世界救い終わったけど、記憶喪失の女の子ひろった   作:龍流

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新章です。よろしくお願いします
二巻を読んでいない方はそのまま普通にお楽しみください。
二巻をすでに読んでる方は「ああ、はいはい読んだ読んだ……なんだこの話!?」となってください


世界を救った賢者の決別
もしも自分がもう一人いたら


 もしも自分がもう一人いたとして。

 自分と違うものを食べて、自分とは違う経験をして、自分と違う人と出会って。

 それは果たして、自分と同じ人間と呼べるだろうか?

 なんとなく気になって、シャナ・グランプレは、パーティーメンバーに尋ねてみたことがある。

 

「自分がもう一人いたらどうしますか?」

 

 パーティーの突撃隊長である姫騎士。アリア・リナージュ・アイアラスは、腕を組んで空を見て、たっぷり返答までの時間を取ってから、答えた。

 

「お姫様やって責任を取る自分と、気ままに騎士をやってる自分に分かれて、役割分担するかなぁ」

 

 穏やかな一国の姫君と、領民を守る苛烈な騎士。置かれている立場的にも、そして元々の性格的にも、明らかな二面性を持つ、彼女らしい返答だった。

 

「でもそれ、お姫様やってる方のアリアさんが割を食うというか。ちょっと不公平じゃありませんか?」

「んー、でも結局、シャナが言ってるそれってどっちもあたしなわけでしょう? だったら、自分の選択とか責任とか、そういう選んだものに迷いはないかなって。あたしが二人に増えたら、絶対やれることは増えるしね」

「なんか、ちょっと大人っぽいですね」

「お。シャナもようやく、あたしが頼れるお姉さんであることに気がついたかな!?」

「はいはい」

 

 次に。

 パーティーを見守る立場でありながら最強に近い立ち位置を確立している、見た目だけは幼い武闘家。ムム・ルセッタはその見た目通りに、無邪気に目を輝かせて言った。

 

「すごい。わたしが二人いたら、常に二人で、組手ができる……!」

「いや、そういう話をしてるんじゃないんですよ。質問の意図を理解してくれていますか?」

 

 千年近い時間を生きているはずの拳聖は、やはりどこまでいっても修行のことしか頭にない、生粋の格闘家であった。

 

「でも、シャナ。相手がいない鍛錬と、相手がいる鍛錬は、得られる経験値に雲泥の差がある」

「いやまぁ、たしかにそれはそうかもしれませんが」

「あと、一人で修行してる時よりも、寂しくない」

「ムムさん。結構一人でふらふらしてるイメージあるんですけど、寂しくなったりする時ってあるんですか?」

「もちろん、ある。十年くらい一人で修行してると、かなりさびしい」

「時間の感覚がちょっと理解できませんね……」

 

 さらに次に。

 パーティーの回復役兼盾役兼武器兼財布である死霊術師。リリアミラ・ギルデンスターンは特に悩む素振りも見せずにあっけらかんと言い切った。

 

「どうするというか。そういう結果に落ち着きそうという予想になってしまうのですが。魔王様に味方するわたくしと、勇者さまに味方するわたくしに分かれて、敵味方になって殺し合う気がしますわね」

「うわ」

「うわってなんですの。うわって」

「ドン引きしてるんですよ」

 

 考え得る限りの最悪の返答であった。魔王軍の四天王をやっていた頃からろくな女ではないことを理解はしていたが、蘇生の力を持った魔法使いがそれぞれにいる争いなんて、想像したくもない。血で血を洗う地獄絵図と化すに決まっている。

 

「いやでも、考えてみてください。人生には重大な選択を迫られる、運命の分かれ道とも言える瞬間があります」

「魔王の部下になったり、魔王を裏切ったりですか?」

「ええ、ええ! まさしくその通り! 魔王様を裏切って、勇者さまの味方をしたのが、今のわたくしです! ですが当然、そこで裏切りという決断をしなければ、魔王様に忠誠を誓い続けたわたくしもいたはずでしょう?」

 

 そういったもしもの可能性を現実にできるなら、してみたい、と。死霊術師は言っていた。

 

「あと単純に、勇者さまに捧げるわたくしの愛と、魔王様への愛! 同じわたくしで、どちらの愛が上か勝負できるではありませんか!? 楽しそうだと思いません!?」

「ミラさん。とにかくあなたという存在は一人いれば充分だということがよくわかりました」

 

