世界救い終わったけど、記憶喪失の女の子ひろった   作:龍流

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『変身』VS『模倣・形成・回転・拡散・復元……』

「帰る」

 

 目元にうっすらと涙すら浮かべて、元魔王軍四天王第一位、トリンキュロ・リムリリィは言い切った。

 トリンキュロの今回の目的は、純粋な勇者へのリベンジ。

 リリンベラの裏カジノで散々にやられた借りを返すため、入念に情報を収集し、勇者たちが飛行船の実験にかり出されることを掴み、空中で彼らを襲撃し叩き落とせるだけの実力を持つ魔法使いにそれを依頼し、不時着したポイントにてトリンキュロ自身が待ち構える。そういう手筈であった。

 しかし、実際はどうだろうか? 

 たしかに飛行船を落とすことには成功したが、そこにはほぼ全裸の微妙に見覚えのある聖職者が一人。

 勇者の姿も、魔王の欠片の気配も、影も形もない。これでテンションを下げるなという方が、無理な話だ。露出した胸の前を片手で抑え、微笑みながらこちらを見詰めている聖女に向けて、トリンキュロはもう一度言い切った。

 

「ボクは勇者と殺り会いにきたんだ。あいつがいないんじゃ、何の意味もない」

「あはー。それってつまり、見逃してくれるってこと?」

「うん」

 

 トリンキュロ・リムリリィは、魔法使いを喰らうことに対して、常に貪欲だ。

 しかし同時に、トリンキュロは興味を抱いた相手しか、食べる気にならない。相手を理解し、喰らい、己の一部にするという心の在り方が、トリンキュロ・リムリリィの原動力であるが故に。

 編み込んだ髪をいじりながら、また深く溜息を吐く。

 

「ボクの獲物は、勇者とそのパーティーだ。でもおまえ、べつに勇者パーティーじゃないじゃん」

「…………」

「二年前、ボクを倒した戦いにも、魔王様との最終決戦にもいなかった女に……勇者に捨てられた神様のなり損ないに、今さら興味なんて沸かないよ」

 

 ただ端的な事実だけを告げて、トリンキュロは踵を返す。

 見逃してやる、と。

 お前には興味がない、と。

 本当に、どこまでもシンプルな事実のみを告げて、トリンキュロはもはや敵とすら思っていない聖職者に、背を向けた。

 

「あはっ──」

 

 対して、ランジェット・フルエリンは、どこまでも乾いた笑いを吐き出した。

 

「──おい。待てよ」

 

 そうして、次の瞬間には。

 聖職者の拳が、四天王第一位の顔面に突き刺さっていた。

 

 

 ◇

 

 

「やっぱ辺境の山道だからか、そこそこモンスターが多いな」

 

 後ろから奇襲してきた猿っぽいモンスターの急所の頭部に裏拳を叩き込んで吹き飛ばしながら、おれは深く溜息を吐いた。

 

「ね。ちょっと面倒」

 

 目の前に立ちはだかっていた十数匹の群れを大剣の一閃で焼き飛ばしながら、騎士ちゃんも溜息を吐いた。

 

「まあ、そろそろ敵わないと理解するんじゃないですか? ヤツらもバカではないでしょう」

 

 空中を旋回して隙を伺っていた飛行モンスターの大群を片っ端から撃ち落としながら、賢者ちゃんはフードから溢れる枝毛をいじっていた。

 

「食べれる獲物は出てこないんですか?」

 

 黙々とおれたちの後ろをついてくる赤髪ちゃんは、シンプルに目が死んでいた。

 お腹が空きはじめてきたのだろう。かわいそうに。

 

「いやぁ、食える獲物が出てきたらすぐ仕留めるんだけどな」

「そもそも魔物って食べれるヤツあんま多くないもんねぇ」

「大丈夫です騎士さん。この際、味は問いません」

「だめだよ赤髪ちゃん。毒持ってたりするやつもいるんだから」

「大丈夫です騎士さん。この際、毒は問いません」

「問おうよ!? さすがにお腹壊すよ!?」

 

 腹ペコモンスターと化しつつある赤髪ちゃんを、騎士ちゃんがどうどうと宥める。

 このままでは赤髪ちゃんが毒の有無に関わらずなんでもかんでも食べ始めてしまう。空腹を紛らわせるために、少し話題を変えよう。

 

「そういえば、赤髪ちゃんに魔物の説明ってしたことあったっけ?」

「いえ。厳密に聞いたことはない気がします」

「うん。じゃあせっかくだし、説明しておこうか。ちょうど、現在進行系で撃退してるし」

 

 空腹の悲しみに染まっていた赤髪ちゃんの表情に、旺盛な知識欲が混じった。知らないことを積極的に知ろうとするのが、赤髪ちゃんの良いところだ。なんだかんだ地頭も良いし、決してただの腹ペコ食いしん坊キャラではない。いや、知識に対しても貪欲なあたり、やっぱり食いしん坊なのか? 

