おれが『
空中からの急襲。逃げ回っていたと思っていた相手からの、唐突な反撃。否が応でも、敵の体勢は崩れる。
それでも、即座に反応してきたのは、さすがにおれ、というべきか。
武器は、囮だ。
奪ってきた長槍を雑に振るって、牽制。懐に入り込む。
まずは一発、殴る。もう一人のおれの腹を深く殴り抜いて、吹き飛ばす。
手応えは、あった。というか、
「やっぱ、母さんの魔法はかったいなぁ……」
まるで、鋼鉄をぶん殴ったかのように。
じんわりと痛む拳の感触を味わいながら、おれは軽くため息を吐いた。
やはり『
「
「大丈夫ですか!?」
まあ、いくら硬くなったところで、その上からぶん殴ればいいだけなのだが。
吹っ飛ばれたもう一人のおれは、自分の心配をする村人たちを手で制して、ゆっくりと立ち上がった。
「くそったれが……普通、鋼は拳で殴らねぇだろ」
悪態と共に、血が地面に吐き捨てられる。
「問題ない。おれの拳は師匠直伝だからな。鉄も鋼も殴れる」
「この脳筋勇者……!」
うるせえな。
殴れば大体の敵は死ぬんだから殴ればいいだろうが。
でも、
さて、どう詰めていくべきか。
相手の魔法のネタは、割れている。それは、おれにとってアドバンテージだ。
まず、見えているヤツの手札は、三枚。
殺した相手の魔法を奪う『
体を鋼の硬さに変える『
触れた対象を定めた目標に向けて打ち出す『
しかし実際には、手札の枚数は二枚ではない。『
戦いながら、持っている魔法を引き出しつつ。
引き出した魔法の特性を推測し。
それらを踏まえた上で、殴り倒す。
「めんどくさいな……」
「それはこっちのセリフだ!」
怒りの声を伴って振るわれる剣を、身をひいて避ける。
騎士ちゃんと同じ二刀流。
大小、長さが違う独特な形状の剣は、ブーメランに近い。使い慣れた剣であることが一目でわかる、鋭い斬撃の連続。
掠めたそれが、おれの上着を削ぐ。
だが、甘い。
振るわれる剣には、騎士ちゃんのような力強さも、先輩のような鋭さもない。この程度の技量なら、こわくない。正面から押し切れる。
どうやら残念なことに、やはり先生が言っていた通り、おれに剣の才能はないらしい。悲しい再確認をしながら、横薙ぎに振るわれた長刀の一閃を、槍の柄で受ける。食い込み、止めたそれをはじいて手元から奪う。
まずは、一本。
武器を奪ったその隙に、蹴りを叩き込む。
「ぐっ……!」
手応えは、やはり硬い。
しかし、蹴りは拳の三倍の威力があると言われている。つまり、三倍は効くはずだ。
よろめいたヤツは、大きく下がって間合いを広げてきた。再び距離を取って、仕切り直す形。
こちらは近づいて来てもらわなければ始まらないので、軽く挑発の言葉を投げかける。
「剣の腕はどんぐりの背比べかもしれないが、殴り合いなら負ける気はないぞ」
「黙れ。この暴力勇者が」
罵倒と一緒に鼻を鳴らされただけだった。
どうでもいいけど、自分と同じ顔のヤツに鼻で笑われるの、めちゃくちゃ腹が立つな……!
