「じゃあ、そこのバカはつまみ出してください」
「なぜだぁああああ!? 親友っ!」
角刈りくんからの挑戦をあしらったおれが次に行ったのは、教室に我が物顔で居座る異物の排除だった。
なぜだ、じゃねえんだよ。当たり前のようにいるお前がおかしいんだよ。ボケが。
あのバカは騎士団長なのでたしかにえらいかもしれないが、おれだって世界を救った勇者である。悪いが、権力と発言の強さと立場はこちらの方が上だ。
警備の騎士さんたちにずるずると引きずられていく悪友を見送る。じゃあな、クソバカ。多分拗ねるだろうけど、今夜一緒に飲みにでも行ってやれば機嫌はなおるだろう。
「では、講義をはじめさせてもらいます」
「先生、まず服を着てください」
「おっと。忘れてた」
いかんいかん。若者の威勢のいい熱量に当てられて、おれの筋肉を見せつけたまま授業をするところだった。
ツッコまれて、おれは先輩に預けていたもろもろの服を、ささっと着直した。その間も、生徒たちの熱い視線はおれの方に向けられている。人に注目されるのは慣れきっているから今さらどうも思わないけど、服を着直すところをこうもまじまじと見られるのは、なんだか変な気分だ。
服を渡すために近づいてきた先輩が小さく呟いた。
「ていうかさぁ、後輩。今さらこんなこと聞くのもアレなんだけど……授業とかできるの?」
「は? 舐めないでくださいよ。普通にできますが?」
「でもさぁ、きみちょっとバカじゃん?」
「はぁ? 先輩だってドジでしょ」
「ワタシは基本の地頭はいいもん」
しゃらくさい言い訳である。地頭は良いって言葉って便利だよな。それっぽく聞こえるから。
まあ、たしかに先輩がおれに求めていたのは、さっきみたいな「若さと勢いのある学生に、きちんと実力の違いを見せることができる存在」だったのかもしれないけど。
それだけだと、ちょっとおれがやりたいことや、伝えたいことから離れてしまうんだよな。だからこうして、卒業試験という形で立ち会う前に、講義を行う時間を取らせてもらった。
ぐるり、と。あらためて、今日おれが向き合う生徒のみなさんの顔を見回す。
さてさて。じゃあ、はじめますか。
「ではまず、みなさんに質問です。そもそも、魔法とは何か?」
おれが答えを促す前に、すっと前列の中央で右手があがった。
おお、いいね。答えを指名する前に先に手が挙がるとは。実に優秀というか、モチベーションが高いというか。教える側としては、とてもうれしい。
「はい。ではそちらの方、お願いします」
「極めて一般的な定義になってしまいますが……魔術のように魔力に頼らず、触れたものと自分自身に効果を及ぼす、特別な力。これを魔法と呼んでいます」
茶髪のボブヘアが特徴的な女子生徒は、すらすらとそう答えた。とてもわかりやすい。模範的な答えだ。
「その通り。魔法の効果は発現した個人によって、千差万別。一つとして同じものはありません。結果的に、似たような効果を持った魔法もあったりもするけど……魔法使いの絶対数が少ない以上、これも稀でしょう」
魔術が普及したのは、魔力というリソースを扱う資質さえあれば、誰でも扱えるから。その修得の難易度に差はあれど、時間と努力で修得できる技術だからだ。長い歴史の中で、魔導師のみなさんたちが練り上げ、磨き抜き、教え導いてきたもの。おれは魔術は苦手だし、あんまり使わないからアレだけど、その長い長い積み重ねには、心から敬意を表したい。
なら、魔法はどうだろう?
