「さあ、いくぜ! ペガサス号!」
「羽もないのに名前が強気過ぎでは!?」
結論から言えば、リリアミラはアルカウスによって布でぐるぐる巻きの簀巻きにされて、馬の背へ放り込まれた。座るための馬鞍どころか跨がるための場所すら用意されなかったので、本当にただの荷物扱いである。
「くっ、このわたくしに、こんな仕打ちを……!」
「わりぃな。まあ、文句はついてから言って……」
「正直興奮します」
「お前さんさては変態だな?」
出発直後こそ、まだそんな軽口を叩き合う余裕があったが、しばらくすると口を開けば舌を噛みそうなほどに駆ける速度が上がった。
アルカウス・グランツの馬の操り方は、素人のリリアミラの目から見ても、実に見事だった。
パーティーには勇者も騎士もいるので、馬に乗ることそのものがめずらしいわけではない。基本的に後ろに乗せてもらうことが常であるシャナや、物理的に足が届かないムムはともかく、勇者とアリアは騎士学校に通っていたこともあって、人並み以上に馬を操ることができる。
しかし、老人の手綱の握り方は、そもそもの年季が違った。己の手足のように操る、という使い古された表現がぴったり当てはまるほどに無駄がない。経験に裏打ちされ、長い時間をかけて磨き抜かれた技術。全速力に近いスピードが出ているはずなのに、決して力んでいるわけではなく、馬がのびのびと走っているのが伝わってくるようである。
半日で間に合わせてみせる、と。そう大口を叩くアルカウスに対して、シャナは半信半疑の目を向けていたが、実際に彼の馬に乗ってみて、リリアミラは理解した。あれは本当に、ただ可能である事実を述べていただけだったのだ。
結果として、日の入り前に出発したアルカウスとリリアミラは、日の出前に目的地に到着した。
「よぅし。着いた着いた。さぁ、待たせたなねーちゃん。降りてくれ」
「すごいですわね」
「ん?」
「正直、半日以上は絶対に掛かると思っておりました」
リリアミラの素直な感想に、老人は片眉をあげた。
「そりゃ仕事だからな。できるって言ったことを嘘にはしねえよ。信用に関わる」
それに、と。
アルカウスはここまでがんばってくれた馬の首筋を撫でながら、言葉を付け加える。
「美女からの褒め言葉はありがたく頂戴するが、オレがすごいわけじゃねえ。ペガサス号が良い馬なだけだ」
「すいませんそのネーミングセンスだけどうにかなりませんか?」
どんなに仕事ができてもすべてが完璧な人間はいないのだなぁ……とリリアミラは実感した。
「にしても、聞いていたよりもひでえな」
そう呟いて、アルカウスは周囲を見回す。怪我人が運び込まれてくる拠点には医療魔導師達の怒号が飛び交っており、既に息絶えたものとして端に寄せられている死体も、かなりの数だった。
「今更聞くことじゃないけどよ。本当にこれ、お前さんの魔法でなんとかなるのか?」
「ええ、もちろん。なんとかいたします」
「ほお、言い切るねえ」
「無論です」
自分を、ここまで運んでくれた。
自分に、彼らを助けるチャンスをくれた運び屋に向けて、リリアミラは力強く宣言する。
「それが今のわたくしの仕事ですから」
そこから先は、正しくリリアミラの魔法の独壇場であった。
魔力という有限のリソースを用いる治癒魔術と異なり、心を元とする魔法は魔力切れを気にする必要はない。故に『
