その後の、さらにその後の話。
帰りの手段を完全に失っていたおれたちは、結局頼れる聖職者さんに持ってきてもらった飛行船で帰ることになった。我らが『イロフリーゲン号』は、ほぼ半壊状態だったが、おれが新たに得たタウラスの『
師匠の『
とはいえ、ぶっ壊れた船が直るわけではないわけで
「うああああああ!? 私の愛娘がキズモノにぃいいいいいいい!?」
帰ってきたドックで、技師さんは頭を抱えながら絶叫していた。
うん。仕方ないね。信じて送り出した船(娘)がズタボロになって戻ってきたわけだからね。当然というか、頷ける反応である。
さて、パーティーの責任者として土下座の用意するか。
「娘がキズモノに、って言われるとえっちな感じですわよね」
「うるせえよ死霊術師さん」
「あは〜。はじめてなのに、ゆうくんが乱暴にするからだよ?」
「黙ってよ聖職者さん。あと、はじめてなのに乱暴にしたのは騎士ちゃんだから」
「えぇ!? あたしのせいにするのやめてよ!?」
船の性別は基本的に女性だから、この表現は間違ってないんだよな。そういう問題ではないけど。
「えーと。技師さん。大切な娘をお預かりしたのに、こんなことになってしまって本当になんとお詫びしたらいいか」
「ハァハァハァ……いえ。勇者様。すでに提出された報告書については目を通させていただきました。竜種の襲撃という特大の不運に見舞われながらも我が愛娘を守り抜いていただいたことむしろ感謝の念に絶えず。むしろ勇者様のパーティーに今回の件を依頼しなければこの子は永遠に失われていたでしょう守っていただきありがとうございま、うああああああああこんなところにも穴が! 傷がぁ!?」
「情緒の上下運動で飛べそうですねこの人」
「口を慎みなさい、賢者ちゃん」
手塩にかけて育てたイロフリーゲン号の傷つきっぷりにショックを受けすぎて、ただでさえ変人に片足を突っ込んでいる技師さんがめちゃくちゃになっている。
しかし、ドラゴンに襲われるという特大のアクシデントがあったのは事実だが、処女航海の試験飛行で高価な船をぶっ壊したのは完全におれたちの責任である。何かしらの形で、責任は取らなければなるまい。
「あのー、技師さん」
「ウッウッ……はい。なんでしょう勇者様」
「この船、直せます?」
「それはもちろん私の無限の情熱をもってすればなんの問題もなく再び美しく空を舞うことは可能でしょうがしかし世知辛いことに私のヤル気が無限であったとしても我が研究資金は無限ではなく」
「ですよね。なので、お金出します。とりあえずこれくらい」
舐めまわすように船体をチェックしていた技師さんは、おれが用意していた資金提供に関する書類に即座に飛びついた。そして、目を剥いて叫んだ。
「へ? お、おぉおおおおおおおお!?」
叫び声がうるせえ。
「あ、ずるいですわ勇者さま。わたくしも一枚噛ませてください。勇者さまはいくら出すんです?」
「えー、これくらい?」
「あらあら、まぁまぁ。この前わたくしが増やしてお返しした全資産のほぼ半分ではありませんか。では、わたくしはさらに倍プッシュです」
「なら、私も個人名義で少し出資しておきますか。飛行魔術の民生実用化には興味がありますし」
あらかじめ用意しておいたのか。死霊術師さんは手品のように取り出した書類にさらさらと額面を記して、おれの書類の上に重ねた。そこに、賢者ちゃんも競うようにぽんぽんと紙を重ねる。
結果、軽い国家転覆くらいは狙えそうになった金額を三度見くらいして、技師さんの腕と足が、ガクガクと震え出した。
「お、おおおおおおおおお!?」
人間ってやっぱ認識できない金額見ると思考止まるんだな。
肩をわさわさと揺すってあげて、おれは技師さんに問い直した。
「どうです? これくらいあれば、修理いけそうですか? 技師さん」
