世界救い終わったけど、記憶喪失の女の子ひろった   作:龍流

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純白の告白

「おらおらおらァ! 死にたくなかったら道をあけろぉ!」

 

 極めて勇者らしからぬセリフを大声で叫びながら、おれは気持ちよく大暴れを続行していた。

 

「と、止めろぉ! あの勇者を止めろっ!」

「ど、どうやって止めりゃあいいんだよあんなの!」

「耐えろ! 村長かタウラスさんが必ず来てくれる!」

 

 勇気を振り絞って突っ込んできた槍持ちのエルフのみぞおちに、一発。次いで、大剣を横薙ぎに振るってきた大柄なエルフの足をはらう。背後から抜け目なく接近してきたヤツには、肘をくらわせて黙らせる。

 いざとなれば死霊術師さんの魔法で生き返らせることができるとはいえ、エルフの村人たちを殺してしまうのはちょっと抵抗があった。なので、殺さない範囲で蹴散らしつつ、赤髪ちゃんと賢者ちゃんが囚われている場所を探す。これだけ派手に暴れれば、もう一人のおれか、タウラスが、おれを止めるためにやってくるだろうという算段だったのだが……。

 

「なーんかあっちも派手にやってるみたいだし、アタリを引いたのは騎士ちゃんか? これ」

 

 先ほど、派手な火柱と爆発が起こった方角を見る。

 騎士ちゃんも暴れながら注意をひく方向で動いてくれているはずだが、あの爆炎は村人に向けるには少々過剰火力だ。騎士ちゃんの火力がいつも大体過剰なのはとりあえず置いておくとして、おれたちと正面から戦りあえる三人の内の誰かを見つけたのは、間違いないだろう。

 もう一人のおれなら、問題なし。タウラスも仕留めきれないとしても、まぁ大丈夫だろう。仮面野郎が相手だと、少しまずいか? 騎士ちゃんが単独で相手取るにはちょいと荷が重そうだが、仮面野郎はこちらでひきつける、と死霊術師さんは言ってくれていた。

 向かってくる首筋に回し蹴りを叩き込みつつ、考える。

 火柱が噴き上がったのとは、別の方角。騎士ちゃんがいるのとは正反対の方からも、戦闘の音が続いている。それなりに大きな破壊の音が、鳴り止まずに断続的に聞こえてきていた。おそらく、戦っているのは師匠だ。十中八九、戦闘中だろう。

 騎士ちゃんと合流するべきか。

 師匠の加勢に行くべきか。

 このまま、賢者ちゃんと赤髪ちゃんを探し続けるか。

 ……うん。捜索続行だな。騎士ちゃんと師匠を信じて、おれはおれの仕事をしよう。

 

「というわけで、赤髪の女の子と、銀髪のハーフエルフの場所。教えてほしいんだけど?」

 

 考えながら、一通りの敵を殴り倒してしまっていた。あれだけ果敢に向かってきていたエルフたちも、さすがに敵わないと悟ったのか、じりじりと下がっている。被っている仮面のせいで表情は見えないが、青い顔で怯えているのはなんとなくわかった。

 

「あ、あんたは……」

「ん?」

「あんたは、村長を殺すのか!? 村長も奥方も、殺すつもりなのか!?」

 

 こまったな。

 質問しているのは、こっちなんだが。

 

「殺す。おれが殺して、名と魔法を奪う……そう言ったら、あんたたちはどうするつもりだ?」

「そんなことさせねぇ!」

 

 質問に質問で返すと、即答が返ってきた。

 

「村長は、おれたちに居場所をくれた! おれたちを助けてくれた!」

「奥様だってそうだ! 魔法で、何もなかった私たちの生活を豊かにしてくれた! エルフが憎いはずなのに!」

「それに報いるためなら、おれたちは……」

 

 うーん。ますますこまったな。

 もう一人のおれ、どうやらちゃんと村人たちに慕われてるらしい。

 あいつ、これだけの規模の村を運営しながら、世帯持ってしっかり生活してるのちょっとえらすぎるな。しばらく無気力引きこもり隠居生活してたおれなんかよりも、よほどちゃんとしてる。

 本当に、ケチのつけようがない。

 賢者ちゃんの『白花繚乱(ミオ・ブランシュ)』という魔法に、彼らの生活が依存している。ただ、その一点を除けば。

 

