世界救い終わったけど、記憶喪失の女の子ひろった   作:龍流

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悪魔の選択

 シャナの心を踏んづけて毮る、ルーシェのパーフェクト恋愛教室は、一時間弱にも及んだ。

 

「どうだったかな? 赤髪さん」

「はい! とても勉強になりました! ルーシェさんからいただいたアドバイスを元に、勇者さんとの距離を詰めてみます!」

「うんうん。そこの恋愛くそ雑魚な私よりも、あなたの方が絶対見所があるもん。がんばってね」

「……」

 

 普段のシャナなら噛みつくような発言が次々に聞こえてくるが、今はもうそれを咎める気力すらない。

 

「やっぱり、私たち気が合うね。赤髪さん。似た者同士だからかな?」

「似た者、同士?」

 

 素直に首を傾げる赤髪の少女に、ルーシェは屈託なく笑いかける。

 

「だってそうでしょう。あなたは、かつての魔王が遺していった残り香のようなもの。タウラスからは、そう聞いた」

 

 くるくる、と。二人の前で、ルーシェは気ままに回る。自由奔放に、無邪気に確信を突く。

 

「自分以外に、本物がいて。自分よりもすごい、本物がいて。自分以外の誰かが、その影を追い求めてる。それってすっごく、つらいことじゃない?」

「それ、は……」

 

 赤い髪が、戸惑ったように左右に揺れる。

 

「わかるよ。私もそうだったから。辛いよね。悲しいよね。でもわかるよ。きっとこの世界で私だけ。あなたと同じように偽物の私だけが、あなたの気持ちを理解できる」

 

 ルーシェの言葉は正しく、そして同時に耳障りのいい共感だった。

 ルーシェにとっての、シャナ。

 少女にとっての、魔王。

 自分とは違う自分。そのようになるかもしれなかった、可能性の自分。

 そういった、共感と同情を、ルーシェは少女に向けていた。

 

「黙りなさい。それ以上彼女に……」

 

 これ以上はいけない。シャナがそう思って口出ししたところを、手で制してきたのは、意外にも赤髪の少女の方だった。

 

「違いますよ。ルーシェさん。わたしたちは、偽物なんかじゃありません」

 

 はっきりとした、否定の言葉。

 毅然とした態度に、ルーシェは僅かに目を細めた。

 

「たしかに……わたしのことを、魔王だと呼ぶ人は、たくさんいます。わたしは、わたしのことを全然知りません。だからわたしはいつも新しいことたくさん知りたいって思っていて、みなさんはわたしに、たくさんのことを教えてくれます」

 

 お前は魔王だ、と言われて。少女は一度、自ら命を捨てる選択をした。

 それは悩みに悩み抜いた選択で、ある意味、己の恋心というエゴを自分自身で肯定したもので。

 でも、そんな自己犠牲は、勇者の一声で粉々に砕かれてしまった。

 きみはきみだ、と。彼は言ってくれた。

 だから、偽物だとか本物だとか、そんなことは関係ない。

 

「今のわたしは……わたしが、わたし以外の何者でもないことを知っています。ルーシェさんだって、ルーシェさんです。だから、比べることなんてできないし、比べる必要はありません」

 

 少しの間があった。

 少女の返答に対して、ルーシェは目を見張ったままで。けれどすぐに堪えきれないものが胸の内から湧いてきたように、小さく吹き出してころころと笑った。

 

「あははっ……。すごいね、あなた。もう覚悟は完了してるって感じだ。こういう出会い方をしなかったら、ほんとに友達になりたかったな」

「……ルーシェさん。今度は、わたしの方からも質問させてください」

「いいよ。なに?」

「他に何か、方法はないんですか?」

 

 今度はルーシェのほうが、押し黙る番だった。

 

「わたしは……ルーシェさんとシナヤさんが、お二人がすごく、お互いのことを大切にされているのがわかりました。それはとっても素敵なことで……だからわたしは、お二人が悪い人ではないと思っています。なのにどうして、こんなことをするんですか!? あの悪魔に、裏で脅されているんですか!? 諦めないでください。勇者さんに事情を話せば、きっとルーシェさんとシナヤさんのことも助けてくれます。勇者さんなら……」

「……そうかな?」

 

 ルーシェの表情が、裏返る。

 まるで、そっくりそのまま、言葉を返すように。

 それは今までで、最も冷たい声音だった。

 

「あの勇者は魔王を殺して、世界を救うことを選んだよ?」

 

 純粋に勇者を信じる少女に向けられた、乾いた疑問だった。

 

「私はタウラスからそのあたりの事情も少しだけ聞いてるけど。あなたは多分、魔王と勇者がどういう関係だったのか……知らないでしょう?」

 

 魔王と勇者が、どのような関係だったのか。

 敵同士だったはずだ。勇者にとって世界を救うために乗り越えなければならない、敵だったはずだ。

 あるいは。

 世界を救う者。世界を滅ぼす者。

 それ以上の関係が、勇者と魔王にはあった?

