おれは、世界を救った勇者である。
これまで、数え切れないほどの魔法使いと戦い、打ち破ってきた。
さて、魔法使いと戦うときには、注意しなければならないセオリーが、いくつか存在する。直接の接触を避ける。間合いを見極める。魔法を応用した得物の有無を判断する。
挙げはじめればきりがないが、おれの中で対魔法戦における、一つの結論がある。
たとえば、吸血女帝の『
たとえば、四天王第三位の『
たとえば、魔王の『
戦闘の初手から
「ちっ……」
いやすぎる直感に従って、おれは即座にその場から飛び退いた。こういう時は、ひとまず距離を取るに限る。
間合いを稼いで、目に毒な下着姿の三つ編みちゃんの姿を、少し遠目に観察する。着瘦せするタイプだ。わりと胸がある……ではなく、外見上に大きな変化は見られない。少なくとも、聖職者さんの『
あるいは、魔法効果が視覚に表れにくいタイプか。もしくは、魔法の発動を宣言したこと事態がブラフか。
そんなことをぐるぐると考えなければならない時点で、おれは三つ編みちゃんに戦闘の主導権を握られていると言ってもいい。
おれを見て、彼女は薄く笑った。
「そんなに心配しなくても……私の魔法、もう発動していますよ」
告げられた、直後。
三つ編みちゃんは、地面に埋まっていた手近な岩を掴んだ。みしり、と。指先が、無骨な岩肌に食い込む。そして、そのままその巨大な塊を地面の中から抜き取り、おれに向かってぶん投げてきた。
「いっ……!?」
予想以上にワイルドで大雑把な攻撃に、面食らう。
巨大な岩を紙一重で避ける。しかし同時に、彼女の姿はおれの目の前から消えていた。
こちらもまた、予想以上。身のこなしが軽やかで、速い。
右側から回り込み、おれに向かって的確に距離を詰めにきた三つ編みちゃんの腕には、布地に包まれたあの巨大な得物。
それを、そのまま、無造作に。横薙ぎに叩きつけられる。
「う、おっ……!?」
防御はした。が、吹き飛ばされる。体勢を立て直しながら、内心で舌を巻く。
この威力。この膂力。真正面から力比べしたら、おれの方が負けそうだ。直近でいえば、タウラスとの戦いで感じたそれに近い。つまり、学生騎士でありながら、三つ編みちゃんには最上級悪魔並みのパワーがある、ということだ。こわすぎる。
単純に身体に魔力を流すのが抜群に上手い可能性もあるけど、どちらかといえばやはり発動した魔法の方に仕掛けがありそうな気がする。
「ほんと、誰も彼も将来有望でうれしいよ!」
ぼやきつつ、
正面から、拳を二発。蹴りを一発。攻撃はすべて、でかい得物で受けられる。
「やっぱり、わかってても厄介ですね。その魔法」
「ありがとう。お気に入りなんだ」
小柄な体が、ウサギの如く飛び跳ね、後退する。
地面を踏み締めて、跳躍しただけ。ただそれだけの動作が、異常なまでに力強く、速い。
第一位くんに比べればパワー頼りな雰囲気はあるが、近接戦闘に関しては申し分なし。打ち合ったあと、間合いを直す判断も的確だ。魔法はおそらく、自己強化に絡んだ何かしらの効果。ただし、服を脱いだ理由は不明。というか、全然わからん。
さて、どう崩してやろうか、と。
そう考えながら見据える三つ編みちゃんの姿が……いや、おれの視界そのものが、唐突に
「っ……?」
「あっ。よかったです。やっと少し
「効いて、きた……?」
「はい」
頷いた彼女の、レンズの奥の目が細く笑う。
「私の『
「……なるほどね」
毒、か。
彼女に相談されたときのことを思い出す。たしかにこれは『残酷でグロい』と言うのも、頷ける魔法効果だ。
ただ一つ、わからないのは、
「おれは一応、きみにまだ触れられてないはずなんだけど……いつ毒を仕込んだわけ?」
「仕込んではいませんよ。むしろ、現在進行形で散布し続けています。勇者様はただ、吸い込んだだけです」
下着姿の肌を晒して、三つ編みちゃんはまた薄く微笑んだ。
咳き込む度に、視界が歪む。心臓が、早鐘のように震えだす。呼吸が、苦しい。
ああ、そうだ。
簡単なことだ。
彼女の身体は、今この瞬間も
服を脱ぎ捨てたのは、空気に触れる肌面積を増やして、毒の散布を早めるため。
