世界救い終わったけど、記憶喪失の女の子ひろった   作:龍流

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すいません
私事でクソ忙しかったり夏休みが夏休みじゃなかったり、チー付与にハマったりしてて更新遅れました。半分が好きです


口遊むシャイロック

 魔法には、魔術のような厳密な定義分けは存在しない。

 しかし、いくつかの種類に分けることはできる。

 通常の魔法と、色魔法。触れた瞬間に即死する魔法と、即死しない魔法。

 見ただけでその効果がわかる魔法と、わからない魔法。

 ムム・ルセッタは千年の時を生きてきた仙人。こと、戦闘における経験値でムムに勝る魔法使いはこの世にほぼ存在しない。

 対峙する四賢の発する強烈な圧力。それを感じ取ったムムは、シャイロックの『黄奇怪怪(ショウ・クィン)』が色魔法である事実を即座に看破し、そして同時に困惑した。

 彼が魔法の名を告げた、その瞬間。周囲一帯を飲み込むかのような、強烈な炎の息吹が吹き出したからだ。

 

「これは……」

 

 渦巻く炎を、静止の魔法で捌いて避ける。呟く声に、驚きが滲む。それは、アリアの『紅氷求火(エリュテイア)』のような広範囲に高火力をばら撒く魔法、ではない。そもそも、炎を出したのはシャイロックではなかった。

 薄く笑みを浮かべる賢者の傍らに忽然と姿を現したのは、一体の巨大なドラゴン。しかもその竜は、見覚えのある剣呑な面構えをしていた。

 見覚えのある、というか。つい先日空にて激戦を繰り広げ、叩き落としたばかりのドラゴンだった。

 

「お前だったのか。わたしたちの船を、落としたのは」

「あれは本当にすまなかったと思っていますよ。まあ、そっちもうちのかわいいペットを随分痛めつけてくださったようなので、そこはおあいこということで、ね?」

「よくほざく」

 

 地面に叩きつけられた借りは返すぞ、と。そう言わんばかりに、怪物の咆哮が響く。

 飛行船にドラゴンをけしかけてきたのはこの優男だった。一つの事実を認識するのと同時に、ムムはいくつかの可能性を思考に加えた。

 まず第一に、最も高い可能性。シャイロックの魔法が、手駒となるモンスターを自由自在に『召喚』ないし『使役』できるかもしれない、ということ。敵の頭数が無制限に増えていくのは、純粋な脅威だ。

 第二に、シャイロックがまだこのドラゴンのような強力な大型モンスターを付き従えている可能性。これはさらに最悪だ。

 そして、第三に。シャイロックの『黄奇怪怪(ショウ・クィン)』の魔法効果が『召喚』でも『使役』でもない可能性。これが、もっとも最悪だ。

 そんな諸々の可能性を考慮し、考えを巡らせた上で。

 

「まあ、殴ってから考える、か」

「あららぁ」

 

 それらの思考を投げ捨てて、シンプルな力技を……ゴリ押しを選択できるのがムム・ルセッタの強さだ。

 迷いのないムムの突貫を見て、シャイロックは端正な顔立ちを引き攣らせた。地面を蹴り、駆け抜ける。モンスターの王であるドラゴンに向けて、正面からの突撃。あまりにも命知らずなその行動も、黄金の武闘家にとっては、最短最速で敵を殴るための一手に過ぎない。

 足元を跳ね回る小さな敵を踏み潰そうと。前脚を振り上げた巨竜の動きが、止まった。

 ムムに触れられる。たったそれだけで、対象は『静止』するという無慈悲な結果を強制される。そして、止まった相手を殴ることは、なによりも容易い。

 一撃。下からの突きあげるようなアッパーが、竜の顎にクリーンヒットした。

 

「よし」

 

 邪魔なドラゴンは牽制した。このまま間合いを詰めれば、それを操る本人を殴れる。

 思考ですらない。そんなムムの脊髄反射のような最短の攻撃に対して、

 

「やれやれ。中身は年喰ってるくせに、見た目通りのわんぱくさだ」

 

 シャイロックは己の魔術を応じる答えとした。

 ムムは、目を疑った。

 その手元に、魔力を制御するための杖はない。

 にも関わらず、巡る魔力が収束する。

 その傍らに、魔力を出力するための魔導陣はない。

 お構いなしに、迸る魔力が導かれる。

 両手を構えることすらせず、ただ悠々と。シャイロックが行った動作は、たった一つだけ。

 

 

「大地よ。『湧き登れ』」

 

 

 言葉を紡ぐ。

 たったそれだけで、大地が丸ごと捲れるように。隆起した地面が壁となって、ムムの接近を阻んだ。

 

(砂岩魔術……! 威力も範囲も、シャナの大技並み)

 

 魔術の原理はわからない。それでも、感じ取れた。シャイロックが扱うその魔術が、異常そのものであり、明らかに危険であることくらいは、本能で理解できた。

 だが、避けられる。いくら壁を作ったところで、自分の拳なら砕くことは容易い。

 

「むんっ!」

 

 そうして、接近を阻む土の壁を打ち砕いた瞬間に、ムムはようやく理解した。

 これは、時間稼ぎだ。

 そこにあったはずのシャイロックの姿は、いつの間にか忽然と消えていた。

 

(どこに……?)

