世界救い終わったけど、記憶喪失の女の子ひろった   作:龍流

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二人の勇者

「お。そっちも終わった?」

 

 もう一人のおれに肩をかして歩いていると、賢者ちゃんたちを見つけた。

 賢者ちゃんがもう一人の賢者ちゃんを仲良く抱きかかえているあたり、どうやらあちらも自分同士の殴り合いは解決したらしい。

 まったくもって、精神的にも肉体的にも疲れる勝負だった。もう二度としたくない。

 

「勇者さんも終わったようですね」

「うん。ほれ、愛しの彼女のお隣に転がすぞ?」

「茶化すな」

 

 もう一人のおれを、地面に雑に放り投げる。なんでお前は普通に立って歩けるんだよ? みたいな疑問に満ち満ちた目で見られたが、そりゃこっちは世界を救った勇者なのでね。鍛え方が違うのですよ、鍛え方が。

 

「さて、と。賢者ちゃん」

「はい。わかってますよ。勇者さん」

 

 なんだかすべてが解決した、みたいな雰囲気になっているが、実はまだ残っている問題の方が多い。

 おれたちはもう一人の自分と和解した。

 だが、彼らがいつか消えてしまうという問題は残っていて。

 彼らが悪魔との契約で命を繋いでいる、という事実もそのままだ。

 根本的にこれらの問題を解決するためには、賢者ちゃんの提案を成功させなければならない。

 

「二人には、ちょっと聞いてもらいたいことがあるんだ」

「まってくれ!」

 

 話をはじめる前に、背後から食いかかる声があった。

 

「頼む! 二人を殺さないでくれ!」

「頼む! 頼むよっ! おれたちはどうなってもいいから!」

 

 誰に言われるでもなく集まった、村人たちの声だった。

 

「おれたちが悪かった……悪かったんだ!」

「長の力に甘えて……奥さまの魔法に甘えて!」

「もう魔法は悪用しない! だから頼む! このとおりだ! 命だけは……お二人の、命だけは!」

 

 仮面が、地面に落ちる音がした。

 彼らの素顔が、風に晒される。エルフ族の特徴である尖った耳は、目に入ってこなかった。誰も彼もが、顔をぐしゃぐしゃにして、涙を流しながら、自分たちとは生まれも種族も違う二人の人間を、心の底から助けようとしている。

 なんだか、不思議な光景だった。

 

「……勇者さん?」

 

 おれが知ってるエルフたちは、人間を見下していて。

 おれが知ってるエルフたちは、人間を道具としか見ていなくて。

 だからおれは、おれが知っているエルフたちと戦って、殺して。

 あの日、燃えていく村を見殺しにするしかなかった。

 でも、この村人たちは。

 

「あんたたちは、二人を助けたいって。そう思うのか?」

 

 おれの問いかけに答えたのは、まだ小さな男の子だった。

 歳は十を少し超えるくらいだろうか。

 

「当たり前だ!」

 

 まだ小さな体が、こっちに向かって突っ込んでくる。

 うん。勇気に溢れた良い突進だ。良い突進だったので、膝で優しく受け止めることにする。

 

「長と若奥様は、いつもおれたちの暮らしを良くしてくれようってがんばってくれたんだ! 長は若奥様が大好きで、若奥様は長が大好きで……おれたちも、おれたちだって、そんな二人が大好きだったんだ!」

 

 ちっとも痛くはない、小さな拳が振るわれる。

 おれの背後で、二人が苦笑する気配がした。

 

「勇者。すまない。どいてくれ」

「こっちにおいで」

 

 おれが道をあけると、エルフの男の子は二人に駆け寄った。

 慕われてるなぁ、と。本当にそう思った。

 

「やだよぉ……二人共、死んじゃやだ……」

「ごめんね。ありがとうね」

 

 謝罪と感謝を口にしながら、指先が男の子の髪を丁寧に撫でた。

 

「おれたちは昔、エルフの村に行ったことがあるんだ。救えなかった。守れなかった。その村で生きていた人たちは、みんな死んでしまった」

 

