「今回の護衛の、大まかな方針を説明しておく」
試験開始、三時間前。
ジーク・ラヴェルは、軽装の鎧に身を包んだ同級生たちを見回して言った。
「まず、部隊は三隊に分ける。前衛がセラとアイガルの隊。中衛にリーナとイアロス。残りはオレと後衛だ。目標になる要人……ユリシーズ団長は、中衛の馬車に置く。リーナとイアロスは丁重に団長殿を移送してさしあげろ」
「質問よろしいかしら? ジーク」
「もちろんどうぞ。優等生」
手を挙げたセラに発言を譲るように、ジークは一歩横にずれて皮肉気に笑った。
「私たちは襲撃者役の勇者様と比べて、圧倒的に数で勝っているわけだけれど、わざわざ部隊を三つに分ける意味はなに?」
「さすがに良い質問だな。順を追って答えてやる。まず、今回の試験。オレは勇者サマに勝つ気はねぇ」
「は?」
「あー、誤解すんなよ? もちろん、この試験は全員で合格する。重要なのは、今回オレらの勝利条件が二つあるってことだ」
卒業生側の勝利条件は、勇者を戦闘不能にすること。もしくは、要人役を指定ポイントまで送り届けること。
ジークは、前者を諦めて後者を狙う⋯……勇者を倒すことは最初から考えず、あくまでも移送の完了を目指す、と。全員に向けてそう言っていた。
目を細めて、セラはジークを見た。
「理屈はわかるけど、随分と消極的なのね。普段のあなたなら、全員で世界を救った勇者をぶっ倒す! くらいのことは言いそうなものなのに」
「バァカ。ただの敵役の騎士ならともかく、相手は勇者サマだぞ? しかも、イアロスを片手間にあっさりぶん投げるくらいだ。いくら魔法が使えなくなって弱体化していようが、用心し過ぎるってことはねぇ。今回は、勝率の高い移送完了を第一に考えて、確実に勝つ。そんだけだ」
「お前が決めた作戦には、もちろん従おう! だが、俺は次に立ち会った時は勇者様に勝つぞ! ジーク!」
「おう。ほどほどに期待してるから、がんばれ」
勇者サマも、まさか一人でオレら全員を倒そうとは思ってねぇだろうしな、と。
威勢のいいイアロスの言葉を軽く流して笑いを取りつつ、ジークは地図を広げた。口調は荒くても、適度な冗談で場を和ませるのは、間違いなくリーダーに必要な資質である。
「見ての通り、ここいら一帯は山間部だ。スタート地点から目標地点まで馬車ならゆるく走っても半日程度の道のり。となると、襲撃に適した地点は、こことここ、あとはこの辺り。だから、魔石の通信が繋がるぎりぎりの距離を保って連絡を保ちつつ、護衛を三隊に分けて、囮に使う。勇者サマがいくら強かろうが、分身できるわけじゃねぇからな。三隊のうちの一つが襲撃されれば、それに応じてこちらも対応できる」
「なるほど。たしかに道理ね」
納得して、セラは頷いた。
試験で使用できる馬車の台数を考えても、ジークの策は最善に近いように思える。言動や態度に問題があっても、やはり七光騎士の第一位は伊達ではない。
「最後にもう一つだけ質問。ジーク、どうしてあなたが後衛なの? 中衛で直接要人を守った方がいいんじゃない?」
「後衛が一番、襲撃される確率が高いからだ」
「確率?」
首を傾げるセラに向けて、ジークは袋に入れてあった本や書類を、乱雑にぶちまけた。表紙と紙面から、それらが勇者に関連するものであることは、すぐにわかった。
「文献や記録に残っている範囲で、勇者サマの今までの戦い方を分析した。こういうシチュエーションなら、部隊の後ろから攻めてくるパターンが最も多かった。ちと小ズルい気もするが、相手が個人ならこういう形で読みを張るのも、まぁアリだろ」
「……あなたこれ、一人で全部チェックしてまとめたの?」
「んなわけねぇだろ。うちの勇者オタクに手伝ってもらったんだよ。ま、オレもちと寝不足だが、戦闘に支障が出るほどじゃねえ。問題なしだ」
相変わらず隅っこの方で小さく待機しているリーナを指差して、ジークは軽く肩を回した。
「他に質問はあるかい? 優等生」
「ないわよ、第一位。あなたの作戦でいきましょう」
「オーケー。なら、これで作戦会議は終わりだ。試験開始時刻と同時に、出発する。総員、かかるぞ」
慌ただしく動き出した室内。にわかに騒がしくなった空気の中で、ジークはセラに近づき、小声で呟いた。
「セラ。お前を前衛に配置したのは⋯……」
「理解しているわ。言わなくても大丈夫。あなたの言葉を借りるなら、仕込みは上々よ」
「ああ。お前の魔法、頼りにしてるぜ」
◇
セラ・ロザラインは中流貴族の家系に生まれた一人娘である。