「次の質問です。魔術の属性のように、魔法を分類分けすることは可能ですか?」
「できませんよ。そんなことは」
と、こちらの質問に即答する形で吐き捨てたのは、やはり最前列に座っている生徒だった。不遜な言葉と、自信満々な態度。険のある顔立ちに、黒い肩幕。間違いない。この生意気そうなイケイケくんが、今年の七光騎士の一位。今年の卒業生のトップだろう。
「できないっつうか、意味がない。先ほど、勇者先生が仰られたように、魔法の効果は、個人によって違うもんだ。炎熱だの迅風だの、魔術みたいな属性にわかれているわけでもない。そもそも魔法使いは、特別な力に選ばれた人間です。特別なもんをわざわざ平凡な価値観に落とし込んで考えるなんて、意味のないことでしょう?」
「ちょっと、あんた。勇者様にそんな口の効き方……!」
生意気な第一位くんの生意気な発言に、隣に座っていたボブヘアちゃんが泡をくったように慌てる。
いやあ、いいねえ。こういうタイプ、おれは好きだね。昔の自分を見ているようで、実に微笑ましい。こんな感じのこわいもの知らずなヤツが、一度折れてから立ち直るとすげえ強くなるんだよなぁ。
それに、おれとしても食って掛かってきてくれた方が、何かと張り合いがでる。
「意味はあるよ。魔法が特別な力であるのは事実だけど、その強さに胡座をかいていると……いつか足元を掬われるのは自分自身だ」
第一位くんの表情が、あからさまに歪む。
それに構わず、おれは背後の黒板に文字を綴るために、チョークを手に取った。うおー、チョーク懐かしいな。
「それじゃあ次は、そこの三つ編みのきみに質問です」
「ひゃ……は、はい!」
「自分自身と触れたものを静止させる魔法があるとします」
「ぞ、存じ上げています! 名前は『
つっかえながらも、三つ編みちゃんはすかさずそう答えた。さすが師匠。有名人である。
がりがりと黒板に魔法の名前とその効果を書く。
「はい。この『
「え? ま、魔法効果で、動きを止められると思います」
「そうですね。じゃあ、手を離したらどうなりますか?」
「え、えぇ? う、動けるようになると思います」
うんうん。そうだね。これでいいのかな、という顔で三つ編みちゃんはわたわたしているが、大丈夫。合ってます。
師匠の
では、次の例だ。
おれは上着のポケットから、小さな木製のコマを取り出した。手で回して遊ぶ、子どものおもちゃのコマである。
「コール。タウラス・フェンフ。『
短く告げる。コマを回して、手を離す。教卓の上は比較的平らで滑らかだったが、とはいえ当然、おもちゃのコマはいつまでも回り続けられるようには、できていない。普通なら、すぐに回転する力を失って倒れてしまうだろう。
が、魔法なら、それができる。
くるくる、くるくる、と。ゆるい勢いのままいつまでも回り続けるコマを見て、生徒たちがざわりとどよめいた。地味な絵面だけど、それなりに驚いてくれたようでなによりだ。
「おれの魔法の一つです。名は『
簡単に解説しつつ、視線を前に戻す。
では、第一位くんにもう一度質問しちゃおうかな。
「さて、それではさっきのきみにもう一度聞きたいんだけど……この例に出した二つの魔法。静止の魔法と、維持の魔法。これらの魔法の違いは、何かな?」
「……ちっ」
あからさまな舌打ちを漏らしつつ。
頭の後ろをがりがりとかいて、また面倒そうに第一位くんは答えた。
「
おいおい。即答じゃねえか。すぐに気づくとは、さてはこいつ、地頭が良いな?
正解である。
「その通り」
師匠の『
対して、触れたものに一定の魔法効果を残すタイプ……例として出したタウラスの『
①触れている間しか発動しない魔法
②触れた相手に効果が残り続ける魔法
まずは二つの種類を黒板に書き記して、おれは振り返った。
「これら二つの魔法には、明確な違いがある。違いがあるなら、こうして分析することができる。そして、分析することができるなら……倒す方法を、組み立てることができる」
ゆるい回転が維持されていたコマが、息が切れたように勢いを失って、倒れて止まる。本来ならもう少し長く回転を維持できるはずだが、タウラスの『
「また、このように。後者の例として挙げた、触れたものに効果が残り続ける魔法でも……その魔法効果が、いつか途切れてしまうこともある」
直近でいえば、それこそ賢者ちゃんの『
「魔法の特性は、これだけではありません。魔法使いの意識とは関係なしに
おれはべつに教師ではない。先輩のように剣の腕がたつわけでもなく、賢者ちゃんのように魔術の知識があるわけでもない。
しかし、そんなおれでも、教えられることはある。
おそらく、この世のすべての人の中で。最も多く
それを共有し、対魔法戦での新たな視点を持ってもらうのが、この講義の目的だ。
「短い時間ですが、いくつか具体的な例を交えてお話していきます。一緒に学んでいきましょう」
生徒たちの自然に籠もる熱が、目に見えて変わった。
思わずニコニコしてしまいそうになるのをぐっと堪えながら。おれは思った。
いやぁ、良い。人に何かを教えるのって楽しいなぁ!