触れた側から、死人が人間に戻る。
土気色だった顔に、生気が戻っていく。淡々と、続々と息を吹き返していく人々。その非常識な光景に、一介の運び屋に過ぎない老人は、ただ感嘆するしかなかった。
「……オレぁ、結構長いこと生きてきたけどよ。人間って本当に生き返るんだな……はじめて知ったぜ」
「ふふ。わたくしの手にかかれば、こんなものです」
引き攣った笑顔を浮かべるアルカウスに向けて、ほぼ全員の蘇生を終えたリリアミラは、得意気な表情で胸を張った。
「お前さん、本当にすげー魔法使いだったんだな」
「失礼ですわね。わたくしのことをなんだと思っていたんですか?」
「元魔王軍四天王のこわいねーちゃん」
「……まあ、その通りですが」
少しだけ口ごもったリリアミラを横目で見ながら、アルカウスは指先を鳴らしてタバコに火を点けた。ふぅ、と吐き出した煙が、ゆったりと宙に舞う。
「あの……あまりゆっくりしている暇はないのでは?」
「まあ、落ち着けよ。お前さんの仕事が、オレの予想よりも早かったからな。あの賢者の嬢ちゃんに約束した時間には、十分に間に合う。ちょいと一服しても罰は当たらんだろ」
「ですが……」
「なにより、せっかくの美人の顔色が悪い。帰りの乗り心地も保証はできんからな。少しでもいいから休め」
それは、無骨な気遣いだった。
老いぼれの言葉は、素直に聞くもんだ、と。
そこまで言われては、もう頷くしかない。リリアミラは、老人の隣に腰を落ち着けた。
「わたくしにも一本いただけますか?」
「なんだ。吸うのか?」
「はい。少し嗜む程度ですが」
「あんまり上等なタバコじゃねえから、お嬢さんの口には合わないかもしれんがね」
「構いませんわ。嗜好品の好き嫌いはしない主義なので」
「そりゃよかった」
懐から差し出されたタバコを受け取る。先ほどと同じように指先が軽く鳴って、リリアミラが咥えたタバコに、小さな火が灯った。
吐き出した紫煙が、二つ。重なって、見上げた空に溶けていく。
親子よりも歳の離れた二人が、並んで一服をする。それは少し、不思議な時間だった。
「おじさまは、いつから運び屋のお仕事を?」
「かれこれ四十年くらいだな」
「まあ。だからあんなに、馬の扱いがお上手なのですね」
「こんなジジイをおだてても、何も出せねえぞ?」
「いえ、本当に感服いたしました。おじさまがわたくしを運んでくださらなかったら、この戦場のみなさんを助けることを、諦めるしかありませんでしたから」
リリアミラの魔法は、どんな死体でも蘇生できる。逆に言えば、基本的には死体がなければ蘇生はできない。
戦線が崩壊し、遺体が魔獣の餌にでもなってしまっていたら、こんなにも多くの命を救うことはできなかった。
アルカウス・グランツという運び屋が偶然居合わせてくれなければ、リリアミラは自分の責任を果たすことができなかっただろう。
「生真面目だねえ、お前さん」
「……そうでしょうか?」
「そりゃあそうだろうよ。顔も人柄も知らん連中の命を助けるために、ろくな報酬も貰わず、必死こいて自分の魔法を使い潰す。そんな人間は、よほど馬鹿な博愛主義者か、罪の意識に押し潰されそうになってるヤツだけだ」
食んだ煙が、苦く感じる。
あの時、酒場で言われたことを思い出す。
──勇者と一緒に世界を救えば! てめえの罪を償えるとでも思ってんのか!?