 その言葉の意味を理解しようと、男の子は必死で耳を傾けているようだった。

 

「だから罪滅ぼしのために、この村を作った。お前たちは村の発展のために魔法を利用していたと言うかもしれない。でも、それは違う」

「居場所が欲しかったのは、本当は私なの。だから、みんなを利用したの。事実は、それだけ。みんなは悪くない」

 

 二人の言葉を、村人たちは首を振ってはじめて比定した。

 

「そんなこと……そんなことはねぇ!」

「おれたちを助けてくれたのは、長と奥様だ!」

「まだちっとも、ご恩すら返せてないのに……」

「皆、今までありがとう。頼りないおれたちに、本当によくついてきてくれた」

 

 村人たちへの、感謝の言葉。それはそのまま、あの時のおれの後悔だ。

 もう一人の賢者ちゃんだけじゃない。

 あの時のおれが取りこぼしたものを、もう一人のおれはちゃんと救っていた。

 

「じゃあ、やってくれ。勇者。賢者」

「……やってくれ、っていうのは?」

「オレたちを消してくれ」

 

 どこまでも潔い言葉だった。

 

「すまない。たくさん迷惑をかけた。でも、オレが生きたい、と思ったのは……この子がいたからだ」

 

 隣の彼女を抱き寄せて、もう一人のおれは言う。

 

「この子がもういいって言うなら……オレも、もういい」

 

 もういい、ね。

 なるほど。

 それはコイツにとって、おれたちへの一つのけじめなのだろう。

 

「まあ、たしかに。お前は美人な彼女さんがいるし、彼女さんっていうかもう結婚して世帯持ってるし、幸せの絶頂期だからもう消えていい、みたいに思ってるかもしれないけどな」

 

 しかし、それではおれたちがよくない。

 

「おれはもう、お前たちに消えてほしくないんだ」

 

 だから、二人が消えないための方法を用意した。

 おれが用意したわけじゃない。

 聡明で誰よりも頼りになる、世界最高の賢者が、それを用意してくれた。

 だから、

 

 

 

「そうか。それが、お前たちの答えである、か」

 

 

 

 馬鹿げた巨体が、おれの背後に唐突に降り立った。

 

「……タウラス」

「何度経験しても、悲しいものであるな。契約者が約束を違える、というのは」

 

 タウラス・フェンフ。第五の雄羊は、契約者の二人を見下ろして、目を細めた。

 やっぱり仕留めきれていなかったのか、とか。最悪のタイミングで戻ってきやがった、とか。

 いろいろと思うところはあったが。

 なによりも馬鹿げていたのは、その悪魔の全身が、()()()()()()()()()ことだった。

 

「おいおい。なんだよその格好は。イメチェンか?」

「お前のとこの騎士にやられたのである。まあ、問題はないのである。吾輩の強靭な肉体を以てすれば、燃えたまま動くことなど、造作のないことゆえ」

 

 騎士ちゃんの魔法で全身を燃やされても、この悪魔は生命活動を維持している。揺らめく炎に全身を包まれながら、当たり前のようにそこに立っている。

 自分自身と触れたものを『維持』する『牛体投地(ブルアドラティオー)』。つくづく、イカれた魔法だ。

 

「筋肉ダルマの次は火ダルマか。芸がないな」

 

 言いながら、賢者ちゃんと二人を庇う位置取りで一歩下がる。

 タウラスは、まだ動かない。

 

「吾輩は、悲しいのである。吾輩の穏やかな平穏が、また脅かされた。それがどこまでも残念でならないのである。この瞳から、溢れる涙が止まらないほどに」

「やかましいやつだな。そんな全身燃えてるやつが涙だの泣いただの言っても、わかるわけないだろ」

「その通りなのである。所詮、吾輩の胸を刺すこの悲しみは、お前たちには理解されないものなのである」

 

 この村での生活が終わってしまうことが、ただ悲しい。

 タウラスは、そう言っていた。

 それは、己の欲望を第一とする悪魔にとって、あまりに異常な在り方だ。

 魔王を復活させる。ジェミニの目的は明確だった。

 愛した人を守りたい。サジタリウスの気持ちには、共感があった。

 人間になりたい。最悪で気持ち悪くても、カプリコーンの欲望には筋が通っていた。

 だが、コイツは……タウラスを突き動かすものは、なんだ?