 

「モンスター、魔物。そういう風に呼ばれる生物の特徴は、大まかに二点。魔力を持っているか。そして、人間を襲うか、だ」

「人を襲う特別な力を持った害獣が、大雑把に魔物という枠に括られているんですね」

「そういうこと。で、やっぱりこういうヤツらに対処するためには、弱点や生態をある程度把握しておくのが、手っ取り早い」

「なんか、みなさんは呼吸するように倒してらっしゃいますけど」

 

 赤髪ちゃんが若干の困り眉で呟く。

 そりゃあ、おれたちは世界を救ったパーティーですからね。そこらへんの魔物には手こずりませんよ。

 

「でも、おれたちだって駆け出しの頃は油断して不覚を取ったり、苦戦したりすることもあったわけだからね。いろいろ知っておくに越したことはないよ」

 

 地面で羽を広げてのびているコウモリに似た魔物を、おれは雑に拾い上げた。

 

「たとえば、賢者ちゃんが叩き落としてるコウモリっぽいこの魔物は、クラムバット。群れで襲ってくるのが特徴なんだけど、もう一つ厄介なのが……」

 

 

 ◇

 

 

 顔面に拳を叩きつけられ、細く整った鼻筋を叩き折られ、地面を数回跳ねるほどの威力で吹き飛ばされても、しかしトリンキュロ・リムリリィは激昂することなく、ただ冷静に態勢を立て直した。

 

「……バカな女だなぁ。ボクが見逃してやるって言ってるんだから、そこは大人しく見逃されておけよ」

 

 何もなければ見逃してやろう、と。そう考える程度には、トリンキュロ・リムリリィはランジェット・フルエリンに対して興味を抱いていなかったが、あちらから喧嘩を売ってきたのであれば話は別だ。

 悪魔にとって、人間はただの餌。餌が吠えてくるのは、思い上がりが過ぎる。

 舌打ちを一つ。鼻から垂れる血を舌で舐め取って、トリンキュロは生まれたままの姿で拳を握り締める聖職者を冷めた視線で値踏みする。

 

「あは〜。あなたがランジェを見逃すのは勝手だけど、ランジェがあなたを見逃す理由はないんだよねぇ」

「ちぢこまって謙虚に生きるのが人間の長生きのコツだって習わなかったのかな? 無駄にでけえ乳に栄養取られて頭が回ってないんじゃないの?」

 

 吐き捨てる言葉の毒とは裏腹に、トリンキュロの思考は目の前の相手を確実に喰らうため、静かに回り始めた。

 

(コイツの変身魔法の手札は、昔の戦いで大まかに割れている。間合いを取った場合は、ドラゴンに変身してブレスを吐く大味な遠距離攻撃。ボクの『青火燎原(ハモン・フフ)』で拡散してやれば、まったく脅威にはなり得ない)

 

 折れた鼻筋を『自分可手(アクロハンズ)』で整形し直す余裕すら保ちながら、トリンキュロは次の一手を見極め、やや開いた間合いを保つ。

 案の定、何かを吐き出すように大きく口を開いたランジェットは、

 

「『──ァ』!!!」

 

 声にならない、不可視のそれを、トリンキュロに向けて叩きつけた。

 

「なんっ……! ぐっ……!?」

 

 堪らず、トリンキュロは膝を折る。

 感じたのは、頭痛と不快感。そして、平衡感覚の、喪失。

 

 

 ◇

 

 

「クラムバットは、鳴き声がそのまま武器になる」

「鳴き声が、ですか?」

「そう。コイツが放つ音波をまともに浴びると、ひどく気分が悪くなる。ただし、効果範囲はもちろん限られているから、届く距離に近づかれる前に倒すのがベター」

「聞いてしまったらどうなるんですか?」

「うーん、なんていうか、すごく酔う感じかな? 転送魔導陣で赤髪ちゃん酔ったことあったでしょ? あれのひどい版だと考えてもらえればいいよ。吐き気が出て、頭が痛くなって、視界がぐらぐらする。まったく戦えないわけじゃないけど、ベテランの冒険者でもかなりしんどくなるのは間違いない」

「ちなみに食べれますか?」

「だめです。肉は硬くて食えたものじゃないしほとんど可食部はありません」

 

 

 ◇

 

 

(この女ァ……予備動作なしで、ボクが認識できない音の攻撃を……!)

