世界救い終わったけど、記憶喪失の女の子ひろった   作:龍流

170 / 223
シナヤと勇者パーティー

 シナヤ・ライバックは、恐怖していた。

 村の復旧。住民たちのケア。今後の方針の決定。戦いが終わっても、村長としてのシナヤには、やらなければならないことが、数え切れないほどあった。

 しかし、それよりもなによりも、シナヤには優先してやらなければならないことがあった。

 

「えーと。リリアミラ、さん?」

「あらあらぁ? わたくしに何かご用ですか? シナヤさま」

 

 謝罪である。

 シナヤが頭を下げると、勇者のパーティーの死霊術師……リリアミラ・ギルデンスターンは、薄く微笑んだ。

 

「その、今回の件について、いろいろと謝りたくて」

「まあ、これはご丁寧にありがとうございます。それで、具体的には?」

「ぐ、具体的には……」

 

 意地の悪い質問だった。

 しかし、答えないという選択肢はシナヤには存在しない。

 

「首を切って、頭を谷底に蹴り飛ばして、すいませんでした」

「ええ、ええ。まったく、わたくしでなければ死んでいましたよ? 次からは気をつけてくださいね?」

「はい。すいません」

 

 なんで生きてんだよ、この人。

 シナヤは、恐怖した。魔法は理解できないもの、奇跡の力、というのは公然の事実だが、しかしここまで異常な魔法を見せつけられると、やはり理解できないことへの恐怖が勝る。

 

「死にかけだったうちの村人たちも助けてくれたと聞きました」

「ああ、はい。中途半端に息がある方は面倒だったので、サクッと殺してからわたくしの魔法で蘇生させていただきました」

「あ、ありがとうございます……」

 

 なんで勇者パーティーの一員なんだよ、この人。

 シナヤは、恐ろしかった。このちょっとヤバい美人のおねーさんを、どのようにして口説き落としたのか、その経緯をもう一人の自分に問い詰めたかった。

 

「ところで、失礼な質問になるかもしれないんですが」

「はい。なんでしょう?」

「その『紫魂落魄(エド・モラド)』という魔法……リスクとかは?」

「ありませんわ」

「なんかその……時間制限みたいなものは?」

「ありませんわ」

「えっと……生き返らせてもらった代わりに、操られるとか?」

「できますが、やりませんわ」

「イカれた魔法なのか?」

 

 思わず、素の疑問の声が出てしまった。

 つくづく『紫魂落魄(エド・モラド)』は、常識を超えた死者蘇生の魔法だった。

 

「あらあらまぁまぁ! うれしい反応ですわね! そんな風に驚いていただけると、少々嬉しくなってしまいます! 勇者さまは言うまでもなく、パーティーのみなさんはわたくしの魔法を便利な道具その一くらいの感覚で使い倒しているので」

「使い倒す……?」

「ええ。勇者さまが率先してよく死ぬので大変です」

「……???」

 

 シナヤは深く考えるのをやめた。世の中には考えない方が良いことがたくさんある。

 

「もう一つ、質問をしても?」

「わたくしに答えられることならどうぞ?」

「どうして、オレたちのことを助けてくれたんですか?」

「うーん。そうですわねえ。それが、我がパーティーを率いるリーダーの方針だったから、と言えばそれまでですが……」

 

 声音は、やわらかく軽薄なまま。

 しかし、目線だけはどこか遠くを見て、リリアミラは言った。

 

「わたくし、ラブロマンスはハッピーエンド派なのです。シナヤさまとルーシェさまのような初々しいカップルには、幸せになってほしいでしょう?」

 

 素直じゃない人だ。けれど、良い人だ。

 苦笑いしながら、シナヤはもう一度リリアミラに向けて頭を下げた。

 

「リリアミラさん。最後に、お願いを聞いてもらってもいいですか?」

「はい。わたくしにできることなら、喜んで」

 

 笑顔で頷いてくれたリリアミラに向けて、シナヤは薄手で丈の長いローブを差し出した。

 

「どうか……服を、着ていただけませんか?」

「あら〜! わたくしとしたことが、うっかりしておりました!」

 

 うっかり全裸になるな。

 

 

 ◇

 

 

 村長として公序良俗の維持ができたところで、シナヤは次の探し人を見つけた。

 そのちびっこは、村のこどもたちにもみくちゃにされて、一緒に遊んでいた。

 