「どんなに強がっても無駄だ。名前を呼べないお前は、ほとんどの魔法を失っている。魔法無しで勝てるほど、オレは甘くないぞ」
お前と同じ土俵では戦わない、と。
そう言わんばかりに、ヤツの腰の裏から引き出されたのは、数本の短剣だった。
「コール……『 』 いけっ! 『
それらが、達人が放つ矢のように、一斉に撃ち出される。
自分自身と触れたものを、視線でターゲットした目標に向けて、射出する。それが『
だが、投擲されたそれらの短剣は、おれに直撃しなかった。まるで、こちらをちょうど避けるかのように。左右を掠めていった短剣は、勢いよく背後の岩肌に突き刺さる。
「おいおい。ヘタクソか?」
「いいや、的中だ」
おれの煽りに対して、ヤツの表情は淡々としたものだった。
そこで、ようやく気がつく。短剣から、何か細いものが伸びていることに。
「……
用意のいいヤツだ。予め、短剣に仕込んでおいたのだろう。
「捕まえたぞ」
両側から、まるで蜘蛛の巣に獲物を追い込むように。一気に引き絞られたワイヤーに、体を絡め取られる。突き刺さった短剣を起点として、全身を岩肌に縫いつけられる。
なるほど。悪くない。
攻防の中で、こちらを動かして逃げ場のない岸壁まで誘導。おれに魔法の性能が割れている『
魔法と武器を幾重にも構えて、こちらの動きを封じる策。
しかし、問題ない。
おれには『
「舐めんな。
ヤツとおれの位置を入れ替えようとした、瞬間。
短剣に混じって、投擲されていた丸い物体。
それが目の前で炸裂し、視界が白い煙で覆い尽くされた。
「──っ!? ごほっ!」
それは、何の変哲もない煙玉だった。冒険者がモンスター避けに使う、特別でもなんでもない道具。
だが、視界を遮る白い噴煙はおれの『
あまりにも、対策が露骨すぎる。
タウラスから『
「その『
何も見えない、白い視界の中で。
冷たい声は、予想よりもずっと近くから聞こえてきた。
「……やるじゃん」
さすが、おれだ。
称賛に対する返答はなかった。
一気に距離を詰めてきた、もう一人のおれの顔が目前に現れて。
鋭いナイフの切っ先が、体に突き刺さった。
◇
シナヤ・ライバックは、最初から世界を救った勇者に自分が勝っているとは思っていなかった。
シナヤは勇者に、経験で負けている。数え切れない戦いと冒険を重ね、遂にはあの魔王を倒した勇者に、戦闘経験で優位は取ることは不可能だ。
シナヤは勇者に、技術で負けている。先ほど、一発の拳を受けただけで理解した。あれは、黄金の武闘家の元で研鑽を積み、磨き抜かれた拳。近距離の殴り合いで、自分は勇者には勝てない。
勝っている部分はない。それでも、勝たなければならない。
だから、シナヤは勝つための策を用意した。
事前に、タウラスやシャイロックから勇者の魔法の情報を得た。純粋な実力では勝てないからこそ、勇者の思考の裏を突く戦術を練った。
積み重ねた策は、概ね上手くいった。
短剣に仕込んだワイヤーによる拘束。視界を封じ、
上手くいった、はずだった。
上手くいった、はずなのに。
シナヤは、理解できなかった。
「さっきの言葉を、そのまま返す」
なぜ、この勇者は──
「捕まえたぞ」
──こんな窮地で、笑みを浮かべているのか?
ナイフは、勇者の心臓には刺さらなかった。
むしろ、反応されて、止められた。細い刃は、急所を庇うように、突き出された右腕を刺し貫くに留まった。
ワイヤーで全身の動きを封じていたはずが、その拘束が緩まっている。
なぜか?
答えを返すかのように、地面を踏み砕く重い音が響いて。
直後、勇者の背後の岸壁に、いくつもの亀裂がはしった。
(背後の岩壁を砕いて、拘束を解いた……!?)
あまりにも、ありえない力技だった。
だが、世界を救った勇者は、シナヤの眼前で平然とそれをやってのける。
直感よりも鋭い悪寒を感じて、シナヤは後ろへ跳ぼうとした。しかし、勇者の腕に深々と突き刺さったナイフは、引き抜こうとしても微動だにしなかった。
(どうして抜けない!?)
