その後の話をしよう。
おれたちがタウラスを倒して、それですべてが解決、というわけには残念ながらいかなかった。
村を象徴する造花に灯った火の勢いは、谷を丸ごと呑み込んでしまいそうなほどで。しかし、それを止めたのはもう一人の賢者ちゃんの『
理屈としては、魔法の原則の行使そのもの。触れたものに付与した魔法効果を、取り去るだけ。
これまでの賢者ちゃんが自分自身を増やしたり、消していたように。自分が『増やした』造花を、すべてもとに戻して『消す』決断をした。増やしたものを、なかったことにした。賢者ちゃんが変わることを選んだように、もう一人の賢者ちゃんもまた、変わることを選んだのだろう。
消えていく花と一緒に、舞い散り、霧散していく火の粉。それを見上げるエルフの村人たちは、誰一人として言葉を発することはなかった。ただ、彼らの横顔は決して悲壮感に満ちているわけでもなく。きっとこれから、彼らも変わるための選択をしていくに違いない。
「いいの?」
それでもおれは、その選択をした彼女に向けて。
もう一人の賢者ちゃんに向けて、それを聞いてしまった。
「いいの。きっと、これでよかったから」
「でも、この村はきみと、もう一人のおれが作り上げてきたものだ」
「うん。そうだね。だから、またやり直せる……でしょう?」
彼女はおれの方を横目で見て、にっと笑った。
「花は、何度でも咲くものだよ。お兄ちゃん」
不覚にも。
この子も良い女になったんだなぁ、と。おれはそう思った。
◇
さてさて。
めちゃくちゃになってしまった村の片付けに、今後のあれそれ。悪魔の脅威が去っても、やることは山積みだ。
だけど、お礼を言っておきたい人がいる。
村から出た、谷間。注意深く探さなければ絶対に見つからないような場所に、四賢の一人……賢者ちゃんの師匠センセイはいた。
「賢者ちゃんたちに、会っていかなくていいんですか?」
「うわ出た。勇者だ。かえれよ。こっちくんな」
「ひどくありません?」
本当にひどい。まるで虫が出てきたみたいな反応だ。
ひさしぶりに会う賢者ちゃんのセンセイは、おれを見てしっしっと手を振った。
しかし、美味そうに吸い込んでいた煙を吐き出し、パイプを懐にしまってくれるあたり、この人はやはり気遣いがちゃんとしているというか。根っこの部分が教育者というか。口の悪さに反比例して、良い人感が隠しきれていない。
「よくアタシの居場所がわかったな」
「師匠の勘です」
「ぴーす」
おれの頭の上で、肩車している師匠が軽くドヤ顔をする。
すると、賢者センセイはぷっと吹き出して小さく笑った。
「なるほど。さすがはお師匠さんだ」
「なんかおれの時とあまりにも反応違いません?」
「お師匠さんとは熱い共闘を張った中だからな」
たしかに。
この二人がいなければ、あの仮面野郎を抑えることはできなかっただろう。おれは師匠を肩に乗せたまま、なるべく深く頭を下げてお礼を言った。
「おかげで、助かりました。みんなをちゃんと助けることができたのは、賢者センセイのおかげです」
「おうおう。たっぷり感謝しろ。アタシという存在を尊び、敬え。どこまでも崇め奉れ」
本当に変わんねえなこの人。
「ま、アタシ一人じゃあちょいと厳しかったのも事実だ。お師匠さんが一緒に戦ってくれたから、あのクソロリコン賢者を抑えることができた。アレは本当に厄介な相手でな。正直、アタシが今まで手をこまねいていたのも、アレがこの村に出入りしていたから……ってのが、どうにもデカかったんだ」
「ふむ。やっぱり、前々からこの村のことを……二人のことを、見守ってた。そういうこと?」
「……まいったな。こりゃ、一本取られちまった」
素知らぬ顔で、師匠が鋭く指摘する。
魔女らしい帽子の上から、センセイはがしがしと頭をかいた。ぶすっと、その頬が小さく膨らむ。
そういう反応はちょっと賢者ちゃんに似ているかもしれない。
