世界救い終わったけど、記憶喪失の女の子ひろった   作:龍流

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ちょっと寒暖差にやられて死んでました。みなさんも勇者くんみたいに裸で寝たりしないように。ちゃんと服は着て寝てください


死霊術師さんと運び屋のおじいさん

「なんか……すごい寒気がする

 

 具体的には、背後からめちゃくちゃ鋭利な刃物で刺されるような悪寒を感じる。

 もしかして騎士ちゃんとか賢者ちゃん来てる? いや、さすがにそれはないよな……ないと信じたい、うん。

 

「服を着ていないからでは?」

 

 体を震わせるおれに対して、秘書子さんは冷たく言い放った。

 肩に抱えられた状態で的確なツッコミをしてくるとは、なかなかやる。伊達に全身クソボケ人間である死霊術師さんの秘書を務めてきたわけではないようだ。ツッコミスキルが高い。

 

「大丈夫かい親友? 服はちゃんと着た方がいいよ」

「お前も半裸なんだよ。ていうかなんで上脱いでるの? いつ脱いだの?」

「キミが裸だったからに決まっているだろう! ペアルックというやつだね!」

「お前腐っても作家だろ。ペアルックの意味辞書で引いてこいよ」

 

 野郎二人がパンツ一丁で並んで走るのをペアルックと表現し始めたらこの世の終わりだと思う。

 

「あとおれはパンツ履いてるから。裸じゃないから。そこんところよろしく」

「似たようなものだと思いますよ」

 

 さっきから肩に抱えている秘書子さんのチクチク言葉が痛い。

 上は服を着ていないので言葉の針がおれの繊細なハートにとてもよく刺さる。ちくしょう。

 じっとりした目でこちらを見る秘書子さんは、これ見よがしに溜息を吐いた。

 

「まったく……私はサジを迎えに来ただけなのに、どうしてこんなことに……」

「サジ?」

「あ」

 

 しまった、みたいな顔で自分の口を塞ぐ秘書子さん。だが、もう遅い。おれが名前を聞くことができた、という時点で、それが人間の名前ではないことの証明になってしまっている。

 わりと軽率に口を滑らせているあたり、どうやらこの秘書子さん、ツッコミ属性だけでなくドジっ子属性も持ち合わせているらしい。

 

 しかし勇者よ、安心しろ。オレの好みはメガネが似合う理知的で賢そうで少し性格がキツそうなお姉さんタイプだ。

 

「……あぁ」

「なんですかそのめちゃくちゃ納得がいった、みたいな顔は」

「秘書子さんやっぱりメガネかけた方がいいと思いますよ」

「だからなんなんですか!?」

 

 まあ、サジタリウスとこの人が繋がっていた可能性は、もはやわかりきっていた事実である。今さら驚くことでもない。

 

「まあ、さっきも言いましたけど。どうしてこんなことをしたのか、観念して話してくれませんかね?」

「説明することなど、何もありませんよ。あの時、申し上げた通りです。私の目的は、最初から唯一つ。社長が積み上げてきた社会的地位を殺すことです」

「だからといっておれと死霊術師さんの熱愛報道とかする必要ありませんよね!?」

 

 死霊術師さんを社会的に殺す過程で、ついでみたいにおれを殺そうとするのは本当にやめてほしい。死んでしまう。

 しかし、おれの言葉に対して、秘書子さんはしれっと首を傾げて言った。

 

「え? でも、社長は勇者様のことが大好きでしょう?」

 

 クールビューティー極まる、面構えで。

 あまりにもあっけらかんとそんなことを言われてしまったので、今度はおれの方が押し黙ってしまう番だった。

 

「社長はこれまで自分の心血を注いで、会社を大きくしてきました。しかし、それと同じくらい……いえ間違いなくそれ以上に、社長の心の中には、勇者様。あなたがいます」

「なんでそんな風に言い切れるんですか?」

「言い切れますとも。勇者様が社長と一緒に世界を救ってきたように、私は一年以上、社長の一番近くで仕事をしてきましたから」

 

 またもや自信満々に言い切られてしまった。

 おれに抱えられながら、秘書子さんは「はぁ」とかなりデカい溜息を吐く。

 

「だから、社長が大人しく騎士団に捕まらなかった時点で、私は計画を切り替えたのです。社長から会社を奪うために、社長が会社よりも大好きな勇者様を利用する『ラブラブ駆け落ち大作戦』に……!」

 

 なんて? 