たった一言で。
リリアミラの心の深い部分を突いてきたのは、老人の年の功というべきなのだろうか。
「……わたくしが、どれだけ多くの人の命を救ったところで。それだけで、今までやってきたことを、償えるとは思っていません」
今日出会ったばかりの、他人。
仕事を依頼しただけの、その場限りの付き合い。
しかし、そんな薄い間柄だからこそ、言えることもある。
煙と一緒に、抱えていたものを、リリアミラは吐き出した。
「そうさなぁ……人間、一度やったことはそう簡単になかったことにはならんよ。お前さんが何を思って人類の敵をやっていたのかは知らんし、何があって今、また人間の味方に戻ってくれたのか。そのあたりの事情が、気にならないと言えば嘘になるがね」
言葉を区切り、煙を吐いて、
「だがまぁ、正直。一緒に
老人に、そう言い切られて。
リリアミラは、目を丸くした。
タバコの先が、ぽろりと地面に落ちて消える。
「どうでもいい、ですか?」
「ああ。どうでもいい」
「あの……今、なんか、おじさまがわたくしを慰めてくれる流れだったと思うのですが」
「なんだ? 慰めてほしいのか。オレの仕事はお前さんを運ぶことだけだからなぁ。やさしい言葉が欲しいなら、この先は有料の追加サービスになる。高いぞ?」
「なっ……!」
頬を赤らめるリリアミラを見下ろして、アルカウスはタバコを咥えたまま意地悪く笑った。
それは、そういう笑い方を知っている、長い年月を生きてきた人間ならではの微笑みだった。
「ようやっと年頃の娘らしい顔になったな。それでいいんだよ。お前さん、大人びた美人なんだからよ。そういう顔してた方が可愛げがあるぞ」
「……おじさまに口説かれたくありません! 」
「わっはっは。オレもカミさんに怒られたくねぇからな。口説く気はねえよ」
「まったく……もっと仕事人のようなおじさまだと思っていましたのに。とんだプレイボーイですわね」
「なんだぁ? オレのことそんな風に見てたのか? わりぃが、オレはそんなご立派な人間じゃねえよ。逆に聞いてみるがね。お前さん、なんでオレがこの仕事を続けてると思う?」
「……お馬さんが好きだから、とか?」
「違う違う」
首を傾げてとりあえず言ってみたリリアミラに対して、アルカウスはざっくばらんにタバコを持ってない腕を振って否定した。
「オレが毎日汗水垂らして働くのは、趣味を楽しむためだ」
「趣味、ですか?」
「ギャンブル。賭け事。あとゲーム」
「え、えぇ……」
リリアミラはなんとも言えない表情で身を引いた。
とてもじゃないが、四十年手綱を握り、己の手足のように馬を操るプロフェッショナルから口から出てきたものとは思えない言葉だった。
「仮に、だ。オレになんかすげえ悲しい過去があったとして、その過去を精算するために運び屋をやっているとしよう」
「悲しい過去あるんですか?」
「三日前に賭場で稼ぎを半分スッた」
「直近じゃないですか。あとべつにそれただの自業自得でしょう」
「……ともかく、だ。一緒に仕事をやる相手の、そんな細けえ事情なんか、どうでもいいんだよ。お前さん、果物屋でリンゴを買う時、その店のオヤジの人生にまで思いを馳せたりするか? しねえだろ?」
「まあ、たしかに……」
「でも、その店で買ったリンゴがめちゃくちゃ美味かったら……その日は多分、少しだけ良い日になるよな?」
アルカウスの目が、やさしく笑う。
「仕事ってのは、明日を生きるためにやるもんだ。そこにある本質は、自分のために金を稼ぐことだ」
明日を生きようとは思わない。死にたがりの死霊術師に向けて、老人は淡々と言葉を紡ぐ。
「でも、自分のためにやってることが、回り回って誰かのためになるんなら、そんなに嬉しいこともねぇだろう?」
やってきたことから、目を背けるために魔法を使う。罪の意識から逃れようとする死霊術師に向けて、老人は続けて言葉を紡ぐ。
「ほら、見てみろ」
ちょいちょい、と。
くゆる煙を挟む指先が、前を指す。
「お前さんの、今日の仕事の成果だ」
促された方向に目をやると、リリアミラが魔法によって蘇生した騎士たちが、一礼をしていた。
騎士たちだけではない。装備を整え直す冒険者たちは、陽気に肩を叩き合っている。それまでずっと働き詰めだった医療魔術士たちは、ようやく休める時間ができて、肩を寄せ合って眠っている。
失われたはずの命たちが、生きている今。リリアミラの魔法がなければ、あり得なかった光景だった。
「オレはお前さんを運んだ。お前さんは自分の魔法を使った。互いに、良い仕事をした。その結果、数え切れないくらい、たくさんの命が救えた。誇らしいことじゃねぇか」
それは、慰めの言葉ではない。
ただ単純に、結果を羅列して、述べているだけ。
「オレぁ、運び屋だからよ。井戸が枯れた村に、水を届けに行ったことがある。流行り病が広がった村に、特効薬を運んだこともある。オレはギャンブルやるために金を稼いでるクズ人間だが……それでも、誰かのために仕事ができたら、やっぱり気持ちが良いもんだ。そういう仕事をやったあとに、こうやって吸うタバコが、一番美味い」