家には、セラの他に子どもはいない。母の体が弱かったことに加え、父もそれ以上子を持つことを望まなかったからだ。そもそも、ロザラインの本流から外れた次男坊であるセラの父は、貴族階級の権力争いに最初から興味がないようだった。
尊敬できる父だと思う。母を大切にして、娘の自分も愛してくれる。素晴らしい父だ。だからこそ、そんな父に恥ずかしい思いをさせないために、一人娘の自分が努力しなければならない、と。セラはそう考えていた。
今、王都の五大騎士団を取り巻く環境は、変革の時にある。イト・ユリシーズが女性初の騎士団長に就任したことで、女性騎士に対する世間の視線と考えは、大きく変わった。女に騎士団長が務まるのか、という当然の疑問と差別を、平民出身の少女であったイトは、実績と実力を以って、平然と切り捨てていった。今や全女性騎士にとって、イト・ユリシーズは憧れの的だ。それは、セラも例外ではない。
しかし同時に、バランスが悪いとも思う。五人の騎士団長の中で、貴族派に属しているのは、第二騎士団のジャン・クローズ・キャンピアスと、第四騎士団のギルボルト・ヴァノンの二名のみ。特に後者のギルボルトは、元々第一騎士団のグレアム・スターフォードの副官であったことも相まって、貴族出身でありながら平民派に近しい思想を持っていると噂されている。一方で、第五騎士団のレオ・リーオナインは商会との繋がりが深く、のらりくらりと中立を保っていた。つまり、五人いる騎士団長の中で純貴族派とも言える存在は、キャンピアス卿だけ。魔王が五人いた騎士団長のうち四人を殺害してしまったから、と言ってしまえばそれまでだが、現状の騎士団長の勢力バランスはあまりにも歪であった。
これから先、今以上に貴族派が力を失う時が来るかもしれない。
そうでなくても、現国王、ユリン・メルーナ・ランガスタは、平民出である勇者が擁立した王だ。世界を救った英雄であるにも関わらず、彼の出自にも謎が多く、出身地や詳しい家系すら明らかになっていない。だから、勇者について、いろいろと勘繰りたくなるような噂も出てくるわけで。
もしも、
「セラ。第二チェックポイントに差し掛かった。確認を頼む」
「ええ。ごめんなさい」
隣の同級生に言われて、セラは回していた思考を振り払った。今は、試験に集中するべきだ。
「それにしても、試験前に勇者様に魔法を仕込むなんて、よく思いついたな」
「私の魔法は持続時間が長いし、直接的な殺傷能力があるわけじゃないから。こういう使い方をするしかないってだけよ」
「謙遜しなさんな。お前さんの魔法は便利だよ。特に、こういう時は恐ろしいほど頼りになる」
「ありがとう。褒め言葉は素直に受け取っておくわ」
馬の脚を少し止めさせて、セラは集中する。
目を閉じて、魔法を起動する。
「『
閉じた瞼の裏で、視界が広がった。まるで、空中から鳥が下界を見下ろすように。広がった範囲から少しずつピントが合っていき、山中の雑木林で身を潜めている勇者の姿が、セラの瞳にありありと映り込んだ。
目を閉じて、勇者を見ながら、報告する。
「少し癪だけど、ジークの読み通りね。後衛部隊にいつでも仕掛けられそうな位置にいるわ。とりあえず、私たちとリーナの部隊はスルーする腹積もりみたい」
「ジークの読みはよく当たるからなぁ。了解したぜ。後衛部隊に伝える」
セラ・ロザラインの魔法『
もちろん、いくつかの制限はある。まず、対象を連続で『監視』できる時間は三分が限界であること。魔法を使用した後は一時間のインターバルを置かなければならないこと。次に、触れた対象への魔法効果は、一日半。約三十六時間しか持続しないこと。
逆に言えば、セラの『
だからこそ、試験開始前に、勇者に魔法を仕込んでおいた。彼の魔法は、今やそのほとんどが失われていて、まともに使えるものはない、というのが通説である。講義の際に見せてもらった魔法はあったが、説明された魔法効果は『維持』。直接的な戦闘能力はそこまでではない、という見立てだ。
護衛側にとって、何よりも重要な情報は、敵の位置。それさえわかれば、奇襲という襲撃側最大のアドバンテージは潰されたも同然。
「私たちはあちらに気取られない程度に移動速度をやや遅らせて、中衛との合流を目指すわよ」
勇者を『監視』するために、閉じていた目を開けると、
「やあ、こんにちは」
セラの目の前に、柔和な笑顔を浮かべる、薄い赤髪の男が立っていた。
それは紛れもなく、世界を救った勇者だった。
「え?」
勇者だけではない。
いつの間にか、乗っていたはずの馬が消えている。背後を走っていた馬車がいない。周囲から人の声が消えている。そもそも、セラが立っている場所は、山間部の森の中ではなく──