 

「大好きな勇者様との外堀りを埋めて差し上げれば、結婚という人生の墓場に社長を叩き込むことができる、と。そう思っていたのですが……」

「それ本気で言ってます?」

「はい? 私は常に本気です。計画において手を抜いたことはありません」

 

 やはりきりっとした顔で、秘書子さんは言い切った。

 なんだろう。おれはこの人のことを有能な策士だと思い込んでいたのだけれど、わりと真面目にアホをやるクソボケである疑惑が浮上してきた。こんなことある? 

 

「大人しく駆け落ちして社会的地位を失って二人仲良く幸せに生きてくださればそれでよかったのに……まったく、勇者さまは社長の何が不満だというのですか? 同性の私から見ても社長はかなり魅力的な女性ですよ? たしかに経済的な魅力は私が全て奪い去ってしまいましたが、元は貴族のご令嬢ということですし、家庭に入られてもとても良い奥さんになると思いますが?」

「まってまってまって」

 

 おれが質問する側だったはずなのに、完全におれが問い詰められる側に回ってしまっている。明らかにおかしい。おかしくない? 

 

「勇者様は胸が大きくて髪が長い女性が好みだと聞き及んでおります。ビジュアル的な面で言っても社長は完璧に条件を満たしていると考えます。一体、社長の何がご不満なのですか? さっさとくっついていただきたいのですが」

「いやいやいや、たしかに死霊術師さんは魅力的な女性だけれども! そういうことじゃなくて!」

「勇者様がそういう煮えきらない態度のままだから、社長は……」

「わっはっは! 抱えている女性に説教を食らうとは! おもしろすぎるね親友!」

「お前まじで黙ってろ」

 

 隣で爆笑してるイケメンのケツを蹴り飛ばしながら、おれは頭を抱えたくなった。秘書子さんの肩に抱えているので、今のおれは頭を抱えることすらできないのである。まったく困ったものだ。

 

「秘書さんの言いたいことは……まあ、わかりました。目的も、やりたいことも、わからなくはありません」

 

 ただし、それでも残る、疑問が一つ。

 

「こんな回りくどいことをしてまで……いや、こんな回りくどいことをしてでも、死霊術師さんから会社を奪おうとした理由はなんですか?」

「……以前、勇者様にはお話したと思いますが。私の祖父は運送会社を経営しておりました」

 

 祖父が亡くなって潰れてしまった会社の設備や人員を引き取り、立て直してくださったのが、社長なのです。同時に、社名を改めながらも、前社長の孫娘だった私のことを、秘書としてひろってくださいました。今はこうして、社長のお側で様々な経験を積ませていただいております

 

 たしかに。秘書子さんはそう言っていた。

 

「私は、社長が好きです」

 

 煮え切らないおれとは、正反対に。

 秘書子さんは真っ直ぐに、おれに向けてそう言った。

 

「恩があります。人柄を好いています。ですが、同時に……私は社長のことを、とても恨んでおります。ただ一点……社長が我が物顔で、今の会社を経営していること。それだけは、許せません」

 

 おれの肩を掴む手のひらが。

 ぎゅっと、その感情を顕にするように、引き絞られる。

 

「社長は、おじいさまを……私の祖父を、見殺しにしたからです」

 

 絞り出すような、その声に。

 ようやく少しだけ、彼女の本音が覗けた気がした。

 

 

 ◆

 

 

 それはまだ、勇者が魔王を倒す前のこと。

 彼がまだ、仲間たちの名前をはっきりと呼べた頃。

 

「ミラさんって世界救ったあと何するの?」

「え? 死にます」

 

 もう少し付け加えるなら、彼が、自分のことを愛称で呼んでくれるようになった頃の話である。

 

「そうだけどそうじゃない!」

 

 リリアミラの即答に、勇者は目を剥いて反論した。

 