「魔法で強引につくる幸せは、いつか壊れるぞ」

 

 説教臭い言葉をそのまま続けるまでもなく、たった一言でエルフたちの表情が、仮面の下で歪んだのが見て取れた。

 そうだ。おれが指摘するまでもなく、彼らだってわかっているはずだ。

 増殖の魔法があれば、一時的に豊かな暮らしはできるだろう。人と交わらず、人に頼らず、彼らだけで生きていくこともできるだろう。

 でも、いつか必ず限界がくるはずだ。いや、それはもう訪れている。もう一人のおれと、もう一人の賢者ちゃんに()()()()()()()()寿()()がきた、今この瞬間が、タイムリミット。

 だから、彼らは選ばなければならない。

 このまま、増殖の魔法に頼りきった生活を続けるか。

 それとも……。

 

「そんなこと、お前に言われなくてもわかっている!」

「村長と同じ顔だからって調子に乗るな!」

「外の世界ではお前は勇者サマで英雄サマかもしれないが、おれたちにとっては村長だけが、おれたちを救ってくれた勇者だ!」

「だから、わたしたちは……たとえ、村長に魔法がなくても……」

 

 なんか良い感じのエルフの決意の言葉は、しかし最後まで続かなかった。

 彼らの発言を遮る形で横合いの一角が唐突に、魔術によって大きく爆発したからだ。殺すまではいかないまでも、エルフたちは木っ端のように吹き飛ばされた。

 

「ぐぁぁぁあ!?」

「なんだ!? 今度はどうした!? 新手か!?」

「いえっ……それが、中からっ……」

 

 轟音と悲鳴と混乱が入り混じる中で、土煙の中からそれをやった張本人が顔を出す。

 

「まったく……本当に意味がわからないですね、この村の構造は。壁をぶち破って行くほうが早いのは、建築として問題がありすぎです」

 

 ぶつぶつと文句を垂れている小さな背中を、つんつんと叩く。

 

「よ、賢者ちゃん」

「あ、勇者さん」

 

 おれが救出しようとしていた張本人が、壁を破壊して向こうからやってきた。

 まったくもって、感動の再会とは言い難い気安さだった。

 

「大丈夫? わりとボロボロみたいだけど?」

「人のこと言えます?」

「いやまあ、それはそうなんだけど……あ、騎士ちゃんとは会った?」

「騎士さんに助けてもらいました。私は勇者さんに助けてほしかったのに、なんで勇者さんが助けに来ないんですか? こんなところで油売ってないでちゃんと働いてください」

 

 うん。いつもの賢者ちゃんですね、これは。とはいえ、強がっている面もあるだろう。数日間、監禁されていつも通りのコンディションというわけにはいかないはずだ。

 またぞろぞろと増援にやってこられても面倒なので、お姫様だっこの形でふらつく足取りの賢者ちゃんを抱き上げる。

 

「へいへい。とりあえず逃げますか……『哀矜懲双(へメロザルド)』」

 

 賢者ちゃんを抱えたまま、谷の逆側へと転移する。そろそろこの場から退散しようかと、視界の中で入れ替われそうな、手頃な岩を探しておいてよかった。

 一度の転移では、位置を追われるかもしれないので、何回か転移を繰り返して、撹乱する。

 どこに行った!? 探せ! 

 いや、その前に倒れてるヤツを運べ! 

 などと、下から喧騒の声が聞こえてくる場所まで逃げ切った。素直にお姫さまだっこされていた賢者ちゃんを、下におろす。お肩を並べて座り込んで、一息いれる。それくらいの時間は、もらってもいいだろう。

 

「ふーっ……さて、と。賢者ちゃん、魔法、使える?」

「問題ありません。心の問題は、乗り越えましたので」

「本当に平気? 無理してない?」

「なにがです?」

「なにがっていうと……その、いろいろと」

 

 潤んだ瞳が、こちらを見る。

 フードを被った頭が、こつん、と。おれに寄りかかる。

 そういえば。

 賢者ちゃんと二人っきりになるのは、随分とひさしぶりな気がする。

 この子は、昔からそうだ。天才で、毒舌で、努力家で、おれと二人っきりにならないと、弱音を吐かない。

 