 

 

 

「我が風に、命を宿す」

 

 

 口遊む。

 声だけが、聞こえた。

 

 

「頬を切る荒風。牙を折る豪風。黄金を蝕む嵐」

 

 

 口遊む。

 声だけが、響いた。

 

 

「千の研鑽。見据えて我が手で打ち砕く。天を仰ぎて無に響く」

 

 

 口遊む。

 声だけが、笑っていた。

 

 

 

「『破空断金(はくうだんきん)』」

 

 

 背後。どのような手を使ったのか。どんな魔術を用いたのか。達人であるムム・ルセッタの背後に、シャイロックは刹那のうちに回り込んでいた。

 振り返ったムムの目に映ったのは、男にしては細い指先だった。人差し指に力を込めて、親指でそれを留める、シャイロックの指の先。

 それは俗に言ってしまえば、でこぴん。

 大人が、子どもを凝らしめるために額を打つ、小さな小さな戒め。

 ぴん、と。指が弾かれた、その瞬間。

 

「っ!?」

 

 触れない指先が、当たった。

 指先一本分の攻撃。たった指一本分の動作しか起こしていないにも、関わらず。

 ムムは、それを止めることができなかった。

 小さな身体が一瞬で吹き飛ぶ。勢いを殺せず、木の葉のように宙を舞って、もみくちゃにされる。

 

「おっと」

 

 ぎりぎりだった。

 岸壁に叩きつけられ、激突するその前に、即座に三枚の魔導陣を展開したハーミアがやさしくムムの身体を受け止めた。間一髪。助け舟を出した魔女が、ムムの隣に降り立つ。

 

「大丈夫かい。お師匠さん」

「む。問題ない。助かった」

「いや、すまん。アタシもきっちり説明しとくべきだった。ただ、ヤツの魔術に関しては、体験してみた方が早いとおもったんでね」

「……先生に、質問」

「お師匠さんに講義するのは恐れ多いが、アタシでよければお答えしよう」

「今のアレは、なに?」

「結論から言ってしまえばアレは、あんたに当たる攻撃、だ」

 

 先程のシャイロックと同様に──杖を構えて魔導陣を展開し魔術を使うという手順を踏んで、だが──砂岩魔術で土の壁を作った。分析を口にするだけの時間を作ってから、ハーミアは言う。

 

「見ただけの推測になるが……お師匠さんの『金心剣胆(静止の魔法)』」は、目に見える動きのある攻撃に対しては当然有効に働く。が、目に見えない攻撃に対しては、ちょっとばかし効きが悪いんじゃないか? お師匠さん自身が、それを攻撃として認識するのが遅れるから、だろうな。そして、基本の四属性の中で目に見えない攻撃というアプローチを掛けるのであれば、選ぶのは当然、空気を扱う迅風系になる」

 

 ムムは、トリンキュロに熱風を浴びせられた、先日の戦いを思い出した。

 黄金の魔法。絶対防御である『金心剣胆(クオン・ダバフ)』の静止の盾を、貫き通す攻撃。

 しかし、それだけでは答えになっていない。

 

「わたしの『金心剣胆(クオン・ダバフ)』は、風の魔術も止められる」

「それが明確に、お師匠さんに向けられた攻撃なら、そうだろうな。だが、その攻撃に害意がないとしたら? たとえば、あんたを押し出すだけの風を受けた場合、魔法は自動で反応するのか? 呼吸する空気に毒が含まれる場合は? 呑まれるように、吸い込まれた時はどうなる? 目に見えず、常に流動する大気のすべてを止めることは可能か?」

 

 疑問と、可能性と、推測。

 教師らしく、それらすべてを淡々と並べ立てながら、またハーミアは深くため息を吐く。

 

「そういうややこしい仮定を全部踏まえた上で、シャイロックはお師匠さんに当たる魔術を、今この場で作った。アタシはこの世すべての魔術に精通している天才の中の天才だが『ハクウダンキン』なんていう魔術は聞いたことも見たこともないからな」