「ふーっ……ありがとうございます、勇者様。次は三つ子です」
よかった。意識を戻して完全に賢者タイムに至っているようだ。
まあ、資金がいくらあっても技師さんは一人しかいないので、やる気を出しすぎて無茶はしないようにしてほしい。身体を壊したら元も子もないからね。
「本当にありがとうございます賢者さま勇者さま。なんとお礼を申し上げていいか。昔からずっと私は、お二人に助けていただいてばかりです」
後ろで「わたくしへの感謝は?」と首を傾げている死霊術師さんは放置しつつ、おれは賢者ちゃんとこっそり目を合わせた。
「そんなことないよな? 賢者ちゃん」
「はい。技師さんの情熱には、私達の方こそ勇気を貰っています。昔から」
もう一人のおれと、もう一人の賢者ちゃんにも、技師さんのことは話してある。
二人とも、やっぱり彼のことはよく覚えていたらしく……こんな濃くて個性的な人のことを忘れられるわけがないので納得があった……その上で「自分たちのふりをして、応援してあげてほしい」と頼まれた。
賢者ちゃんの魔法のことを話しても信じてもらえるとは限らないし、二人が技師さんに会うことも今は難しい。だから、妥当な判断だろう。
「ありがとうございます! お二人にそのように仰っていただけることまさにこの身が天に登るかのような思いで」
「あ、技師さん。少しだけストップです。実は、おれの方から、二つだけちょっとお願いがありまして。聞いてもらえますか?」
「っ! もちろんですこの身で可能なことであればなんなりとお申し付けください」
「いつか、知り合いの結婚式をやりたいんですよ。技師さんの船で」
「は?」
昂っていた技師さんのメガネの奥の目が、点になった。
「け、結婚式?」
「はい。結婚式です」
あの二人には自分たちのふりをして応援してあげてほしい、としか頼まれていない。頼まれてはいないが、これくらいのサプライズは許してもらってもいいだろう。
技師さんにとって、勇者はおれじゃなくて……もう一人のおれだった。
今はまだ、会えないかもしれない。
でも、いつか。彼と二人が、きちんと再会できる日を、つくるために。
「いや、ちょっとまって。あの二人の場合は結婚式じゃなくて披露宴? それとも新婚旅行か?」
「そこはべつにどっちでもいいでしょう」
おれの疑問に、賢者ちゃんがあきれた上目遣いを向けてくる。
しばらく呆気にとられていた技師さんは、しかしおれたちのやりとりを聞いて薄く笑った。
「なるほど。私はよく知りませんが、その方たちは勇者様にとって大切なご友人なのですね」
「はい。応援したくなるカップルなんですよ。だよな? 賢者ちゃん」
「そうですね。まあ、せいぜい末永く幸せになればいいとは思います」
「ふふ。わかりました。であればお任せください! 全力で我が船をハネムーンに最適で完璧な仕様にし! さらに船室には最高級のベッドを」
「普通でいいです普通で」
「あらあらまぁまぁ!? 最高級のベッドについて詳しくお聞かせください!」
「すっこんでろ」
後ろで「わたくしも出資者なんですがぁ!? わたくし金出すんですがぁ!?」とうるさい死霊術師さんが賢者ちゃんに軽く吹き飛ばされるのを無視して、おれは技師さんにもう一つのお願いを通すことにした。
「二つ目は……本当に些細なお願いなんですが、イロフリーゲン号って名前。ずっと使ってほしいといいますか、どんな形でもいいので、残してほしいんです」
「もちろんです勇者様! 二世、三世と! 勇者様の偉大な魔法にあやかり、末永く受け継がれていく名前にしていきましょう!」
「ありがとうございます」
さて、せっかく少しだけ記憶を共有したことだし。
いつもは、奪ってばかりだし。
ここは、もう一人のおれが、かつての彼に向けて贈った言葉をお借りすることにしよう。