「あの……」

「特に謝る必要はない」

「心とか読んでます?」

 

 ムム・ルセッタの言葉は、シナヤの先をいっていた。

 おそろしい。見た目は子どもなのに、こんなにも人生の積み重ねの違いを感じることがあっていいのだろうか。

 

「あなたは、あなたがやるべきことを、やっていただけ。ただ、もう一人のあなたを鍛えた師として、少しお節介なことを言っておくなら……」

 

 するりと子どもたちの中から抜け出たムムは、とんっと飛び上がって、すっとシナヤの肩に片手で着地した。

 

「あなたは、まだまだ強くなれる。人生は、一生修行。惚れた女を隣で守りたいなら、もっと励むべき」

「……おす」

「うむ。返事は、よろしい。それから、もう一つお小言」

 

 地面に着地したムムは、そのまま流れるようにシナヤのケツを蹴りあげた。

 

「いっ!?」

「あなたには、わたしなんかよりも、謝りに行くべき人がいる。先伸ばしにしてないで、さっさと行った方が良い」

「……」

「返事は?」

「お、おす!」

「うむ」

 

 小さな師匠にまたケツを蹴り上げられる前に、一礼したシナヤは次に向かった。

 

 

 ◇

 

 

 ムムの指摘は、見事に的を得ていた。

 シナヤは彼女と言葉を交わすのが、一番気が重かった。

 

「あ、アリア」

「……」

「アリア?」

「…………」

「あの、アリアさん」

 

 さん付けで呼んでみると、金髪の姫騎士は、アイスブルーの瞳をようやくシナヤの方に向けてくれた。

 

「……名前、連呼しないでくれる?」

「はい。すいません」

 

 やっぱこれ、キレてるよな? 

 シナヤは、数年ぶりにまともに話す同級生女子に、人生最大の恐怖を抱いていた。

 

「はぁ……あたしに何か用? シナヤくん。まだやることあるから、結構忙しいんだけど」

 

 くん付けを強調しながら、アリアは手にした大剣をぞんざいに振るい、巨大な落石を呼吸をするように砕いている。

 これ、普通にオレよりも魔力の身体強化の出力高いんじゃないか? 

 シナヤの中で、姫騎士への恐怖がより増した。

 

「ごめん。作業、手伝ってくれて助かる。でも、アリアには一言ちゃんと、謝りたくて」

「謝る? どれを」

 

 鋭く聞かれて、シナヤは言葉に詰まった。

 勇者のパーティーを村に誘き寄せたこと? 

 その後、彼らを襲撃したこと? 

 冷たい牢に、放り込んだこと? 

 シナヤは、背中を流れる冷や汗の量が増していくのを自覚した。

 まずい。あまりにも、心当たりがありすぎる。

 ありすぎる、が……

 

「きみの名前を、呼んでしまったこと。それを、武器として利用してしまったこと」

「……」

「本当に、すまなかった」

 

 謝って済む問題だとは、思っていない。許してもらえないかもしれない。

 しかしそれは、シナヤにとって頭を下げない理由にはならない。

 

「いやだね」

 

 簡潔に、アリアはシナヤを冷たく見下ろして、そう言った。

 

「何がいやかって、アレがあたしの傷になることを、いちばんわかってるところが、本当にイヤ」

 

 こつん、と。

 固めた拳を、アリアはシナヤの頭の上にやさしく振り下ろした。

 

「頭を上げなよ、シナヤくん。ルーシェちゃんを守るために、きみは最善を尽くした。それだけのことでしょう?」

「いや、でもオレは……」

「大好きな誰かのためなら、自分が泥を被ることも厭わない。実を言うとね、怒るよりも、ちょっと納得しちゃったんだよ、あたし」

 

 何かを懐かしむような。

 何かを惜しむような。

 言葉通り、怒っているわけではない。様々な感情をぐちゃぐちゃにミックスしたかのような、そんな声音。

 

「あー、この人は全然変わってないなぁ、って」

「……そんなことはない。オレは、勇者じゃない」

「うん。知ってる。だから、きみは変わったんだね」

 

 矛盾したことを自分で言って、少しおかしくなったのか。アリアは、小さく含み笑いを漏らした。

 それは、あの頃よりもずっと大人びた……けれど騎士学校で、シナヤがずっと見惚れていた笑顔だった。

 

