世界救い終わったけど、記憶喪失の女の子ひろった   作:龍流

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蒼穹は果てしなく

 うっひょお……本物の魔王軍四天王じゃん。斬りてぇ……!

 

 要約すると、イト・ユリシーズの心境は、そんな感じの高揚に満ち満ちていた。

 無論、先輩として、負傷した様子の後輩への心配はある。騎士として、カジノの中にいる一般客の安全も気掛かりだ。

 しかし、そうした理性的な部分を差し引いてなお、魔王軍四天王第一位という、はじめて相対する明確な格上の敵への期待が、なお勝る。

 ゆったりと歩を前に進めつつ、イトはシャナに問いかけた。

 

「シャナちゃん。一応確認しておきたいんだけれども、アレ、本当に本物?」

「アリアさんをここまでズタボロにする敵が魔王軍四天王以外にいると思うなら、べつにアレが本物かどうか疑ってもいいんじゃないんですかね?」

「なるほどなるほど」

 

 持って回った、皮肉めいた言い様に、イトは苦笑する。

 とはいえ、賢者の口ぶりが普段と変わらないということは、いつも通りの仕事ができるということだ。

 事実、シャナの華奢な指先はドレスの裾に隠れて、イトに向けたハンドサインを送っていた。

 

『一般人、避難完了。周囲に、結界を敷設中。アリアの回復、およそ三分』

 

 トリンキュロに気づかれることを、嫌ってだろう。

 わかりやすく、的確な報告である。騎士用のハンドサインを素知らぬ顔で使いこなすあたりに、シャナの勤勉さが感じ取れて、イトは内心でくすりと笑った。

 前に出たイトは、背後に回した指を三本、立てて横に振ることで、シャナに応えた。

 

『了解。三分、稼ぐ』

 

「あなたには特別な眼がありますし、理解しているとは思いますが、一応忠告しておきます。アレは、強いですよ」

「うんうん。ご忠告痛み入るよ」

 

 こちらの注意喚起は口頭だった。トリンキュロにも聞こえても構わないからだろうか。

 でも、と。

 否定の言葉を接続に用いて、今度は表情に出すことで、イトは不敵に笑ってみせる。

 

「ちょうどよかった。この前も魔王軍四天王の第二位斬れなかったから、欲求不満だったんだよね」

「もしかして死霊術師さんのこと言ってます?」

「もしかしなくても死霊術師さんのこと言ってますよ」

 

 賢者と赤髪の少女のやりとりは、さらりと流す。

 イトは剣を構えた。

 

「へいへい、シャナちゃん。アレの情報ちょーだい」

「大まかにはご存知かと思いますが、勇者さんと同じく多数の魔法を使います」

「ほうほう。多数の魔法、ね……」

「何か考えが?」

「もちろん、ある」

 

 自信に満ちた表情で、言い切る。

 イト・ユリシーズの聡明な頭脳は、既に勝利への最適解を導き出している。

 

「アレの手持ちの魔法、全部斬って、本人も斬る」

 

 いや、これだめかもしれねぇな。

 脳筋の極みのような結論を出しているイトの背中を見ながら、シャナは「勇者さんはいないし、賢い自分がしっかりしないと」と、アリアの回復を急ぎ始めた。

 しかし当然、敵である四天王の第一位が、目の前で回復に専念する敵を待ってやる道理はない。

 トリンキュロ・リムリリィが、動き出す。

 

「とりあえず、アイアラスの魔法を貰おうかなぁ」

 

 今日は、あのお菓子が欲しいな、と。

 子どもが母親に、そんなおねだりをするように。

 たん、たん、たん。

 バレリーナがリズムを刻むが如く、地面を蹴るトリンキュロの足音が、消える。

 

「跳ねろ──『奸錬邪智(イビルマル)』」

 

 カジノという戦場に則った例えをするならば、それはまるでピンボールだった。手を触れる度、あるいは踏み込む度に、柔らかく変化させた壁面、天井。接触した箇所が『奸錬邪智(イビルマル)』によって、トリンキュロにとって最適なジャンプ台に変化する。

 それらを踏み込んで、小さな悪魔がアリアとシャナに向けて躍りかかる。

 常人には決して見切れないであろう、異常極まる高速の機動。

 

「おいおい」

 

 しかし、それを遮ったのは、冷めた視線の一瞥だった。

 左右で色の違う瞳が、トリンキュロを見る。

 

 ──見切られている。

 

 トリンキュロがそう気づいた時には、既に躊躇なく剣が差し入れられていた。

 

