世界救い終わったけど、記憶喪失の女の子ひろった   作:龍流

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勇者の価値観

「じゃあ逆に、あなたはなんだと思いますか? 勇者さんの魔法効果」

「えっ」

 

 質問を質問で返されて、赤髪の少女は思わず返答に詰まった。対面に座るシャナは、いたずらっぽく笑いながら、言葉を待っている。

 うーん、と。唸りながら、動かし続けていたフォークを置く。

 勇者の『黒己伏霊(ジン・メラン)』の魔法効果。聞けば返ってくると思った答えを突き返されたのは、ほんの少しだけ予想外だったが……しかし、考えたことがなかったわけではない。

 

「そうですね……いちばん有り得そうなのが『強奪』かな、と。勇者さんも自分で『奪う』って言ってましたし、今まで私が見てきた魔法のイメージにも近いと思います。あとは細かい言葉の違いになりますけど『略奪』とか『調伏』とか。とにかく、奪ったうえで自分のものにする。そういった魔法効果な気がします」

 

 答えると、シャナは単純に感心した表情を浮かべた。

 

「……おお。やっぱりあなた、地頭はいいですね」

「っ! それじゃあ!」

「ええ。まあ、全然違うんですけど」

 

 すてーん、と。

 元魔王の少女は、頭からテーブルに突っ込んでずっこけた。テーブルの上のケーキやらクッキーやらはほぼ完食していたので、気兼ねなく頭を突っ込むことができた。

 がばぁ! と。顔を即座にあげて、素知らぬ顔で茶を嗜んでいるシャナに抗議する。

 

「なんでですか!? 今のは合ってる流れだったじゃないですかぁ!?」

「流れとか知りませんよ。ちがうものはちがうと教えてあげているだけです。でもまぁ、完全に的外れというわけでもありませんよ。良い線は突いてます、ええ」

「……シャナちゃんは、時々ずるいです」

「はぁ? 何がですか?」

「そういう風に「わたしの方が勇者さんのことをよく知ってますよ」みたいな……そういう感じの余裕を見せてくるのが、ちょっとずるいです」

 

 これ見よがしにむくれてみせると、シャナは呆れたように口を四角くして、やはりこれ見よがしにため息を吐いた。

 

「あなたの方こそ、そういう態度を見せるのは私の前だけにしてくださいね」

「……なんでですか」

「さて? 生意気にむくれて拗ねてる様子がかわいいから、じゃないですかね」

「…………むぅ」

 

 うりうり、と。

 シャナは滑らかな赤い髪の間に指先を差し込んで、軽くすいた。パーティーの中では基本的にシャナが最年少だが、こうして二人きりになるとお姉さんぶることができるので、少し気分が良い。

 

「魔術の訓練だけでなく、魔法のことももっと詳しく知りたい、と。私に頼んできたのは、そういうことですか」

「……わがまま、でしょうか?」

「良いんじゃないですか? 知りたい、という感情は人間を進歩させる最も健全な欲望ですからね」

 

 知りたい、という感情と同時に「強くなりたい」という思いもあるのだろうな、と。そう思ったことを、シャナは口には出さないでおいた。

 ここ数週間。元魔王の少女は以前にも増して、魔術の修行に励んでいる。以前から素質と才能は目を見張るものがあったが、最近の成長はことさらに目覚ましい。

 

「魔法は心です。ひとの心は本来、とても複雑で一言で言い表せるようなものではありません。魔法が自身や他者に与える効果だけ見て、知ったとしても……それだけで使い手のすべてを理解するのは不可能でしょう」

 

 魔法の性能や特性だけが、所有者である魔法使いのすべてではない。

 しかし同時に、どのような形であれ、魔法が所有者である魔法使いの心を表したものであることも、紛れもない事実だ。

 指先をもじもじと絡ませながら、少女は言う。

 

「勇者さんは、やさしいじゃないですか」

「そうですね。もっと私にだけやさしくしてくれてもいいと思いますが」

「勇者さんは、人のことをよく見てるじゃないですか」

「そうですね。もっと私のことだけ見てくれてもいいと思いますが」

「……シャナちゃん」

「冗談ですよ。そんなに睨まないでください。あと、あなたが睨んでもあんまりこわくないから無駄です」

「もーっ!」

「ぷんすかしないでください。ケーキのおかわりは?」

「ショートとチョコを一個ずつ!」

 