「アリアは、変わらないな」

「はー? 許してあげた途端にそういうこと言っちゃう? 調子いいなぁ」

「あ、いやちがっ……そういうわけじゃなくて」

「言っとくけどあたし、昔よりもめちゃくちゃ強くなってるからね?」

「主張するのは強さでいいのか……?」

「普通に一騎打ちしても、あたしが勝つよ? なんなら、今からやる?」

「勘弁してくれ」

 

 シナヤ・ライバックは、もう一人の勇者だ。

 ムムのことも、リリアミラのことも、シナヤは伝え聞く形でしか知らない。シャナについても、あのエルフの村に関する出来事の前後しか、詳しく知らない。

 アリアだけだ。

 今の勇者パーティーの中で、アリア・リナージュ・アイアラスだけが、シナヤにとって思い出として、心の中に残っている。

 だから、昔のように、言葉を交わすことができる。その時間が、こんなにも心地いい。

 

「シナヤくんはさ。ルーシェちゃんのこと、好き?」

「ああ。大好きだ」

「お、即答いいね。男の子って感じ」

「どういう意味だよ……」

「いやあ、でも良いことだよそれは。あたし、ちょっとうらやましいもん」

 

 今度はいたずらっぽく微笑んで、アリアはシナヤの肩を小突いた。

 

「今のあたしは……ちょっとまだ、そういうの……勇者くんにたしかめるのは、難しいからなぁ」

 

 名前を、呼べない。

 名前を、聞くことができない。

 その呪いに対する、彼女が抱える葛藤は、どれほどか。

 自分がそれを、少しでも軽くできるとすれば……

 

「なあ、アリア」

「なに?」

「これを言うのは、ずるいことかもしれない。でも、昔のオレは、きみのことを……」

「だーめ」

 

 アリアの指先が、すっと伸びて。

 人差し指と親指が、シナヤの唇をやさしくはさんで、止めた。

 

「ふがっ!?」

「言わせないし、聞いてあげない」

 

 くしゃり、と。

 整った顔立ちが、破顔する。

 

 

「だって、あたしがそれを聞きたい人は、もうあなたじゃないから」

 

 

 ああ、そうだ。

 この恋は、もう終わっている。

 自分と彼女の時間は止まっていて、彼と彼女の時間はもう進んでいる。

 また墓穴を掘るところだった。というよりも、あまりにも余計なお世話だった。

 もう一人の自分と彼女の間に、どれだけのものが積み重ねられてきたのか。シナヤには、もう推し量ることもできないのだから。

 

「そういえば、ちゃんと言ってなかったね」

 

 唇を摘んでいた指先が、離れる。

 手を後ろに組んで、くるりと回る金髪のポニーテールが左右に揺れた。

 

「シナヤ。結婚おめでとう」

「……ありがとう。アリア」

 

 

 ◇

 

 

 谷底近くの河辺に、シナヤは戻ってきた。

 

「お、謝罪回りは終わりましたか? その軽い頭を下げる行為にどれほどの誠意を込められたかはわかりませんが、しかし形だけでも謝ることは大切ですからね」

「口が悪ぃ……」

 

 あまりにもあんまりなシャナ・グランプレの罵倒に、シナヤは膝から崩れ落ちた。ルーシェと顔が同じなので、シナヤにとってはそういう意味でもダメージが大きい。特殊な言葉攻めプレイの一環だと思えば耐えられるかもしれないが、そんなアブノーマルな性癖はシナヤにはない。

 ぷーくすくすと気持ちよく笑っているシャナの後ろでは、ルーシェと勇者と赤髪の少女が並んで苦笑いを浮かべている。

 

「おつかれさん。騎士ちゃんとはちゃんと話せたか?」

「……おう」

 

 自分自身だから当たり前といえば当たり前なのだが、気遣いの方向性が完璧すぎて、少々むず痒い。

 

「そのふざけた並べ替えみたいなお名前を、みなさんに笑われてきましたか?」

「追撃やめてくれないか?」

「諦めろ。賢者ちゃんの毒舌はもう筋金入りだ」

「くそっ……どういう教育を受けたらこうなるんだ? パーティーのリーダーの顔を見てやりたいぜ」

「鏡持ってきてやろうか? ほぼ同じ顔だぞ」

 

 ふざけたやりとりが、ぽんぽんと回る。

 そんな中で、

 

「名前、そのままでいいんですか?」

 

