世界救い終わったけど、記憶喪失の女の子ひろった   作:龍流

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姫騎士は勇者のケツを叩く

 捕縛されてから一夜が明けて、牢屋生活。二日目。

 

「あー、騎士ちゃん、調子どう?」

「良くも悪くもないよ。こんな感じで捕まるの、ひさびさだなーって感じ」

「ならよかった……いや、よくはないけど」

 

 同じ牢に入れられたおれと騎士ちゃんは、冷たい床に寝そべりながらぼんやりとそんなやり取りをしてた。

 会話をさせてくれる自由が担保されているのはありがたいことだが、どうにも空気が悪い。地下だから換気が悪いとかそういう話ではなく、単純におれと騎士ちゃんの間の雰囲気が気まずい。

 

「えーと、騎士ちゃん」

「なに?」

「なんというか……すいません」

「それ、何に対する謝罪?」

 

 じっとりと、湿度高めな声で聞き返される。

 

「こんなことに巻きこんで」

「それはべつにいいよ。勇者くんの隣にいたら厄介事に巻き込まれるのは、いつものことだし」

 

 ああ、でも……と。

 軽めの口調で否定を接続に使って、騎士ちゃんは言った。

 

「賢者ちゃんのことは、やっぱり……ちゃんとあたしにも話してほしかったなあ」

「……ごめん」

 

 幸いなことに、時間だけはたっぷりあったので。これまでの大まかな事情は昨夜、既に話し終えてある。

 おれと賢者ちゃんの村での一件。賢者ちゃんの過去のことも、あの仮面野郎に言われた『白花繚乱(ミオ・ブランシュ)』の欠陥も。

 話し終えた上で「どうしてそういう大事なことをもっと先に言わなかったの?」とすげえ冷たい声音で言われた。まったくもって、返す言葉もない。

 

「いやな思い出だろうから、話したくないのもわかるけどさ。でも、前もって聞いてたら、やっぱり違ったと思うよ。いろいろね」

「いや、ほんと……ごめん」

「あはは。ごめんしか言わないのはずるいなぁ」

 

 こちらを向く騎士ちゃんの口元に、金髪の一房がかかる。

 

「それで、勇者くんは大丈夫? 無理してない?」

「……多分、おれは隠しておきたかったんだと思う」

「それは、魔法で増えた賢者ちゃんが、たくさんいたってことを?」

「それもあるけど……いや、それ以上に、おれがあの時、たくさんの人を助けられなかったってことを」

 

 取りこぼしたものが多すぎて、そんな自分が情けなくて。だから、おれは今の賢者ちゃんを大切にすることで、あの日の自分が助けられなかったものを、忘れようとしていた。償おうとしていた。

 

「埋めあわせようと、していたんだ」

「……なんでもかんでも、すべてが救えるわけじゃないよ。今までの冒険だって、そうだったでしょ? 手を伸ばしたもの、全部を救えるのなら、それはもう神様だよ」

「それは、そうだなぁ」

 

 こちらも苦笑する。逆立ちしたって、人間の勇者が神様になれるわけがない。それこそ、聖職者さんじゃあるまいし。

 賢者ちゃんがパーティーメンバーに加わったあとも、おれが救えなかったものはたくさんある。数えきれないほどのものを犠牲にして、前に進んで、血反吐を吐きながらもっと前へ、さらに前へと進んで。そうやっておれたちは魔王を倒して、世界を救った。

 だからこれはやっぱり、おれ個人の心の問題なのだと思う。

 一番最初に、救えなかったもの。一番最初に、助けたかったのに、助けられなかったもの。

 おれと賢者ちゃんの出会いの記憶は、言い換えてしまえばそんな思い出だから。

 

「勇者くんは、あの二人をどうしたいの?」

「……おれは」

「名前をね。呼ばれたんだ」

 

 ぽつり、と。

 騎士ちゃんは呟いた。

 

「勇者くんがもう呼べない名前を、アイツは呼んできた。はっきりと。昔みたいな口調で。それだけで、あたしは固まって、何もできなくなっちゃった」

 

 あの日、賢者ちゃんの魔法で増えたもう一人のおれは、他のパーティーメンバーのことをほとんど知らない。

 おれがその後、神様だった聖女さまをさらって仲間にしたことを知らない。

 おれがその後、千年の時を生きる武闘家に弟子入りしたことを知らない。

 おれがその後、絶対に死なない死霊術師と血で血を洗う殺し合いを演じたことを知らない。

 おれがつい最近、元魔王の女の子をひろったことを知らない。

 でも、現在のパーティーメンバーの中で、賢者ちゃんを除いて、たった一人だけ。賢者ちゃんに出会う前から共に旅をしていた、騎士ちゃんのことだけは、もう一人のおれも知っている。