「
冒険に必要なのは、いつだって夢とロマンだ。
早口で多弁なはずの技師さんは、こちらを見返して。
たった一言で応えてくれた。
「はい。必ず」
◇
雨があがって、空は晴れてきたが、風が出てきた。
「ぶえっくしょいっ!」
「うわ。やめてよシナヤ。そんなジジ臭いくしゃみされると、いくらシナヤが大好きな私でも恋が冷めそうになるよ」
「誰かが、オレの噂をしている気がする」
「してないでしょ。世界を救った勇者ならともかく」
辛辣なルーシェの指摘に、シナヤは肩を震わせた。
長として、これからも村の立て直しに取り組んでいくつもりだったのに、肝心のエルフたちから「やりたいことをやってから幸せになってくださいね。村長にはしばらく頼りません」と、厄介者のように追い出されてしまった。
まったくもって不義理な連中である。
恩を仇で返すとは正しくこのことだ。
だが、勇気を伴う選択だ。シナヤは、嬉しかった。
魔法に頼らない、新しい生活を、彼らはこれから営んでいく。
自分たちのことはもう気にしなくていい。そんな強がりすらも、微笑ましくて。追い出してきたくせに、いつでも帰ってきてください、と。村人たちが贈ってくれた新しいカバンには、そんなメッセージが刻まれていたのだから、まったくもって理解に苦しむ。
多分、自分たちの故郷は一生あの村になるのだろう。
種族が違っても、そんなことはささやかな問題だ。
「あー、ちくしょう。晴れてきたのに、なんか冷えるなぁ……」
「文句言わないの。また冒険したいって言い出したのはシナヤでしょう?」
「いや、オレはただルーシェにいろんな景色を見せてあげたいというか」
「はいはい。うれしいけど、私を言い訳に使うのはやめてください。ふふっ……」
「なんで笑うの?」
「んー? なんかねぇ。この歳になっても、もうちょっとだけ冒険がしたい、だなんて。人の根っこって、意外とっ変わらないんだなぁって。実感できて嬉しくなっちゃった」
「悪いな。付き合わせちゃって」
「なーに言ってるの」
馬に乗っていると、体が冷える。
「旦那様についていくのが、奥さんでしょ」
だが、背後からぎゅっと抱きしめてくれる彼女の体温は、とても温かい。
「良い奥さんだよ。ほんとうに」
「そうだよ? ちゃんと毎日再確認してください」
シナヤとルーシェは二人乗りの馬で、荒野を駆ける。
「で、シナヤはどこに行きたいの?」
「さて、全然決めてなかったからなぁ。世界でも救いに行くか?」
「それ遅いよ。もう私たちが救っちゃってるよ」
「そうなんだよなぁ。そうやって考えると、オレたちってすごいよな」
「自画自賛」
「そりゃあ、自分のことだからな」
行く宛はない。目的もない。シナヤの視線の先へと、馬は進んでいく。
風の向くまま。気の向くまま。
そういう旅も、悪くない。
「また、いろんなところに行きたいな」
「うん。いいね」
「こまってる人がいたら、あいつらみたいに、手を貸してやりたいな」
「なに? あの人たちに影響を受けたの?」
「ああ。やっぱり勇者らしいかな?」
「ううん。全然」
振り返らなくても、ルーシェが背後で笑ったのがわかった。
「あなたらしいよ。シナヤ」
その一言が、うれしかった。
勇者になる必要はない。
違う道を歩んだ自分が、救った世界がここにある。
自分が世界よりも救いたかった女の子が、隣で笑っている。
それがきっと、勇者ではなくなった自分の答えだ。
風は冷たい。しかし、空の向こうには虹が見える。
「じゃあ、とりあえず、あの虹の根本でも目指してみますか」
「ふふっ……あはは!」
「え!? なに?」
「赤髪の子に聞いたの。あっちのあなたも、同じこと言ってたんだって」
「あ……? はぁ!? く、くそっ! やめだ! やめやめ! 逆方向行くぞ!」
「えー?」
決意を翻して、即座に方向転換。