そろそろ、朝日が登る。
地平線の先に。
眩しそうに目を細めて、老人は言った。
「オレは今日、人生で一番良い仕事ができた。ありがとよ、お嬢さん」
それは、慰めの言葉ではなかった。
四十年。手綱を握ってきたベテランの運び屋が、一人の死霊術師に向ける、感謝の言葉だった。
「……やっぱり、おじさまはずるいです」
「そうかい?」
「……ええ。殺し文句ですもの」
償えるとは、思っていなかった。
アルカウスが言った通り、自分がやってきたことは何も変わらない。何一つとして、なかったことにはできない。
これから先も背負い続けて、やがて自分の命では償いきれないそれを償って終わることになるのだろう、と。リリアミラは、漠然とそう思って自分の魔法を使ってきた。
それでも、いつかくる終わりのその日まで、自分が明日を生きるために。誰かを幸せにできる何かが、あるのだとしたら。
「……かーっ。やっぱ徹夜明けの朝日は、ジジイの目には染みるぜ」
まるで、年頃の娘のように。泣きじゃくるリリアミラが泣き止むまで、老人は知らんぷりでタバコをふかしていた。
「さて。ペガサス号には無理をさせたから、ここに預けていく。帰りはこのユニコーン号だ」
「角もないのに!?」
絶叫するリリアミラを、アルカウスはまた淡々と簀巻きにして後ろに載せた。帰り道も荷物扱いは変わらないらしい。過酷極まる往復である。
しかし、リリアミラはくすりと笑って、アルカウスに言った。
「おじさま」
「なんだ?」
「一つ、お願いがあります」
「すまねえがいくらお願いされても、乗り心地は変わらねえぞ?」
「いえ、そうではなく」
──ミラさんって世界救ったあと何するの?
「もしもわたくしが世界を救って帰ってきたら。その時は、わたくしに運び屋のお仕事を教えて下さいませんか?」
「おいおい。知ってるぜ。そういうの、死亡フラグっていうんだろ?」
「あらあら……それこそ、無用な心配ですわね」
にっこりと笑顔を浮かべて、リリアミラは言い切ってみせた。
「わたくし、不死身ですから」
◆◆
数年後。
黒輝の勇者が魔王を倒し、世界を救ったという話を聞いても、アルカウス・グランツの仕事に変化はなかった。
世界とは、案外そんなものだ。
リリアミラ・ギルデンスターンの名前は、多くの人々を救った功績により、元魔王軍の四天王ではなく、世界を救った紫天の死霊術師として認知されることが多くなった。とても嬉しいことだと、アルカウスは思う。
──もしもわたくしが世界を救って帰ってきたら。その時は、わたくしに運び屋のお仕事を教えて下さいませんか?
べつに、最初から期待していたわけではない。たった一回。一緒に仕事をしただけの、ただそれだけの関係だ。あんな口約束を、本気にする方がおかしい。
世界を救う。そんな大仕事を成し遂げたのだから、彼女はゆっくりと休んで、幸せな毎日をどこかで過ごしてくれていれば、それで良い。
頭の片隅でそんな風に考えながら、アルカウスはいつものように馬車に荷物を積んで……
「おじさまーっ!」
とうとう、自分もボケたか、と。そう思ってしまった。
空を見上げて、アルカウスは絶句する。
聞き覚えのある声と共に、人生ではじめて目にするモンスターが、翼を広げて降りてくる。
鉄よりも硬い鱗。剣よりも鋭い牙。鳥よりも風を掴む翼。
魔獣の頂点。モンスターの王。ドラゴンと呼ばれる伝説の存在が、一人の美女に足として使い倒されていた。
「おひさしぶりです! わたくし、リリアミラ・ギルデンスターン! お約束した通り、弟子入りに参りました!」
「お、おま、お前……それ、ドラゴ……」
「ええ! ドラゴンです! わたくし、おじさまのように馬をうまく扱える自信はないので……使えるものは使い倒そうと思いまして! とりあえずは、これを馬代わりに使って、おじさまの運び屋のお仕事を、お手伝いしながら学ばせていただこうかと!」
どこの世界に、馬の代わりに竜を使うバカがいるだろうか。現在進行系で、ここにいる。自分の目の前で、ニコニコと微笑んでいる。
アルカウスは、頬を引きつらせた。
勘弁してほしい。こちらはもう、腰の痛みで引退を考え始めている歳なのだ。危うく腰を抜かしそうになるような伝説の魔物を、ほいほい持ってこられても困る。
「お前さん、本気でそのドラゴン使って仕事やるつもりなのか……?」
「とんでもないです! この子だけで仕事ができるとは思っていません」
「ああ……よかった。そうだよな。普通に馬も使って……」
「ご心配なく! そのあたりは抜かりありませんわ! あと九匹躾けてあるので、今は上空で待機させております!」
アルカウスは、腰を抜かした。
ドラゴンが、十匹。
そもそも、数える単位は『匹』でいいのだろうか?