 そして、言い換えるなら、一番最初に仲間になってくれた騎士ちゃんだけが。

 おれの隣にずっと居てくれた彼女だけが、もう一人のおれのことを、よく知っている。

 

「良い様に利用されたのはわかってる。あの勇者くんが、今は敵なのもわかってる。でもね、あたしはやっぱり思ったよ。昔みたいに名前を呼ばれて、笑いかけられて」

 

 そういう意味では、賢者ちゃんよりも騎士ちゃんの方が、おれの葛藤や迷いに寄り添ってくれるのは、ある意味必然で。

 それは、どこか懐かしむような声だった。

 

「ああ、やっぱりこの人も、あたしが知ってる勇者くんだったんだな、って。そう思ったよ」

 

 魔法によって生まれた、もう一人のおれ。

 本物とか偽物とか。そういう話ではない。今まで、違う時間を生きてきた、もう一人のおれ。

 

「……騎士ちゃんはどうしたい?」

「えー、そうだなぁ……とりあえずアイツには昏倒させられたし、顔の形が変わるくらいまでボコボコにしたいかな? ほら、勇者くんと見分け付いたほうがいいし」

「……」

「勇者くん?」

「ああ、はい。そうですね。おれもそう思います」

 

 騎士ちゃんの声は、底冷えする床よりも冷たかった。勘弁してほしい。

 

「ていうか、それをあたしに聞くのはずるいよ。自分のことは、自分でちゃんと決めなきゃ」

 

 しかも、耳が痛いお説教まで貰ってしまった。

 なら、きちんと答えを出さなければ、もっと怒られてしまう。

 

「おれは……あの二人を、助けたい」

「こんなひどいことされてるのに?」

「うん」

「あたしも気絶させられてるのに?」

「いやそれはほんとにごめんなさいっていうか、おれがおれに代わって謝るっていうか」

「うそうそ。冗談だよ」

 

 うそつけ。絶対ちょっと怒ってただろ。

 

「まあ、勇者くんがそう言うなら仕方ないなあ、うん。仕方ない。そういうことなら、あたしも力を貸しましょう」

「いつもありがとう、騎士ちゃん」

「どういたしまして。まあ、方針が決まったとして、まずは脱出しなきゃいけないんだけど……」

 

 まずはそれである。おれたち二人は手枷を付けられている上に、ここは地下深くの牢だ。まずはなんとかして自由の身になりたい。最低限、鍵の一つでも奪わなければお話にならない。

 と、そこで足音が近付いてきて、牢の鍵が開いた。

 

「入れ。お仲間だろう」

「いやん。えっち……」

「黙って入らんか! まったく……」

 

 声を荒らげながら、見張り役がそれを地下牢の中に放り込む。おれと騎士ちゃんの前に、肌色の物体が転がされた。どうにも見覚えのある肌色だった。

 

「勇者さま、騎士さま。ご無事で何よりですわ。わたしくしが助けに参りました」

 

 というか、見覚えのある全裸の死霊術師さんだった。

 

「何しに来たの?」

「無論、お二人を助けに参りました」

「どうなったの?」

「ご覧の通り捕まりました」

「馬鹿なの?」

 

 アホのテンポがよすぎる。

 檻の外で、見張り役がやれやれと頭を振る。

 

「その格好のおかげで、妙なものを隠し持ってないか調べる必要もなかったが……まさか素っ裸で仲間を助けに来るなんて。世界を救った勇者パーティーってのは、どいつもこいつもこんなイカれたヤツばっかなのか?」

「すいませんそれは違うので訂正してください」

 

 とんだ風評被害である。しかしあきれた様子の門番さんは、そのまま階段を上がって上に戻ってしまった。

 

「ふふ……うまくいきましたわね」

「どこが?」

 

 騎士ちゃんが呆れた表情で、全裸で身動きの取れない死霊術師さんの体をゴロゴロと転がす。

 

「落ち着いてくださいまし、騎士さま。わたくしがこのような醜態を晒しているのには、理由があります」

「全裸が醜態なら死霊術師さんはいついかなる時も全力で醜態でしょ」

「外では武闘家さまが脱出の準備を進めております。わたくしはそれをお二人に伝えに来たのです」

 

 おれと騎士ちゃんは黙って顔を見合わせた。どうやら、さすがになんの考えもなしに全裸で助けに来て捕まったわけではないらしい。

 

「賢者さまと魔王さま。勇者さまと騎士さまがそれぞれ別に捕らえられていることは事前に探っておりましたので、スムーズに救出に移行するべく、まずはこうしてお二人に会いに来た次第です」

