世界救い終わったけど、記憶喪失の女の子ひろった   作:龍流

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一人目。勇者は最愛を知らない

 いよいよ、三つ編みちゃんは毒の散布になりふり構わなくなってきたらしい。

 ほぼ下着姿の肌色の周囲から、毒々しい紫色が吹き出す。いくら『牛体投地(ブルアドラティオー)』で身体機能を維持しているとはいえ、さすがに即死するような猛毒を吸い込むのはヤバそうだ。

 人間って何分間呼吸止められるんだっけか? たしか五分くらいはいけるって師匠から聞いた気がする。

 攻撃をあしらいつつ、後ろに下がる。

 

「わたしは! 勇者様みたいに正しい魔法の使い方をできなかった! 正しい心の使い方を知らなかった!」

 

 三つ編みちゃんの攻撃は、止まらない。言葉も止まらない。

 振り下ろされる鎌を、横っ飛びに避ける。

 自分自身と触れたものを『有毒』にする魔法。シンプルに強力極まりないが、あの遺物装備も彼女の魔法の運用の肝の一つになっているようだ。多分、あの鎌には何らかの浄化や解呪(ディスペル)の効果がある。周囲に毒をばらまいても、浄化して無力化する手段を残しつつ、

 

「わたしの魔法も! あの魔王を殺すために使ってほしかったのに!」

 

 自分自身は服毒強化(ドーピング)することで、身体能力を底上げ。

 うん。実に理に叶った運用だ。自分の魔法を理解して、戦闘スタイルを丁寧に組み上げている。

 

「なのにどうしてあなたは! わたしを殺しにきてくれなかったんですか!?」

 

 ただ、薬をキメすぎると理性がとんじゃうのはちょっといただけないな。たたでさえ周囲の味方を巻き込んでしまう可能性がある魔法なのに、使い手の冷静さが削がれるのは微妙に過ぎる。まあ、それをリフレッシュするための浄化の鎌ではあるんだろうけど。

 

「さっきからのらりくらりと逃げてばかり! 聞いてるんですか!? わたしの話を!」

「ああ。聞いてるよ」

 

 横の大振りをかわして、懐に入り込んで、一撃。

 腰を入れた殴打の一発で、華奢な三つ編みちゃんの身体は大きく吹き飛んだ。結界の壁に叩きつけられて、薄い呻き声とともに、眼鏡が落ちる。

 

「おれに、殺してほしい。きみの意思はわかった。でも、それはどうして?」

 

 普段、おとなしい子ほど、いろいろなものを抱えがちだ。

 はじめて話したときから、この子は何か隠していそうだな、とは思っていたけれど。とはいえ、ここまで濃い殺意と自殺願望を向けられるのは、想定外だ。

 おれは結局、この子たちにとってどこまでいっても数日間の付き合いでしかない、にせものの先生役だが……それでも、おれが受け止めて軽くしてあげられるものがあるなら、なるべく軽くしてあげたい。

 きっとおれにこの役目を任せてくれた先輩も、同じ考えだろう。

 三つ編みちゃんの、レンズ越しではないありのままの瞳が、おれを見る。

 

「わたしは……自分の魔法で、お母さんを殺しました」

「……」

「お父さんを、おばあちゃんを、村のみんなを、わたしの毒に巻き込んで、みんなみんな、殺してしまいました」

 

 自分の魔法の暴走に、周囲を巻き込んでしまう。

 魔法の特性にもよるが、そうめずらしい話でもない。魔法使いには、よくある話。

 

「わたしは、わたしを庇って、抱きしめてくれたお母さんを、助けたかったのに……わたしを抱きしめてくれたから、お母さんを殺しちゃった……わたしの魔法で、みんなを守りたかったのに、誰も守れなかった」

 

 どこにでもある、悲劇。

 

「だからせめて、勇者様が……勇者様の一部になれたら、わたしは」

「うん。それはできない」

「なんでっ……!」

「きみが良い子だから」

 

 ぽかん、と。

 思うがままに言葉を吐き出していた三つ編みちゃんの口が、開いたまま固まる。

 

「きみが一番簡単に楽になる方法は、自分の行為を正当化することだ。自分の身を守るために、他のすべてを殺し尽くすのは仕方なかった、と。諦めて、開き直ることだ」

 

 魔法は、自分の心だ。

 認めて、肯定した方が、楽になる。

 でも、この子はそれをしなかった。

 魔法が発現したその日から、自分を許さず、自分の心を許さず、ずっとずっと向き合い続けてきた。

 

「その魔法で、人を守る騎士になるのは難しい。傭兵にでもなったほうが、よっぽど簡単に稼げる。守るよりも、殺すことの方が簡単だから」

 

 でも、この子は騎士になった。そして、騎士らしい在り方で、魔法を運用できるようになった。

 味方がいる状況で魔法を暴発させるようなことはせず、おれと一騎打ちが可能なタイミングを伺っていた。

 第一位くんを巻き込まないために、決闘魔導陣で空気の流れを遮断して対決に望んだ。

 浄化の能力を持った遺物装備は、自分への作用はもちろん、万が一、周囲を巻き込んでしまったときにも、自身の毒に対処するためだろう。

 短い立ち会いの中でも、よくわかった。彼女は、殺戮に最も適した魔法で、人を救うための道を、模索し続けている。

 これは、卒業試験だ。

 おれは、この子が積み重ねてきたものを、見極めなければならない。

 そして、積み上げてきたものに気づいていないのなら、気づかせてあげなければならない。

 

「ち、ちがう。わたしは……」

「いいや、ちがわない。だってきみは、自分の魔法がきらいだと言った。おれと同じだ」

 

 この子の境遇は、おれに似ている。

 