そんなどうでもいい疑問だけが浮かんでくる。
なんかもう、発想のスケールそのものが違った。
「おじさま!? 大丈夫ですか! おじさま!?」
お前のせいだ、お前の。
そう叫び返したかったが、腰に響くリスクを考えて、アルカウスは叫び返すのをやめた。
ただ、約束を守って自分を頼りに来てくれた彼女へ、静かに問いかける。
「……オレが教えられることなんて、たかが知れてるぞ?」
「大丈夫です! わたくし、自分で言うのもおかしいですが、聡明で賢い女ですので。おじさまから学んで、素晴らしい会社を作ってみせます。一を聞いて、十を知り、百を成してみせましょう!」
「ははっ……いいね。そりゃおもしれえ」
アルカウスはリリアミラのことを、生真面目な女だと思っていたが……どうやら違うらしい。
見誤っていた。リリアミラ・ギルデンスターンは、想像よりもずっと破天荒な女だった。
それで良いと、アルカウスは思う。常識に縛られた仕事を続けるよりも、その方がずっとずっと、おもしろい。
ドラゴンを、輸送に使う。
きっと、そんなイカれた空想を現実に変える天才が、世界を変えるのだ。
「そのでけえ図体を有効活用するには、港が欲しくなってくるな。そもそも、降りられる場所も限られているし……お前さん、会社を起こす資金はあるのか?」
「はい。それなりに貯め込んでおります!」
「なら、まずは資金上乗せして借金してでも、でけえ船買うぞ、船」
「船、ですか?」
「ああ。馬に馬車を引かせるのと同じだ。海ならある程度安全に着水できるし、既存の海運のノウハウも利用できる」
人類が、魔術を一つの技術として体系化してから、およそ千年。千年の時を掛けても、人類は空を飛行する技術を一般化できず、交通、輸送の手段として利用することは叶わなかった。
千年を変えるチャンスが、目の前にある。
おもしろい。年甲斐もなく、アルカウスは心の底からそう思った。
「よぉし。やるからには、でけえ会社にするぞ。しっかりついてこいよ、
「はい! よろしくお願いいたします、
「ばぁか。これから、お前さんが社長になるんだよ」
歴史が変わる。
この日、世界にはじめて
こんかいのとうじょうじんぶつ
アルカウス・グランツ
運び屋のおじさん。十五くらいの時から馬の手綱を握っている大ベテラン。ギャンブルとゲームが大好き。女好き。大恋愛の末に貴族の娘だった奥さんの尻に敷かれてからはお小遣いの範囲で細々と楽しむようになったが、二人の子どもが十歳になる前に、流行り病で亡くなってしまう。
あの時、誰かが薬を運んでくれれば。
男手一つで子どもたちを育て上げてからは、率先して困っている村や危険地帯、戦場への物資の輸送を請け負う破天荒ジジイになった。
リリアミラ・ギルデンスターン
どうせ仕事を始めるなら、自分が死んだあとも人々の役に立つ、大事業を。
死にたがりの死霊術師が起こした会社は、世界の物流に革命を起こした。