「……そんなことが、できるの?」

「普通はできない。だが、ヤツならできる」

 

 魔術とは、魔を扱う術。

 緻密に計算され、連綿と受け継がれ、幾重にも洗練されていった術式を用いて、魔を導くものを指す。

 杖という、魔力操作の精度を引き上げる出力装置。魔導陣という、完成された起動術式。この二つを用いるのが現代の魔導師のスタンダード。同時に、これらが発明され、実際に運用されるようになった結果、魔術における詠唱(えいしょう)という文化は、ほぼその姿を消した。修得を簡略化し、発動の隙を作らず、なるべく多くの人間が広く簡便に扱える。論理的な技術の進化として、魔術はどこまでも正しい発展を遂げた。

 だが、彼は違う。

 彼は杖を持たない。生まれながらにして魔導の祖の血を引く彼は、目に見えない力の流れを、指先一つで誰よりも美しく束ねてみせる。

 彼は魔導陣を使わない。生まれながらにして魔に愛された彼は、目的のために行使する最適な魔術を、口先一つで編み上げてみせる。

 故に、人々は彼をその名で呼ぶ。

 

「……口遊(くちずさ)むシャイロック」

 

 最悪の可能性、四つ目。

 四賢。口遊むシャイロックは、己の色魔法に頼らずとも……魔術のみでも十分過ぎるほどに強い。

 

「呼び名の由来が理解できたのなら、大人しく拳をひいてくれるとこっちとしちゃあ助かるんだが……」

 

 ハーミアが作った土の壁に悠々と穴を開けながら、シャイロックはゆったりと歩を進める。

 

「むむ、こまった。ドラゴンライダーで魔法使いで賢者なのは、いくらなんでも、ちょっと盛りすぎ」

「お褒めに預かりうれしいぜ。かわいい武闘家さん。しかしそこは、多芸だと褒めていただきたいな」

「悪いけど、わたしは素直な男の子が好き。あと、胡散臭くて顔の良い男は信用するなっていうのが、師父の教え」

「しっかりした教育を受けていらっしゃるようだ。伊達に千年も年食ってないってか?」

「悪い男の見分け方は、そこらへんの女の子より、心得ているつもり」

「言うねぇ」

 

 言葉を交わしながら。

 少しずつ、着実に。

 互いの間合いを、見極め合う。

 

「あなたは、どうしてわたしたちを襲うの?」

「正直、あんたたちのことはどうでもいい。が、あの赤髪のお嬢ちゃんのことを、放って置くわけにはいかない」

 

 やはり、この男の目的も。

 少女の中に眠る、魔王の残滓。

 

「あなたにとって、魔王はなに?」

「教え子なんだ。あと、彼女に惚れてた。もちろん、オレの方がな」

 

 さらりと告げたシャイロックの年は、およそ二十の後半。勇者より少し上といったところだろう。

 魔王の年齢はまったくの不明だが、少なくとも外見上の年齢は少女だった。

 簡潔に、ムムはシャイロックという男に対する結論を述べた。

 

「なるほど。ロリコンか」

「うるせえよ。ババア」

 

 互いに、互いの地雷を踏み込んで。

 戦闘が再開する。

 魔術のシャイロック。格闘のムム・ルセッタ。それぞれが、異なる分野の、頂点に位置する存在。もう、待ったは掛けられない。

 一気にギアを引き上げた両者を見て、ハーミット・パック・ハーミアは、嘆息した。

 

「やれやれ……」

 

 きびしい戦いになりそうだ。

 

 

 

 

 

 同時刻……よりも、少し前。

 ルーシェ・リシャルのシャナ・グランプレへの拷問は、留まるところを知らなかった。

 当然である。捕まえた捕虜の人権を慮るほどの良識を、残酷な少女は持ち合わせていない。

 地下水路に面した、村の中でも最も薄暗い地下牢。その中で、ルーシェは淡々と拷問を続けていた。

 

「それでねそれでね? シナヤったら私が後ろから抱き着くと照れちゃって……」

「うっがぁぁぉああああ!」

 

 囁くような声音で、すでに数時間。ルーシェによる惚気話は延々と続いていた。すでにシャナの精神は崩壊寸前。全身を鎖と手錠で拘束されていなければ、もっと暴れていただろう。

 

「うっぐぅううう……」

「でもね、ほら。おはようのキスとおやすみのキスってやっぱり違うものだから」

「え! そうなんですか!?」

「うん。そうなの」

「何が違うんですか!?」

「味」

「味! なるほど!」

 

 そして、同じ牢の中。シャナの隣では赤髪の少女が熱心に与えられた紙とペンでメモを取っていた。完璧な聞き役であった。シャナの周りには敵しかいなかった。

 