血の滴り落ちる手のひらが、シナヤの腕を掴む。
シナヤのブーツを、勇者の足が踏み締める。
捕まえた、と。
勇者は、そう言った。
その言葉に、偽りはない。
「逃げんなよ」
頭に、一発。
咄嗟に『
しかし、勇者の拳打は、今度は一発では終わらなかった。
「っ……!?」
硬さなど、関係ない。
そう言わんばかりに、頭部を集中的に、幾重にも幾重にも、殴打される。
たとえ『
(くそっ……ちくしょう……)
薄れていく意識の中で、シナヤは思った。
──強い
認めたくはなかった。だが、正面から対峙してみて、否が応でも理解させられた。
剣も、拳も、体も。
シナヤ・ライバックは、世界を救った勇者の、劣化コピーだ。
シナヤは思う。
もう一人のオレは、どれだけ努力を重ねたのだろうか。
もう一人のオレは、どんなにつらい思いを重ねたのだろうか。
もう一人のオレは、どれほどの心を、塗り潰してきたのだろうか。
シナヤは思う。
もしかしたら、自分もあの時違う選択をしていれば、こんな風に強くなれただろうか?
もっと努力を重ねていれば。
つらい思いから、逃げなければ。
旅をして、仲間を得て、世界を救う夢を捨てないで。
歩むことを止めなければ、自分も、世界を救う勇者になれただろうか。
(それは、ちがう)
たしかに自分は、世界を救うことから逃げた。魔王に挑むことから逃げた。
戦うのがこわかった。死ぬのがこわかった。
自分が、無価値になるのがこわかった。
けれど、シナヤはあの日、燃え盛る森の中から少女を救った選択を、後悔したことは一度もない。
ルーシェと旅をして。
いろいろな人と出会って。
この村をつくって。
共に過ごしてきた時間を。
決して、無価値にはしたくない。
(オレは、おれには勝てない)
勝てないから、諦めるのか?
諦めたら、どうなる?
自分は消える。シナヤ・ライバックという存在は、本物の勇者に飲み込まれて、永遠に失われる。
そして、ルーシェも。
ルーシェ・リシャルも、消えてしまう。
世界よりも、自分が守りたかった女の子が、消えてしまう。
──それだけは、ダメだ
意識を、引き戻す。
歯を、食い縛る。
折れかけた心を、堅く固く、打ち直す。
「……負けて」
無造作に振るわれる、勇者の拳に向けて。
シナヤは、頭を真正面から叩きつけた。
一方的な殴打に対する、精一杯の抵抗。あまりにも、ささやかな反撃。
だが、たしかにその足掻きが、勇者の拳を止めた。
その意志の硬さが、勇者の拳を砕いた。
「負けて、たまるか……!」
まだ諦めていない。
絞り出すような、シナヤ・ライバックの一言。
「……ははっ! そうだよな」
右の掌が砕ける激痛に構わず。
それを聞いて、世界を救った勇者は、心の底から笑った。
「
かつて、シャナ・グランプレは勇者に問いを投げた。
──もしも自分がもう一人いたら、どうしますか?
勇者は答えた。
──二人で世界を救いに行くかな
けれど、現実はそうはならなかった。
彼は世界を救うことなく、目の前の女の子を救うことを選んで、違う人間になった。
シナヤ・ライバックという一人の人間に。
──あ。もう一個。やってみたいことあった
だから、これはもう一つの答えだ。
──せっかくなら、もう一人のおれと戦ってみたい
こんかいのとうじょうじんぶつ
●勇者
主人公だがやってることが完全に魔王。ちょっとイカれている。肉を切らせて骨を断つ戦法が好き。トリンキュロとかが強すぎたので感覚がバグりがちだが、魔法がなくても仲間がいなくても、基本的にはかなり強い
追い詰められても諦めずに立ち上がる人間が好きなので、自分がそういう人間であることをシナヤを通して再確認できて少しうれしい。なんだコイツ
◯シナヤ・ライバック
敵だが、上の人と比べるとかなりまとも。痛いのは嫌だし、死ぬのはこわい。でも、好きになった女の子が消えてしまうのは、もっとこわい。
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夏だ!海だ!水着回だ!!