世界救い終わったけど、記憶喪失の女の子ひろった   作:龍流

14 / 143
裏切り者

 正直に言えば。

 子どもの皮を被ったその悪魔が口にした事実を聞いて、おれは動揺した。間違いなく、心が揺れ動いた。

 コイツが、黒幕なのか。コイツは、いつからおれの側にいたのか。そもそも、何の目的で、あの子をおれと近づけたのか。

 様々な疑問が、頭の中でぐるぐると、ぐるぐると渦巻いて、その結果、

 

「うるせえ」

 

 困惑よりも、怒りが勝った。

 芝居がかった目の前のバケモノのセリフが続く前に、手と足が前に出た。自然に体が動いた、と言った方がいいかもしれない。

 ソレは少なくとも、見た目は子どもの姿をしている。だが、目の前に溢れ出る異常な魔力の気配は、明らかにソレがバケモノであることを示していた。故に、先手必勝。

 的が小さい。しかし、容赦する必要はない。肩を掴み、膝を顔面に入れようとして、

 

「手が早いね」

 

 次の瞬間には、おれの体は十数メートル後ろに飛ばされていた。

 物理的に、ではなく。何らかの特別な力によって、だ。

 

「っ!?」

 

 奇妙な浮遊感から、重力が体に戻って、着地。足が触れて、台座が倒れる。そこに飾ってあったはずの花瓶が、何故か少年の手元にあった。

 空間転移の魔術、ではない。高位の魔導師であれば、短時間で自身や他者の転送も可能だが、いくら短距離とはいえ、これだけのスピードで転送魔導陣を構築できるとは考えにくい。

 

「……魔法か」

 

 正体を現してから、はじめて。得体の知れない子どもの表情に、純粋な驚きの色が浮かんだ。

 

「へえ、びっくりしたなぁ」

「今の一回でわかるなんて、すごいすごい」

 

 パチパチ、と。なんの重みもない軽い拍手の音が響く。

 剣は、部屋の中に置いてきた。拳で戦うしかない。しかし、相手は二人。殴ればなんでも壊せる師匠ならいざ知らず、鈍っているおれの腕では一撃で致命傷を与えるのは難しい。

 不幸中の幸いというべきか、ここは船内の狭苦しい廊下だ。接近はしやすい。片方を組み伏せて、関節を決めれば……

 

「いろいろ考えてるみたいだけど」

 

 視界が、暗転した。

 

「それじゃ遅いよ」

 

 目の前に、朗らかな少女の顔があった。

 咄嗟に交差させた腕に、先ほどのお返しとばかりに、拳が叩き込まれる。みしり、と骨の軋む嫌な音と共に、全身が勢いのままにふっ飛ばされた。

 突き当りの壁に、衝突。息を吐いて、膝をつく。少し遅れて、床に落ちた花瓶が割れる音が響いた。

 

「……ガキのくせに、パワーあるな」

「だって、ガキじゃないもん!」

「人を見た目で判断しちゃダメだって、習わなかった?」

 

 空間を操作する類いの魔法であることは、確かだ。しかし、タネがわからない。

 

「一発入れた程度で、調子に乗るなよ」

 

 強がりと一緒に、血が混じった唾を吐き捨てる。

 

「こわい顔して凄んでみせても、ダメだよ勇者さま」

「こっちの魔法(マジック)は、タネが割れてない。でも、そっちの魔法(マジック)は、全部タネが割れてるんだからさ」

 

 間違いない。コイツらは、おれたちの魔法を知っている。厳密に言えば、おれの魔法を把握している。

 

「ぼくたちは魔法が使える。きみは魔法が使えない」

「これじゃあ、勝負にならない。子どもでもわかることだよ」

 

 子どもの姿で、バケモノはさぞ楽しげに嘯いてみせる。

 

「生憎、こっちは世界を救った勇者なんでね。今さらちょっとばかし格の高い悪魔が出てきたところで、なんとも思わないんだわ」

「強がりもそこまでいくとおもしろいね」

「滑稽だね」

 