「正直、迷いました。泣きました」

「うん」

「つらかったです」

「うん」

「さっきも言いましたけど、もう一度言いますよ? どうして私が助けてほしい時に、側にいてくれないんですか?」

「ごめん」

「もっと謝ってください」

「ごめんごめん」

「誠意が足りない」

「いたっ」

 

 いつもの杖で、背中を叩かれた。こちらについても、取り戻せたようでなによりだ。

 

「勇者さんが側にいてくれなかったせいで、赤髪さんに気合いをいれられてしまいました」

「赤髪ちゃんに? ……それは、ちょっと見たかったなぁ」

「絶対に見せません」

「そんな断言するほどに?」

「見せません」

 

 赤髪ちゃん、賢者ちゃんに何をやらかしたのだろうか? 

 あとでこっそり聞きたいところだ。

 

「あとでこっそり聞こうとしちゃだめですよ」

 

 釘を刺される。

 さすが、賢者ちゃんはおれの考えていることなんて、なんでもお見通しだ。

 だからおれは、なんでもお見通しな賢者ちゃんに、なんでも素直に聞いてしまうところがある。

 

「賢者ちゃんはさ。あの二人のこと、どう思った?」

「どう思ったか、ですか?」

「うん」

 

 いつも返答の早い賢者ちゃんが、言葉に迷うのは、とてもめずらしいことで。

 足を胸の間で抱えたまま考え込み、うーんと低い声で唸り、そしてフードの頭をぐりぐりと強く押しつけはじめた賢者ちゃんは、ついに観念したように小さく呟いた。

 

「うらやましかった、です」

 

 もう一人のおれも、もう一人の賢者ちゃんも。

 おれたちが目にしたのは、おれたちが歩めるかもしれなかった未来。

 心の片隅にあった、願望の実現だ。

 

「私、馬鹿ですから。思っちゃったんですよ。私も勇者さんと二人っきりで……世界なんて、救いに行かなくて、魔王の呪いも受けなくて。騎士さんも、武闘家さんも、死霊術師さんも。誰も彼も、みんなみんないなくなって。あの二人みたいに、私と勇者さんだけで静かに暮らせたら。それはどんなに幸せだろうって」

 

 それは、憧れだった。

 普通の女の子として、普通に暮らして、普通に幸せになる。

 小さな、小さな憧れだった。

 

「賢者ちゃんは、あの二人みたいになりたい?」

「……勇者さんは本当に、いつも私にいじわるな質問ばかりしますね」

 

 言われなくても、そう思う。でも、おれは賢者ちゃんみたいに賢くないから、言ってもらわなければ、わからない。

 可能性に満ちた、真っ白だったこの子の未来に。

 一滴の黒を落としてしまったのは、おれだから。

 おれは、その答えを聞く責任がある。

 

「あの二人みたいになれたら、それはたしかに……とても幸せでしょう。私は、慎ましやかな良い女なので。質素に穏やかに、好きな人と暮らしていければ、なんの不満もありません」

 

 寄りかかっていた体重の重さが軽くなる。

 すっと立ち上がった動きに合わせて、ローブが揺れる。

 

「でも。不本意ながら赤髪さんに諭されて、たくさん悩んで、気づきました」

 

 フードが、風をはらんで、持ち上がる。

 

 

 

「私は、勇者さんが好きです」

 

 

 

 おれを見下ろす、小さな彼女はとても大きくて。

 

「私は、バカなことをやらかす、バカなあなたが好きです。勇気と無謀を一緒くたにしている、勇ましいあなたが好きです。こまっている人を放っておけない、おせっかいなあなたが好きです。いつも素直じゃない、不器用なあなたが好きです。世界を救う、大きな決断をしたあなたが好きです。聡明な私は、百個挙げろと言われれば、丁寧に一つ一つ、あなたの好きなところを並べてあげましょう」

 

 瞳も、声も、背丈も。

 おれの目の前にあるそれらすべてが、あの日助けた女の子がこんなにも大きくなったことを、否応なしに証明しているようだった。

 

「ねぇ、理解できましたか? どんなに幸せそうでも、そんなことは関係ないんです。あの偽物なんちゃって勇者よりも……私は今、私の隣にいてくれる勇者さんが好きなんですから」

 

 賢者ちゃんが出してくれたその結論に対して。

 おれは、返せる答えを持っていない。

 