「こっち見ろよ、ロリっ子」

 

 まずは、右腕一本。

 振り抜いた斬撃が、染み入るように肉を裂く。少女らしい細腕が、肘の先から切り離されて宙を舞う。

 否、その斬撃は水を斬るよりも、なお滑らかだ。はじめて身で浴びる蒼の魔法に、トリンキュロは素直な驚嘆を口にした。

 

「素晴らしいね」

「どうも」

「その魔法も、ほしいなあ」

「あげないよ」

 

 シンプルに拒絶して、イトは二の太刀を振るう。

 勇者と相対した時。あるいは、赤髪の少女とはじめて出会った……武器をうっかり落としてしまった時。そうしたイレギュラーな事態を除いて、イト・ユリシーズの戦いに手加減という概念は存在しない。

 一刀で斬れば、全て終わるからだ。

 完全な、空中。いくら身を捻ったところで、トリンキュロがその斬撃を回避することは敵わない。

 無論、普通であれば。

 

「回れ──『蜂天画戟(アピスビーネ)』」

 

 常識を嗤い、魔法による奇跡すらも愚弄する。

 トリンキュロ・リムリリィは、そういう類いの魔法使いである。

 小柄な体躯が、ぐるりと回転した。

 同時に、普通の人間の人体構造であれば、絶対にあり得ない方向に曲がりくねった体が、斬撃の軌跡から逃れて、避ける。

 目を細め、イトはその異常を端的に評した。

 

「なるほど。身体もやわらかくできる、と」

「いいでしょ?」

「いや、キモいよ」

 

 回転と軟化。

 トリンキュロは、二つの魔法を組み合わせることで、イトの斬撃を回避した。

 先に攻撃に用いられた『蜂天画戟(アピスビーネ)』という魔法の本質は、回転運動の付与による破壊力の増加ではなく、任意のタイミングで自身に回転という概念を付与することによる……運動エネルギーの利用にある。

 絶対に切断される斬撃が迫りくるなら、対処はシンプルな方が好ましい。

 つまり、受けるのではなく、回避に徹する。

 体に任意の回転運動を付与し、同時にあり得ない形に折り曲げることで、斬撃をぎりぎりで避ける。

 発想、応用。トリンキュロの魔法の運用は、どれを取っても既に熟達の域に達している。

 

「魔法ってのはさ……やっぱこうやって、頭を回して、やわらかい想像で使わないとね」

 

 回避の後には、当然反撃がある。

 ぴん、と。

 トリンキュロの指先が、イトに向けて突きつけられる。

 まるで、銃口を向けるように。

 それは、照準のための動作だった。

 

「喰い破れ──『猪突猛真(ファングヴァイン)』」

 

 瞬間、背後から弾丸の如く飛来したトリンキュロの右腕を、イトは振り向き様に両断した。

 

「あっぶな……!」

 

 魔法の効果対象は、原則として、触れたものと自分自身。

 なるほど、たしかに。切断されていたとしても、それが自分の一部であることに変わりはない。

 普通の人間の魔法使いにはできない。自分の肉体を、パーツの一部として使い潰すことを前提にした戦い方だ。

 

「おおっ! やるね、お姉さん! これに反応するなんて」

「どうもどうも」

 

 トリンキュロの賞賛を、涼しい顔で受け取りつつ。

 しかしイトは、内心で舌を巻いていた。

 

(やばいなぁ……これ)

 

 ほんの数十秒、立ち会っただけで理解する。

 魔法の数が多いだけでなく、その一つ一つの練度が高い。本来、一人に一つであるはずの魔法を、理解し、使いこなし、併用し、組み合わせて使用してくる恐怖。

 魔王も倒した勇者が、殺し損ねているのも頷ける。

 しかし、逆に言えば。

 複数の魔法を応用して使いこなす……その対応力に、付け入る隙がある。

 じゃあ、次だ、と。新しいおもちゃを見せびらかすように、次の魔法をトリンキュロが繰り出す前に。

 イトは手持ちの切り札の一枚を切った。

 距離は、詰めない。一度は、納刀した刃。それを再び引き抜く……居合いの形で、鋭い切っ先が空を切る。

 振るわれたのは、横薙ぎの一閃。

 

「はあ?」

 