 間合いを取っても意味がない。あの空間操作系の魔法の正体を看破しない限り、攻撃の主導権は常にあちらにあると言って過言ではない。

 

「仲間が来てくれるの、待ってるんでしょ?」

 

 しかも、頭までよく回るときた。もう本当に、勘弁してほしい。

 

「ぼくたちとお話をして、時間を稼ぎたい気持ちはわかるけど」

「無駄だよ、仲間はこない」

 

 小さな手を繋いで、バケモノは少しずつ歩み寄ってくる。

 

「だって、きみのパーティー、裏切り者がいるもの」

 

 なんでもないことのように、悪魔は言ったが、

 

「お前ら……」

 

 言葉が、続かない。

 戯言だと。切って捨てるには、その一言はあまりにも強烈だった。

 

「勇者さま、勇者さま」

「世界を救ってから、ずーっと勇者さまのことを見ていたよ」

「魔王様の呪いは、辛かったねぇ」

「でも、もう大丈夫だよ」

「わたしたちが、勇者さまをその呪いから解放してあげるよ」

「……お前らが何を企んでいるにせよ。あの子は、渡さない」

 

 呪いから解放する、とコイツらは言った。

 基本的に、高位の呪詛の解呪は、それをかけた術者にしかできない。

 必然的に、二匹の悪魔は自分たちの目的を声高に宣言していた。

 

 魔王の復活。それが、このふざけた悪魔の狙いだ。

 

「あの子は渡さない?」

「そんなこと言って、勇者さまだって、もう気がついているんでしょう?」

「何に?」

「またまたぁ。とぼけちゃってぇ」

「残念ながら、お前らの正体に気がつけなかったくらい、鈍感なんでね。あんまり察しがいい方じゃないんだ」

「無知を誇れるのは、人間の美徳だね」

 

 少女が笑い、少年が言う。

 

「あの子、記憶喪失じゃないよ」

 

 あまりにも、あっさりと。それを言われた。

 

「……」

 

 驚きはなかった。

 わかっていなかった、と言えば嘘になる。

 

 ──ここがどこなのか。今が何日の何年なのか。自分が誰なのか。そういうことを、まったく覚えていないんです

 

 本当に記憶喪失であるのなら、まず困惑があって然るべきだった。何を覚えていて、何を忘れているのか。あんなにも落ち着いて自己申告できるわけがない。

 

 ──聴覚だけでなく、視覚にも作用する呪い……ということは、感覚器官だけじゃなく、魂そのものに作用するような……

 

 明らかに、魔術の知識があった。呪いがどういうものであるかを理解し、おれの体にかけられたそれを、冷静に分析していた。

 

 ──でも、本物のお姫さまに会うなんて、多分はじめてですよ

 ──わたし、こんなにきれいで良いお洋服を着るの、はじめてだったので

 ──勇者さん勇者さん! わたし、海見るのはじめてです

 ──勇者さん勇者さん! わたし、ドラゴンに乗るのはじめてです! 

 

 はじめて、と。繰り返し言っていた。

 最初は誤魔化していた。だけど、途中からはもう誤魔化せなくなっていた。

 あんなにも、キラキラと顔を輝かせて。自分がそれを見るのが、触れるのが、はじめてであることを、彼女自身が確信していたのは明らかだった。

 

 悪魔の言葉の根拠は、あの子と過ごした時間の中にいくらでも転がっていて。

 だから、反応が遅れた。

 

「殺しはしないよ。そういう契約だからね」

「最後に一つ、教えてあげる」

 

 気がつけば、手を触れられていた。

 

「ぼくは『双子(ジェミニ)』」

「わたしは『双子(ジェミニ)』」

 

 声が、はじめて重なって。

 

 

「「ぼくたち(わたしたち)は『第六の双子(ジェミニ・ゼクス)』だ」」

 

 

 その名を聞くことができた事実に、おれは目を見開いた。

 