 最後に。

 パーティーを率いるリーダーである勇者にそれを聞くと、にこやかに笑顔で言い切られた。

 

「二人で世界を救いに行くかな」

「最高につっまんねー返答がきましたね」

「そこまで言われることある?」

 

 シャナがばっさりと切り捨てると、彼はしゅんと肩を落として項垂れた。リーダーの威厳も何もあったものではなかったが、わりとこれが平常運転なのがこのパーティーのおもしろいところであった。

 

「でも、おれ勇者だしなぁ。世界を救わなきゃいけないしなぁ。おれが二人いれば、単純に考えて世界を救うスピードと助けられる数が二倍になるわけでしょ?」

「子どもでももう少しマシな計算しますよ。頭の中お花畑ですか?」

「さっきからなんでそんな辛辣なの?」

 

 しかし、口ではそうは言ったものの。自分がもう一人いたら、迷わず一緒に世界を救いに行くと断言するのは、なんとも彼らしいとシャナは思った。

 

「あ。もう一個。やってみたいことあった」

「なんです?」

「せっかくなら、もう一人のおれと戦ってみたい」

「その発想。ほとんど武闘家さんと同じですよ」

「まじで?」

「はい」

「そっかぁ」

 

 彼はバツが悪そうに頬をかきながら笑った。

 

「まあ、弟子は師匠に似るって言うし」

「そんなところまで似られても困るんですよね」

 

 どうしてこう、このパーティーにはバトルジャンキーしかいないのだろうか。

 

「まあ、最初から『  』さんの答えに期待はしてませんけどね」

「ひどいなぁ」

 

 軽く笑った彼は「でも、それなら」と言葉を繋げて、今度は質問を投げる側に回った。

 

「おれが答えたから答えてほしいんだけど、シャナはどうなんだ?」

「ええ……実際に増えることができる私に、それを聞きますか?」

「だからこそ聞くでしょ」

「……そうですね。まあ、私がもう一人いたら……」

 

 せっかくなので、反撃と言わんばかりに顔を近づけて。小声で耳打ちをすると、勇者は目を丸くしてシャナを見た。

 その顔が、なぜかとてもおもしろくて。笑ってしまったことを、今でも覚えている。

 それはまだ、勇者が魔王を倒して、世界を救う前。

 シャナ達が彼の名前を呼んで、彼もシャナ達の名前を呼べた頃。

 勇者が、自身の名前と、大切な人々の名前を失う前のことだった。

 

 

 

 

「で、赤髪ちゃんは大丈夫なの?」

「え、何がですか?」

「いや、ほら。この前、魔王のあの雷撃魔術とか使ったじゃん? なんかこう、体に悪影響とかないのかなって」

 

 午後の昼下り。俗に言うおやつタイム。

 自分が紙面に載っているファッション雑誌を満更でもなさそうにニコニコと眺めていた赤髪ちゃんは「ああ、なんだそんなことか」と言わんばかりに、ゆったりと頷いてドーナツを手に取った。

 

「大丈夫です! わたしは全然元気です! 一日一発撃つくらいなら、何の問題もありません!」

「うーん」

 

 大丈夫なのだろうかそれは。

 ドーナツを美味しそうに頬張る天真爛漫な女の子が、ともすれば世界を破壊しかねない力を持っているというのは、なんとも不安がある。

 口の端にドーナツの食べかすをつけながら、次の一個を手に取った赤髪ちゃんは、こてんと首を傾げた。

 

「試しに今日の分、撃ってみましょうか?」

「スナック感覚で世界を滅ぼす力を振るおうとするのやめなさい」

 

 試しに、じゃないんだよな。普通に我が家が吹き飛びかねない威力があるからやめてほしい。マジで。

 ていうか、この前は非常事態で仕方がなかったとはいえ、そんな危ない力をほいほい使うのは、この子の保護者としてはちょっと認められない。

 

「実際どうなの、賢者ちゃん。赤髪ちゃんの雷撃魔術って、なんか使ってて体に悪影響とか、そういう心配はないの?」

 

 一個のドーナツを四つに切り分けて、さらにその切り分けた四つの内を一つをちまちまとつまんでいる賢者ちゃんは、おれの質問に対してあからさまに顔を歪めた。

 

