世界救い終わったけど、記憶喪失の女の子ひろった   作:龍流

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最高と最悪

 魔女のとんがり帽子が、風を受けて揺れている。

 

「んんっ……引き受けたから仕方ないとはいえ、面倒そうだな、これは」

 

 ハーミット・パック・ハーミアは、すこぶる機嫌が悪かった。

 ハーミアが勇者たちを助け出すために買って出た役割は、敵の足止め。文字にしてしまえば極めてシンプルだが、その実態は数十人以上の魔術を扱うエルフを単身で相手取ることを意味する。

 事実、屋根の上であぐらをかく行儀の悪い魔女は、既にエルフの魔導師たちに完全に包囲されていた。ネズミの一匹ですら、この囲みから抜け出すのは困難だろう。

 

「人間の魔導師。悪いことは言わん。投降しろ」

「こちらも好き好んでお前たちを殺すつもりはない」

「杖を捨ててくれれば、命までは取らない。我々の誇りに賭けて約束する」

 

 意外にも、最初に勧められたのは降伏だった。

 口々に告げるエルフの言葉に、ハーミアは大きな欠伸を一つ。噛み殺して、深く息を吐く。

 

「なんというか……アレだな。お前らエルフも丸くなったな。あのバカ弟子二号のおかげか? 昔はどいつもこいつも人間見下してる感じだったのに、変わろうと思えば変わるもんだな」

 

 ハーミアの言葉に、彼らにも迷う気配があった。

 

「我々が望むのは、平穏な暮らし。ただそれだけだ」

 

 それは、そうなのだろう。

 彼らは、嘘を言っているわけではない。

 虐げられてきたからこそ、望む生活がある。手にしたい幸せがある。

 しかし、ハーミアはいっそ慎ましいとも言える彼らの願望を一言で切って捨てた。

 

「都合良く言い換えるなよ。バカ弟子二号のずるっこい魔法に頼って楽して生きていきたい……の、間違いだろう?」

 

 魔女は、眼下で杖を構えるエルフの魔導師たちを見下ろしながら、吐き捨てる。

 

「投降しろ、と言ったな。そりゃ逆だ」

 

 深緑の瞳が、鋭利な敵意を剥き出しにする。

 

「おい、羽虫ども。まだアタシの機嫌が良いうちに、杖を捨てて地面に頭を擦りつけろ。そうすれば、互いに余計な魔力を労さずに済む」

 

 最強と謳われる、四人の賢者。

 その一角が放つ威圧感を前にして、しかしエルフたちも一歩も退かない。

 互いに、覚悟はできているようだった。

 

「……残念ながら、話しても無駄なようだな」

 

 エルフたちが、動く。

 ルーシェが自身の魔法によって増やし、大量生産された質の良い杖が、一斉に構えられる。

 臨戦態勢。敵のそれに合わせて、ハーミアはゆったりと立ち上がった。

 屋根の上で背筋を伸ばす魔女に、逃げ場はない。エルフたちが放つ魔術を避ける術もない。

 故に、ハーミット・パック・ハーミアは防御も回避も、最初から選ばなかった。

 

「まぁ、とりあえず……全員その杖を下ろせ」

 

 パチン、と。魔女の指先が音を鳴らした。

 十数にも及ぶ、魔術攻撃の射出音が響いた。

 先手必勝。攻撃こそが、最大の防御。

 

「……ハァ」

 

 肌が焼け付くような緊張が流れる中、艶のある唇から漏れる吐息が、その空気を弛緩させる。

 結果は、なによりも明快だった。

 杖が落ちた。

 ハーミアの攻撃によって、彼女を取り囲む全員の杖が、落とされた。

 それが、答えだ。

 エルフたちの攻撃よりも、ハーミアの攻撃の方が速い。否、より正確に言うならば……エルフたち全員の攻撃よりも、ハーミアの魔術の方が速かった。

 

「まったく、本当に欠伸が出る」

 

 つまらなそうなその口調とはどこまでも対照的に、魔女は嘲笑う。

 数で優位を取っていたはずのエルフたちは、攻撃のチャンスすら得ることができなかった。

 指先を鳴らす。たった一つのそのアクションで、ハーミアは自身を包囲する魔導師すべてを無力化してみせた。

 防御を思考する暇はなかった。放たれたことにすら、手の甲を穿つ痛みがなければ気付けなかった。その事実に、エルフたちは息を呑み、言葉を失う。

 それは、特別な魔術ではない。むしろ、初歩中の初歩とも言える砂岩系の魔術。小石ほどの礫を相手に向けて魔導陣から撃ち放つ、殺傷性の薄い攻撃であった。

 ただし、それらの初級魔術は、杖を握る魔導師の手に向けて、まったくの同時に、正確無比に放たれていた、という注釈を付け加えなければならない。

 

