世界救い終わったけど、記憶喪失の女の子ひろった   作:龍流

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勇者の特別授業

「で、おれに卒業試験を担当してほしいっていうのは?」

「言葉通りの意味だよ、勇者さま」

 

 もともと、先輩はおれへの呼称を「後輩」と「勇者」で使い分けるタイプだが、その「勇者さま」という呼び方には、明らかに何かおもしろがっているような含み笑いが添えられていた。

 

「説明しなくてもわかると思うけど、毎年、騎士学校では卒業試験やってるでしょ? ワタシたちの代でいえばダンジョンに潜ったやつ」

「はいはい。よく覚えてますよ」

 

 おれも随分ひどいめに遭ったからな。具体的には、盗賊に襲われて男同士でくっついてぬめぬめしてほぼ全裸になった上に聖剣を引き抜いて騎士ちゃんに渡して盗賊をぶっ殺した。こうして思い出してみると本当にひどいな。

 

「今年の学生騎士、結構みんな優秀というか、粒揃いで豊作なんだよねえ。せっかくだし、今年は世界を救った勇者さまに! 卒業試験を担当してもらおっかなー、みたいな!」

「なんか狙いとか目的あります?」

 

 おれが勘繰ると、先輩はわかりやすく頬を膨らませた。

 

「ないない。強いて言うなら、この前王都で評判の占い師さんに「想い人との関係を進展させるにはどうしたらいいですか?」って手相見てもらったら「あなたの仕事に関わらせるのがいいでしょう」と出ただけ」

「ありありじゃねーか」

 

 ふざけんな。ふわふわした恋愛占い相談信じやがって。

 いやでもなぁ、たしかに先輩はそういうのすぐ信じそうだし、騙されやすそうだよなぁ……。

 

「なに後輩。ひさしぶりに見るワタシの顔にそんな見惚れちゃって」

「先輩。間違っても壺とか買わないでくださいね」

「壺? なに? リビングに置くインテリアの話? きみが置きたいなら止めないけど、ワタシ、壺はあんまり好きじゃないなぁ。すぐ落として割っちゃいそうだし」

 

 一を返したら違う方向に十を打ち返してこないでほしい。ていうか、壺すぐ割っちゃう自覚はあるのかよ。

 先輩は隣に座る聖職者さんの肩に頭を預けてすりすりして甘えながら「まあ、それ以外にも理由はあってさ」と。それらしい説明の言葉を繋げた。

 

「ワタシが卒業生たちの相手になってあげてもいいんだけど、ほら。ワタシの魔法って模擬戦でも手加減しづらいじゃない?」

「まあ……」

 

 たしかに。なんでもかんでもすぱすぱ斬ってしまう蒼牙之士 (ザン・アズル)は、普通の対人戦ではほぼ即死攻撃の連打に近い。剣の腕を見ようにも、先輩が一振りすれば相手の剣はすべて断ち切られてしまうので、鍔迫り合いすらできない。つくづく、馬鹿みたいな攻撃性能の魔法である。

 

「でも、先輩なら魔法なしで戦っても学生騎士程度ならあしらえるでしょ? 単純な剣の腕と魔術用紙 (スクロール)でどうにでもなりそうだし」

「いやぁ、後輩に褒められるのは悪い気がしないけど、そうも言ってられないと思うんだよね。今年の卒業生の上位七名……七光騎士 (エスペランサ)には、魔法持ちが複数人いるし」

「へえ」

 

 そりゃ、たしかに豊作だ。

 年によっては魔法持ちが一人もいないこともそれなりにあると聞くので、複数人いるというのはたしかにめずらしい。将来有望な若者が多いのは、素直に喜ばしいことだ。

 

「その点、今の弱体化した勇者くんなら即死させるような魔法もないしさ! いい感じに手加減しつつ、いい感じに卒業生をボコボコにしてくれるんじゃないかって思ってね!」

「おいおい。ちょっと言葉を選んでくださいよ」

 

 いくらおれのメンタルが鋼でできているとはいえ、面と向かって「弱体化した」とか言われちゃうと普通に泣いちゃうぞ。

 

「でも、後輩なら受けてくれるでしょ? こういうの、好きそうだし」

「……先輩、おれが断らないってわかって頼んでるでしょ」

「もちろん」

 

 いたずらっぽく微笑んで。

 先輩は、伸ばした指先でおれの鼻先を軽くつついた。

 

「ワタシは、きみの先輩だからね」

 

 やれやれ。それなら仕方ない。

 

