世界救い終わったけど、記憶喪失の女の子ひろった   作:龍流

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勇者は、もう塗り潰さない

 おれたちは、母親を殺している。

 

 言葉は、時に拳よりも強烈な、心を砕く武器になる。

 あれほど昂っていた三つ編みちゃんの瞳が、目に見えて萎縮したのがわかった。

 きみとおれは、同じだよ。同類だよ。仲間だよ、と。

 そう共感してあげるのは簡単だ。あるいは、まだ小さかったこの子に必要だったのは、そんな風にこの子の悲劇に寄り添ってあげられる誰かだったのかもしれない。

 でも、おれはそうなれない。

 だから、止めない。続けて、語りかける。

 

「きみはさっき、正しい魔法の使い方って言ったけど……自分の魔法が正しいかなんて、おれもずっとわかっていないんだ」

 

 人の心に正解はない。

 思考が行動を生み、行動が結果をもたらし、結果が人の在り方を決める。

 一つの事実として、おれは魔王を倒し、世界を救った勇者になった。

 けれども、これらの順序は、往々にして逆転する。

 こう在りたい。こう成りたい。そんな願いが、生き方を変えることもある。人の一生を、縛って離さない呪いに変わることもある。

 語りかける。

 彼女に言い聞かせるために。

 そして、なによりも勇者という自分自身に、再確認させるために。

 

「奪ってきたものは、全部……背負ってきたつもりだったけど、おれは最後の最後に、失敗して取りこぼした。最初に心を奪った母親の名前も、もう思い出せない」

「っ……!」

 

 返答はない。

 もう聞きたくない、と。

 そう言わんばかりに、大鎌が振るわれる。拳で弾いて、いなす。その刃にはもう、最初のような殺意の圧力はのっていない。

 軽い攻撃だ。

 

「でも、それ以外のものは覚えているつもりだ」

 

 一人目。母さんがよくつくってくれたシチューの味を覚えている。

 二人目。盗賊が懐にしまっていた、飛行船のレプリカの手触りが消えない。

 三人目。エルフの村長の、すべてを飲み込むようなぎらついた眼光が焼きついている。

 四人目。五人目。六人目。七人目。八人目。九人目……いくら重ねても、慣れることはなかった。

 世界を救ったそのあとも、おれの心の在り方は、何も変わっていない。

 ジェミニの最後の言葉は、かつての主に向けられたものだった。

 シセロさんの感謝の言葉は、おれの迷いをずいぶん軽くしてくれた。

 

 サジタリウスとやった最後のゲームは、とても楽しかった。

 

 タウラスの在り方には、何かべつの道があったんじゃないかと、少し考えるようになった。

 心は、自分のもの。でも、人の心に異なる彩りをあたえてくれるのは、いつだって自分以外の誰かだ。

 おれという人間は、おれが奪ってきたもので形作られている。

 

「きみのお母さんは、最後になんて言ってた?」

 

 彼女も、同じだ。

 残酷な問いかけだった。

 対峙する瞳の奥に、また怒気が灯る。

 

「言葉なんてなかった……気がついたときには、お母さんはもうっ……!」

 

 大鎌が、止まる。

 取り落とした刃が、地面をゆるく裂いて、止まる。

 

 

 

 

「お母さんは……ずっと、わたしを、抱きしめてくれていました」

「うん」

 

 

 

 それが答えだ。

 たとえ、体のすべてが毒の塊であったとしても。その魔法が、触れるものを害する劇薬であったとしても。

 娘を抱き締め続けていたのが、母親の愛の形。

 彼女は、愛されていた。

 おれとは違う。

 心には、人の感情の色が残る。

 簡単には消せない。消せないことが、苦しくてつらいこともあるだろう。

 

「きみの心も、悲しみも、すべてきみのものだ。おれには奪えない。だって、きみはもうすべて乗り越えたうえで、ここに立っている」

 

 嫌いだと言い続けてきた、魔法と彼女は向き合ってきた。

 人を守る、騎士という役目を選んだ。

 もっと楽な生き方があったはずなのに、この子は険しい道を選んでいる。

 だから、

 

「きみはきっと、その魔法でたくさんの人を救える騎士になれる。きみが憧れてくれた、勇者のおれが、保証する」

「……ずるいなぁ」

 

 決闘魔導陣が、消えていく。

 それは、対峙する者が敗北を認めた証明だ。

 同時に、魔導陣の中で受けた傷が少しずつ、しかし確実に癒えていく。

 足元に落ちていた眼鏡をかけ直して、三つ編みちゃんはゆったりと笑った。

 

「ほんとうに、殺し文句ですよ。それは」

 