 ぽつりと、シャナが問いかけた。

 フードの中から、こちらを見上げるように。

 何かを、恐る恐る、確認するように。

 シナヤは、ルーシェの方を見た。ルーシェは軽く笑って、手を振るだけだった。

 

「うん。きみが、この名前を名乗ることを許してくれるのなら……オレはシナヤだ。シナヤ・ライバックだ」

 

 この名を背負って、一生を生きていく。

 名前を変えてしまった彼女の人生を、その分まで共に背負っていく。

 シナヤはすでに、そういう決断を済ませている。

 あとは、本人から許可を貰うだけだ。

 

「……そうですか。とんだ物好きもいたものですね」

「そうか? オレはめちゃくちゃ気に入ってるよ。この名前」

「うん。とっても良い名前。私も大好き」

「はぁ……バカップルがそれで良いなら、もう結構です」

 

 ぷい、とそっぽを向いたシャナの態度に、年相応のものを感じ取れて。

 シナヤは少し、嬉しくなった。

 

「さて、と……残る問題は」

「え、まだ何かあるんですか?」

「いや、オレたち的にはないんだが……お前ら、()()()()()()()()()なぁ、と思って」

 

 シナヤがそれを指摘すると、呑気にパンを齧っていた赤髪の少女の顔が、わかりやすく青くなった。

 

「そ、そ……そうでしたぁ〜! 勇者さん! わたしたちどうやって帰るんですか!? 船ありませんよ!?」

「うーん……徒歩?」

「それ、どれくらいかかるんですかぁ!?」

 

 騒がしくあわてる赤髪の少女を他所に、シャナは「やれやれ」と首を横に振った。

 

「まったく、うるさいですね。そんなに騒がなくても大丈夫ですよ。そろそろ()()する頃合いですから」

 

 まるで、その瞬間を待っていたかのように。

 河辺に大きな影が差し、凄まじい轟音と共に、水飛沫が飛び散った。

 それは紛れもなく、一隻の船が、着水した音と衝撃だった。

 

「おー、きたきた」

「船!? いやそれよりも、ど……ドラゴン!? まさかシャイロックの……?」

「あー、いやいやちがうちがう。この人、うちのパーティーの聖職者さん」

「は?」

 

 勇者の雑な説明が済む前に、壊れかけの船を牽引していたドラゴンの姿が一瞬で縮み、そして『変身』する。

 

「あは〜。もう、みんな遅すぎるから迎えに来ちゃったよ〜!」

「すいません。こちらから迎えに行くつもりだったのですが、こっちもこっちでいろいろありまして」

「まったく仕方ないなぁ〜。まあ、おねーさんはやさしいから許してあげましょう〜」

 

 ゆったりとした声音と、おだやかな口調を伴って。

 甲板の上に降り立ったランジェット・フルエリンは……勇者とシャナと、それからシナヤとルーシェを見て。

 一拍の間をたっぷりと置いて、目を丸くして叫んだ。

 

 

 

「どわわわぁ!? ゆ、ゆうくんとシャーちゃんが二人いるぅ!?」

 

 

 

 同様に。

 シナヤ・ライバックも、こちらを見下ろす聖職者を見上げて、それに負けない声量で、叫んだ。

 

 

「ぜ……全裸の美女、二人目!?」

 

 

 そうして、二つの杖が、成人男性の頭部を殴打する音が、谷底に響いた。




こんかいのとうじょうじんぶつ

リリアミラ・ギルデンスターン
ハッピーエンド至上主義者。本人たちが満足しているとはいえ、前回はあのカップルが互いに離れる結末を選んでしまったので、今回のカップルは幸せそうなことをうれしく思っている。地味に良い人。全裸の美女一人目

ムム・ルセッタ
ケツバット

アリア・リナージュ・アイアラス
加湿器

シャナ・グランプレ
ツンデレ。ちゃんと信号を発してお迎えを頼んでいた。そういうところは抜け目ない

ルーシェ・リシャル
素直デレ。かわいい

赤髪ちゃん
パン落とした

ランジェット・フルエリン
オチ担当。チャリじゃなくて竜に変身して来た。全裸の美女二人目。

シナヤ・ライバック
最後の一人がまたおっぱいのでかいねーちゃんだったので、驚くと同時にもう一人の自分にちょっとキレた。が、その前にシャナとルーシェの合体攻撃によって頭部を殴打された。

勇者くん
よし。みんな揃ったし帰るか〜
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。