「あは〜。じゃあ、わたしも一緒に行く〜! ゆうくんががんばってるところ見たいし〜!」

「ぜひぜひ〜! ワタシもお義姉さんに一緒に来てほしいし!」

「おい。授業参観じゃねえんだぞ」

 

 

 ◇

 

 

 世界を救った勇者が、卒業試験の相手になるらしい。

 教官からそんな連絡があった時は何の冗談かと思ったが、こうして実際に集められると、冗談ではない実感が沸いてくる。これから、数日間に渡って教官役となる勇者から、この講堂で簡単な挨拶と座学の講義があるという。

 七光騎士第七位、リーナ・ハーコートは、周囲を見回しながら用意された最前列の端にそっと座った。七光騎士になれたのは嬉しいが、こういう時に特別扱いを受けるのはいつまでたっても慣れない。気弱な自分にとっては、いつも罰ゲームを受けているようなものである。リーナはかけていたメガネを取り、布巾で軽く拭いて、気持ちを落ち着かせた。

 

「しっかし、勇者サマってのはどんなツラなんだろうなぁ?」

「お顔なら普段から銅像で腐る程拝見しているだろう?」

「バァカ! 銅像は動かねぇだろうが。実物がどんな顔で何を喋るのかって話だよ」

 

 同じ最前列でよく響く声で話しているのは、第一位のジーク・ラヴェル。彼は、今年一番の問題児だ。

 

「オレらの名前もわからねぇってのは本当なのかね? だとしたら、それで教官役が務まるのか甚だ疑問だよなぁ?」

「勇者殿の呪いについては、噂の域を出ないからな。実際にお会いするまではなんとも言えん」

「とりあえず、でけえ声で自己紹介して反応見てみるかぁ? どんな顔するか気にな……」

「じ、ジークくん!」

 

 我慢できなくなって、リーナは思わず声をあげた。

 着崩した制服の首元を緩めながら「あん?」と。ガラの悪い視線が、リーナを射抜く。周囲の視線も、自然とリーナに集まる。

 

「ゆ、勇者様に対して、そ、そういう言い方は、よくないと思うの……」

「……ちっ。もっとでけえ声ではっきり喋れよ」

 

 か細い声で、たどたどしく、なんとか言葉を紡ぐ。

 すると、ジークはわかりやすい舌打ちを漏らして、ぶすっとした表情で腕を組んだ。

 

「わはは! すまんな、リーナ! このバカはいつも声と言動がデカくていかん! 俺も気をつけているのだが、指摘してもらえると助かる! ありがとう!」

「う、ううん。こちらこそ……」

 

 不機嫌な顔で黙り込んだジークの隣で、手を合わせてこちらを拝んだのは、第五位のイアロス・プルシェフスキー。まるで山のような巨漢であり、ついでに言うと彼の声がいつも一番大きい。

 

 

 

「ふふっ……いいね。噂に聞いた通り、今年の卒業生は粒揃いの色物揃いのようだ。いやあ、これはおもしろい! 実におもしろい! 創作意欲が刺激されるなぁ!」

 

 

 

 そして。

 後ろの席から、勝手にそのやりとりを楽しんでいる、実に楽しげな声が聞こえる。

 我慢できなくなって、リーナは振り返った。

 

「あ、あのぅ……」

「おやっ!? 何かな!? 第七位のリーナ・ハーコートくん!」

「り、リーオナイン騎士団長ですよね? 第五騎士団の……」

「如何にも! ボクは第五騎士団団長、レオ・リーオナインだ。きみのように可愛くて実力もある騎士に覚えてもらっていて、とてもうれしいよ!」

「ら、来賓や参観の方たちの席はあちらに用意してあると思うのですが……どうして、生徒たちに交じってこちらの席に?」

「良い質問だ!」

 

 リーナは思った。

 いや、当然の疑問だ。

 

「何を隠そう、勇者はボクの親友でね! 親友が講義を行い、教鞭を取るその晴れ姿をなるべく生徒の目線で見ようと、こうしてきみたちに生徒の輪に交じっているというわけだ!」

「きょ、許可は取られたのですが……?」

「はっはっは! もちろん取っていないよ! この席は他の生徒にお願いをして代わってもらった!」

 

 だから後ろの席になんかはみ出すように座ってる生徒が一人いるのか。リーナは納得しかけた。いや、納得してはいけない。

 正直、彼がやっていることは今すぐ叩き出されてもおかしくない暴挙だったが、五人の騎士団長はこの国を代表する軍事のトップ。つまり、この場にいる誰よりもえらい。なので、止められる人間がいない。最悪である。