「お前、名前を……なんで」

「さあ」

「どうして、でしょう?」

 

 答えを、掴む前に。

 

 

「──哀矜懲双(へメロザルド)

 

 

 告げられた魔法によって、おれの視界は闇に閉ざされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、どうしたんですか、リリアミラさん。折り入ってお話したいことがある、なんて。珍しいですね」

「そうだね。もしかして、勇者くんがいたら話しにくいことなのかな?」

「はい」

 

 勇者と別れたあと。シャナとアリアはリリアミラに呼び出され、その私室に案内されていた。いつもうすっぺらい笑顔を絶やさずはりつけている彼女が、表情に深刻な色を滲ませている。それだけで、二人は居住まいを正した。

 

「単刀直入に申し上げます。わたくしたちの中に、裏切り者がいます」

 

 アリアは片方の眉を吊り上げたが、シャナは表情を少しも動かさなかった。

 

「根拠をお聞きしても?」

「女の勘、と格好をつけてみたいところですが……疑問が確信に変わったのは、賢者さまからお話をお聞きしたあと。わたくしが襲撃に先んじて、悪魔達を討ち取った時です」

 

 あくまでも淡々と、リリアミラは語る。

 

「勇者さまとあの少女の居場所を把握しているかのような、襲撃の手際。先読みとも言える行動の早さ。わたくしは身辺に気をつけていたので、何とか事前に察知できましたが、普通の人間なら寝首をかかれるところですわ」

「ですが、私達の魔法を知らないことはどう説明するんです? 我々を殺すにしろ、最低限足止めするにしろ、それぞれの魔法の性質については、知識として持っていなければ勝負にすらなりませんよ」

「捨て駒、だったのでしょう。もしくは、黒幕もわたくし達の魔法を知らない、新しい存在だった、と考えた方が妥当かもしれません。このあたりの分析については、賢者さまのご意見と一致すると思いますが?」

「そうですね」

 

 顎に手をあてて、シャナは頷いた。

 

「……で、あなたは裏切り者として、私達を疑っている、と」

 

 ぴり、と。いやな空気が、視線の間に満ちる。

 しかし、リリアミラはあっさりと首を振ってそれを否定した。

 

「いいえ。わたくしは、お二人を裏切り者だとは思っていません」

「まって。それって、つまり……」

「ええ。いるでしょう? この場にいない、勇者さまの危機に都合よくかけつけた、得体の知れない女が一人」

 

 視線を落とし、険しく細めて、シャナはその名を口にする。

 

「武闘家さん、ですか」

「はい。わたくしは、あの方が今回の事件の黒幕……裏で糸を引いている人物だと睨んでおります」

「なるほど。あなたの考えはよくわかりました。たしかに、頷ける点も多々あります」

「ちょっとシャナ!?」

「事実でしょう。リリアミラさんの分析は、一応筋も通っています」

「さすが、賢者さま。聡明で冷静ですわね」

「なので、私からも提案があります」

「なんでしょう?」

 

 室内でいつも目深に被っているフードで、シャナの表情は伺い知ることができない。リリアミラは身を乗り出して、賢者の解答を待った。

 

 

 

「本人に聞いてみましょう」

 

 

 

「はい?」

 

 腹に響くような轟音と共に、ドアが蹴破られた。

 

「……心外」

 

 完全に破砕されたドアの破片を踏み砕いて、その少女は部屋の中に踏み入ってくる。

 

「わたし、裏切り者呼ばわりされるようなことなんて、なにもしていない」

 

 どこまでも広がる空色のような髪に、飾り気のない道着。小柄な体に、溢れんばかりの存在感。そんな彼女を、見間違えるわけがない。

 

「ムム……ルセッタ」

「よっ」

 

 ムムは、挨拶という礼を欠かさない。入室する時に扉は壊しても、きちんと片手を上げて死霊術師に振ってみせる。

 リリアミラの頬を、いやな汗が流れて落ちた。

 