「話にならん。魔術に長けたエルフ族が雁首揃えて、反応すらできないのか。アタシの教室の生徒なら、即刻全員落第だな」

 

 ハーミアは鼻を鳴らす。

 一般的に、魔導師が一度に行使できる魔術は、基本的に一つ。多くて二つか三つだと言われている。予め学習した魔導陣を杖を用いて展開し、魔術を行使することは、糸であやとりをする行為に近い。魔導陣とは、基本的には両手で形作るものであって、片手でそれを結ぶのは曲芸、同時に三つの糸を張るのは、足の指まで利用するような、イカれた芸当に等しい。

 今の一瞬。ハーミアが一秒未満で展開した魔導陣の数は、合計三十七門。

 もしも、シャナ・グランプレが同様の魔術行使を求められた場合、まだ年若い天才賢者は、それを簡単に達成するだろう。ただし、そのためには魔法によって三十七人に増えなければならない。

 つまるところ、王国最強の賢者が三十七人に増えてはじめて行える芸当を、ハーミット・パック・ハーミアという魔女は、たった一人、指先一つで行っていた。

 

「一つ。無学なお前たちに講義をつけてやろう」

 

 パチン、と。また指が鳴る。それだけで、地面に足をつけていたエルフの半数が、腰まで地面に呑み込まれた。

 

「現代における魔術戦において、まず最初に考えなければならないのは、数の優位だ。攻撃の威力や範囲、その出力に若干の差があったとしても、魔導師が展開できる魔導陣は、基本的には一人一門。多くて二門。天才でも、まあ三か四が関の山だろう。つまるところ、数的優位は、原則としてそのまま火力の差に直結する」

 

 地面はまずい。

 そう判断したまだ戦意を失っていない勇敢なエルフたちは杖を拾いあげ、空中へ飛んだ。

 

「おお、飛べるやつもいんのか。いいぞ! 数的優位が戦略的に有効である以上、アタシという個人戦力に対して包囲、殲滅という選択をとったお前たちの判断は、そこまで悪いものではない。これが記述式の問題だったなら、花丸はダメでも三角を付けて中間点をくれてやってもいいかもしれん」

 

 それでも、満点には程遠い。

 何故なら、その解答には「相手がハーミット・パック・ハーミアであった場合」という仮定が抜けているからだ。

 

「なまじ飛べてしまうから、空中で優位を取ろうとする。アタシに対して包囲が有効でないことは、先ほど身を以て痛感したはずなのにな」

 

 パチン、と。三度指が鳴る。それだけで、飛翔を試みようとしたエルフたちは突風によって地面に叩き伏せられた。そして、そのまま地面に呑み込まれ、自由を封じられる。

 攻防はない。駆け引きも存在しない。ただ淡々と、一方的な制圧が完了する。

 

「殺しはしない。あの死霊術師の魔法でどうせ蘇生できるとはいえ、命を奪うとアタシの夢見が悪くなる」

 

 ハーミアの魔術は、決して特別なものではない。その魔導陣に、特別な仕掛けが施されているわけでもない。

 ただ起動が早く、とてつもなく正確で、運用に無駄がなく、途方もなく数が多いだけ。

 それは、魔導師の基本を、愚直に突き詰めただけに過ぎない。だからこそ、彼女と対峙するエルフたちは、その底知れない研鑽の深さを垣間見て絶句する。

 

「やれやれ。本当に、クソつまらん仕事だ」

 

 勝てない。勝てるわけがない。

 これを化物と呼ばずして、何を化物と呼べばいいのか。

 ハーミアは、決して簡単ではないこの役目を「つまらん仕事」だと言い切った。

 当然だ。一流の魔導師を超える魔力を持つエルフが、高々数十人程度集まったところで、四賢の魔女にとっては準備運動にすらなりはしない。

 

「とはいえ、アタシが勇者や馬鹿弟子に直接手を貸しに行けば本末転倒だしな。せっかくだし、このまま最上級悪魔とやらを拝みに行くか」

 

 

 