 湧き出てきた疑問に答えを返すことはせず、ルーシェは語り続ける。

 

「でもね。シナヤはちがうんだ。シナヤは、世界と私を天秤にかけても、必ず私を選んでくれるから」

 

 ルーシェは、少女の隣のシャナを見た。

 シャナ・グランプレとルーシェ・リシャル。

 歩んできた道が違う。重ねてきた時間が違う。変わった部分、違う部分は、きっといくらでも挙げることができるだろう。

 けれど、シャナとルーシェという存在を分ける、最も大きな違いは、

 

「あなたたちは、あの勇者を信じてる。私は、シナヤを信じてる」

 

 昔は、同じだった。

 

「並行線だね。私たち」

 

 今は、こんなにも違う。

 違う選択をした結果は、永遠に交わらない。

 

 

 ◇

 

 

「魔王様、賢者。ごはんの時間である。む? どうしたのであるか? 何やら空気が重い様子。まあ、こんな牢の中の空気は元から重くて当然ではあるが」

「タウラスさん」

 

 去ったルーシェと入れ替わるようにしてやってきたのは、タウラスだった。相変わらず、口調のわりに態度が軽く、空気が読めていない。

 もういい加減見慣れてきたひげ面に向かって、シャナは冷たく言い放った。

 

「……放っておいてください」

「ははぁ? さてはルーシェに何か言われたのであるなぁ? そのいじけっぷり、見ている分には気持ちいいから続けてもらっても吾輩的には一向に構わないのであるが……食事は摂ってもらわねばこまるのである」

 

 そう言う悪魔は、しかし食事を乗せたプレートやパンを入れたバスケットの類を持っていなかった。懐をまさぐりながら、タウラスが取り出したのは、指先で摘めるサイズの小さな丸薬だった。

 

「なんですか? この子の大食いを気遣って、胃腸薬でも差し入れに来てくれたんですか? 相変わらず魔王への忠誠心が高くて結構なことですね」

「ふむ。やはりお前の方が少食だから、()()()()()()()ようであるな」

「……それは、どういう意味ですか?」

「そっくりそのまま、言葉通りの意味なのである」

 

 タウラスの表情に、変化はない。

 食事を出していた時や、シナヤたちに小馬鹿にされていた時と、まったく変わらない。ひげの間抜け面。

 だというのに、シャナはその悪魔の表情を見て、言いようのない悪寒を感じた。

 どこまでも致命的な、悪寒。

 

「やっぱり魔王様の方が吾輩の料理をたくさん食べてくれたから、()()()()()ようなのである」

 

 シャナが振り向いた時には、すでに少女は倒れていた。

 そこでようやく、シャナは感じる悪寒が、ただの気分の問題ではないことを、ようやく理解した。

 

「タウラス。まさか……!」

 

 

 

「うむ。二人の食事には、吾輩お手製の毒をたっぷり盛っておいたのである。遅効性で致死性な一品である」

 

 

 

 あまりにも平然と。

 シャナたちを見下ろして、タウラスは告げた。

 油断していた。シャナは、強く唇を噛んだ。

 最上級悪魔たちにとって、赤髪の少女はかつての主。多少手荒な真似をしたとしても、命を奪うようなことはしない、と。そう思っていた。

 それでもやはり、疑問が残る。

 

「どうして、こんなことを……! ごほっ……この子は、魔王の器……あなたにとっても忠誠の対象でしょう!?」

「選んでもらうためである」

「……選ぶ?」

「うむ。人生とは、選択の連続。その時々に応じて、最適な選択をしなければ己の幸せは維持することができない。吾輩は、ここでの暮らしに満足している。しかし吾輩の大切な契約者が……シナヤとルーシェがいなくなってしまうと、吾輩の幸せな生活が維持できなくなってしまうのである」

 

 淡々と、タウラスは語る。

 

「けれど、シナヤとルーシェはやさしいのである。悪魔である吾輩にもやさしいのだから、人間にはもっとやさしいのは必然。だから口では本物になるだの、偽物は認めないだのと言いながら……お前たちを殺すことを、躊躇してしまう。殺す、という決断を、選択をすることができない。あの二人は、そういう人間であるゆえ」

 

 淡々と、悪魔は語る。

 

「だからシナヤとルーシェが心を痛めないよう、吾輩が二人の代わりにお前を殺そうと、そう思ったのである。吾輩、契約者想いの悪魔であるゆえ。代わりに手を汚すことも、やぶさかではないのである」

「っ……この、イカれ野郎」

「いや、吾輩、そもそも悪魔であるゆえ。人間みたいな理性を求められてもこまるのである」

 

 シャナは、タウラスを睨む。けれど、それはただの強がりだ。

 体が重い。呼吸が、段々と苦しくなってくる。頭の中が霞んで、思考がまとまらない。

 苦しみ喘ぐ二人の少女を見下ろしながら、タウラスはゆっくりと膝を折って丸薬を差し出した。

 