「どうして、わたくしの船に。いや、そもそもいつから……」

「勇者、心配だったから、やっぱりこっそりついていくことにした。シャナにも、こっそりついてきてほしいって言われた。船には、離陸する時に飛びついた」

「しかし、魔力探知には何も……」

「わたし、魔力をほとんど外に出さない。でも、ずっとドラゴンの脚に張り付いてたから、ほんと寒かった」

「温めよっか? ムムさん」

「ありがとう、アリア」

 

 アリアが腕を伸ばし、ムムがその手を取る。ほうっ、と息を吐いて、ムムの表情が和らいだ。

 そんな気の抜けたやりとりを、リリアミラは呆然とした表情で見ることしかできなかった。そして、そんな呆然とした表情を見て、黒いローブの肩がくつくつと震えた。

 

「くくっ……ふふふ……あっはははははは!」

 

 震えて、震えて、震えて。

 堪えるのがもう限界、と言わんばかりに。賢者、シャナ・グランプレはフードを引き上げて笑い声を部屋中に響かせた。

 

 

 

「ばぁーか♡」

 

 

 

 そして、見下す。

 賢者は、死霊術師を見下して、言う。

 

「ねぇねぇ、今どんな気持ち? 安っぽい三文芝居を仕掛けて、この場にいない人間を貶めようとして、その本人が出てきてびっくり! 心の底から驚いて失敗して、ねえ、どんな気持ち? どんな気持ちで、そんな涼しい顔を保っているんですかぁ? 私に教えて下さいな!」

「…………そうですわね。いつから、わたくしの目を盗んで武闘家さまと連絡を取り合っていたのか。それが気になりますわ」

「はっ! そんなことですか」

 

 リリアミラの反応が、期待外れだったのか。

 上がりきっていたテンションを、一段落として。シャナは自分の手のひらに刻まれた魔術を見せびらかした。

 

「魔力マーカーですよ。さっきの勇者さんとの会話、聞いてなかったんですか? 私の魔力マーカーは、近距離なら声も拾えます。さっきまでのあなたとの会話は、筒抜けでした。拾った音声はパスさえ繋がっていれば、刻印された側に伝えることも可能ですからね」

「連絡手段はわかりましたが、それでもわかりませんわね。あなたは、武闘家さまと接触する機会はなかったはず。それを一体、どうやって……」

「ああ、私はムムさんとは一度も会っていませんよ。あなたに監視されている可能性があったので、身の振り方には気をつけていました。でも、私とムムさんは接触していなくても、勇者さんとムムさんは接触しているでしょう?」

 

 ムムの手のひらに、勇者と同じ種類の光が浮かぶ。

 そう。ムムは勇者と、握手を交わしている。

 

「まさか……勇者さまの手を握った時に? 間接的に、武闘家さまにも魔力マーカーを仕込んだのですか?」

「はい。だってその人、いつもどこにいるかわからないんですもん。居場所くらいは把握しておきたいでしょう?」

「勇者と握手したら、なんかくっついた。びっくりしたけど、シャナの魔術の匂いがしたから、べつにいいかなって」

 

 子どもに水をかけられた、という調子で、ムムは言う。

 

「……術者自身は指一本触れず、遠く離れた場所から、接触しただけでマーキングをしたのですか?」

「できますよ。私、天才なので」

 

 ない胸を張って、シャナは嘲笑う。

 

「ていうか、語るに落ちてますよ、死霊術師さん。あなた、どうして勇者さんとムムさんが会って、握手をしたことなんて知っているんです? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……」

「答えろよ。クソ女」

 

 シャナの指摘は、全て正しかった。

 困惑と驚きが満ちていた死霊術師の表情から、感情がごっそりと抜け落ちる。

 

「裏切り者がいる。それは、あたし達も考えていたよ。あんまり考えたくはなかったけど、可能性として考えられるなら仕方ないよね」

「可能性が生まれた時点で、私はもう確信していました。それにしてもまさか、こんな手で私達を仲間割れさせようとするなんて、思ってもいませんでしたけどね。そもそもの話、このパーティーに裏切り者がいるとしたら……」