 

「しかし、怒りはわかるであろう? この身を焦がす、吾輩の怒りは、なによりも明白なものであるゆえ」

「体を張ったギャグなら他でやってくれ。こっちは忙しいんだ」

「ふむ。二人を、助けるつもりであるか? 勇者よ。度し難いものであるな。他者を尊重する気持ちは、理解できる。己の平穏を守るために、それは理解できる行動である。しかし、他者のために己の命を捨てる。それは些か不愉快で……」

 

 まずい、と思った時には、既に遅かった。

 

「……否。吾輩にとってそれは、最も理解し難い人間の不条理である。ゆえに、彼らはもう吾輩の契約者に相応しくない」

 

 炎の中で、契約魔導陣があやしく輝いて、消える。

 何をされたか、考えるまでもない。目の前の最上級悪魔が、契約を破棄したのだ。

 

「ぐっ……!?」

「あっ……」

 

 二人の体からも、契約の光が漏れて、そして消える。

 

「タウラスっ……お前!」

 

 饒舌に紡がれていた言葉が、途切れる。

 単純な打撃が、おれの腹部を殴り抜いた。

 熱い。怒りに満ちた、一撃だった。

 

「彼らの生存の維持を、吾輩はもう保証しない。最後の仕上げも、もう済んでいる。お前たちが増やしてくれた花に、吾輩は仕込みをしておいた」

「ごほっ……仕込み……?」

 

 谷を覆う、白い造花。村の象徴とも言えるそれを見て、悪魔は笑った。

 

「うむ。油を染み込ませておいたのである」

「は?」

 

 おれは、思わず返す言葉を失った。

 まるで、ちっぽけな小悪党が必死に策を巡らせたような。

 仮にも最上級悪魔に数えられる存在が、そんな人間のような仕返しを、企んでいたという事実に。

 けれど、その悪意の在り方と悪辣さは今この瞬間、なによりも最悪だった。

 

「タウラス……やめろ。オレたちはどうなってもいい。でも、村のみんなは……みんなに手を出すのは!」

 

 もう一人のおれの必死の懇願。

 それを聞いて、タウラスは静かに頷いた。

 

「なるほど」

 

 決して短くない付き合いがあった、エルフの村人たちを見回して。

 やはり、人間はまったく意味がわからない。

 そう言いたげに、肩まで竦めてみせて。

 

「逆に疑問なのであるが、どうして吾輩が、契約を解除したお前たちの言うことを聞かなければならないのであるか?」

 

 炎に包まれたタウラスの手が、造花に触れる。

 それらは瞬く間に燃え広がり、谷の中を縦横無尽に登っていく。

 

「我が魔法の名は『牛体投地(ブルアドラティオー)』。その本質は、吾輩がこの目で見て、触れたものを維持することにある」

 

 燃える花々の中で、タウラスは両腕を広げて、宣言する。

 

「吾輩の胸を揺らす悲しみは消えない。燃え続ける怒りこそが、この業火に焚べる薪に他ならない。これで……()()()()()()()()()()のである」

 

 魔法によって、もう決して消えることのない、地獄のような炎の渦。

 逃げ惑う人たちには目も暮れず、最上級悪魔はおれたちをどこまでも見下ろして、静かに告げた。

 

「さらば。我が平穏よ」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 あの時と同じ炎だ。

 シナヤ・ライバックは燃え広がっていく火の手を、呆然と見上げた。

 腕の中で、ルーシェの呼吸も少しずつ荒くなっていく。

 自分たちの存在を持続させるための契約も、貸与されていた悪魔の魔法も、破棄されて失われてしまった。

 事実、体が内側から軋むような感覚が、今もシナヤを苛んでいる。いつ、体が崩れて消えるかもわからない。

 どこで間違えた? 

 何をしくじった? 