「え? でも、魔王様を倒したら、勇者さまはわたくしを真っ先に殺してくださるのでしょう?」

「ああ、いや、うん、まあ……それは、そうなんだけど。でもほら、なんていうか。多分、おれはミラさんのことをすぐには殺せないと思うんだよね」

 

 ぽりぽりと、頬をかく横顔が、苦笑いを浮かべる。

 

「ていうか、魔王を殺す算段がついても、ミラさんを殺せるイメージが湧かないっていうか……」

「あらあらあら。それは困りましたわね」

 

 その日の夜は二人っきりで、周囲には誰もいなくて。

 なので、誰かにその行為を見られる心配はなかった。

 

「ミラさん」

「はい」

 

 彼に促されて、リリアミラは自発的に服を脱いだ。月明かりに照らされる生まれたままの姿のリリアミラを、彼はどこまでも冷めた目で一瞥して、息をするように引き抜いた剣で、その首を切断した。

 血が噴き出す。地面に鮮血が落ちる。

 そして、四秒。すぐに生き返ったリリアミラを見下ろす溜息は深い。

 人の成長は早いな、と。息を吹き返したリリアミラは思う。

 出会った頃は小生意気だった少年の顔は、いつの間にか男らしさを感じる青年のそれに変わっていた。

 

「……やっぱり、だめだなぁ」

「ええ。やっぱり、だめですわねぇ」

 

 そう言って、二人でくすくすと笑って。

 見上げる勇者の顔に、影が落ちる。

 

「……まだ、魔法が足りない」

「またそんなことを仰って」

 

 駄々を捏ねる子どもを、諭すように。リリアミラは、彼の頭をそっと撫でた。

 勇者が今、所持している魔法の数は()()

 きっと、まだ増えるだろう。これからも、彼は名前と魔法を奪い続けて、もっともっと、その黒の色を深くするはずだ。

 

「一体、どこまで強くなるおつもりですか?」

「どこまででも」

 

 リリアミラの肩に服を被せて、勇者は笑った。

 

「ミラさんを殺せるようになるまで」

 

 ぞくり、と。リリアミラは、体を這うようなその興奮を、彼に悟られないように、そっと押し留めた。

 勇者の目的は、魔王を倒すこと。

 魔王を殺して世界を救うために、彼はこんなにも強くなった。

 けれど、自分を殺すという目標は、魔王を殺し、世界を救ったその後、その先にある。

 それは捉え方を変えれば、魔王よりも自分の方が……彼に強く想われているようで。

 そんな些細なことが、リリアミラはとても嬉しかった。

 

「もしも、おれが世界を救えたらさ……」

「それ、俗に言う死亡フラグというやつでは?」

「べつに死亡フラグ立ててもいいでしょ。ミラさんがいれば死なないんだから」

「ふふっ。それはそうですわね」

 

 混ぜっ返したリリアミラの発言をきれいに返して、勇者は改めて言う。

 

「ミラさんが死ぬ前にやりたいことがあるなら。殺す前に、おれはそれに付き合うよ」

「わたくしに未練が残らないように、ですか?」

「そう。未練が残らないように。殺したあと、ミラさんに化けて出られても困るからね」

「あらあら、うふふ……」

 

 奇しくも、リリアミラ・ギルデンスターンに人生の転機が訪れたのは、そんなやりとりをした夜の、次の日だった。

 リリアミラが魔王軍を寝返ったあと。人類と魔族のパワーバランスは、一気に塗り替わった。蘇生の魔法による戦力の再補充はもはや見込めず、元々数で劣る魔王軍側は、当然の如く防衛線を後退させていった。特に、不死の軍団、という絶望が覆ったことによる人類側の士気の向上はかなり大きく、各地で攻勢に転じる義勇軍の存在が、散見されるようになる。

 

「西部の戦線に大きな被害が出ています。死者の数は、既に千を超えたとのことです。リリアミラ様! どうか……どうかあなたの魔法で、我々にお力添えを!」

 

 しかし、攻めに転じるということは、決して死者が減る、という意味ではない。過熱した戦場で、死者が増えるのはむしろ必然だった。

 仲間の命を救うために。きっと必死になって、ここまで馬で駆けてきたのだろう。ボロボロの使者の姿を見て、リリアミラは目を細めた。

 その想いには、応えたい。彼が救いたいと願う人々を、可能ならば救いたい。

 だが、リリアミラの魔法は万能ではあっても、完璧ではなかった。

 