 

 手元に大剣を出現させて、騎士はその切っ先を死霊術師に突きつけた。

 杖を器用に一回転させて、賢者はその照準を死霊術師に向けた。

 

 解答は、一つ。

 

 

「お前に決まってんだろ」

「アンタに決まってるでしょ」

 

 

 つまるところ、リリアミラ・ギルデンスターンは、最初から他のパーティーメンバーに疑われていたのだ。

 

「……はぁ」

 

 両手を挙げて、リリアミラはあっさりと降参の意を示した。

 

「参りましたわ。まさかわたくしが、ここまで信用されていないなんて。せっかく上級悪魔を三匹も潰して、それらしく振る舞ってみせたのに、全て無駄だったとは……悲しくなってしまいます」

「むしろどうして、何を根拠に、どんな理由で信用されていると思ってたんですか? このアバズレが」

「口が悪いよ、シャナ。もっとも、それについては完全に同意するけどね」

「二人とも、気持ちはわかるけど、リリアミラを締め上げて懲らしめるのはあとでいい。今は、目的を聞き出すことが先決」

 

 今にも怒りが沸騰しそうなシャナとアリアを、後ろで腕を組んでいるムムが、言葉で押し留める。

 リリアミラは手を挙げたまま、唯一自由な首で頷いた。

 

「武闘家さまはやっぱり違いますわねぇ。いつも理性的で素晴らしいです」

「伊達に、年は喰っていない」

「その落ち着き、他のお二方に見習ってほしいですわ」

「……リリアミラ」

 

 あくまでも一定のトーンで、ムムは会話を続ける姿勢を崩さない。

 

「わたしは、あなたが何の理由もなしに悪魔と手を組むとは思えない。あなたの目的は、なに?」

「わたくしの目的は、今も昔も変わりませんわ。勇者さまに名前を呼んで、殺してもらう。それだけです」

「イカレ女が」

 

 シャナが毒づく。

 

「なんとでも仰ってくださいな。愛のカタチは人それぞれですから」

「……質問を、変える」

 

 ムムは、組んでいた腕を解いて一歩前に出た。

 

「あの子は、誰? どうして、記憶がないの?」

「……本当にあなたは、一言で核心を突いてきますわね」

 

 それまで侮蔑と嘲りしか含まれていなかった声音に、ほんの少しだけ尊敬が混じる。

 

「お察しの通り、あの子は記憶喪失ではありません」

「記憶喪失じゃない……?」

 

 困惑の声をあげたのは、アリアだった。

 

「あらあら、騎士さまは鈍いですわね。記憶がない、と武闘家さまも仰っているでしょう?」

「でも、あの子は……」

「前提条件が、そもそも逆なのです。なぜなら──」

 

 

 

 

「──失ったわけじゃなくて、最初からわたしには、何もなかったから」

 

 その答えは、リリアミラが言ったものではなかった。死霊術師に向けられていた全員の視線が、声の主を求めて振り返る。

 

 少女が、いた。

 

 触れたものを火傷させてしまいそうな、赤い髪。瞳に写したものを燃やし尽くすかのような、赤い瞳。腰まで届く長髪を靡かせて、いつの間にか、その少女は部屋の入口に立っていた。

 まるで、全てを諦めたような表情で、そこにいた。

 

「……ごめんなさい」

 

 それしか、自分にできることはない。そんな様子で、赤髪の少女はただ、頭を下げる。

 シャナが、アリアが、ムムが。全員が呆然と少女の謝罪を受け入れる中で、唯一リリアミラだけが、彼女の言葉を拒絶した。

 

「おやめください。頭を下げる必要なんてありませんわ。あなた様は、汚れを知らぬ魂に、世界の美しさを刻んでいただけなのですから」

 

 背筋が、凍るようだった。

 リリアミラ・ギルデンスターンの、その恍惚とした視線と尊敬の声が向けられる対象を、シャナは知っている。アリアは理解している。ムムは覚えている。

 世界で、たった二人だけ。勇者と、もう一人。

 