 

 膝を折り、頭を抑えるトリンキュロは奥歯を噛み締めた。ドラゴンのブレスが来る。そんな予想を、完全に逆手に取られた。

 おそらく、変身したのはクラムバット。用いたのは、魔力を帯びた音波の攻撃。通常のクラムバットの放つ音波なら、悪魔であるトリンキュロの肉体に大きな影響を及ぼすことはない。だが、ランジェットが人間のサイズで放つそれは、変身の過程で明らかに効果と出力が引き上げられている。

 トリンキュロの防御の要を担う『青火燎原(ハモン・フフ)』は、触れたものを『拡散』させる。故に遠距離攻撃のほとんどは無効。

 だがそれは魔法の原則に則って『触れた』という認識が追いつく場合の話だ。

 

(拡散が自動(オート)じゃないのがこんな形で裏目に出るか。やってられないね、まったく……)

 

 頭痛も、平衡感覚の消失も、込み上げる吐き気も。トリンキュロにとっては、ひさしく感じていないもの。戦闘を妨げる、明確な障害になる。

 しかし、問題はない。

 

「そんなモンスターの猿真似で、このボクを仕留められるとでも思ってんのかよ」

「思ってないよ」

 

 嫌味を効かせた問いへの返答は、否定。軽く言い捨てたランジェットは、トリンキュロに向けて右腕を無造作に伸ばした。

 そして、瞬きの内に()()()()()()()()が、ある程度の距離を保っていたはずのトリンキュロを、あっさりと捉えた。

 

 

 ◇

 

 

「あれは……蛇ですか? 勇者さん」

「うん。あの師匠が振り回して遊んでるヤツは、ギルラング。俗に魔長蛇とも呼ばれてる。普通に人間を丸呑みできるくらいの大蛇だけど、最大の特徴は……めっちゃ伸びること」

「伸びるんですか!?」

「伸びるよー? 今でも十分長くてデカいけど、さらに伸びる。最大で、通常の体長の五倍は伸縮できるのが特徴なんだ」

「でもそれなら、皮とかは丈夫そうですね。防具とかに使えるのでは?」

「おっ。察しが良いね赤髪ちゃん。その通り。こいつの皮は伸縮性に富んでいて滅多なことじゃ破けないから、高く売れるよ」

「で、食べれるんですか? 蒲焼きとかにできませんか?」

「絶対にだめです。致死性の猛毒持ってるから食えません」

 

 

 ◇

 

 

 腕に絡みつき、噛みついたその大蛇を見て、トリンキュロは目を見開く。

 

(腕だけを蛇に……ギルラングに変身させたのか!? 随分と小器用な真似を……! いやそれよりも、体を魔物に変えるのが、はやい!)

 

 蝙蝠の声で動きを鈍らせ、距離を詰めることなく蛇の腕で間合いを補う。

 その組み立ての多彩さも称賛すべきだが、トリンキュロがなによりも異常に感じたのは、ランジェットの変身の()()()()()()()()だった。

 勇者のパーティーの一員であった頃の彼女を、トリンキュロはよく知っている。その変身魔法に、ある程度のタイムラグとインターバルが必要であったことも、朧気に記憶していた。だが、眼前で魔法を振るう聖職者は、抱えていたはずだったそれらの弱点を、完全に克服している。

 トリンキュロの中で、認識が書き変わる。

 この魔法使いは、昔よりも強くなっている。その力を、増している。ランジェット・フルエリンは、明確に自身の魔法を磨き上げ、進化している。

 それらの事実が、戦闘においてはスロースターターであるトリンキュロ・リムリリィのテンションを、引き上げて昂ぶらせる。

 

「それで捉えたつもりかは知らないが……ボクに()()()るんだよなァ! おまえもっ!」

 

 噛みつかれた箇所から回っていく毒の悪寒を感じ取りながらも、トリンキュロは声高に叫んだ。

 