 距離に縛られぬ、両断。

 トリンキュロの口から、困惑に満ちた声が漏れ出した。

 左腕と左足。肩口から太腿にかけて。トリンキュロの左半身が、ただの一撃で破断される。

 イト・ユリシーズの斬撃は、全てを斬り裂くだけに留まらない。

 蒼の斬撃は、触れることで発動するという魔法の原則を、いとも容易く塗り替える。

 剣という武器の、間合いという常識すらも切り拓く、必殺の斬撃が炸裂する。

 

「いや、ちょ……!? ずるくない!?」

 

 それは、イトの攻撃に対して距離を取って回避に徹する……というアプローチを取っていたトリンキュロの意表を突くには、十分過ぎる一手だった。

 

「悪いね。でもさ」

 

 肉体の半分を欠損し、体勢が崩れ、動揺を隠せない四天王に向けて、イトは剣を振り翳す。

 

「触れなきゃ斬れないなんて、そんな常識でワタシの斬撃を推し量るのは……頭が固すぎるでしょ」

 

 頭が固すぎる。

 見事な意趣返しに、トリンキュロは堪らず微笑んだ。

 たしかに、その通りだ。

 魔法は、常識で考えるべきではない。常識で捉えるべきではない。

 

「仕方ないなぁ」

 

 トリンキュロが愛する人の心は、もっと自由なものだ。

 

「『麟赫鳳嘴(ベル・メリオ)』──」

 

 イトは切り札の一枚を切った。

 故に、トリンキュロもまた、次のカードに指を伸ばす。

 

 

「──()()()()()()()()()()

 

 

 単純な話である。

 トリンキュロ・リムリリィのアニマイミテーションには、もう一段、()がある。

 

 

「散れ──『青火燎原(ハモン・フフ)』」

 

 

 奇妙な手応えに、イトは息を呑む。

 今度は、頭を縦に、真っ二つにするはずだった。

 しかし、たしかに直撃したはずの斬撃は、何故かトリンキュロの()()()()()()()()()()()を刻んで、無効化された。

 魔法には、魔法を。

 色魔法には、色魔法を。

麟赫鳳嘴(ベル・メリオ)』の『模倣』は、ただの魔法のコピーのみに留まらない。

 魔法と、さらにその上にある……色魔法の模倣。

 トリンキュロ・リムリリィが『色喰い』の異名で恐れられてきた、最大の理由。

 

「っ……!?」

 

 驚愕が、入れ替わる。

 斬ったはずなのに、斬れなかった。

 それは『蒼牙之士 (ザン・アズル)』という魔法に目覚めてから、あらゆるものを断ち斬ってきたイトにとって、はじめてに近い経験だった。

 

「驚かないでよ」

 

 飄々と、声が響く。

 

「同じ色魔法だろ? なら、色魔法で防げない道理はない」

 

 驚愕が入れ替わったように。

 攻防も、また入れ替わる。

 

「呑み込め──『砂羅双樹(イン・ザッビア)』」

 

 咀嚼するような、歪な音だった。

 無造作に転がる椅子、破損して動かないスロットマシーン、赤いカーペットが敷かれた床。

 それら、身の回りにある全てを、呑み込むように噛み砕いて、細かく整形して、トリンキュロは切断された体の部位を補填する。

 

「その蒼の魔法。攻撃は大したものだね。でも、防御はどうかな?」

 

 補填するだけに、留まらず。

 連鎖するように繋がっていく腕は、太く長く、トリンキュロの小さな身の丈を遥かに超えて、まるで一匹の蛇のような、巨腕と化す。

 一振りすれば、イトだけでなく、その背後にいるシャナやアリアたちをまとめて吹き飛ばすであろう、巨人の腕。当然、その腕には、イトの『蒼牙之士 (ザン・アズル)』を無力化した、あの魔法も付与されているはずであって。

 

「……一つ聞いていい?」

「何かな?」

「色魔法、なんで最初から使わなかったの?」

「おもしろくないから」

 

 剣士の問いに、悪魔は即答する。

 トリンキュロ・リムリリィは戦いにおいて圧倒を好まない。

 相手の心を理解するために……心の色を見るためには、対話が必要だ。

 故に、トリンキュロ・リムリリィの戦いは、常に後の先をいく。

 心を見て、心を圧し折り、心を砕き、心を喰む。

 その先に垣間見える絶望に、真なる心の模倣があるからこそ。

 

「おかげで、キミの魔法が、見えてきたよ。目で捉えて、刀で触れて、魔法で斬る。そういう仕掛けだ」

 

 イト・ユリシーズは、理解する。

 数多の心を理解し、無数の魔法を使い潰す。

 キャンパスの上で、絵具をごちゃまぜにするような、理不尽な暴力の嵐。

 