「けっ。相変わらず勇者さんは過保護ですね」

「いや、だってさぁ」

「私にもわかりませんよ。雷撃魔術は、稀代の天才であるこの私が、その運用理論の基礎すら解き明かせていない魔術なんですから」

 

 自己評価がすこぶる高いことに定評がある賢者ちゃんだが、常に自信満々でドヤ顔しているだけあって、魔術に関してはトップクラスのスペシャリストだ。身内贔屓になってしまうかもしれないが、この世のすべての魔導師の中で、五指には確実に入るだろう。

 その賢者ちゃんがわからない、使えないと言っているものを、赤髪ちゃんは使えてしまうというのだから、その才能の凄まじさは、簡単には推し量れないものがある。

 

「赤髪ちゃんは雷撃魔術、どうやって撃ってるの?」

 

 おれが聞くと、両手にドーナツを装備して一口ずつ交互に楽しもうとしていた赤髪ちゃんは、一旦それを皿に置いて、わざわざこちらに向き直ってくれた。

 

「えっとですね。まずぐーっと力を貯めて、それをばーっと広げます」

「うん」

「広げたばーっを、ぴゅっとして、きゅーいんともう一回貯めます。ここでぴゅっとするのがわたし的にはポイントです」

「ふむふむ」

「そして、ぴゅっしたヤツに目掛けて満を持して! ドバーンをズドーンです!」

 

 うん。すごいかわいいけど、なんもわかんねえや。

 

「ちっ。これだから本当にイヤになるんですよ、感覚派ってヤツは。それを、共有できるレベルまできちんと言語化する努力ってものをしてほしいですね」

「ぼやいてるわりには賢者ちゃんなんかめっちゃメモってない?」

 

 いつの間にか一人増えた賢者のもう片方がペンを握り、さらさらとノートに筆を走らせている。

 ぐーっやばーっやぴゅっやドバーンやズドーンといった擬音ががメモられていたらどうしようかと思ったが、少し覗き込んでみると、おれには理解し難い専門用語がわんさか書き込まれていた。

 うん。なんかすごそうだけど、なんもわかんねえや。

 

「はーい。おかわりのドーナツ揚がりましたよーっと」

「ありがとうございます騎士さん!」

 

 台所から戻ってきた騎士ちゃんが、ドサァ!と山盛りのドーナツをテーブルの上に置く。

 赤髪ちゃんは目を輝かせたが、二人の賢者ちゃんは「うへえ」と顔をしかめた。

 

「いや、私もうお腹いっぱいなんですけど」

「大丈夫です、賢者さん! わたしが食べます!」

「あ、はい」

 

 賢者ちゃん二人分の食欲が赤髪ちゃん一人に劣ることが一瞬で証明されちまったな。

 

「ていうか、賢者ちゃんももっと食べなよ。大きくなれないぞ」

「こんな油と糖分の塊を摂取して大きくなるのは腹回りくらいのものですよ」

「あ、勇者くん。小麦粉切れそうだったから補充しといたよ。あと、卵も」

「ありがとう騎士ちゃん」

 

 どうでもいいけど、この前の一件から騎士ちゃんがウチの台所に来る機会が増えたというか、なんかもうウチの台所事情を大まかに掌握されつつある気がする。

 

「ドーナツが油と糖分の塊なのは、紛れもない事実。でも、おいしいのも事実」

「そうですね師匠」

「ええ。特に騎士さまの揚げるドーナツは、専門店に勝るとも劣らぬ絶品! わたくしも最近は美容の観点からこういったものは食べるのを控えているのですが、ついつい手が伸びてしまいますわねー」

「あんたは金払えよ」

 

 師匠には頷き、死霊術師さんには罵詈雑言を投げかける。

 この前の事件では散々巻き込まれた上に好き勝手やられたので、おれはしばらく死霊術師さんには厳しくいくことに決めている。

 

「ああ、そういえば勇者さま。お借りした資金、もうお返ししておきましたので」

「え、早くない?」

「わたくし、たとえ身内であってもビジネスが絡むお金のやりとりはきちんとしておきたいタイプなのです。あ、多少返済額には色をつけておきましたので」

 

 言いながら、死霊術師さんは通帳に記された入金の履歴をおれに見せてきた。

 

「……」

 

 なんか、うん。

 めちゃくちゃ増えてる。

 