「燃やせ! 紅氷求火(エリュテイア)ァ!」

 

 色魔法の模倣。カラーイミテーション。引き出した魔法は、アリア・リナージュ・アイアラスの紅氷求火(エリュテイア)

 一瞬で変化し、引き上げられた温度によって、華奢な腕に絡みついていた大蛇の血液が一瞬で沸騰し、燃え上がる。同時に、片腕の機能の喪失と引き換えに、高温によって毒が無力化される。

 魔法戦において、相手に触れて攻撃をするということは、相手の反撃を受けることと同義。肉を燃やすたしかな手応えに、トリンキュロはせせら笑う。

 必然、自らの腕を大蛇に変身させていたランジェットも紅氷求火(エリュテイア)による高熱に晒されて──

 

「腕を捨てるのが、自分だけの専売特許だとでも思ったぁ?」

 

 ──そんな必然を、聖職者は微笑み一つで塗り替える。

 

 トリンキュロは絶句する。

 すでに聖職者の右腕は影も形もなく、躊躇なく踏み込んだ左腕が、トリンキュロの腹部を穿つ。小柄な体が、また冗談のように吹き飛ばされる。

 その打撃の重さと躊躇のなさに、トリンキュロは苦い笑みを浮かべた。

 

(生物に変身させた部位を自切して、魔法の影響を切り離した、か)

 

 魔法戦においては、相手と接触してしまった身体の部位を即座に切り捨てて、魔法効果を遮断するのも一つの戦術だ。

 できれば、の話ではあるが。

 それは奇しくも、体の部位を使い捨てる戦法を好むトリンキュロと、同じ思考である。

 

「……いいねぇ! 楽しくなってきた!」

 

 心の高揚をもはや隠そうともせず、身を踊らせた空中。トリンキュロは両手を合わせて、獲物に向けて照準する。

 

「喰い破る猪牙に、蜂起する回転を……混ざれ。イミテーションクロス──」

 

 彼女には見せたことのない、合成色魔法。

 触れた相手を穿ち、捩じ切る弾丸の牙。

 

「──『猪突蜂天(ファング・ビーネ)』」

 

 トリンキュロが指先の五発を発射したのと、ランジェットが顔を上げたのは、奇しくも同時だった。

 聖職者は、回避を選択しなかった。

 ただ、どこから取り出したかわからない()()()()()を咥える口の端が、明白に釣り上がる。瞬間、欠けたはずの聖職者の右腕が、ぶくぶくと歪な音をたてて、膨れ上がった。

 

 

 ◇

 

 

「あ、このモンスターは知ってます! スライムです! 騎士さんが苦手なやつですね!」

「そうそう。騎士ちゃんが苦手なやつ」

「この子、すごく小さいですね。わたしの手のひらサイズしかありません」

「薄い緑色か。ちょっと変わった色してるね。騎士ちゃんも見てみる?」

「あ、やめて。あたしごめんスライムほんと無理だから。こっちに近づけないでもらっていい? ていうか早く消して」

「殺意高いですね」

「まあ、昔いろいろあったからなぁ……でも赤髪ちゃん、スライムは意外とめずらしい魔物なんだよ。そんなに害があるわけでもないし、冒険者の間では会えたらむしろラッキーみたいな話があるくらいで」

「ラッキーじゃない! そんなぶよぶよしたやつ、全然好きじゃない!」

「……と、まあ普通に嫌いな人もいるし、大型の個体はちょっと厄介かな。デカいスライムなんて、最近はほとんど見ないけど」

「強いんですか?」

「強いっていうか、倒しにくい。ほぼ水の塊みたいなもんで、斬ったり殴ったりの攻撃が効きにくいからね」

「で、食べれるんですか?」

「食べれません。絶対お腹壊すよ」

「……しかし、冷やしてゼリーっぽくすれば、あるいは?」

「どうしてもやりたきゃ騎士ちゃんの魔法で冷やしてもらいな」

「絶対に触りだぐないっ!」

 

 

 ◇

 

 

 トリンキュロの疑問は、多かった。

 

(クスリかっ! 何をキメた!? あの教団由来のものなら、絶対にろくでもない……というか、どこから出した? 胸の谷間にでも仕込んでたのか? )

 