 魔法による過剰なドーピングの反動なのか。

 そのまま三つ編みちゃんは、満足そうに倒れ込んだ。

 

 

 ◇

 

 

 はい。

 というわけで。

 

「先輩。迎えにきましたよ」

「ずいぶん、おそかったねぇ。後輩」

 

 ドレス姿でお姫様気取りの先輩は……実際、要人役ではあるので間違いではないのだが……こちらを見て、あからさまに頬を膨らませた。

 

「いやあ、学生たちが思ってた以上に手強くてまいりました。おれも鈍ってる証拠ですね。反省します」

「ふーん。そう言うわりには、なんだかうれしそうだね?」

「あー、わかります? まあ、自分で言うのもアレですけど……少しは先生っぽいことができたかな、と。ちょっとした達成感があるといいますか」

「あは。それは感心だぁ。でも、勇者さまとしてはそれでよくても、盗賊役としてのお役目を忘れられたらこまるよ」

 

 さっさとわたしを攫いなさい、と。

 そう言わんばかりに両手を広げて抱っこをねだってくる先輩に、おれは顔をしかめた。

 

「えー、自分で歩いてくれませんかね」

「んー? こんなかわいいドレスで、山道を歩けるとでも?」

「それは胸をはって言うことじゃないですね……」

 

 こっちは全身ガタガタのズタボロなのに、勘弁してほしい。

 しかし、いくら言い訳を重ねても、先輩に山道を歩かせるのはちょっと難しそうだ。仕方ないので、大人しくリクエストに従って、お姫様だっこをして差し上げる。

 

「ふふっ……」

「……? どうしたんですか。先輩」

「くくっ……あはははははははははは」

 

 まるで、もう堪えるのが限界であるかのように。

 おれの腕の中で、堰を切ったように笑い出した先輩は、笑って、笑って、笑って、そして……

 

 

 

 

 

「あは〜」

 

 

 

 

 

「え? いや、ちょ……うわああああああああ!?」

 

 掛け値無しに。おれは、絶叫した。

 抱きかかえるその身体の表面が、一瞬で溶け落ちて、変化する。

 塗り固めていた絵の具を剝がして落とすが如く。どこからどう見ても先輩だったはずの姿が、一瞬で変身する。美しかったドレスは溶け消えて、全身をぴったりと包み込む黒のスーツが、身体のラインをこれでもかと強調して、そのやわらかさを再認識させる。

 こんなことができる魔法はこの世に一つだけ……『翠氾画塗(ラン・ゼレナ)』しかない。

 

「せ、聖職者さんっ!?」

「あっは〜! はーい。ざんねん。先輩ちゃんじゃなくて、おねえさんでした〜!」

 

 栗色の髪が、風を受けて大きく広がる。

 肩に手をまわして、上機嫌にお姫様抱っこを味わいながら。

 本当にニコニコと気分良さそうに、先輩……ではなく、聖職者さんは最悪の種明かしをしてきた。

 

「どうしてっ……ていうか、いつから!?」

「最初からだよ〜。試験開始前日に、学生くんたちに頼まれてね。おもしろそうだったから、おねえさんも一口噛んじゃいました〜」

「嚙んじゃいましたって……」

 

 聖職者さんが先輩に変身して、入れ替わっていた。

 その事実を認識して、背中をいやな汗がだらだらと流れる。

 ということは……

 

「まて、まてまてまて! じゃあ、本物の先輩は……!」

「あは〜。きっと今頃、他の男の子にお姫様抱っこで運ばれてるんじゃないかな」

 

 

 ◇

 

 

 夜も深まってきた山の中を、一人の筋肉が全力で疾駆する。

 

「ぬぅうううううう! ジークの作戦とはいえ、勇者様へのリベンジが果たせぬこの痛恨! あまりにも心残りが過ぎる! しかし、卒業試験は団体戦! いわば、フォア・ザ・チーム! 個人のくだらぬ拘りとプライドは捨てるのだ! このイアロス・プルシェフスキー! ジークから親友として託された役割は、全力でまっとうする! あ、ユリシーズ騎士団長。乗り心地はいかがでしょうか?」

「……とても、快適です」

 

 お姫様抱っこではなく、イアロスの背中に括りつけられた椅子を通してリュックサックのように背負われたイト・ユリシーズは、学生の紳士な気遣いに死んだ目で応じた。

 イアロスはドレス姿の騎士団長を背負い込む形で全力疾走しているので、当然その死にきった表情を伺うことはできない。それは、あたえられた役目に真摯に取り組みつつ、「好きでもない男に抱きかかえられるのは嫁入り前の女性に対してあまりにも不躾である」というイアロスの紳士極まる配慮によって発生した、必然のすれ違いだった。