 騎士団長は変人じゃないと務まらないって噂は本当なのかなぁ……と、リーナはそんな変な噂を信じたくなってしまった。

 

「お前たち! 第三騎士団長殿と勇者様がいらっしゃる。起立!」

 

 と、教官が声を張り上げる。

 三年間の教練で仕込まれた自然な動きで、生徒たちは一斉に立ち上がった。レオ・リーオナインも立ち上がって、すかさずペンとメモ帳を取り出した。

 まず、最初に入ってきたのは、イト・ユリシーズ。女性の身でありながら、若くして第三騎士団の団長にまで登り詰めた、全女性騎士の憧れの的である。イトは緊張に包まれた学生騎士たちを見回して薄く微笑み、すぐにその中に混じっている異物を見つけて、真顔になった。

 まるで虫を追い払うかのように、しっしとイトが手を横に振り、指先で出口を示す。

 まるでこの世の理不尽に抗うかのように、ぶんぶんとレオが首を横に振り、強く拒んだ。

 まるで汚物を見るかのようにイトの口元があからさまに歪み、腰の剣に手が掛かる。

 まるで生死の狭間にいるかのようにレオの頬に一筋の冷や汗が流れ落ち、ペンとメモを懐にしまい込んで、両手を重ねて祈る。

 強く強く、ため息を吐いたイト・ユリシーズは何事もなかったかのように、正面横に用意された来賓席に座った。

 強く強く、レオ・リーオナインは無音で拳を振り上げ、喜びを示した。

 なんだこれ、と学生たちは思った。

 

「……では勇者様、どうぞ」

「あ、はい」

 

 歓声も喝采もなく、本当にぬるりと。

 世界を救った勇者が、入ってきた。

 意外と小柄な人だな、と最初にリーナは思った。特別な雰囲気や、オーラの類いがあるわけではない。街中ですれ違ったら、普通にそのまま気づかずに通り過ぎてしまいそうな、色のない無害さ。

 世界を救った勇者は、学生たちを一通り見回して、その中に何か害虫でも見つけたように一瞬だけ眉をひそめて、しかしその発見がまるで気のせいだったかのように、静かに語り始めた。

 

「えー、騎士学校のみなさん、こんにちは。本日からの講義と、卒業試験を担当させていただく、勇者です。教鞭を取るのは今回がはじめてなので、いろいろと未熟な面が目立つと思いますが、どうぞよろしく」

 

 そう言って微笑む表情は、よく言えばどこにでもいるような好青年で、悪く言えば英雄らしい覇気というものが感じられなかった。

 一つ特徴をあげるとすれば……勇者はなぜかサングラスをしていた。

 なんで室内でサングラスしてるんだろう、この人。

 

「……ねぇ、後輩」

「なに、先輩」

「やっぱそのグラサン似合ってないよ。外した方がいいよ」

「え? でもこういう教官役ってサングラスかけてるもんじゃないの?」

「イメージに引きずられすぎでしょ。あと似合ってないよ」

「似合ってないって二回言うなよ」

 

 小声でイトにそう言われて「そうかなぁ……」と呟きながら、勇者はサングラスを外した。リーナの背後で、笑いを抑えながら、ペンが意気揚々とはしる音がした。

 

「えー、失礼しました。気を取り直して、本日は……」

「勇者様! 講義の前に、学生を代表して自分からご挨拶をさせていただいてもよろしいでしょうか!?」

 

 と、一際大きな声が上がる。声の主はもちろん、イアロスだった。

 

「お。どうぞどうぞ」

「恐縮であります! 自分は七光騎士第五位(ペンテ・エスペランサ)! イアロス・プルシェフスキー! 大変恐れ多いことだということは重々承知の上で、お願い申し上げます! ぜひ勇者様には、講義の前に自分に一手、ご指導をお願いしたく!」

 

 もちろん、そんな『ご挨拶』は今日の講義のプログラムには含まれていない。

 ざわめきと動揺と。そして、イアロスの行動を称賛するかのように、口笛が吹かれる。手を叩いたのは、彼の隣に座るジークだった。

 

「おいおい、イアロス。失礼だぜ。控えろよ。剣と魔法を抜いた近接格闘じゃあ、いつもお前がトップなんだ。勇者様にいらねえ恥をかかせることはねぇだろ? ははっ! オレよりも性格が悪いな」

「む!? いや、俺は単純に興奮を抑えきれずに手合わせをだな……」

「いい加減にしろ、イアロス! ジーク! そんな勝手が……」

「いいですよ」

 