 この戦闘の真っ只中に、何かを補給した理由。それが、体に及ぼす作用。純粋な隠し場所への疑問。

 それらへの回答を得る間もなく、トリンキュロが撃ち放った『猪突蜂天(ファング・ビーネ)』はランジェットの肥大した右腕に突き刺さり、回転し、捻じれて、

 

「あはっ」

 

 いくら捻じれたところで、()()()()()()()()()()()()()()には、何の意味もない。まるで水の中に、矢を放ったように。絶大な貫通力と破壊力を誇る手指弾丸が、あっさりと飲み込まれる。肉を突き穿ち、骨を捩じ切るはずの合成色魔法が、取るに足らない弱小モンスターへの変身だけで、いとも簡単に潰される。

 そして、空中から地面へ。重力に引かれて着地するトリンキュロを、魔物の右腕が待ち構えていた。

 

「これ、返すよぉ」

「まっ……!」

 

 トリンキュロの呼吸が、止まる。

 『猪突猛真(ファングヴァイン)』の突進。蜂天画戟(アピスビーネ)の回転。合成した『猪突蜂天(ファング・ビーネ)』に付与した魔法効果は、不定形のスライムという仮初の水槽の中で、問題なく継続している。

 受け止め、方向転換されたそれらが、トリンキュロに向けて撃ち返される。

 

「ぐぉおおおおおおおあああ!?」

 

 腹に、全弾が命中。着弾した五発はトリンキュロの小柄な体を引き千切り、上半身と下半身を二つに引き裂くには十分すぎる威力を誇っていた。

 絶叫を吐き出し、壊れた人形のように地面に転がった最上級悪魔を見て。

 ランジェットは勝ち誇ることすらなく、静かに言い捨てた。

 

「ね〜、早く起きたら?」

 

 復元の魔法……『因我応報(エゴグリディ)』発動。

 身体的な損傷がすべて復元し、今までの攻防のすべてがなかったものになって、巻き戻る。

 むくり、と。無造作に起き上がったトリンキュロは、首を回して聖職者を見た。

 スライムへの変身の応用だろうか。ランジェットの全身……首から下は、薄く黒い塗膜のようなものに、完全に覆われていた。その豊かな胸の起伏や肉付きの良い身体のラインはそのままくっきりと浮かび上がっているが、皮一枚下の肉体がどのように『変身』しているのかは、もはや窺い知ることはできない。

 

「……ああ。裸が恥ずかしいっていう自覚はあったんだ」

「ランジェ、聖職者だからね〜。あの下品な死霊術師みたいに肌は見せないことにしてるんだぁ」

「良い心掛けだと思うよ。ぼくもあの下品な死霊術師のような安直な露出は好きじゃない」

 

 妙なところで意気投合しながらも、トリンキュロは凝り固まった体を一度ほぐすように、肩を回した。

 

「……きみさぁ」

「なに?」

「強くなったね」

 

 油断していた、とか。

 隙があったとか。

 そんな言い訳を重ねることはいくらでもできたが、しかしそれらもすべて己の心の在り方であることを理解しているトリンキュロは、そんな言い訳を口にしない。

 戦闘開始から、数分の駆け引きで回復の要である『因我応報(エゴグリディ)』を使わされた。

 ただ客観的に、数多の魔法使いを喰らってきた最上級悪魔は、純粋にその事実を評価した。

 

「魔法の切り替えがはやくなった。変身する魔物の使い分けも的確で、無駄がない。全身を変身させるだけじゃなく、部位ごとの変身も淀みなく、繊細だ。なによりも……連携を前提としない単独での戦闘の組み立てが、抜群に上手くなっている」

「あは〜。急に早口だ〜。キモい〜」

「誰を参考にしたのかな?」

 

 トリンキュロの質問に、ランジェットはすぐには答えなかった。

 ただ微笑んだまま、見かけだけは人間の形に戻った指先を真っ直ぐに正面へと向けた。

 

 

 

「あなただよ。トリンキュロ・リムリリィ」

 

 

 

 再生を前提とした身体の使い捨て。様々な魔法の使い分け。多彩な魔法の組み合わせ。単独で敵を圧倒する戦闘の組み立て。

 奇しくも、ではない。

 現在のランジェット・フルエリンの戦い方は、意図的に四天王第一位を……トリンキュロ・リムリリィを目指し、一年以上の時間をかけて、作り上げてきたものだ。

 

「ランジェはねぇ。魔王とは戦えなかったから、ずっとずっと……ずーっと考えてたんだ」

 

 そう。ランジェット・フルエリンは、ずっと考え続けていた。

 自分は、彼に置いていかれた。

 弱かったからだ。頼りなかったからだ。

 自分を大切にしてくれようとした彼は、自分のことを想ってくれた結果、自分をパーティーから外すことを選択した。

 どうすればよかったのだろう? 