「……説明、してください」

「は? まだわからないのですか?」

「答えろ! リリアミラ!」

「はぁ……やれやれ」

 

 一と一を足せば二になることを、幼子に教えるように。

 世界最悪の死霊術師は、その真実(こたえ)を教えた。

 

 

 

「この少女の魂は、魔王様のものです。わたくしが、悪魔と協力して蘇生させました」




今回の登場人物

・勇者くん
 いろいろ気がついていたが、赤髪ちゃんが楽しそうならそれで構わないと思っていた。根本的に、人が笑っている顔を見るのが好き。最近、パーティーメンバーがちゃんと笑うところを見ていなかったので、少し寂しかった。なので、赤髪ちゃんが笑顔でいることは、彼にとってはなによりも救いだった。

・賢者ちゃん
 シャナ・グランプレ。秘密裏に武闘家さんと連絡を取り合い、上手い具合に死霊術師さんをハメた。増殖した自分と遠く離れた場所からでも連絡、意思疎通を行うために『通信、位置関係の魔術』の開発には、特に力を注いでいる。すでにこの分野に関しては、シャナの右に出る者はいないと言われるほど。勇者くんの手に仕込み、武闘家さんにも仕掛けた触れたら移る魔力マーカーもその成果の一つ。普通にストーカー案件だが、本人の先読みも相まって死霊術師さんの企ての先を行き、嘲笑うことに成功した。

・騎士ちゃん
 アリア・リナージュ・アイアラス。冬の寒さに晒されても、彼女と手さえ繋げばそれだけで安心。まるで身体の芯から温まるような、至福の時間をお届けします。勇者くんと騎士学校に通っていた頃は、この湯たんぽみたいな魔法効果をダシにして、手を繋ぐ理由にしていたらしい。

・武闘家さん
 ムム・ルセッタ。離陸するドラゴンの脚に飛びついて、強風に晒されながらずっとスタンバってました。実は勇者が赤髪ちゃんの水着を選んだりしている時も、バレないように後方保護者面してその様子を眺め、ついでに自分の分の水着も購入して、屋台を食べ歩きしていた。魔法の性質と戦闘スタイルも相まって、魔力探知に引っかかることがほとんどなく、アサシン的なスタイルで敵地に潜り込むこともできる。扉はノリと勢いでなんとなく壊した。勇者の中では殴ればなんでも壊せる枠に入っているらしいが、なんでもは壊せないわ壊せるものだけ、という感じらしい。

・死霊術師さん
 リリアミラ・ギルデンスターン。元凶、その一。最上級悪魔と手を組み、小粒な上級悪魔をけしかけ、裏から糸を引いていた。目的は魔王の復活……というよりも、復活した魔王に、勇者の呪いを解いてもらうこと。ちなみに、リリアミラとしてはパーティーを裏切ったつもりはあまりない。

・赤髪ちゃん
 元凶、その二。魔王の魂だったもの。本来は蘇生不可能だったが、リリアミラとジェミニの魔法を組み合わせることで、強引に呼び戻した。
 最初から失う記憶がないのなら、それは喪失とは呼ばない。





・最上級悪魔くんちゃん
 ジェミニ・ゼクス。第六の双子。元凶、その三。最上級悪魔は原則として人の姿を取るが、彼と彼女が二人で一人なのは、彼ら自身の特性によるもの。上級悪魔と最上級悪魔の違いは明確であり『固有魔法を所持しているか』で決まる。勇者は人の名前を聞けない呪いを受けているが、何故か彼と彼女の名前は聞くことができた。魔王が敗れてから、ずっと勇者の側で潜伏して一緒に遊んでいた辛抱強い頑張り屋さん。



今回の登場魔法
紅氷求火(エリュテイア)
 アリアの固有魔法。湯たんぽ。

哀矜懲双(へメロザルド)
 ジェミニの固有魔法。詳細不明。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。