで本人にでも聞いてみればいいだろう。今は、ここから脱出するのが先決だ。殺されなかっただけマシとはいっても、いつまでも地下で労働してるわけにはいかない。
「ここから出たい。何か手はないか?」
「ははっ! オレたちはあの魔法で、暴力を禁止されてる。黒服たちに抵抗すらできないんだぜ?」
「悪いけど、おれは我慢弱いんだ。一ヶ月も地下労働には付き合えない」
「つくづく威勢の良いの新人だぜ。気に入った。オレからリーダーに話を通してやるよ」
「リーダー?」
「おう。一週間前にここにやってきて、その圧倒的なカリスマでここのトップに登り詰めちまった……とにかく、すげえ人だ。オメーも、失礼のないようにな」
労働の合間の休憩時間。
「リーダー! 新入りを挨拶に連れて来させました!」
案内された先に待っていたのは、肩に掛けたタオルで汗を拭う、サジタリウスとはまた違うタイプの、キラキラとした金髪のイケメンだった。
「え」
「…………
おれをそんなふざけた通称で呼ぶイケメンは、この世に一人しか存在しない。
「親友! 我が親友じゃないか! パンツ一丁で、どうしてこんなところに!?」
「何やってんだお前」
失礼のないように、と言われたばかりではあったが。
この前の合コンぶりに出会った悪友の顔面を、おれは蹴り飛ばした。
◇
同時刻。
リリンベラの入口で、カジノの入場を担当する受付嬢は、顔を引き攣らせていた。
「お、お客様……」
「はい」
「私の勘違いでしたら、誠に恐縮なのですが……シャナ・グランプレ様では?」
「はい。そうです」
王国最高の魔導師。世界最高の賢者の名前を出すと、黒いパーティードレスの少女は、あまりにもあっさりとそれが自分であることを肯定した。
この世のものとは思えない、天然の宝石を思わせる深い翠色の瞳。陶磁器のような白い肌と、輝く銀髪が、黒のドレスと素晴らしいコントラストを生んでいる。
「すごいすごい。さすが、世界を救った賢者さまは有名人だねえ」
と、その後ろから賢者の護衛らしき女性が気安く肩を組んだ。
黒のパンツスーツに、同じく黒のネクタイ。黒髪のショートボブに、黒のサングラスまでかけた、如何にもボディガードといった黒ずくめの出で立ち。スーツは、オーダーメイドなのだろうか。素人目にも、服の上から見て引き締まったしなやかな筋肉と身体のラインが見て取れる。
そんな彼女に絡まれた賢者は、とても鬱陶しそうに息を吐いた。こんなに整った顔立ちの少女でも、ここまで表情が歪むことがあるのだな、と。新たな発見をした気持ちになる。
「離してください鬱陶しい。大体、どうして私だけドレスなんですか」
「だってほら、この中で一番ちっちゃいの、シャナちゃんだし。全員が黒スーツだと異様な集団になっちゃうじゃん?」
「好きじゃないんですよ。耳を出した格好で出歩くの」
「ええー。せっかくこんなにかわいいのに。ねえ? 受付のおねーさんもそう思いますよね?」
「え!? ええ、あ、はい! 本当によくお似合いだと思います!」
まさか話を振られるとは思わなかったので、受付嬢は慌てて答えた。そして、絶句する。
こちらの顔にも、見覚えがあったからだ。
「い、イト・ユリシーズ団長……? 第三騎士団の……?」
「おやおや。うれしいなぁ。シャナちゃんだけじゃなく、ワタシの名前までこんなきれいなおねーさんに知ってもらえてるなんて」
黒髪のショートボブの合間から、ピアスが揺れる。ずらしたサングラスの先に見え隠れする瞳の色は左右非対称で、そのアンバランスさがひどく蠱惑的だった。
「おねーさん。ごめんだけど、ワタシたちのことは内緒でお願いしますね? ちょーっと、野暮用のお忍びで来てますので……」
こんな美人がスーツ姿の男装で、人差し指を添えてウィンクをしてくるのは、反則以外の何ものでもない。
受付嬢は、顔を赤らめたまま、こくこくと頷いた。
「ちょっと先輩。なに口説いてるんですか」
「口説いてないよー。かわいい受付のおねーさんに少しお願いしてただけだって」
「だめですよ。おねえさんが困ってるでしょう」
するりと、後ろから金髪のポニーテールが顔を出して、あのイト・ユリシーズの頭を気安く叩く。騎士団長の頭を気軽に叩くなんて、と受付嬢は一瞬焦ったが、その三人目の登場はこれまでよりもさらに強烈だった。次こそは驚くまい、と構えていた心が崩れて、目が点になる。
「すいません。うちの先輩が、面倒な絡み方をしちゃって」
「あ、アリア・リナージュ・アイアラス姫殿下……?」
「あちゃあ……やっぱりマスクしててもバレるものはバレちゃいますね」
と、黒のマスクを下げた下から、控えめに白い歯が覗く。世界を救った騎士とは思えない、可愛らしい笑顔だった。
アリアは、イトと同様に黒のスーツ姿だったが、こちらは中にベストを着込んでおり、上着の前はラフに開いている。隣国の姫君がこんな格好で目の前に立っていること事態が信じられなかったが、しかし伸びた背筋と纏う雰囲気が、硬い服装と自然にマッチしていた。
「あの、すいません。ちょっと、お聞きしてもいいですか?」
「は、はい! 私なんかでお答えできることであれば!」
最後にひょっこりと出てきたのは、見るも鮮やかな赤髪の少女だった。二つ結びにした赤色の髪が、よく目立つ。
こちらの少女はサングラスやマスクといった顔を隠すものを見に付けておらず、その顔に見覚えもない。しかし、王室付の賢者と女性唯一の騎士団長と隣国の姫君と一緒にいるのだから、彼女も特別な人間であるに違いない。受付嬢は居住まいを正して、赤髪の少女に向き直った。
「では……」
ごくり、と。
唾を飲み込んで、その問いを待つ。
「この街のおいしいものを教えてください!」
最後の一人だけ、ただの観光客みたいだった。
──勇者・死霊術師討伐パーティー、リリンベラに到着。
こんかいのとうじょうじんぶつ
・ゆうしゃくん
ハンラ
・親友
レオ・リーオナイン。カジノに潜入調査していたが、サジタリウスに負けて地下強制労働のリーダーに登り詰めた。どんな場所でも気高く自分らしく咲くことのできる強靭で図太い雑草のような精神の持ち主。
・賢者ちゃん
シャナ・グランプレ。イベント限定衣装黒のパーティードレス装備で参戦。前回は髪の毛をきっちりまとめていたが今回は下ろしている。実はみんなとお揃いの黒スーツもちょっと着てみたかったらしい。
・先輩さん
イト・ユリシーズ。イベント限定衣装黒スーツネクタイサングラス装備で参戦。ちなみにピアスは髪を短くしてから空けた。オシャレのために色々持っているがその内勇者くんに選んでもらおうと画策している。
・騎士ちゃん
アリア・リナージュ・アイアラス。イベント限定衣装黒スーツネクタイベスト黒マスク装備で参戦。服を調達する際にイトに「胸またデカくなった?」と聞かれたので頭を叩いた。アリアはよくイトの頭を叩く。
・赤髪ちゃん
受付のおねーさんは気づいていないが、元魔王。ぶっちぎりでヤバい。気づいてないけど。
カジノでお金増やしたら美味しいもの食べ放題なのでは?と恐るべき計画を画策している。