「見えてきたから……ここからは、同じ色の魔法で、圧倒させてもらうね」

 

 トリンキュロ・リムリリィは、勇者と同じだ。

 この四天王の悪魔を斬るということは……かつて最強を誇った黒輝の勇者を、超えるということ。

 迫り来る、継ぎ接ぎの巨腕。

 斬撃の迎撃は、先程のように防がれる。

 応じる手が、ない。

 その直撃を、イトは受けるしかなかった。

 

 

 ◆

 

 

 イト・ユリシーズには、戦う理由がもうない。

 昔は、世界を救う勇者になりたかった。

 魔王を殺して、自分に名前と体を残してくれた、姉の仇を討つ。けれど、そんなどす黒い目標は、ただ純粋に「世界を救いたい」と語る後輩の言葉に、呑み込まれて消えてしまった。

 本当は、彼と一緒に戦いたかった。でも、彼が選んだのは自分ではなく、アリア・リナージュ・アイアラスというお姫様だった。

 

 アリアは、選ばれた。

 イトは、選ばれなかった。

 

 それが答えだ。

 彼という勇者が、世界を救うために必要としたのは、褪せた蒼色ではなく、鮮やかな紅色だった。

 その事実に、心を蝕まれなかったと言えば、嘘になる。

 

 ──わたしもすぐに偉くなって助けに行ってあげるから、待っててね

 ──はい、イト先輩

 

 取り繕って、そんなことを言ってみても。

 本当は、子どものように駄々を捏ねたかった。

 

 ──わたしも一緒に行く

 

 あるいは、本心のままに、叫びたかった。

 

 ──アリアじゃなくて、わたしを選んで

 

 なんて。そんなこと、言えるわけがないのに。

 世界を救う彼の旅路には、ついて行くことができなかったから。

 だからせめて、少しでも彼の強さに追いつけるように、強くなろうと思った。

 事実、彼は魔王を殺し、世界を救い、姉の仇を討ってくれた。

 そして、勇者になって帰ってきた後輩は、もうイトの名前を呼ぶことができなくなっていた。

 

 寂しい。

 

 そう口にすることすら、できなかった。

 選ばれなかった自分には……彼の側にいることすらできなかった自分には、そんな言葉を表に出す資格すらない。

 だからせめて、幸せにしてあげたいと思った。

 彼の目は、もう彼が大好きだった人たちの名を読むことができない。

 彼の耳は、もう彼が大好きだった人たちの名を聞くことができない。

 彼の口は、もう彼が大好きだった人たちの名を紡ぐことができない。

 勇者である彼が救った世界は、彼にとってなによりも残酷な世界に変わってしまった。

 それでも、少しでも、彼が毎日を生きることに、幸せを感じられるように。

 

 ──わたしが絶対、キミを幸せにしてあげる

 

 ふわふわと、うじうじと、ずるずると。彼との関係をはっきりさせない賢者や騎士や死霊術師と違って、イトはきちんと告白をしている。

 そう。告白をしているのだ。

 唇は、二回ほど奪ったし。

 ちゃんと、求婚もしたし。

 我ながら、かなりがんばってアプローチしていると思う。

 それなのに、あのアホ勇者ときたら「すいません。ここは、逃げます。この埋め合わせは、いつか必ず」などとほざきながら、死霊術師の生首を持って逃げ出す始末。

 なんだろう。

 段々、怒りが込み上げてきた。

 そもそも、きちんと態度をはっきりさせないから、あることないことをでっちあげられて、偽物の結婚報道をされるのだ。

 というか、こんなところで、こんな強いヤツと戦って、死にかけているのも、彼が女と駆け落ちしたせいだ。

 ありえない。こんなに良い女が求婚を迫ってるのに、のこのこと駆け落ちするなんて。

 すぐに返事がないのは、まだ良い。合コンで遊ぶのも、許そう。しかし、彼の隣に、自分の知らない彼の一面を知る女が、訳知り顔で立っているのは、許せない。

 

 ──あなたの、蒼の魔法の一振りであっさり断たれるほど、わたくしの『紫魂落魄(エド・モラド)』は安くないのです

 

 ──おれが殺せなかったのに……先輩に殺せるわけがないでしょう? 