「じゃあここは試しに一つ、俺と少し遊んでくれねぇですかい?」

 

 

 

 

 不意に背後からかけられた声に、ハーミアは即応した。

 今まで指先一つで済ませてきた起動をあっさりと放棄し、杖を構えて本気で撃ち放つ。

 しかし、それまで放たれたどの魔術よりも巨大な火の玉を、声の主は片手であっさり打ち消した。

 片手で、である。

 

「出てきたな。待ってたよ。クソイケメン」

「何を仰ってるやら、さっぱりわかりませんなぁ! 別嬪のねえさん! あんたと会った記憶もねぇが、どこかで顔を合わせたことでも?」

「おいおい。照れるなよ。()()()()()()()()()()()じゃあないか!」

 

 ハーミアの、その言葉が答えだ。

 瞬間、動きが僅かに鈍った仮面の行商人の頭を、ムム・ルセッタの拳が殴りぬいた。

 完璧な奇襲。完璧な不意打ち。しかし、ハーミアの傍らに降り立ったムムは舌打ちを一つ。

 

「仕留められなかった」

「ま、この程度で殺せりゃあ、なんの苦労もないわな」

 

 土煙の中から、男がゆったりと立ち上がる。

 

「あいたたた……これはこれは、武闘家のねーさん。昨日ぶりですなぁ」

「よっ」

「あれだけ丁寧にぶっ飛ばして差し上げたのに、こんなに早く戻ってこられるとは……一体、なんの御用で?」

「ん。もちろん、リベンジ」

「ははぁ、左様で」

 

 ゴキゴキ、と。体を鳴らしながら、仮面の男は頷いた。叩きつけられた岩盤は大きく穴が空いてるような有様だが、ダメージは見られない。

 

「さて、と……『解けろ』」

 

 すっと。彼が指先を向けた瞬間、エルフたちを拘束していた魔術が解除され、囚われの身が自由になる。

 

「あ、みなさんは逃げてくださいな。ここ、これから危ないんでね」

「くっ……すまない」

 

 三々五々に散っていくエルフたちを、ハーミアは追わなかった。

 

「あれえ? 追わなくていいんですかい?」

「追おうとしたらその瞬間にアタシ殺すだろ、お前。お前と真正面から対峙した時点で、他のことに構ってる余裕なんざないんだよ」

「つれねえ人だなぁ。まあたしかに、目の前でエルフなんぞに浮気されちゃあ、男が廃るってもんで。後ろから撃ち抜いて終わりですけどね」

「試してみるか?」

「おーおー、それじゃあ……」

 

 仮面の男の姿が、忽然と掻き消える。

 

「お言葉に甘えて」

 

 魔術なのか。魔法なのか。

 一瞬でハーミアの背後を取った仮面の男は、銃口のように伸ばした人指し指を、彼女の背中に。心臓の裏に、突きつけた。

 

「はい……『バァン』」

 

 呟いた瞬間。しかし指先から発射されたそれはハーミアの体を穿つことなく、岸壁を貫通するに留まった。

 ムムが、仮面の男の腕を拳で打ち上げたからである。

 

「うはっ……反応はや!?」

「お前は、遅い」

 

 ムムが言いながら打った拳には、命中するという確信があった。しかし、避けられる。

 意識の外。本能と理性でこれは当たると確信した攻撃が避けられる、致命的な違和感。

 

「申し訳ねぇけど、近接は苦手でね」

「撃ち合いがご所望かぁ!? なら、存分に付き合うといい!」

「げ!」

 

 ムムの背後で、魔導陣の発射準備が整う。しかし、ムムは避けようともせず、ハーミアもまたそれらの魔術攻撃にムムを巻き込むことに、何の躊躇もなかった。

 

「味方ごとかよ!?」

「味方ごとだよっ!」

 

 ハーミット・パック・ハーミアが選択したのは、炎熱と迅風の複合魔術。簡潔に言ってしまえば、それは最も殺傷力と速度がある、高等複合攻撃術式だ。

 炎の竜巻が、幾重にも仮面の男に直撃し、そして直撃の度に彼はそれらを、腕でかき消す。

 

「お生憎様ですなぁ。どんなに優れた魔術でも、こっちにゃ効かないってわかってるでしょうに……あ!?」

 

 仮面の男のその余裕を。

 

 

「甘い」

 

 

 千年の経験が、塗り替える。

 すべて着弾したはずの炎の竜巻が、時間差でもう一発。まるで静止していた時間から動き出したように、襲い掛かる。

 