「なるほどじゃねーんですよこの頭ちんちくりんがぁ!」

「あいたぁ!?」

 

 唯一まともに動く足で、赤髪の少女の後頭部を蹴り上げる。シャナは赤い瞳に涙目で睨まれた。

 

「うー……何するんですか、賢者さん」

「それはこっちのセリフなんですよ! なんでコイツの惚気話をそんな興味深くメモまで取って聞き込みしてるんですか!? おかしいでしょう!? コイツ敵ですよ! 敵!」

「いやだって、普通に恋の勉強になるので……」

「敵からも貪欲に学び取ろうとするその姿勢……! 私が保証する。あなたはきっと伸びるよ」

「ありがとうございます!」

 

 やっぱコイツ元魔王だ。元魔王だからこんな残酷なことができるんだ。そうに決まってる。シャナはまた泣きたくなった。

 

「何か質問はある?」

「いいんですか? じゃあ、ちゅーのタイミングについて教えてください!」

「したくなったらしてる」

「なるほど!」

「むがーっ!」

 

 もう暴れるのも疲れてきた。いい加減そろそろ殺してほしい。

 

「ルーシェさんすごいです……大人の女性って感じです」

「そうでしょうそうでしょう。……ちなみにちょっと聞きたいんだけど、そっちの私は、あの勇者のお兄ちゃんとはどうなの? その……どれくらい進んでるかとか、私と比較してどんな感じかとか」

「え」

 

 メモを握った手が、明らかに固まる。視線が気まずさを誤魔化すように、あちこちに泳ぐ。

 

「……賢者さんと勇者さんは、その、お二人ほどの進展は、なんというか、わたしの目から見ても、そこまで……」

「やっぱそっかぁ……曲がりなりにも私なのに情けない……」

「何上から目線で哀れんでやがるんですかぶち飛ばしますよ」

「かわいそうに」

「かわいそうって言うなぁ!」

「じゃあ、あなたはあっちのお兄ちゃんとはどんな風にいちゃいちゃしてるの?」

 

 どんな風に。

 いちゃいちゃ。

 いちゃいちゃ?

 シャナは口をつぐんだ。知っているのに、知らない言葉だった。

 いちゃいちゃ……というのは、身体的接触だ。

 互いに好意を持っている男女が、互いの身体に触れ合う行為。

 いちゃいちゃ。

 自分が、勇者と?

 いちゃいちゃ?

 

 

「……あ、頭を、撫でてもらったり、とか……?」

 

 

 たっぷりと、数秒の間を置いて。

 ルーシェの目が、未成熟な小動物を見るような目に変わった。

 

「うん。なんだか……こっちの私も、かわいいところがあるのね」

「ッ……!」

 

 だめだ。耐えろ。

 たとえ、どれだけ屈辱的であろうと、耐えろ。

 今までの人生の中で最も強く唇を噛みながら、シャナは思った。

 きびしい戦いになりそうだ。

 




『口遊むシャイロック』
 四賢。褐色に銀髪の色男。魔導の祖とも言われるマギア・シャイロックの直系の子孫。血と才能に恵まれた天才の中の天才。
 規格外の魔力量と埒外の魔術適性を持つ。炎熱、流水、迅風、砂岩など、基本属性の単純な魔術であれば『燃えろ』『切り裂け』などの一言で行使が可能。これは、杖と魔導陣を必須とする現代の魔導師から見れば、理解できないほどの異端である。
 シャイロックは、魔導陣という発動工程を省略する技術を使用しない。彼の最大の強みは『詠唱』をその場で組み上げ、最適な魔術をその場で作り上げる創造性にある。当然、詠唱を重ねている間はそれに見合った時間という隙が生まれるが、シャイロックは自身の魔法を何らかの形で併用することにより、詠唱の隙をカバーしている。
 魔王様に直々に口説かれ、魔術の先生をしていた。最初は嫌々ながらも、徐々に魔王様に惹かれていった。教師と生徒。インモラルで薄い本が厚くなりそうな関係である。

『破空断金』
 シャイロックがムムに攻撃を当てるために作った魔術。静止の魔法が『外敵からの攻撃』として自動反応しにくい『吸い込み』『引き寄せる』性質を迅風系の魔術を中心に組み上げている……らしい。

漫画版も更新きてます。師匠の愛のお話です

https://to-corona-ex.com/episodes/162411629823842

なんかカス野郎みたいな売り文句になってしまうんですが、赤髪ちゃんの泣いてる表情がめちゃくちゃいいので、ぜひご一読ください。


次回!!ハイパー彼氏マウントバトル!!!ガンダムファイト、レディーッッッゴーッ!!
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