「おれも、自分の魔法がきらいだ。おれも、自分の魔法で、母親を殺しているから」

 

 自分を許せ、とは言わない。

 おれも、自分を許す日は一生来ないだろう。

 自分を認めろ、とは言わない。

 おれも、自分を認めてやる気はさらさらない。

 

「でも、おれに縋るな。おれに頼るな。おれは、きみを救うことはできない」

 

 たとえ世界を救っても、救えない人はいる。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 母さんの名前を、おれはもう思い出すことはできない。

 ただ、母さんを殺した日のことだけは、いつまでも鮮明に思い出せる。

 はじめてのことを、あの人からたくさん教わった。

 誰かと囲む食事のあたたかさも、手を繋いで歩く楽しさも、夜眠るときに隣で聞く寝息の安心も。

 あの人が教えてくれたすべてが、おれを人間にしてくれた。

 そして、最後に教えてくれたのは、人を殺す冷たい感触だった。

 

「ごめんね……『  』」

 

 鋼の身体を持っていたはずの母さんは、おれの未熟な剣に刺し貫かれることを選んだ。

 自分の身は、自分で守れ。殺されそうになったのなら、迷わず殺せ。

 それもまた、母さんが教えてくれたことだった。

 

「でも……きみのはじめてが、わたしでよかった」

 

 おれを殺そうとした母親は、血だらけの手でおれの頭を撫でた。

 

「きみに、鋼の体をあげる。人を守るよりも先に……まず自分自身を守れるように」

 

 体の中に、熱いものが流れ込んでくる感覚。

 体は震えるのに、涙は止まらないのに。

 おれの魔法が、心が、はじめて人の魔法を奪ったことに、深く昏い喜びを得ている事実を、否応なしに理解した。

 

「心は、これから強くしなさい。『  』はきっと、すごく良い男になれるから」

 

 抜けていく熱を伴って、間近で見る微笑みは、とてもやさしくて。

 

「ごめんね……『  』」

 

 自分の命を奪った息子に、あの人はなぜか謝罪の言葉を繰り返して。

 

 

 

 

「一番に、愛してあげられなくて、ごめんね」

 

 

 

 

 母さんの最期の言葉は、最愛の否定だった。

 なぜ、彼女がそのような凶行にはしったのか。唯一、親交があった隣村の村長が教えてくれた。

 

「彼女は誰かと取引をして、おまえを引き取ったらしい」

 

 母さんは、おれの魔法がどのようなものなのか、最初から知っていた。おれの『黒己伏霊(ジン・メラン)』が、魔の王に至る可能性がある魔法であることを、知っていたのだ、と。

 簡素な墓の前で、彼が知っている限りのすべての話を聞いた。

 

「おまえを育て、その心の成長を見守りながら、生かすか殺すか。判断することが、あやつの役目だった。何が噓で、どこまでが真実かは知らん。だが少なくとも、わしはそう聞いていた」

「……」

「しかし、あやつはお前を殺せなかった。最後の最後で、情が移ったのだろう」

「村長さんは、どうしておれにそこまで話してくれるの?」

「老人の気の迷いだ。ただ、聞く権利があると思った。おまえたちが、わしから見ても仲の良い親子だったからだ」

 

 あまり話したことのない村長の声は老人らしい、かわいた声だったが、やさしかった。

 

「これからどうする? おまえの魔法の可能性は、無限だ。魔王を目指してもいい。おまえの悲しみには、その資格がある」

「……でも、魔王はもういるんだろ?」

「おまえが殺して、成り代わればいい」

「……んー。いや、やめておくよ」

 

 手を合わせて、告げる。

 母さんに向けて。なによりも、自分自身に向けて。

 

 

「おれは、勇者になる」

 

 

 

 宣言する。

 たとえ、母さんの愛が偽りだったとしても。

 母さんからもらったすべてで、おれという存在は形作られている。

 あの人を殺したことを、その命を奪ったことが間違いではなかったことを、おれは生きて証明し続けなければならない。

 勇者になって、魔王を倒して、世界を救うくらいのことを成し遂げなければ……おれは、奪った母さんの命に、報いることができない。

 

「黒い勇者か」

「変かな?」

「いや、おもしろい。励めよ」

 

 足元に、金が入った金貨袋が落とされた。

 

「彼女から預かっていたものだ。自分が死んだら、お前に渡してほしい、と頼まれていた。金だけではなく、中には騎士学校の紹介状も入っている」

「……学校か。行ったことないな」

「入学時期はおおよそ一年後。どう使うかは、おまえの自由。好きにするといい」

 

 母さんがいなくなったあと、親切にしてくれた村長さんも、それから一年ほどで亡くなってしまった。

 おれは、またひとりぼっちになった。

 家を引き払って出ていく前に、遺品を整理した。

 鍵がかかった引き出しの奥。無理やり開けたそこから出てきたのは、一枚の写真だった。

 母さんの隣には、おれが知らない男の人と、真ん中にはちょうどおれと同じくらいの年頃の息子がいた。

 三人とも笑顔で、とても幸せそうだった。

 あの人の、本物の家族。母さんが、本当に愛していた人たち。

 何年間も暮らしていた家だったのに、こんな写真があることを、おれは知らなかった。

 

「……教えてほしかったな」

 

 最も愛していた人に、おれは愛されなかった。

 あの人にとっての最愛の存在は、きっとおれではなかった。




コミカライズ2 巻が発売されました。書き下ろし特典は『魔王様と勇者くんがはじめてデートする話』です!
手にとっていただければ幸いです。よろしくお願いします!

https://x.com/TOBOOKS/status/1917531227365728460?t=2B3G0jN97ae851hrno41og&s=19

次回、卒業試験編。決着
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