その判断の正しさを証明するように、しばらく馬を走らせていると年季の入った佇まいの店が見えてきた。
「お。こんな荒野のど真ん中に、良さげな飲食店発見」
「ねえ、シナヤ。なんかあやしくない?」
「しかし奥さんよ。腹はへってるだろ?」
「ペコペコです。旦那さん」
「じゃあ入ろう。これも冒険だ」
「それ違う意味の冒険でしょ」
あまりにもぽつんと建っているので見間違いを疑ったが、近づいてもなくならないので、幻ではない。
軽いやりとりをしながら馬を停めて、シナヤは店の扉を開いた。
「すいませーん。二人なんですけど」
「うわっ!? お客さん来た!? じゃなくて、いらっしゃいませ!」
入店早々、不穏なセリフが飛んできた。
こちらを見て驚いているのは、エプロン姿の女性だった。ルーシェより上の年齢に見える彼女は、テーブルを拭いていた掃除の手をぱっと止めて、気持ちのいい笑顔を見せてくれた。
しかし、シナヤとルーシェは、思わず無言のまま顔を見合わせてしまった。
お客に驚く不穏なセリフにも、思うところはあったが。それよりも、彼女の耳が少しだけ
「えっと……やってます?」
「はい! もちろんです! お好きな席にどうぞ。ちょっとおじいちゃーん! お客さんだよ! はやく注文取って注文! 店主でしょ!」
「あー、わかったからでけえ声出すな。すぐ行くよ」
のしのしと厨房の方に消えていった元気の良い彼女とは入れ替わりに、出てきたのは気怠げな様子の老人だった。
「孫が騒がしくてすいませんね。お客さん。何にしますか……っとぉ? なんだなんだ。勇者さまと賢者のお嬢ちゃんじゃねぇか。もしかして、わざわざ店探して来てくれたのか?」
シナヤとルーシェは、またもや顔を見合わせた。
店主と呼ばれたこちらの老人は、完璧に
「ねえ、シナヤ」
「言うな、ルーシェ」
「意地を張って逆方向にしたのに」
「頼むからやめてくれ」
「結局、私たち、あの二人と同じお店に立ち寄ってない?」
シナヤは、膝から崩れ落ちてため息を吐いた。
あってたまるか。こんな偶然が。
実際にあるのだから、もう仕方がない。
「えー、すいません店主さん。実は、オレたちは勇者でも賢者でもなくて……」
「ははぁ、なるほど。こんなことがあるんだなぁ」
どうにか、かいつまんで事情を説明しようとすると。
しばらく呆気に取られていた様子の老人の店主は、シナヤの言葉を聞く前に、蝶ネクタイを締め直して一礼した。
「失礼しました、お客さま。どうやら、こちらの人違いだったようで。しかし、積もるお話もあるでしょう?」
丁寧な口調を伴って、完璧な所作でメニュー表が差し出される。
「まずは、ご注文をどうぞ?」
シナヤとルーシェは、また顔を見合わせて。
そして、大きく吹き出して、笑った。
良い店だ。さすが、世界を救った勇者と賢者が立ち寄っただけのことはある。
「……長いですよ。オレたちの話」
「ぜひ聞かせてくれ。見ての通り、閑古鳥が鳴いてる店なんでね。メシを食いながらの長話には最適だ」
「では、遠慮なく。御主人」
世界を救ったあとの、勇者の足跡について。知られているものは、あまり多くない。
魔王を倒し、呪いを浴び、力を失った勇者に関連する戦いの記録は、断片的なものが非常に多かった。中には真偽があやしいものもいくつか含まれており、はっきりと記述されている規模の大きな戦いと事件は、三つのみ……というのが歴史書でも広く知られる通説である。
しかし、それらの史実とはべつに、教国を中心とした北方にも勇者の物語と足跡は遺されている。
黒輝の伝説は、御伽噺に近いかたちで、人々に愛された。
勇者に瓜二つ顔の男と、彼に付き従う賢者の物語が言い伝えられているのも、その好ましい一例であると言えるだろう。
【勇者天録・第六章『勇者の後年』より 一部抜粋】