「おれは、賢者ちゃんの名前を呼べないよ。多分、あの二人みたいに、幸せにしてあげることはできない」

「……ばーか」

 

 きっとそれすらも、彼女はお見通しだった。

 にっと。

 ああ、この子はそういう笑い方もできるようになったのだ、と。

 おれは、ようやく気がついた。

 

「ほんとうにおバカな勇者さんに、賢い私が一つ教えて差し上げましょう。女の子は、幸せになるために恋をするわけじゃないんですよ。幸せになれるかわからなくても、恋をしてしまうんです」

「そっか」

「ええ、そうです」

 

 立ち上がり、互いに違う方向を向く。

 

「じゃあ、おれよりもかしこい賢者ちゃんには、何か考えがあるってことでいいのかな?」

「ええ。もちろんありますよ。この状況を打破する、とびっきりの策が」

 

 つらつらと、賢者ちゃんは軽い調子でその作戦を説明した。

 

「…………本当にいいの?」

「もちろんです」

 

 おれですらも躊躇う、その決断を。

 賢者ちゃんはあっさりと肯定した。

 なら、もう俺が迷う余地はない。

 

「わかった。じゃあ、行こうか」

「はい。自分自身というこの世で最も厄介な敵を、ぶっとばしに行きましょう」

 

 考えてみれば、いつだってそうだった。

 自分の最大の敵は、常に己自身だ。

 

 

 ◇

 

 

「負傷者は奥に運べ! 動ける者は、上層階へ向かうんだ! あちらの戦闘は、仮面野郎にまかせておけばいい! 絶対に死ぬなよ!? わかってるな!」

「村長!」

「騎士の処理は後回しでいい! それよりも、赤髪の少女の方を探せ! それから、タウラスの居所を知っているヤツは教えろ! どこで油を売ってやがるんだ、アイツは……」

 

 矢継ぎ早に指示を飛ばしながら、シナヤ・ライバックは周囲を見回した。

 わかっていたことではあるが、世界を救ったあのパーティーを相手に、この村の自警団程度では、足止めにすらならない。エルフたちの中には手練れも数人はいるが、それでもまともな時間稼ぎにすらなっていないのが現状だ。

 結局、勇者たちを止めるためには、最上級悪魔や四賢の力を借りるしかない。

 

「暴れてる騎士の対処には、オレがあたる。班を組み直したら、すぐに捜索を再開しろ。こそこそ逃げ回ってる勇者は放っておけ。どうせなにもできやしな……」

「村長っ! 上です!」

「っ……!?」

 

 警告の言葉と共に、上から唐突に降ってきたのは、黒い影だった。

 振り下ろされた一撃を、引き抜いた剣で受け止める。

 シナヤと同じ顔が、にぃ、と。好戦的な笑みを浮かべた。

 

「どうも。こそこそ逃げ回っていた勇者です」

「お前ッ……!」

「逃げるのはもうやめだ。勝負をしよう」

 

 ここにきて、自分から姿を現した勇者に、シナヤは強く舌打ちをした。

 鍔迫り合いから、互いに距離を取る。

 シナヤは、愛用の長刀を。

 勇者は、奪い取った長槍を。

 互いに、構える獲物は、違っても。

 胸の内に秘めた武器は、同じ。

 

 

「「()()()」」

 

 

 それは、本来ならば絶対にありえないはずの対峙。

 

 

「ジェミニ・ゼクス──『哀矜懲双(へメロザルド)』」

「シエラ・ガーグレイヴ──『百錬清鋼(スティクラーロ)』」

 

 

 魔法は、一人に一つ。同じ色合いの色魔法が、同じ時代に生まれることは、ありえない。

 しかし、ありえないことを、有り得る形にするのが、魔法であることもまた事実。

 故に、この一騎打ちは成立する。

 世界を救った黒の魔法が今、激突する。




こんかいのとうじょうじんぶつ

勇者くん
賢者ちゃんはおれのことよくわかってくれるし、ほとんど何も言わなくても伝わるけど、無理しすぎちゃうところがあるから時々ガス抜きして甘えさせてあげないとな〜と思っている

賢者ちゃん
勇者さんは私のことなんて全然わかってくれないし(そんなことはない。わりとわかってる)、言葉にして伝えることが大切だから、賢い私が一から十まで察してあげて、厳しくしないとな〜と思っている
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