 強ければ、よかったはずだ。

 では、どれくらい強ければ良かったのか?

 あの旅の中で、最も強く、おぞましく、恐ろしく、強かったのは、どんな敵だったか? 誰であったか?

 ランジェットの答えは、一つしかなかった。

 

「一人であなたに勝てるくらいに強くなれば、ゆうくんも旅の途中でランジェを捨てたことを、もっともーっと、後悔してくれるんじゃないかなって〜」

「……それ、本気で言ってる?」

「あは〜、冗談だよ〜」

 

 ランジェットは笑う。

 トリンキュロは、笑えない。

 その聖職者の笑みがどのような意味合いを含んだものなのか、理解できない。

 

 

「でも、あなたに勝てるっていうのは、ほんとかも〜」

 

 

 理解できないものこそ。

 トリンキュロ・リムリリィは、喰らいたくなる。

 

「……訂正しよう。ランジェット・フルエリン。ボクはきみに、興味が湧いてきた」

 

 勇者が率いたそのパーティーは、たしかに世界を救った。

 紅蓮の姫騎士、アリア・リナージュ・アイアラス。純白の賢者、シャナ・グランプレ。黄金の武闘家、ムム・ルセッタ。紫天の死霊術師、リリアミラ・ギルデンスターン。

 彼女たちは勇者と共に戦い、魔王を打ち倒し、世界に平和と安寧を取り戻した。

 しかしそれは、あくまでも一つの結果の話だ。

 もしも、彼女たちと肩を並べるほどの才能を持つ魔法使いが……彼に選ばれなかった魔法使いが、その後悔と無念を原動力に、己の魔法を磨き続けていたとしたら? 

 

「きみの魔法(こころ)、食べてもいいかな?」

「悪魔じゃ神様には勝てないって、証明してあげるよ」

 

 翡翠の輝きは、赫の頂点に、届き得る。




こんかいの登場モンスター

『クラムバット』
コウモリ型の魔物。捕獲レベル9。
小型ながらそこそこの凶暴性と、群れで襲ってくる厄介さを併せ持つ。独特な発声器官をもち、魔力を帯びた音波で獲物の動きを鈍らせて仕留める。炎熱系の魔術が弱点なので、音波の届かない遠距離から攻撃するのが一般的な対処法。
肉は筋張っていて固く、可食部も少ないため食用には適さない。

『ギルラング』
大蛇型の魔物。捕獲レベル17。
人を丸呑みするほどのサイズと、一噛みで大人を動けなくするほどの猛毒を併せ持つ危険なモンスター。魔長蛇の異名でも知られている。最大の特徴は、一瞬で伸縮する胴体。間合いを見誤った相手に、素早い伸縮を伴った毒牙で襲いかかる。なめした皮は様々な防具や日用品に利用される。が、換金を目的にした経験の浅い冒険者が返り討ちに逢うことも多い。
身には毒があるため、当然食用には適さない。

『スライム』
粘液の塊のような魔物。捕獲レベル1以下。ただし大型の個体は異なる。
そこまで積極的に人を襲うわけでもないため「厳密に区分するなら魔物ではないのでは?」と言われることもある弱小モンスター。しかし、稀に見る大型の個体は積極的に捕食行動を取る上に打撃や斬撃も通用しないため、かなりの難敵。よく官能小説のネタにされている。
細菌や雑菌やよくわからないものをたくさん含んだ水分の塊であるため、当然食用には適さない。

『ランジェット・フルエリン』
ゆるふわ正論巨乳おねーさん聖職者。捕獲レベル測定不能。
全身だけでなく、体の部位を細かく様々なモンスターに変えて襲いかかってくる。変身のタイムラグも極めて小さく、目を離した次の瞬間には別の生き物に変わっているレベル。やわらかくおだやかな笑みで獲物を惑わし、己の手中に収めることを喜びとしている。
勇者を食べようとしている。




漫画版の三話が更新されております。

https://to-corona-ex.com/episodes/143727209498122

騎士ちゃん回です。具体的にはパンツが見れます。是非


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