 甘いものを補充してご機嫌を取りながら、シャナは話の続きに耳を傾ける。

 

「時々、ちょっと疑問に思うんです。あんなにやさしい勇者さんの魔法が……どうして『黒己伏霊(ジン・メラン)』みたいな形になったんだろう、って」

「さっきも言いましたが、人間の心は複雑なものです。一言で言い表すことはできませんし、魔法効果がその人の心の形質をすべて物語っている、というわけでもありません」

 

 飲み物のおかわりは、コーヒーにした。

 真っ黒なそれを、カップの中に並々と注ぐ。角砂糖をいくつか入れて、かき回す。

 

「しかし逆に言えば、勇者さんの魔法が……『黒己伏霊(ジン・メラン)』という魔法の在り方が、勇者さんらしくない、ということは……まだ勇者さんの中に、あなたの知らない一面がある。そういうことじゃないんですか?」

 

 シャナに渡されたコーヒーを一口すすって、少女は顔をしかめた。

 

「またそんないじわる言う……」

「言いますよ。私は意地の悪い女ですからね」

 

 自分の分のコーヒーには、たっぷりミルクを注いで。ぐるぐると混ぜて色を変えて、シャナは微笑んだ。

 

「私も、もっともっと知りたいと思っています」

 

 人間の心は、真っ黒で底が見えない。

 複雑という言葉すら、生温いほどに。

 

「あなたはどうなんですか?」

「……ほんとうに、今日のシャナちゃんはいじわるです」

 

 知りたいという気持ちが、欲だというのなら。

 恋は、なによりも強欲だ。

 

 

 ◇

 

 

「はぁ……」

 

 魔法についての講義の終了後。

 リーナ・ハーコートは、人気の少ない裏庭のベンチにいた。ここは学校の施設の中でも人通りが少なく、日当たりも悪く、薄暗くて少しじめっとしていて……簡潔に言ってしまえば、わざわざこんな場所に来て一休みしようという人間は少ない。

 人と会話するのが苦手で、喋っていると気疲れして、そんな自分が嫌になって自己嫌悪に陥る……簡潔に言ってしまえばコミュ障を拗らせているリーナにとって、この場所は落ち着ける良い空間だった。

 

「明日の試験……大丈夫かなぁ」

 

 疑問形で口に出してみたが、心のなかには確信があった。大丈夫ではない。そもそも、こうして不安な気持ちを口に出して、独り言として出力してしまっているのが、心配を拗らせている証である。

 リーナは、何回も読み返した手元の紙をまじまじと眺めた。紙面には、明日、行われる試験の内容が記されている。

 

①試験は、ほぼ実戦に即した形で実施する

②試験内容は要人の護衛と輸送である

③シチュエーションは以下の通り

 卒業生は『要人警護の任務を受けた騎士』

 勇者は『要人を狙う盗賊』

④護衛側の勝利条件は

・指定された地点への到達

・勇者を戦闘不能にすること

⑤勇者側の勝利条件は

・要人の奪取

・卒業生全員を戦闘不能にすること

⑥参加者は全員、首元に魔鉱石を装用。これの破壊を以て『戦闘不能』の判定を行う

 

 参加者は、卒業生全員。対戦相手は勇者。

 何度見返しても、そう書いてあった。

 

「うぅ……無理だよぉ……勇者様と戦うなんて」

「そんなことないさ。きみならできる」

「で、でも……」

「でもじゃない。きみたちはまだ若い。無限の可能性があるんだ」

「そんな、私なんか全然……え?」

「やあ」

 

 励ましの声の主は、リーナのすぐ横にいた。

 薄暗くじめっとした茂みの中から、顔だけが出ている。世界を救った勇者が茂みの中から、顔だけを出していた。

 控えめに言って、ただの不審者だった。

 

「ゆ、ゆゆゆ、勇者様ぁ!?」

「はいどうも。勇者さまです」

 

 がさがさがさぁ、と。茂みの中から体を出した勇者は、体についた葉っぱやら土やらを軽くはらいつつ、リーナの隣に座った。女の子の隣に座ることに、遠慮のない人のようだ。

 