 

 腹が立つ、腹が立つ。

 思い出しただけで、腹が立つ。

 我ながら、可愛くない女だとは、思うけれど。

 思い返しただけで、果てしない嫉妬が、海の底から湧き出るように止まらない。

 イトの『蒼牙之士 (ザン・アズル)』はリリアミラの『紫魂落魄(エド・モラド)』を斬ることができなかった。

 それはまるで、自分の愛の色が、あの下品な紫に劣っていることを、突きつけられたようで。

 

 その明確な事実に、イトは思う。

 

 もう、負けたくない。

 もう、置いていかれたくない。

 

 目の前に迫る濃厚な死を感じながら、イトは考える。

 キスは、そこそこした。告白と求婚も済ませた。あとは何が必要だろう? 

 そういえば、色々と過程をふっ飛ばしたせいで、二人っきりのデートというものをやったことがない。

 カフェに行って、あーんをやりたいし、されたい。

 ソファに並んで腰掛けて、一日中だらだらしていたい。

 膝枕は、してあげてもいいけど、できればされたい。

 頭もそうだ。撫でてあげたいし、たくさん撫でてほしい。

 こちらが歳上だから、いっぱい甘えてくるのは良いけど、甘えさせてほしくもある。このあたりのバランスが難しいところだ。

 とても楽しい想像だった。

 

 考えて、考えて、考えて。

 イトは、思い至る。

 

 この敵を斬れなかったら、彼と結婚できない。

 

 それは、困る。すごく困る。

 だから、なんとしてでも、斬らなければならない。

 そして、この敵を斬るためには、同じ色魔法を断つ必要がある。

 

 もっと強く。

 もっと深く。

 もっと果てしない、その先へ。

 

 魔法は心。心は色。

 己にとって、最も明確で、最も欲する、切断のイメージを、イトは考える。

 そもそも『断絶』という自分の魔法は、あまりにも恋のイメージに向いていない。

 だって、色々と不吉だ。

 運命の赤い糸を断ってしまったら、洒落にならないし。

 夫婦の縁を絶ってしまったら、笑い話にならないし。

 でも、仕方ない。

 これが、これだけが、今の自分の色なのだから。

 迷いを切って、躊躇いを振り切って、その先に残った深い蒼が、イト・ユリシーズの愛の色。

 

 だから、想像する。

 

 もっと強く。

 もっと深く。

 告白と求婚の、その先へ。

 

 

 ◆

 

 

「そうか……ケーキ入刀だ」

 

 聞き間違えかと、トリンキュロ・リムリリィはそう思った。

 あるいは、目の前で剣を振るう女の頭が、おかしくなったのかと。そう考えた。

 しかし、それは現実だった。

 同化の特性を持つ『砂羅双樹(イン・ザッビア)』で無差別に取り込み、『自分可手(アクロハンズ)』で形成し、『我武修羅(アルマアスラ)』で強化し、『蜂天画戟(アピスビーネ)』で回転を上乗せした義手が、一撃で切断される。

 

「……ぇ?」

 

 斬られて、しまった。

 有り得ない。

 四つの魔法に加えて、トリンキュロはその歪な義手に、イトの魔法を攻略するための、もう一つの色魔法を加えていた。

 名は『青火燎原(ハモン・フフ)』。魔法効果は、触れたものの『拡散』である。

 トリンキュロは『蒼牙之士 (ザン・アズル)』の『断絶』という概念を、真正面から受けるのではなく。それを受け流せる『拡散』という概念によって、逸らすことで対処した。

 事実、つい先ほどまでは、それで対処できていた。

 今は違う。

 断ち切られた。トリンキュロの『青火燎原(ハモン・フフ)』は、イトの『蒼牙之士 (ザン・アズル)』によって、その魔法効果ごと、斬られてしまった。

 

「そんなに、驚かないでよ」

 

 淡々と、声が響く。

 

「同じ色魔法でしょ? なら、色魔法で斬れない道理はない」

 

 そんな理屈で納得できるわけがない。

 この一瞬で、明らかにイトの『蒼牙之士 (ザン・アズル)』は変化した。

 

「……何をしたのかな?」

「想像したんだよ。ワタシと勇者くんの結婚式を

 

 剣士は、悪魔に即答する。

 何を言ってるんだろう、とトリンキュロは思った。

 

「ケーキ入刀は、はじめての共同作業。だから、斬れないものはないと思った。だから、実際に斬れた」

 

 率直に、純粋に、意味がわからなかった。

 

「ありがとう。トリンキュロ・リムリリィ。ワタシは、まだまだ強くなれる。これから、式場を決めることにするよ」

 