「でもよくおれたちの牢に連れて来られたね?」

「ええ、それはもうがんばりました。わたくし、捕まったあと、死ぬ前に勇者さまと一目会いたいと泣き喚きましたので」

「死霊術師さんは殺しても死なないでしょ」

 

 騎士ちゃんの冷たいツッコミが冴え渡る。

 

「まあ、いいや。とりあえず助けに来てくれてありがとう」

「どういたしましてですわ〜!」

「それで、おれたちはどうしたら良い? 師匠が動くのを待って動く?」

 

 問いかけに、死霊術師さんは首を横に振った。

 

「いいえ。それでは脱出の手が足りません。申し訳ありませんが、お二人には自力でこちらから出ていただきます」

「いや、あたしたちもそうしたいのは山々だけど……脱出しようにも方法が」

 

 手枷で魔力と魔法を封じられている以上、ここから逃げ出せたところで先が続かない。

 

「はい。ですので、脱出に必要なものを、このわたくしがお持ちしました」

 

 にこやかにそう言われて、ようやく気付く。

 ああ、なるほど。たしかに、死霊術師さんなら、それが可能だ。

 

「鍵をピッキングできるものとか、その口の中に入ってるのかな?」

「ええ、もちろん。敵に捕まった時の必需品ですわ」

「じゃ……お言葉に甘えて」

 

 腹ばいに伏せって、死霊術師さんが大きく開いた口の中に、おれは躊躇なく手を突っ込んだ。後ろ手に拘束されてあまり自由が効かない手のひらで、懸命に必要なものをまさぐる。

 率直に言おう。多分、絵面的には中々アウトな光景である。

 

「ふぁ……あ」

 

 事実、見守っている騎士ちゃんは赤面しているし。なんか死霊術師さんはえっちな声出してるし。

 

「ちょ……勇者くん! もっとテキパキやれないの!?」

「いやこれ結構難しくて……」

「うぶっ……はぁ……勇者さまの(手)、おっきい……」

「死霊術師さんわざとだよね? 絶対わざとだよね?」

「牢屋の中で無理やりというこのシチュ……ふふ、正直滾ります」

「吐け。喉ちんこまで指突っ込んでやるからさっさと吐け」

「あ、冗談です騎士さまたしかにわたくし女の子に無理矢理組み敷かれる状況も大好物ではありますが、あまりにも力尽くなのはちょ……うぉえ、ぶおっ!?」

「騎士ちゃん騎士ちゃん! 出ちゃう! それ以上は違うもの出ちゃうから!」

 

 おかげさまで、脱出には無駄な時間を要した。

 

 

 ◇

 

 

 さて、問題はここからだ。

 

「これからどうする?」

 

 アリアは隣で門番を組み伏せ、絞め落としている勇者に問いかけた。

 

「そうだなぁ。とりあえず、赤髪ちゃんと賢者ちゃんの救出を最優先」

「障害は?」

「言うまでもなく、もう一人のおれと賢者ちゃん。あとは、最上級悪魔が一体。近接戦でタフなタイプ。魔法のタネが割れてないから、簡単に倒せないかも」

「あとは、例の仮面野郎が厄介そうですが……そちらについては、わたくしと武闘家さまで陽動をかけて引き付けます」

「いいの? 死霊術師さん」

「ええ、お任せください」

「じゃあ、よろしく。それならあたしは……」

「いたぞっ! やはり逃げ出している!」

 

 方針を言い切る前に、鋭い声に遮られる。

 振り返ると、通路の奥からわらわらと、武器を携えた仮面のエルフたちが現れた。

 

「うわぁ。もう見つかっちゃったよ」

「なんということでしょう。わたくしが見事な潜入を果たした意味が無に帰してしまいましたわね」

「死霊術師さんは全裸にひん剥かれて牢屋の中でゲロ吐いただけでしょ」

「まあ、遅かれ早かれ時間の問題だったし、仕方ないよ」

 

 アリアは、勇者とリリアミラを庇うようにして、一歩前に出た。

 

「勇者くん。死霊術師さん。ここはあたしが引き受けるから、先に行って」

「いいの? 騎士ちゃん?」

「わかりました。では、お願いいたします」

 

 すたこらさっさと逃げ出したリリアミラとは反対に、彼は少し心配そうな顔で、こちらを見てきた。

 アリアは、深くため息を吐く。

 そして、少しやりすぎなほどに満面の笑みを浮かべて、勇者の尻を思いっきり引っ叩いた。

 

「いいっ……てぇ!?」

「まったく……そんな顔してないで、さっさと行く」

 