 やはり、自然体で。

 勇者が、肯定の言葉を口にした。手元に置いてあった生徒名簿とイアロスの顔を見比べて、勇者は「うーん」と唸る。

 

「ちょっと先輩。この生徒名簿読めないんだけど」

「そりゃそうでしょ」

「そうでしょ、じゃないよ。じゃあなんで用意したんだよ。ていうか、おれはこの子たちのことなんて呼んであければいいわけ?」

「適当にあだ名とかつけてあげなよ」

「えぇ……?」

 

 困り顔の勇者は、生徒名簿をイトの方に放り投げ、しばらく悩んだあとに、イアロスに向けて言った。

 

「よし。来なさい。()()()()()

「はっ! ありがとうございます! 光栄であります!」

 

 リーナの後ろで「ぶふぅ!」と抑えきれないレオ・リーオナインの笑いが漏れた。

 意気揚々と前に出たイアロスは、肩幕と上着を脱ぎ捨て……ることはせず、丁寧に折り畳んで席に置いてから、前に出た。今年で一番の巨漢。圧倒的に恵まれた体格と、その恵まれた体格に甘えず、己をいじめ抜くことで鍛え上げてきた、三年間の積み重ねとも言える肉体。それが、薄いシャツ一枚越しに衆目に晒される。

 

「ほほう。良い筋肉だ」

 

 端的にイアロスの体をそう評して、勇者も羽織っていたジャケットを脱ぎ捨てた。

 意外にも、よく鍛えられている腕の筋肉が顕になる。そしてそのまま、ジャケットの下に着ていたシャツとタンクトップも脱ぎ捨てた。上半身を顕にした勇者様は、イアロスと真正面から向かい合う。

 

「っ……第一線は退かれた、とお聞きしていましたが……流石ですね」

「ありがとう。きみもよく鍛えているな」

 

 リーナは思った。

 なんでこの人、上半身の服全部脱いだんだろう? 

 リーナの後ろで「はっはー!」ともはや抑えようともせずに、レオ・リーオナインが手を叩いて笑った。

 

「細かいルールは面倒だからなし。先に背中を地面につけた方が負けでいいかな?」

「はっ! ルール無用の格闘(グラップル)は望むところであります!」

「いいねえ。若者の威勢の良さはほんと眩しいなぁ……」

 

 イアロスが、腰を落として両手を構える。

 勇者は、構えなかった。

 間合いは、腕を伸ばした、一つ分。開始の合図はなかった。

 ぐん、と。巨体がその見た目に不釣り合いなほど滑らかに動き、勇者の体に掴みかかる。

 一瞬だった。

 次の瞬間には、イアロスの巨体は空中で一回転し、よく響く音と共に、講義室の床に叩きつけられていた。

 

「っ……は?」

 

 しん、と。

 学生たちは、静まり返る。

 彼らは、騎士だ。将来、剣を取り、民を守るために戦うことを生業とする若者たちだ。その自負も、誇りもある。

 だが、見えなかった。イアロスがなぜ倒されたのか、理解できなかった。

 ただの青年、ではない。ただ服を脱ぎたがる変人、ではない。

 彼は、勇者だ。

 世界を救った、勇者なのだ、と。

 ようやく、この場にいる全員が、その事実を理解した。

 

「えー、あらためまして。勇者です」

 

 倒れたイアロスに手を貸して、立ち上がらせながら。

 勇者はゆったりと、学生騎士たちを見回した。

 

 

「みなさんに()()使()()()()()()を教えに来ました。卒業試験の内容は……()()()()()ことです。よろしく」

 

 

 沈黙に支配される講堂の中で。

 レオ・リーオナインの「最高だよ!親友!」という声だけが、強く強く響いた。

 




こんかいのとうじょうじんぶつ

勇者くん
サングラスが似合わない勇者。ひさびさに自分から脱いだ。たしかな満足

先輩
イト・ユリシーズ。ひさびさに自分から脱いだ後輩をみれた。たしかな満足

聖職者さん
あは〜また脱いでる〜!

シーク・ラヴェル
七光騎士第一位。口が悪い

イアロス・プルシェフスキー
七光騎士第五位。声がでかい筋肉。角刈り。シャツを残したので負けた。

リーナ・ハーコート
七光騎士第七位。黒髪で三つ編みのメガネっ子。声が小さくて気が弱い。

親友
レオ・リーオナイン。めっちゃ良い空気吸ってる。楽しんでる。
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