 イカれている、とトリンキュロは思った。

 けれど、同時に、懐かしくも感じた。

 強い魔法使いというのは、得てしてこういうものだ。支離滅裂な思考、決して塗り潰せない我の強い色合い。

 果てしなく異常で、どこか狂っていて、常人には簡単に理解できない。

 それは紛れもなく、勇者に成り得る……英雄の資質。

 

「一つ、聞いてもいいかい?」

「何かな?」

「おまえさぁ……勇者のこと、好きだろ?」

 

 かつて、トリンキュロ・リムリリィが黒輝の勇者に感じたものに、限りなく近い心の色合いだった。

 

「うん。すごく大好き」

 

 今、断絶する蒼の魔法は、進化する。




こんかいのとうじょうじんぶつ

イト・ユリシーズ
脳内妄想結婚式覚醒先輩。死霊術師さんを斬った経験がここで活きてきた。フラグの回収に定評がある女。
根がのんびり屋のナマケモノなので、基本的には歩き回らずにお家でだらだらデートしていたいタイプ。この世界にネトフリとアマプラがあったら流行りモノを見ながらお家でポテチを摘んでいることは想像に難くない。その場合、多分隣で勇者くんは上裸で筋トレしてる。

トリンキュロ・リムリリィ
えぇ……なんか魔法が進化してる……
なにこれ知らん、こわ……

シャナ・グランプレ
結婚式!?

アリア・リナージュ・アイアラス
ごほっ……げほっ……結婚式!?

赤髪ちゃん
結婚式!?

こんかいのとうじょうまほう

蒼牙之士 (ザン・アズル)
必殺ケーキ入刀斬り!!
個人脳内妄想のみで繰り出される、石破天驚ラブラブ拳のようなもの。

『アニマイミテーション』
トリンキュロのコピー魔法。

自分可手(アクロハンズ)
形成する魔法。後述の砂色の魔法と合わせて、欠損した肉体の再生に主に使われる。

我武修羅(アルマアスラ)
強化する魔法。当然ながら色魔法との組み合わせも可能。単純に魔法の性能が一段上がるので、トリンキュロの魔法は元の使い手よりも強くなる事が多い。

奸錬邪智(イビルマル)
軟化する魔法。完全に余談だが、初期勇者くんに持たせるか迷っていた魔法の一つ。大まかに覚醒したどこぞの麦わらみたいな戦い方ができる。

猪突猛真(ファングヴァイン)
突進する魔法。腕の一部を切り離して「ロケットパーンチ!」が放てる。かっこいい。

・『蜂天画戟(アピスビーネ)
回転する魔法。自身の肉体に『回転』という運動エネルギーを加えることができるのが、最大のウリ。前転、バク転といったアクロバティックも『回転』の概念に加えられるので、近接戦におけるトリンキュロの身のこなしは、特に読みにくいものになっている。
もしかしたら色魔法にも届き得る可能性があった素質を秘めた魔法だったが、使い手が魔法に向き合って鍛え上げる前にトリンキュロに喰われてしまった。


『カラーイミテーション』
トリンキュロのコピー魔法の本領。

・『青火燎原(ハモン・フフ)
拡散する魔法。波紋の群青。イトの魔法と同系色の青色の魔法。触れたものを『拡散』させることにより、魔術などの遠距離攻撃を無力化する。トリンキュロが勇者に負けてから、新たに入手した魔法の一つ。

・『砂羅双樹(イン・ザッビア)
同化する魔法。飲み込む砂塵。砂色という地味な色合いだが、魔法効果の汎用性がかなり高く、トリンキュロも好んで愛用している。『自分可手(アクロハンズ)』と組み合わせて、瓦礫の残骸などを同化させて義手にしたり、ドラゴンなどのモンスターに同化して乗っ取って操るなど、運用は多岐に渡る。
かつては砂漠の国の王子が使用していた魔法。その国はモンスターの襲撃が多く、王子がこの魔法でモンスターと同化し、飼い慣らすことでなんとか被害を最小限に留めていた。しかし、生物との同化は普通の人間にとっては、リスキーな行為であり、善良な王子は次第に精神を病んでいく。
そんな時に、王子の前に現れたのが、リムリリィと名乗る流れ者の踊り子だった。身分の差も気にせず、自由気ままに振る舞う少女に、王子は自然と惹かれていく。
「君と一緒になれればいいのに」
その言葉を聞いた踊り子は、フェイスベールの下で薄く微笑んだ。
「貴方になら、食べられても構いませんよ」
王子は、少女に魔法をかけた。
そして、その夜。砂漠の国は一夜にして滅んだ。
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