 考えれば考えるほど。考えても考えても、正しい答えと欲しかった結果は、どんどん遠のいていく。

 いくら手を伸ばしても、決して届かない。

 

「……ダメだなぁ。オレは」

 

 何も変わらない。

 燃え盛る森の中で、自分が救えるものを探した、あの日と。

 せめて、自分がひろえる命は救おうと足掻いたあの日と。何も変わらない。

 世界なんて救わなくてもいいと思った。手の中にいるこの子だけは守れば良いと、そう思っていた。

 世界なんて救えなくてもいいと思った。腕が届く範囲の人たちさえ幸せにできれば良いと、そう信じていた。

 その結果が、これだ。

 

「……ごめん」

 

 なんとか口に出せたのは、情けない謝罪だけ。

 

「ごめん、ルーシェ。ごめん、みんな……」

 

 喉から声を絞り出す。

 

「オレは、勇者じゃない」

 

 またなのか。

 また救えないのか。

 

「勇者じゃないから、オレは……」

「顔上げろ」

 

 背中を、強く叩かれた。

 自分とは違う、大きな手だと思った。

 振り返って、その手の主を見る。

 

 

 

「まだ終わってないぞ」

 

 

 

 そこには、自分と同じ顔をした勇者がいた。

 

「もう、だめだ」

「だめじゃない」

「終わりなんだよ」

「終わりじゃない」

「無理なんだよ!」

「無理じゃない!」

 

 同じ声だ。同じ声の、肯定と否定。

 それが交互に、重なって響く。

 それなのに、どうしてこんなに違うのだろう。

 

 どうして、オレは。勇者になったおれのように、強くなれないのだろう? 

 

「わかるよ。お前は、おれだから」

 

 勇者は言った。

 

「おれもあの日、村を救うことができなかった。歯を食いしばって、泣き喚きながら、女の子を一人だけ助け出して、それしかできなくて、逃げ出した。たくさんのものを取りこぼして、救えなかった」

 

 そうだった。それしかできなかった。

 だってあの時、自分は勇者ではなかったから。

 

「でも、今のおれは勇者だ。だから、救える」

 

 お前はそうだろう。

 でも、オレは違う。

 そう叫びそうになったシナヤの口は、唐突に塞がれた。

 

「ルーシェ……」

「ごめんね、シナヤ。たくさん辛い思いさせて、私のためにたくさんがんばって、無理させて」

 

 でもね、と。

 息も絶え絶えに、ルーシェは言った。

 

「あの日、私を救ってくれたのは、あなた。だから、私の勇者は、あなただけだから」

 

 シナヤ・ライバックが勇者だと、ルーシェ・リシェルは言った。

 勇者とは何か? 

 世界を救った人間が勇者なのか? 

 違う。

 

「お願い、シナヤ。この村を、みんなを助けて」

 

 助けを求める誰かの手を取るのが、勇者だ。

 

「なにボサッとしてんですか」

 

 杖で、尻を叩かれる。

 後ろには、勇者と並んで、シナヤが大好きな少女と、同じ顔の賢者が立っていた。

 

「こんなに良い女が、あなたのことを信じているんですよ。早く立ってください」

「……あぁ」

 

 シナヤは、苦く笑った。

 まったく、勘弁してほしい。

 この子がルーシェと、同じなわけがない。

 だって、こんなに気が強くて、尻を杖で叩いてくるような女の子を、シナヤは知らないから。

 だから、シナヤ・ライバックは立ち上がる。

 

「策はあるのか?」

「もちろん。世界最高の賢者様が、おれたちには付いてる」

「ええ。そういうことです」

 

 あの日は救えなかった。

 今日は必ず救う。

 何故か? 

 

 

 

「いくぞ、オレ。足引っ張るなよ。勇者なんだから」

「そりゃこっちのセリフだ、おれ。お前こそ気張れよ、勇者なんだから」

 

 

 

 世界を救い終わった勇者と。

 たった一人の女の子を救った勇者。

 今、この瞬間だけは。

 二人の勇者が、その肩を並べる。

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