 

「それはなによりです! ならば、遠慮なく全力疾走させていただきます! おお!? 目標地点が見えてきました! 窮屈な思いをさせてしまい、申し訳ありません! ですが、もうしばしの辛抱です! このイアロス・プルシェフスキー! 学生として最後の試練で騎士団長殿を背負い月夜を駆け抜けたこと、生涯の誇りとさせていただくっ! うおおおおおおおおお!」

 

 月光に、流れる汗が煌めく。

 ああ、青春だなぁ、とイトは思った。

 

「うぅ……後輩のバカぁ……」

 

 あのクソバカ勇者には、帰ったらお仕置きだ。

 

 

 ◇

 

 

 勝つ気で挑むことと、負けるつもりで用意をすることは、決して矛盾しない。

 勝利条件は、要人を指定ポイントまで運ぶこと。

 そして、()()()()()()の使用に、制限はなかった。

 世界を救った勇者を相手に、仕込みをしすぎてやりすぎるということはない。

 地面に寝そべって月を見上げたまま、リーナ・ハーコートは今回の作戦の指揮官に向けて問いかけた。

 

「ねぇ。ジークくんは、いつからこの絵図を書いてたの?」

 

 七光騎士第一位。

 ジーク・ラヴェルは、すでに意識を取り戻している。

 

「あぁ? そりゃもちろん、勇者サマが卒業試験に来るって聞いた時からだよ。ま、聖女サマの協力を得られるかはわりと五分五分だったけどな。こういう悪ふざけに乗り気な人でなによりだったぜ。試験前日に死ぬ気でアポ取って頭下げた甲斐があるってもんだ」

「……普通、隣国の要人の魔法を作戦に組み込む?」

「普通は組み込まねぇだろうな。が、オレは組み込む。なにがなんでも勝ちてぇからな」

「だからって……これ、本当に勝ったっていう? ズルじゃないかなぁ……絶対あとで怒られると思う」

「大丈夫だろ。提案にノッてくれたのは聖女さまの方なんだから。それに、どうせ作戦の責任は頭張ってるオレが持つんだから、うだうだ言ってんじゃねえよ」

「ほんと、ジークくんってそういうところあるよね。わたしやセラちゃんにも作戦のこと黙ってたの、反対されるってわかってたからでしょ?」

「もちろんその通りだ。文句はあとでいくらでも聞いてやる。つーか、それを言うなら、お前はお前で好き勝手に戦ってただろうが。憧れの勇者サマ相手に気持ちよく暴れて憑き物落としてんだから、言いっこなしだ」

「すっきりしてるのはジークくんも同じでしょ……」

「ははっ! それはそうだ!」

 

 もう、腕をあげる力すら残っていない。指先を動かすことすら億劫だ。

 それでも、地面に仰向けに寝そべったまま、ジーク・ラヴェルは手を伸ばした。

 三年間の青い春を共に過ごした、有毒の魔法を持つ少女に向けて、ジークは手と手を合わせるために、躊躇いなく言葉をかける。

 

「次は、ちゃんと勝てるようになろうぜ」

「……うん」

 

 

 

『試験監督、第三騎士団副団長、サーシャ・サイレンスより参加者各位へ通達します。要人の目的地への移送を確認しました。現時刻を以て、試験を終了! 卒業生の勝利とします!』

 

 

 

 ぱちん、と。

 寝転んだまま、ハイタッチの音が響いた。

 

「あとおまえ、はやく服着ろ。風邪ひくぞ」

「動けないからジークくんが着せてよ」

「……」

「あ、照れた」

「照れてねぇ!!」




こんかいのとうじょうじんぶつ

勇者くん
カウンセリング完了の達成感に酔いしれていたら、まんまとしてやられた

聖職者さん
あは〜!
先輩に変身するために、地味に服を全脱ぎしている。つまり全裸でお姫様抱っこさせている。エグい。エロい。

先輩
月夜に筋肉とランデヴー

リーナ・ハーコート
憑き物が落ちた。勇者に仲間がいるように、彼女にも三年間で、きちんとハイタッチしてくれる仲間ができた。

イアロス・プルシェフスキー
The・MVP筋肉
先輩を紳士的に背負い、山道を単身で全力ダッシュして目標地点まで到達した。勝利の立役者

ジーク・ラヴェル
The・策士
最初から『勇者に勝つ気はない』の言葉通り、徹頭徹尾、護衛完了を目標にした作戦を練り込んでいた。地味に「勇者様ならリーナのヤベェ部分もなんとかしてくれるんじゃねえかな……」みたいなところまで折り込み済。策士である
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