触れられたら終わり、という魔法戦のセオリーに囚われず、触れずに相手を陥れるため。
しかも、彼女の狙いはおそらくそれだけではない。おれは震えがでてきた指先で、背後にある魔導陣の障壁に触れた。
「……ごほっ。もしかして、おれに決闘をねだったのって……絶対に逃さないためだったりする?」
「さすが勇者様! その通りです!」
「ははっ……」
笑えない肯定だ。
決闘魔導陣は、決着がつかない限り、外に出ることができない。魔術で編まれた、脱出不能の密室空間。つまり、おれは毒に満たされた空気を胸いっぱいに吸い込みながら、戦い続けなければならない。
「苦しいですか? つらいですか? でも、がんばってください」
魔法を開帳したように。
布地が剝ぎ取られて、隠されていた武器が露になる。
がしゃん、と。無機質な音を伴って刃が広がったそれは、騎士が持つには明らかに相応しくない、大鎌だった。明らかに、ただの武器ではない。おそらく、騎士ちゃんの大剣のような、遺物装備。
「私も殺すつもりでいきますから、どうか勇者様も……私を殺してください」
向けられた殺意の圧力は、どこまでも重い。
◆
「試験の様子は如何ですか? サーシャ先輩」
野営テントにふらりとやってきた男の声に、第三騎士団副団長、サーシャ・サイレンスは眉根を寄せた。
「リーオナイン団長。その呼び方はやめてください」
「いいじゃないですか。騎士学校時代の先輩後輩の仲でしょう? 公の場でもないですし。時には肩の力を抜くことも重要ですよ。先輩」
「あなたの肩の力はいつも抜けっぱなしに見えるけどね。レオくん」
「恐縮です」
第五騎士団団長、レオ・リーオナインは大袈裟に肩をすくめてみせながら、試験の監督責任者であるサーシャの手元に視線を落とした。
「で、どうです? 我が親友と、今年の卒業生たちとの戦いは」
「どうも何も、一方的な蹂躙ね。三隊いる内の二隊はすでに壊滅状態。第一位のジーク・ラヴェルはそれなりに善戦していたようだけど、彼も既に脱落。団長が勇者くんに攫われるのも、時間の問題だと思うわ」
試験の参加者は、全員が魔鉱石を装用している。その魔力反応を、サーシャたち試験官は把握しており、何か問題があればすぐに急行できる仕組みだ。もちろん、これらのシステムの構築と運用は、すべて副団長であるサーシャが担っている。
学生時代と変わらずとことん有能な先輩に、レオは苦笑した。
「イト先輩は、今頃ワクワクしながら親友の助けを待っているでしょうね。ドレスも、わざわざ今回の試験に合わせて新調していたようですし」
「ええ。超かわいかったわ」
食い気味の断言だった。
「……前から疑問だったのですが、サーシャ先輩はイト先輩と親友の関係については、どのように考えているのですか?」
「もちろん、団長の幸せは私の幸せ。心から応援しているわ。二人の子どもは私が最初に抱き上げるつもりよ」
「……?」
レオは少しひいた。
ちょっと倒錯した話になりそうだったので……ついでに、自分としては、我が親友はアリアと無事に結ばれてほしいと思っているので……それ以上踏み込むのはやめて、話の内容を試験に戻す。
「そういえば、彼女はまだ残っているようですね。第七位のリーナ・ハーコート。学生の身でありながら色魔法持ちであり、迷宮踏破を成し遂げ、遺物装備を手にした逸材」
「そうね。同じ元第七位としては気になる?」
「ええ。それはもう。あれほどの実力があるにも関わらず、第七位に自ら留まってるというのが、実におもしろい!」
「よく言うわ。あなたも卒業までずっと七位に留まっていたくせに」
「はっはっは」
七光騎士の席次は、一位から七位。決闘で勝てば上位の席次に入れ替わることができるが、逆に本人にその意思がなければ、低い席次に留まることも可能だ。
──じゃあ、預かっておいてくれ。で、おれが勇者になって戻ってきたら、もう一度。それを賭けて、決着をつけよう
学生時代のレオも、勇者との約束を律儀に守り、自ら第七位に留まっていた一人である。
しかし、その結果……
「世界を救った勇者と、最年少騎士団長の席次ってことで、妙に人気になっちゃったのよね。第七位の肩幕が」