「え、これ」

「それは返済の利子であると同時に、勇者さまの名前をお借りして事業を再出発させたわたくしからの、ほんの気持ちだと思ってください。もちろん、今後も勇者さまの口座へ定期的に入金させていただきますので」

 

 おれの顔を真正面から見つめ、手を合わせて。

 死霊術師さんは、極めて優秀な仕事のできる女の顔で、問いかけてきた。

 

「ドーナツ代も払いましょうか?」

「死霊術師さん」

「はい」

「今日はいっぱい食べていってね」

「はい!」

 

 騎士ちゃんと賢者ちゃんがゴミカスを見るような目で見てくるが、仕方ない。おれは勇者だが、札束で頬を叩かれると負けることもある。

 いやあ、うれしいなぁ。

 とりあえず今回増えた分は孤児院に寄付するとして、今後も定期的な収入が約束されちまったし、なんかデカい買い物とかしようかな。自家用船とか。

 

「そういえば勇者さん。今日はどうしてみなさんお揃いなんですか?」

 

 一通りお腹を満たして、思考がドーナツ以外にも向くようになったのだろう。赤髪ちゃんの質問に対して、おれはその答えになる紙を差し出した。

 

「あー、ちょっと陛下から『依頼(クエスト)』を受けてね」

「くえすと! だからみなさんに声をかけたんですね!」

「そういうこと」

 

 赤髪ちゃんの顔が、ぱっと輝く。冒険大好きっ子の血が騒ぐのだろう。

 思えば、あのダンジョンの一件以降は、全員で出かける機会というのをなかなか作れていなかった。まだ依頼の詳細はわからないが、陛下曰く「それなりに大きな仕事で、遠出してもらうことになるだろう」とのことだったので、赤髪ちゃんにとっても良い気晴らしになるはずだ。

 気にし過ぎかもしれないが、雷撃魔術の詳細についても旅の中でそれとなく見ておきたい、という気持ちもある。

 

「やっぱり過保護ですね」

「はは。なんのことやら」

 

 賢者ちゃんがさっきとまったく同じ言葉を吐き捨てる。

 ジト目を二人分に増やして向けてくるのはやめてほしい。

 

「まあ、いいでしょう。それで、多忙極まるこの私をわざわざ呼び出すほどの依頼の内容は、一体なんなんですか?」

「それは直接、依頼人から聞くことになってる。ウチを訪ねてくれるってことだったから、そろそろ来ると思うんだけど」

「陛下を通して依頼を寄越してきたとなると、それなりに地位のある人物でしょう」

「へー、どっかの王様とかかもね」

「騎士ちゃんもお姫様だけどな」

「いずれにせよ、世界を救ったパーティーを顎で使おうとは、良い度胸ですね。早くその面を拝みたいものです」

 

 と、言っている側から、控えめに扉をノックする音が響いた。

 

「お、きたきた。はーい、今開けます」

 

 扉を開く。

 

 

 

「あは〜。来ちゃった」

 

 

 

 ものすごく間延びしていて、ゆったりとした、しかし、聞き覚えしかない声が、そこにあった。

 一切の露出がないにも関わらず、その微笑みだけで見惚れてしまうそうになる色香が、そこにあった。

 そして、それらの懐かしさと甘さと美しさをを上回る、たしかな恐怖が心を貫いた。

 反応は顕著だった。

 騎士ちゃんの背筋が、一瞬ですっと伸びる。

 二人の賢者ちゃんが、まったく同じ動作でソファーの上に正座する。

 師匠が、目を丸くして魔法も使っていないのに、動きを止める。

 死霊術師さんが、青ざめて震え出す。

 赤髪ちゃんだけが、何食わぬ顔のまま、ドーナツを頬張っていた。

 

「やっほ〜。みんなひさしぶりだねぇ……元気だった?」

 

 全身から吹き出る冷や汗を拭いたい気持ちをぐっと堪えて。

 おれは、声が震えないように細心の注意を払いながら、再会の言葉を紡いだ。

 

「……おひさしぶりです。『聖職者(プリースト)』さん……」

「あは〜。ゆうくん、声震えてる。かわいい」




こんかいのいらいにん

聖職者さん
ぷりーすとさん。今まで名前とセリフしか出てこなかった最後の元勇者パーティーメンバー。垂れ目で語尾が伸びてるタイプの天然美人さん。胸がでかい。死霊術師さんが加入するまでは、勇者パーティーをシメていた。
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