「まあ、聞いてくれよ。アタシの弟子はなぁ、弟子のくせに師匠のアタシに隠し事をしやがるんだ」
「おれに愚痴らないでくださいよ」
「お前には言ってない。お師匠さんに共感を求めているんだ」
「うむ。わかる。私にも、覚えがある」
「え。師匠?」
「そうだろそうだろそうだろう!? だから師匠のアタシとしては、余計なところにまで気を回して、こうして時間を削って定期的にこんな辺境の土地まで……ああっ! くそ! どうして天才のアタシの時間をこうも無駄にできるんだアイツらは……!? 人類の損失だぞこれは!?」
「うん、ごめん。それはちょっと、わからない」
師匠は預けていた背中をちょっとだけ引いた。やはり四賢と呼ばれるだけあって、この賢者先生はちょっとエキセントリックな部分がそれなりにある。
「でも、師匠っていうのは、そういうもの。どんなに生意気でも、弟子がかわいいものでしょう」
「……そういうもんかねぇ」
「うん、そういうもの」
「照れますね」
「口閉じろよボケ勇者」
ダメだ。やっぱりこのおばさん賢者、おれにだけ塩対応だ。
「お師匠さんよ。世話になったアンタだから、アタシはこれを話すんだが」
「うん」
「アタシって女は、とびっきりの天才であると同時に、どうしょうもない人でなしなんだよな」
らしくない言葉だった。しかし同時に、それが本音なのだろうとも思った。
白の色魔法を産業の発展に利用したエルフたちを、センセイは認めないだろう。
だがしかし、それは考えてみれば、過去の自分自身の行いを刺す言葉でもあったわけで。
否、ものを増やすというその一点のみに集中していた村人たちに比べれば、人格を統合し、より苛烈な魔法の習熟を求めた訓練は、彼らよりももっともっと悪辣なものであったのかもしれない。
魔法を利用するために、賢者ちゃんを利用した。
罪悪感、と。一言で表現するには色濃すぎる感情が、彼女の心の奥底にはずっと根付いているのだとしたら。
「魔術の限界。魔導の理想。それを追い求めるために、アタシはあの子たちを、たくさん利用した。あのエルフどもを批判する権利は、ほんとはアタシにはないんだ」
「それはそうですね」
「うん。それはそう」
「あぁ!?」
がくん、と。賢者センセイは大きく仰け反った。
すげえ。
とびっきりのメガネ美人から、猿のような悲鳴が漏れてくる。
「お、お前ら、それは……それは、ちょっとちがうだろ! なんというかちがっ……ちがうだろ!? 今の話の流れ的には、こう……アタシの話に対してそんなことない! とか。アナタは悪くない! とか。そういう優しい言葉をかけてくれる流れだったろう!?」
「そうなの?」
「そうらしいですよ」
「むきーぃっ!?」
とはいえ、ずっとからかっているのも少しかわいそうなので、そんな残念美人の顔を覗き込んでおれは静かに言い切った。
「でも、おれも同じですよ、センセイ」
「……」
「先生が魔術の発展のために賢者ちゃんを利用したというのなら、おれも魔王を殺して世界を救うために、賢者ちゃんを利用しています」
だから、
「共犯ですね、おれたちは」
「…………あー」
我慢できなくなったのか。
センセイは、しまってくれていたパイプを取り出し、勢いよく火を点け、深く深く煙を吸って、それを吐き出してから、ようやく次の言葉を紡いだ。
「ふーっ。おい、お師匠さんよ」
「なに?」
「このクソボケ勇者は、いつもこんな感じで女を口説いてんのか?」
「うん」
「まって師匠」
違うでしょうが。
そこは否定しなきゃだめでしょうが。
「うむ。冗談は置いておくとして」
「そうですよね? 師匠。ちゃんと冗談ですよね?」
「誰が悪い、とか。悪くない、とか。そんなことは、当事者たちにしかわからない。エルフたちの行いも、そう。魔法を利用したことではあっても、それはたしかに彼らに生きる場所を与えていた」
くそっ……話を真面目な流れに引き戻されて、うやむやにされた!