「……シャナ様」

「だめです。リリアミラさん」

 

 ちらりと顔色を伺っただけだったが、リリアミラの隣に立って戦場を見渡す賢者は、ばっさりとその提案を切り捨てた。

 

「気持ちは理解できますが、ここからの西部の戦場までは馬を飛ばしても、片道で一日、往復二日は掛かります。前線に出ている勇者さんを呼び戻すことも難しいでしょう」

「以前お話していた、転送魔導陣というのは……?」

「まだ実用段階ではありませんし……そもそも、あちらの戦場に()()()()()がいません。無理ですよ」

「では、わたくしをシャナ様の魔法で増やせば……」

「人を増やすのは危険だからできないと、前にお話したはずです」

「……」

 

 どんなに腕が良い医者でも、一人では救える命の数に限界がある。

 そういう意味では、触れれば生き返らせることができるリリアミラの魔法に、救う命の上限はない。

 ただし、魔法を使えるリリアミラ・ギルデンスターンが一人しかいない以上、二つの戦場で同時に命を救うことはできなかった。

 

 

「一日で戻って来ればいいのか?」

 

 

 故に、その男の提案は、リリアミラやシャナの思考の、間を突くようなものだった。

 

「あなた、誰です?」

「運び屋だ。立ち聞きしたことは謝ろう。が、聞いておいて知らんぷりもできなかったもんでな。オレには、アンタらみたいな大それた魔法はねぇが、そういう話なら力になれるかもしれねえ」

「……どういう意味ですか?」

「言葉通りの意味だよ、賢者サマ。オレの馬ならそこの死霊術師のねーちゃんを連れて、一日で戦場を往復できる」

 

 歳はもう、六十を超えているだろうか。無造作な口髭に、結わえた長髪も抜けた銀色に染まっている。

 が、その眼光は鋭く、紡ぐ言葉も力に満ちていた。

 

「必要な場所に、必要なもんを運ぶのが、運送屋の仕事だ」

 

 灰褐色の瞳が、リリアミラの方を向く。

 

「どうだいねーちゃん。アンタ、オレの荷になって運ばれる気はあるかい?」

 

 根拠はない。実績もない。できるかどうかもわからない。

 そんな時、人を信じるきっかけを生むのは、芯のある態度と、震えない声音だ。

 リリアミラは答えた。

 

「良いでしょう、運び屋のおじいさん。そこまで仰るのであれば、あなたに賭けてみます」

「おじいさんはやめてくれ。オレぁ、まだまだ元気に仕事してくつもりだからよ」

 

 差し出されたのは、皮膚の固い、皺が刻まれた手。

 

「アルカウス・グランツだ。よろしくなねーちゃん」

「リリアミラ・ギルデンスターンです。丁重に運べとは言いません。最速でお願いいたします」

「おう。任せな」

 

 日焼けした顔が、にっと若々しく笑う。

 

「死んでもアンタを送り届けてやるよ」




こんかいのとうじょうじんぶつ

・勇者くん
髪が長くておっぱいが大きい女が好きという秘密が発覚した。どうやら育て親がそんな感じのお姉さんだったらしい。

・秘書子さん
ルナローゼ・グランツ。理知的な眼鏡キャラで売っていたが、わりとクソボケ寄りの性格であることが発覚した。有能で仕事できるタイプのクソボケ。死霊術師さんとは似た者同士なのかもしれない。

・親友
レオ・リーオナイン。おもしれー男とおもしれー女が喋ってるのを見て「おもしれー」と喜んでいる。

・死霊術師さん
リリアミラ・ギルデンスターン。次回、運ばれます。

・賢者ちゃん
シャナ・グランプレ。この時期くらいになるとわりと死霊術師さんと打ち解けていた。まだ転送魔導陣とかは開発できてない。がんばれ。

・運び屋のおじいちゃん
アルカウス・グランツ。洋画でヒッチハイクを試みる主人公に「乗ってくかい?」ってやるタイプのイケオジ。死霊術師さんに見殺しにされたらしい。
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