「でも、ただ殺すのはちょっとおもしろくないから、ここに解毒薬を用意しておいたのである。ぎりぎり体内の毒を解毒できる一人分だけ、であるが。一流のコックである吾輩はアフターフォローもバッチリなのである」

 

 小さな丸薬は、一粒だけ。

 タウラスは、シャナに向けて選択肢を提示していた。

 自分が死ぬか、相手を殺すか。

 そんな残酷な選択を。

 

「どうしてこんな、回りくどい真似を……」

「さっきも言ったであろう? 人生は選択の連続だ、と」

 

 こうなったらいい。

 こうであればうれしい。

 あの時、ああしていれば。

 後悔を抱えた人間は、人生のどこかで一度は考える。

 もしも自分が、もう一人いたら、と。

 

「一度きりの人生。人は多くを間違える生き物。もしも、という可能性を思い描きながらも、その可能性に実際に手を伸ばすことは、不可能である。でも、お前の白の魔法は、それを可能にしてしまうのである」

 

 そう。シャナは違う。

 自身の魔法によって幾人も増えることができるシャナは、実際に異なる人生を歩むもう一人の自分と対面した。

 ルーシェ・リシャルという、もしもの自分と。

 そこにある葛藤。選び取った道の違い。積み重ねた年月によって変わっていった価値観。

 そんなシャナとルーシェを間近で見たタウラスは考えた。

 

「ちょっとずるいのである」

 

 それは、純粋な嫌悪だった。

 人が幸せを求める心を、タウラスは理解する。

 その幸せを維持する欲望を、タウラスは理解する。

 幸せを得るために背負わなければならない選択というリスク。そのリスクを負わないシャナを、タウラスは嫌悪する。

 故に、幸せを捨てる瞬間を、見たくなった。

 

 

 

「無限の選択肢。無限の可能性。無限の人生を歩めるお前が……自ら死を選ぶところを見たい」

 

 

 

 本当に、ただそれだけのこと。

 タウラス・フェンフという最上級悪魔は、今この瞬間も、己の幸せを維持するために。

 己の欲求を満たすための正常な選択をしている。

 

「彼女がっ……魔王が死んでも、いいんですか!?」

「うむ。それが、お前の選択の結果であるなら」

「……っ!」

 

 タウラスは知っている。賢者は、それを選べない。

 赤髪の少女は、魔王の残滓。ジェミニとリリアミラが協力して蘇らせた、特別な存在。一度でも命を落としてしまえば、たとえ紫の色魔法であっても、蘇生はできない。死という概念すら軽く扱う勇者パーティーにおいて唯一、少女の存在は取り返しがつかないもの。

 だからこそ、選択に重さが乗る。

 震えるシャナの表情に、怯えの色が満ちみちる。

 

「う、あ……」

 

 シャナ・グランプレは『白花繚乱(ミオ・ブランシュ)』によって自身の存在を増殖させてきた。たとえリリアミラの魔法がなかったとしても、死に対する恐怖は薄い。

 自分が死んでも、いくらでも代わりはいる。

 花畑で一輪だけ花が枯れたとしても、誰も気付かない。

 そんな諦めと割り切りを、タウラスは悪魔として、もう一度突きつける。

 今、この瞬間。魔法を使えないシャナに向けて。

 

「う、ぅうう……」

 

 冷たい汗が、滴り落ちる。食いしばった歯が、かちかちと震えて鳴る。

 力の入らない体で。焦点の合わない目で。それでも這うように進んだシャナは、タウラスが置いた丸薬を、強く握り締めた。

 細い喉の、荒い呼吸の音が響く。

 翡翠の瞳に、涙が浮かぶ。

 

「おお……!」

 

 タウラスは、興奮した。強く昂る己を、自覚した。

 一瞬。けれど、永遠にも感じられるようなそれは、葛藤だ。

 己の選択に対する、戸惑い。

 その戸惑いを乗り越えてこそ、人の選択は味を増す。

 しかし、シャナはもうそれ以上迷わなかった。

 もう気を失いかけている赤髪の少女の口に、丸薬を捻じ込んだ。そうして、シャナは動かなくなった。

 

「……うむ」

 

 シャナ・グランプレは選択した。

 己を犠牲にして、彼女を助けるという選択を。

 タウラスは思う。

 やはり、花は散る瞬間が、最も美しい。

 

「さて。あとはこれで、実際にシナヤたちにどのような影響が出るか……」

 

 まあ、どのような影響が出たところで、問題ない。

 自分の魔法があれば、彼らの生存は保証できる。契約関係は変わらない。これからも幸せを維持しようとする彼らの傍らで、自分もその幸福の分前をいただいていけばいい。

 そのように考えながら、タウラスは踵を返して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「粗末にしましたね? 食べ物を」

 

 低く、怒気に満ちた声を聞いた。

 

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