「ど、どうしてこんなところに!?」

「いやあ、学生のみんなにサインとかお話とかいろいろ迫られてちょっと収拾つかなくなっちゃってね。逃げ出してきたんだよ」

「そ、そうなんですか……」

「そうなんだよ。あと、ここのベンチ、お気に入りでね。おれが学校通ってた頃、よく使ってたサボり場所だったんだ」

「え?」

 

 さらっとそんなことを言われて、リーナは目を丸くした。

 世界を救った英雄も、自分と同じ場所でサボっていた。

 そんな些細な共通点に、急に親近感が湧いてきて。

 

「あ、あの! 勇者様!」

「ん?」

「す、少しお話させていただいても、よろしいでしょうか?」

「もちろん。そんな大したことも話せないけど、おれでよければどうぞ? あと、今日のおれは勇者であると同時に先生なんでね。気軽に先生って呼んでくれてもいいよ」

 

 人懐っこい笑みだった。

 世界を救った英雄の隣に座っている。その事実に緊張しながらも、リーナはベンチにあらためて腰を落ち着けた。

 

「せ、先生の今日の講義。大変参考になりました! 卒業前に貴重なお話をたくさんお聞きする機会をいただけて、夢のようです!」

「お、そう言ってもらえるとうれしいなぁ。こういう授業みたいなことやるの、おれもはじめてだったから。少しでも得るものがあったならよかったよ」

「と、とんでもないです! 魔法の効果時間に関するお話、特に勉強になりました。触れてすぐ効果が発揮させられるものだけじゃなくて、触れたあとに時間差で発動される魔法の説明とか……ほ、本当に、先生のお話を通して、自分の視野が広がったような気持ちです!」

「うんうん。一口に魔法といっても、運用方法も戦闘スタイルもいろいろあるからね。たとえば、さっきは時間がなくて詳しく話せなかったんだけど……」

 

 先ほどの講義を振り返りつつ、身振り手振りを交えて、勇者は語る。頷きと相槌を挟みながら、リーナは自分の中の疑問が、より大きく膨らんでいくのを感じた。

 講義の前にイアロスを軽く投げてみせたことからも、彼の実力は明らかだ。戦えば、間違いなく強い。けれど、間近でこうして、一対一で話してみると、やはり考えてしまう。

 本当に、この穏やかでやさしげな人が、あの魔王を殺したのだろうか、と。

 もし本当に殺したのだとしたら……この人は、よほど()()()()()()使()()()()()()()()()に違いない。

 話が一段落したタイミングで、リーナは切り出した。

 

「あの、先生。少し、相談にのっていただいてもよろしいでしょうか?」

「どうぞどうぞ」

「ありがとうございます。えっと……その、私も、魔法をもっているんですけど。私は、自分の魔法があんまり好きじゃなくて。どうしたら、勇者先生みたいに向き合って、上手く使えるようになるのかな、と……」

「……ははぁ、なるほど」

 

 ゆったりと、勇者は頷いた。

 

「わかるなぁ。おれも、自分の魔法が好きじゃないから」

「え」

 

 またもや飛び出してきた意外な共感に、リーナは驚いた。

 世界を救った勇者が……最強であるはずの彼が、自分の魔法をそんな風に評したからだ。

 

「せ、先生も自分の魔法、お好きじゃないんですか?」

「うん。好きじゃないよ。全然好きじゃない。むしろきらい」

「えぇ……?」

「ほら、うちのパーティーメンバーの魔法、みんな色とりどりできれいだからさ。それに比べておれの魔法は使いにくいし、色合い暗いし、もう散々だ……みたいに思ってた時期もありました、うん」

 

 軽く語りながら、横顔が苦笑する。

 だからさ、と。

 腕を組んだ勇者は、リーナを見据えて言った。

 

「べつに、嫌いなままでもいいんじゃない?」

 

 先生からの回答にしては。

 また随分と、ざっくばらんで、答えになっていないような答えだった。

 

「三つ編みちゃんは……あ、ごめん。おれ、名前をちゃんと認識できないから、きみのことをあだ名で呼ぶしかないんだけど。そう呼んでもいい?」

「え? あ、はい! 大丈夫です!」

「ありがとう。じゃあ質問なんだけど、三つ編みちゃんは、なんで自分の魔法がきらいなの?」

「え? えっと……残酷でグロいからです」

「そっかぁ。残酷でグロいのかぁ」

 

 世界を救った英雄は、おおらかに頷いた。

 