「照れますね」
「照れてないで、恥じなさい。まったく、妙な伝統を作って……」
「しかしそうなると、実力的にはジーク・ラヴェルよりもリーナ・ハーコートの方が上ですか?」
「それはまた別の話よ。事実、二年生の時の決闘だと、ジークの方が徹底的に対策して、リーナに勝っているみたいだし。座学や実技の成績も、彼の方が圧倒的に上。どちらか選んで取れる、というのであれば、私は断然彼の方が欲しいわね」
なるほど、と。レオは頷いた。
「それに、彼女の魔法はちょっと曰く付きでね」
「
「ええ。リーナ・ハーコートがはじめて魔法に目覚めたのは、十歳の時」
生徒の情報が載った書類を捲りながら、サーシャは端的に事実を述べる。
「魔法が発現したその日に……彼女は住んでいた村の住人全員を、毒殺しているわ。自分の両親を含めて、ね」
魔法は、心の力。
人を救う、奇跡の力だ。
しかし、魔法に目覚める時と場所は、魔法の所持者本人ですら、選べない。
レオは、短く息を吐いて呟いた。
「親殺し、ですか。なら、彼女が我が親友と手合わせすることになったのは、運命の巡り合わせかもしれませんね」
「……なにそれ。どういう意味?」
「おや。サーシャ先輩はご存知なかったのですか?」
サーシャが、リーナ・ハーコートについて客観的な事実を述べたように。
「世界を救った勇者の魔法……
「もちろん知っているわよ。学生時代に散々見てるし……」
「その所有者の名は、シエラ・ガーグレイヴ」
レオもまた、勇者について、客観的な事実を述べる。
「勇者が、最初に殺した
こんかいのとうじょうじんぶつ
勇者くん
三つ編みちゃんが思ってたよりヤバい子でヤバいぜ!!
三つ編みちゃん
リーナ・ハーコート。七光騎士第七位。三つ編み全身毒物大鎌ぶん回し近距離パワー型死神眼鏡地味っ子。勇者のことを尊敬しており、彼に殺してほしいと思っている。ジェネリック死霊術師さんかもしれない
サーシャ・サイレンス
有能クレイジークールビューティー。素面の一言で最上級悪魔をどんびきさせるイカれっぷりを誇る女傑。普通に有能が過ぎるので、彼女が副団長でなければ、イト先輩の第三騎士団は速攻崩壊するらしい
レオ・リーオナイン
見なよ、ボクの親友を……!
ジーク・ラヴェル
脱落済。今回は登場しない。
リーナに対しては、自分が第一位になった段階で「てめぇなんで本気出したらもっとつええのに本気出さねぇんだよおぉん!?戦えやオレと!」みたいな感じで一方的に因縁をふっかけ、ダース単位で対毒の魔術用紙を用意したうえで彼女の対策を組み立て、なんとか辛勝している。お前すごいな?
ジークが悪ガキでリーナがコミュ障なので仲が悪そうに見えるが、実は全然そんなことはないし、互いに互いを尊敬しあってるし、二人とも勇者が好き
こんかいのとうじょうまほう
『
リーナ・ハーコートの有する色魔法。自分自身と触れたものを『有毒』にする。触れた空気を変質させて武器に変えるため、相手に触れずに攻撃できる、かなり強力な魔法効果。仲間を絶対に巻き込んでしまうのが、やや欠点か。
『
吸血女帝が所有する、空色の色魔法。本編では魔法名初出。
カジノ編とかでうっすらと言及されていた、亜人を束ねる吸血鬼の女帝さんの魔法。魔法名も肩書きも物騒だが、勇者くんにとっては地味に命の恩人だったりする。死霊術師さんの天敵で、今でも無限ウォーターサーバー(血)になれる死霊術師さんを欲しがっている。今でも元気にご存命なので、たぶん次章に出てくる
『
四天王第三位、ゼアート・グリングレイヴが所有していた、死色の色魔法。本編では魔法名初出。
過去編とかでちょこちょこ出てきている、第三位の人間のおじいちゃんの魔法。集団の指揮に長け、単独での戦闘能力も極めて高いというチートクソジジイ。死霊術師さんが裏切り、彼が死亡してしまったことで、魔王軍は本格的に旗色が悪くなった。トリンキュロがもっとがんばっていれば……
勇者くんはこの魔法にボッコボコにされ、片腕を奪われて、一時期再起不能に陥った。
『
魔王様の魔法。説明不要のチート魔法