「それはまあ……そうなんだが」
「だから、あなたも同じ」
こちらもとびっきりの美少女であるおれの師匠は、無表情のまま小さな手を賢者センセイの頭の上に置いた。
ああ、なるほど。おれが肩車しないと手が届かなくて頭を撫でられないから、乗っかってたのね。
「あなたが自分の行為を責めるのは、あなたの自由。あなたのけじめ。でも、あなたが導いた賢者は、たしかに世界を救った。私たちと、一緒に」
「……それは結果だ」
「そう。結果。でも、そういう結果が、客観的に話しやすい。それに、責任を問うというのなら、あなたはそれを立派に果たそうとしていた」
こういうお話は師匠にぶん投げようと思っていたが。
せっかくなので性懲りもなく、おれも少しだけ口を挟んでおく。
「こっちの賢者ちゃんに、魔術を教えたのも……センセイですよね?」
「……んなぁ!? なーんでそこまで……あ、いや、ちょっとまて……そうか。たしかに、よくよく考えりゃ自分で口滑らせてるか、アタシ……」
空いている片手で頭を抱えて、センセイは呻く。
「……あの馬鹿弟子一号が、どこかでもう一人の自分が生きてる、なんて言うもんだからな。死物狂いで探したんだよ、こっちは」
「うん」
「同じことはさせたくなかった……ってのは、アタシのエゴかもしれねえ。危険な冒険をしてほしくなかった、ってのもある。基礎中の基礎だけ、短期間で教えた。名前すら名乗ってない。馬鹿弟子二号のやつはきっとアタシのことを……通りすがりの親切な魔導師さん、くらいにしか思ってないだろうよ」
だから本当は、師匠なんて呼べるかどうかもあやしい。もごもごと、センセイはそう呟いた。
しかし、それから定期的に様子を見に来るようになって、二人が魔法の効果を知るようになって、なんとかしてやりたい、と。この四賢は、人知れず奔走する羽目になったわけだ。
「お人好し」
「……ああ! もうアタシの負けだ! なんとでも言ってくれ!」
「そんなに、ジタバタしないでほしい。べつに、恥ずかしがることじゃない。さっきも言ったけど、師匠は誰だって、弟子がかわいいもの。それは、私も同じ」
自分よりも年下で。自分と同じように生徒を導こうとしている賢者センセイに向けて、師匠は微笑んだ。
「だからあなたは、もうちょっと素直になっても良い。あの子たちは、自分の自慢の弟子だって」
「……やれやれ。少なくとも、アタシと同じように師匠やってるアンタに、そう言ってもらえてよかったよ」
「うむ」
「……馬鹿弟子のこと。これからも、頼むな」
「うむ。うちの賢者は、良い子だから」
センセイは大きな杖を取り出して、それに腰を落ち着けた。
もう行く、という簡潔な意思表示だった。
「二人には、会っていかなくていいの?」
「ああ、そうだな。会わなくていいよ。アタシが会ったところで、何か変わるわけでもないし……見たいものはもう見れた。うちのかわいい生徒たちが、二人とも幸せそうだったからな」
ならば、それに勝るハッピーエンドはないだろう。
「じゃあ、これ。忘れもの」
ぴっ、と。達人の指捌きで、師匠は指に挟んだそれを賢者センセイの無駄に大きい魔女帽子に向けて投擲した。指先だけで十分な速力を得たそれらは、当然のように分厚い生地の魔女帽子に突き刺さる。
賢者センセイは、年甲斐もなく絶叫した。
「だーっ!? あぶねぇな!? なにしやがる! おま、これ……少し逸れてたらアタシの頭に刺さってたぞ!? 人類の宝であるアタシの頭脳が欠けていたぞ!?」
「心外。そこまでコントロールは悪くない」
「本当ですよ。おれの師匠がそんなノーコンなわけがないでしょう」
「そういう話をしているわけじゃあないんだが!?」
声を張り上げながら帽子を脱いだ賢者先生は、そこでようやく、師匠が投げつけてきたものの正体に気付いたらしく。メガネの奥にある目付きの悪い瞳が、これまでで最も大きく、見開かれた。
「……これは」
「あなたに、プレゼント。どうせ恥ずかしがって黙って帰るだろうから、渡してくれって、頼まれた」
それは、白い二輪の造花だった。
こんなものを贈る馬鹿弟子は、この世に二人しかいない。
まあ、そういうことだ。
「……まったく。本当に生意気な弟子どもだ」
「そういうこと。私たちが思っているよりも、弟子たちの成長はずっと速い。覚えておいた方が良い」
「ああ、覚えておくよ」
飾り気のない魔女帽子に、二輪の花が咲く。
それを目深に被り直して、賢者のセンセイは去っていく。
「おい。勇者」
「なんですか」
「ウチの愛弟子たちを、泣かせるなよ」
「……はい。努力します」
◇
一言の言葉も交わさず。
一目、その顔を見ることすらなく。
しかし、空を見上げて二人の弟子が呟いた。
「お元気で」
「馬鹿師匠」
教えは、絶えず。
志の種は、地に根を宿して。
そうして、花はまた咲く。
もう一人の賢者ちゃん編、ラストスパート。おまけ含めず残り2話です