 基本的に、勇者はあまり迷うことがない。

 彼が思い悩むのは、大抵の場合自分のことではなく、仲間のことについて。

 そして、悩んでるくせに、その方針は彼の中で最初から決まっている場合がほとんどだ。

 救う。助ける。

 それ以外の選択肢は、彼には存在しない。

 だから思い悩む彼が立ち止まってしまった時は、ほんの少しだけ背中を押してやればいい。

 

「やりのこしてきたこと、あるんでしょ? なら、ちゃんとやってきなさい」

 

 もういい加減、長い付き合いだからわかる。

 すっと。その一言で彼の表情が引き締まり、切り替わった。

 

「ありがとう。頼む!」

 

 ようやく、彼の言葉から「ごめん」が消えた。

 これでよし。謝られるよりも、感謝された方が、ずっとずっと気持ちいい。

 去っていく勇者の背中を見送って、アリアはぼさぼさになっている金髪をごりごりとかいた。

 それにしても。

 なんというか。

 自分で言ってしまうのは、おかしな話かもしれないが。

 

「はぁ……まいったなぁ。いい女だなぁ、あたし」

 

 でも、貧乏くじだよね、とまでは口に出さずに。

 武器を構えるエルフたちを、姫騎士は静かに見据える。

 

「大人しく、牢に戻っていただけませんか? アリア・リナージュ・アイアラス姫殿下」

 

 先頭の槍を持った一人。その立ち姿だけで手練れだとわかる、リーダーらしきエルフが、アリアの名前を呼んだ。

 

「あれ? あたしの名前、聞いてるんだ」

「はい。我らが長より、聞き及んでおります。長にとって、あなたは特に大切なお方だと」

 

 かちん。

 アリアは思い出す。

 そういえばあの男は、リリアミラにもムムにも容赦しなかったくせに、最初に自分を狙って、気絶させるだけに留めていた。

 

「これ以上暴れられるなら、我々も実力行使に出ざるを得ません。武器も鎧もないあなたに、そんな真似はしたくない。どうか、賢明なご判断を」

「……うん。なるほどね」

 

 飾り気のない下着姿で、完全武装の集団と向き合う姫君は、静かに笑った。

 

 

 

「舐めやがって、だね」

 

 

 

 どこまでも、獰猛に。

 一閃。

 ただ横薙ぎに振るわれた一閃だけで、熱風が吹き荒び、側面の壁が吹き飛び、エルフたちを圧倒した。

 シンプルな下着姿だったアリアの手には、一瞬で炎の大剣が出現し、艶やかな肌色を蒼銀の鎧がゆっくりと覆い隠していく。

 魔力が宿った遺物装備の特徴は、契約者しか扱えないこと。

 そしてなによりも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()こと。

 武器を取り上げ、服を剥いだところで、意味はない。魔法と同様に、適切な捕縛と拘束を行わければ、猛獣はあっという間に檻を食い破って暴れ出す。

 囚われの姫の姿は、瞬きの間に、完全武装の騎士に変化する。

 

「ひ、怯むな! 捕らえ……っ!」

 

 無造作に振るわれた大剣の腹が、槍を圧し折り、先頭のエルフを壁にめり込むオブジェに変えた。峰打ちと呼ぶには、あまりにも無造作な一撃だった。

 

「ごめん。先に謝っておくけど、今のあたしはちょっと機嫌が悪いんだ」

 

 頭兜の下で、アリアは自嘲気味に笑う。

 思い返せば、あのカジノでの戦いから、いいところがなかった。

 トリンキュロに負け、もう一人の彼に良い様に心を揺さぶられ、あっさりと捕まってしまう始末。

 たるんでいる。抜けている。まったくもって、情けない。

 これでは、勇者の背中を守る騎士として、申し訳がたたない。

 

「あたしを止めたければ、最上級かもう一人の勇者(あのバカ野郎)を連れてこい」

 

 世界を救ったパーティーの反撃がはじまる。




☆アリア・リナージュ・アイアラスの取り扱い説明書
・お姫様のように大切にしましょう。大切にされないと拗ねます
・騎士のように頼りましょう。頼られないと拗ねます
・自分の弱いところを見られるのは嫌いですが、弱ってる人を元気づけるのは得意です。弱ったら頼りましょう
・面倒見がいいです。たくさん甘えましょう
・スライムは苦手です。守ってあげましょう
・料理は得意です。出されたものは完食して美味しいと伝えましょう
・戦闘は得意です。なるべく隣に立ってもらって、背中を預けましょう
・朗らかで明るい性格です。たくさん話して、たくさん笑いましょう
・一度折れると落ち込み、うじうじと思い悩み、いつまでも引き摺る暗い性格です。たくさん元気づけてあげましょう
・怒るとこわいです。怒らせないようにしましょう
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