◇
勇者の素晴らしい講義を聞きながら、イト・ユリシーズは疑問を抱いていた。
それは、圧倒的違和感。
(妙だな……後輩の頭が良すぎる)
イトが知る勇者は、もっとバカでアホだったはずだ。こんな良い感じの授業を、何の準備もなしに行えるとは思わない。
ランジェの方に目をやると、やはり彼のお姉さんとしてその頭の良さを疑問に思っていたのか。イトの目配せに、首を傾げてから軽く頷いた。
勇者は脳筋である。考えなしのバカのアホではないので、戦闘中は多少頭の回転が早くなるが、基本はやはりアホのバカである。もちろんイトは後輩のそういうちょっとぬけているところも含めて好きだし、愛しているが……なんなら、今日のジャケットを着て教壇に立っている彼の姿はかなりポイントが高いが……それはそれとして、彼のことをよく知っている以上、やはり違和感は拭いきれない。
魔法の種別分け。発動条件の細分化。それに伴う性質の解明。
(これを考えた、というか、まとめたのはきっと……)
◇
「すっごくわかりやすかったです! これ、全部シャナちゃんが書いたんですか!?」
「ええ、当然です。私がすごくわかりやすく書いてまとめました」
赤髪の少女の褒め言葉に、シャナ・グランプレは得意満面の表情で頷いた。
魔法使いのことをもっとよく知りたい、という彼女の要望に応えてシャナが渡したのは、個人的に書き溜めていた論文である。あまり研究が進んでいない魔法分野に一石を投じるべく、発動条件の種別分けや具体的な魔法効果の説明など、多岐に渡る考察を凝縮してまとめたものだ。
「これ、本にできますよ!」
「まあ、そのうちするかもしれませんが……どうでしょうね。魔法使いの絶対数が少ない以上、やはり需要は限られてしまうので……」
「でも、魔法使いさん以外が読んでもためになると思います!」
「それはそうですね。実際、勇者さんからこれ使って騎士学校で授業してもいい? ってお願いされましたし」
ついでに自宅警備用の防衛魔導陣が斬り払われていた事実はあまりにも許し難いが、こちらに関してはシャナが勝手に敷設したものなので仕方ないといえば仕方ない。
へぇ〜と頷きながら、シャナの対面で赤髪が左右に揺れる。
「そうなんですか。じゃあ、勇者さんから利用料取った方がいいですね!」
「はい。あとから請求するつもりです」
具体的には、デートとか。二人っきりの食事とかで。
「そういえば、シャナちゃん。わたし、ちょっと気になっていることがあって……」
「なんですか? 私の完璧な論文に、何か不備でも?」
「いえ。そういうわけじゃないんですけど……魔法の効果って、一言で言い表せるものがほとんどだと思うんです。騎士さんの『変化』とか、シャナちゃんの『増殖』とか、お師匠さんの『静止』とか」
「そうですね」
アリア・リナージュ・アイアラスの『
シャナ・グランプレの『
ムム・ルセッタの『
リリアミラ・ギルデンスターンの『
それぞれの色魔法には、それぞれの魔法効果がある。自分自身と、触れたものに作用する、魔法効果。
これらの魔法は、ある程度の種類分けと、魔法効果の区別ができる。
殺した相手の、名と魔法を奪う。
ただ一つの、例外を除いて。
パラパラと、紙を捲りながら。
赤髪の少女は、当然の疑問を抱いた。
「じゃあ、勇者さんの『
本当は今回みたいな話もっと早くやりたかったんですけどこの作品は主人公が魔法を学んで少しずつ磨いて強くなっていく話ではなく、かつて最強だった勇者が何もかも失ったところからはじまりたいという作者の性癖に基づいて書かれているのでこうなってます。ゆるしてほしい
https://to-corona-ex.com/episodes/189445405002163
コミカライズ最新話更新きてます。ドラゴンに乗ってはしゃぐ赤髪ちゃんとみんなにガン詰めされる勇者くんがオススメです