「な、なにこれ」
──真っ暗な、闇の中だった。
何もかもが、まるで幻であったかのように。セラを取り巻くすべての状況が、一変する。
「あんまり焦らずに落ち着いて聞いてほしいんだけど、結論から言わせてもらう。きみはもうおれの魔法の中だ」
「まさか、私と握手した時にあなたも魔法をっ……」
「ああ。勘違いしそうだから、最初に言っておこうか。今、きみの前に立っているおれは幻覚で、おれ本人じゃない。だから、きみに伝える言葉は、おれが予め組み上げたもの。会話は成立しないから、そのあたりよろしく」
「ふざけたことを!」
剣を引き抜いて、斬りかかる。切り裂かれた勇者は血の一滴すら流さずに霧散し、また何事もなかったかのようにセラの背後から浮かび上がった。
「この魔法の名は『
完全に、嵌められた。
裏をかいて駆け引きを仕掛けたつもりが、逆に利用されていた。
その事実に、セラは唇を嚙み締める。
「試験開始前からおれに魔法を仕込もうとした、きみの心意気は素晴らしい。そういうルールの裏を突く思考は嫌いじゃない。でも、相手を策に嵌めるなら、相手の思考も計算に入れるべきだ。じゃないと、おれみたいなバカにもこうやって利用される」
飄々と、淡々と。勇者は語る。
「今回は魔法効果が『幻惑』で良かったけど、相手が色魔法持ちなら触れた瞬間に即死もあり得る。相手に直接触れて魔法を掛ける時は、常に自分も魔法を受けるリスクを負う。これは、覚えておいてほしい」
吹き出た汗が、滴り落ちる。
剣を握る手が、震える。
呼吸が、荒くなる。
いや、そもそも自分は今、本当に剣を握っているのか。本当に息をすることが、できているのか?
それすらも、セラの中で曖昧になっていく。
「あと、もう一つ。おそらくきみは、おれが講義で『
やさしい笑顔のまま、勇者は語る。
セラは気づいてしまった。
それが、どのような経緯であったかは知らない。どんな理由があったかなど、知る由もない。
それでも、一つの事実がある。
彼は、世界を救った勇者は……
第一線を退いた?
引退して隠居している?
違う。
誰も知らない場所で、彼は戦い続けている。
世界を救ったあとも、勇者の戦いは、まだ終わっていない。
「じゃあ、おやすみ。あんまり良い夢は見れないと思うけど、しばらくがんばって」
そうして。
セラ・ロザラインの意識は、闇に呑まれた。
◇
「前衛部隊との連絡が取れなくなったぞ!」
「どうなってんだ!?」
「いいから早くジークに通信繋げ!」
蜂の巣をつついたように、騒がしくなった生徒たちの声が響く。
あまり快適とは言えない乗り心地の馬車の中で、ドレス姿のイト・ユリシーズは頭の後ろで腕を組んだ。
「うーん。ちょっとまずったかぁ、これ?」
イトの作戦は、こうだ。
まず、自分が人質役になる。
後輩の目が釘付けになるようなドレスを着て、お姫様になりきる。
後輩がかっこよく助けに来る。
ロマンチックにさらってもらう。
そのまま、超いい雰囲気になってプロポーズしてもらう。
実に素晴らしい、完璧な計画だった。
しかし、このままでは……
「後輩のヤツ、ワタシを攫う前に、全員倒しちゃうんじゃ……?」
「あは〜。ウケる」
こんかいのとうじょうじんぶつ
セラ・ロザライン
前髪ぱっつんボブヘアつり目優等生ちゃん。わからせされた
実はジークのことが好き。時々自分の魔法をジークを監視するために悪用してる。ちょっとだけストーカー気質
勇者
やってることが完全に悪役。わからせさせた。本気でやっていいと言われたので、最初から全員倒す気でいる
イト・ユリシーズ
しまったぁぁぁぁぁ!?このままではワタシが攫われないぃぃ!?
あは〜?
↑さすがにおもろすぎる
今回の登場魔法
『
自分自身と触れたものを『監視』する。目を閉じると触れた対象が視界の中に映り込む。魔法効果は三分しか保たないが、監視対象へのマーキングは三十六時間持続するため、用途を考えるとかなり使い勝手が良い。
『
地味に便利なシセロさんの魔法。迷宮で勇者パーティーが苦しめられていたり、カジノ編でベテラン騎士さんを昏倒させていたことからもわかるように、魔法効果の関係上、元々の持続時間がそこそこ長い。が、魔法運用マニアの勇者が「これもっと時間差とかで発動できたらおもしれぇんだけどな〜」とこねくり回した結果、今回は『魔法を使用する』という特定の行動をトリガーにすることを条件に、幻惑の魔法効果を発動させる形で使用された。セラ・ロザラインは泣いていい。
運用のヒントにしたのは、サジタリウスが借りパクで使用していたアリエスの魔法『