「でも、そういうことなら大丈夫。多分、世界で一番残酷なのは、おれの魔法だから」

 

 リーナは、眼鏡の奥の瞳をほんの少しだけ細めた。

 明るくて、はきはきしていて、やさしくて、人当たりが良い。そんな彼が、自分の心を客観的に『残酷だ』と。そう捉えているのが、やはり意外で。

 同時に、彼が垣間見せてくれた暗い部分が……リーナがずっと昔から思い描いてきた『世界を救った黒輝の勇者』のイメージに、とても近しいものだったから。

 

「きみが自分の魔法を嫌いだな、いやだなって思うのは、自分の心とちゃんと向き合ってる証拠だ。考えなしに魔法の力を奮うよりも、ずっと苦しくて、でも意味があることだよ。自分の魔法を、どういう風に使いたいか。どんな風に向き合っていくか。それを考え続けて、磨いていけば……」

「……磨いていけば?」

「いつか、残酷でグロい魔法が、世界を救うすごい魔法になるかもしれない!」

 

 結論に繋げるための、わざとらしいためだった。けれど思わず、リーナはくすりと笑った。

 

「ありがとうございます。先生。ちょっと気持ちが軽くなりました」

「それはなにより」

「リーナ、こんなところにいたの?」

 

 かけられた声に、振り向く。

 

「あ、セラ……」

「明日の準備があるでしょう? 勇者様とお話したい気持ちはわかるけど、そろそろ行かないとダメよ」

「う、うん」

 

 リーナと同じ七光騎士……第六位であるセラ・ロザラインは、勇者につかつかと歩み寄って、頭を下げた。

 

「勇者様。本日は貴重なお話を本当にありがとうございました」

「こちらこそ。最初に手を挙げてくれた子だよね? おかげで素人のおれでも授業っぽくなって助かったよ」

「覚えていただいて、大変光栄です。明日の試験も、全力で望ませていただきます。胸をお借りします」

「いいね。どうぞ、お手柔らかに」

 

 自然な調子で差し出された手を取って、セラと勇者は握手を交わした。

 立ち上がって去っていく勇者を、リーナはセラと共に礼をして見送った。

 

「憧れの勇者様と、ちゃんとお話はできた?」

「ちゃ、茶化さないでよセラ……」

「事実でしょうに。気弱なリーナにしてはがんばったんじゃない? 気持ちの整理がついたならいいけど……でも、あんまり浮かれたままじゃダメよ」

 

 明日に控えた戦いを見据えて。

 セラは勇者と握手を交わした右手を軽く振って、薄く笑った。

 

「戦いは、もうはじまってるんだから」

 

 

 

 

「やあやあ、後輩」

「あ、先輩」

「このあたりに逃げてると思ったよ。講義おつかれぃ」

「はい。ありがとうございます。どうでしたか? おれの授業も捨てたものじゃないでしょう?」

「うんうん。よかったよ。本当に全部自分で考えてたのなら、ね」

「……あ! そうだ先輩! 明日の予定と詳細くださいよ」

「話逸らすのヘタクソか? まったく……ほいこれ」

「はい。ありがとうございます。うわ……おれ一人で学生たち全員相手にするってことですよね、これ」

「そうだよ」

「きついなぁ……」

「やめる?」

「いや、やりますけれども。ところで先輩、質問なんですけど」

「はいはい」

 

 

「これ、どれくらい本気でやっていいんですか?」

 

 

「もちろん、本気でやっていいよ」

「……マジですか?」

「まじまじ。あ、ワタシが要人のお姫様役やるから! がんばって早く攫いに来てね!」

「えぇ……?」

 




こんかいのとうじょうじんぶつ

リーナ・ハーコート
三つ編みメガネちゃん。自己肯定感低めのコミュ症。魔法がグロいらしい

セラ・ロザライン
前髪ぱっつんツリ目ボブヘアちゃん。自己肯定感高めの自信家エリート女子。策を巡らせるのが得意。

勇者くん
茂みの中からこんにちは系男子。基本的にいつもおおらかで優しい余裕ありげに振る舞っているが、実はわりと自己肯定感低め

先輩
イト・ユリシーズ。後輩が攫いに来てくれる要人お姫様役にすでにウッキウキ。ドレスなに着てっこかなぁ〜!?



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