「なんっ……!?」

 

 ハーミアは最初から、前衛のムムを巻き込むつもりで攻撃を放っていた。ムムもそれは想定済み。受けた攻撃を静止の魔法で止め、時間差でターゲットに向けて流す。

 

「急造にしちゃあ、良い連携だろう?」

 

 意趣返し、と言わんばかりに。背後を取ったハーミアの魔術を、仮面の男は体を捻って避ける。

 

「むん」

 

 避けたところに、武闘家の一撃が遂にクリーンヒットした。

 仮面の男の体が、まるで錐揉みするように地面を転がり、のたうち回る。

 

「ぐっはぁ……これは、洒落にならない痛み!」

 

 そして、その顔を覆っていた仮面が、遂に砕けて割れた。

 

「ようやく素顔が御開帳だな。クソイケメン」

「あーあ……くそったれ。この仮面、結構気に入ってたんだけどなぁ」

 

 口調も声音も、がらりと変わる。

 仮面の下から出てきたのは、ムムの想像以上に柔らかで端正な顔立ちだった。

 

「……ねぇ、ハーミアさん。あなた、二人がかりとかプライドとかはないわけ?」

「プライド? もちろんあるさ。今頃、犬の肛門から排出されてると思うがな」

 

 ハーミアはせせら笑う。

 

「アタシはなによりも勝つことの方が好きでね。そのためならプライドなんざ速攻で犬の餌だ」

「勘弁してほしいなぁ……」

 

 砕けた仮面を完全に放り捨てて、男は息を吐く。

 ハーミアの隣に並んだムムは、彼女に尋ねた。

 

「知り合い?」

「おうとも。アタシと同格の魔導師だよ。認めたくないはないがね」

 

 ハーミアは遂に、彼の名を口にする。

 

 

 

「かつて魔王に魔術を教えた唯一の師……世界最悪の、裏切りの賢者。口遊むシャイロック。お前は何が目的だ?」

 

 

 

 世界最高の魔導師の問いに対して。

 世界最悪の魔導師は、白髪をかき上げて、薄く微笑んだ。

 

「すいませんね。()()()()()に教える気はないわ」

「そうかい。なら、黙って消えろ」

 

 四賢。清澄のハーミア。

 四賢。口遊むシャイロック。

 黄金の武闘家。ムム・ルセッタ。

 魔術と格闘の頂点たちが、向かい合う。

 

「消えろ、と言われてはいそうですかと退くわけにはいかないんでね。ここは少し、しっかり仕事をさせてもらいますよ」

 

 油断なく杖を構えるハーミアを、小馬鹿にするように。

 シャイロックは何も持たない右腕をかざし、その魔法の名を告げた。

 

 

「──黄奇怪怪(ショウ・クィン)




Q.知らない戦闘シーンと魔法があるけど?
A.文字数制限のないWeb版なら削った戦闘シーンも見せられなかった魔法も出し放題である。

今回登場した賢者のみなさん

ハーミット・パック・ハーミア
四賢。清澄のハーミア。その偉業から、人類最高の魔導師と呼ばれる。元が天才なのに努力家で、しかも人に教えるのも上手かったせいで、魔術という分野におけるありとあらゆる能力値がカンストしてるヤバいおばさん。
この世界の魔術は基本的に
①魔術を刻んだ魔導陣を学習し、覚える
②実際に使いたい魔導陣を起動する
③杖というデバイスを通して魔力を供給
④魔導陣に刻まれた魔術が発動する
というプロセスを踏むため、魔術の同時使用は二つから三つが限界……なのだが、ハーミアは一人で同時に三十以上の魔術の高精度同時運用が可能。
NARUTOで例えると賢者ちゃんが影分身して螺旋丸を複数人でがんばってたくさん作ってるのに対し、ハーミアは指先一つで螺旋丸を作れるので、両手合わせて十個の螺旋丸を同時生成して遊べる感じ。とても強くてすごい。ただし口が悪い。

シャイロック
四賢。口遊むシャイロック。
魔王様に雷撃魔術を教えた、魔術の師。その所業から、人類最悪の魔導師と呼ばれる。ハーミアの魔術を片手で無力化したり、師匠の打撃が効かなかったり、色魔法持ちだったりと、いろいろと強い。
魔王様のことが好き。

ムム・ルセッタ
コイツらなにやってるかわかんねぇな……たくさん殴るか
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