短かった雇われ臨時教師生活も終わり、生徒たちの卒業式典の日がやってきた。
おれは腐ってもこの国の英雄なので、なんか来賓の一番いい感じの席で生徒たちの卒業証書授与を見守らせていただいている。
そういえば地味におれ、卒業式に参列するのって人生はじめての経験なんだよな。学生時代は退学勧告と騎士ちゃんの拉致を深夜にコンボでやらかしているので、自分の卒業式はおろか、先輩たちの卒業式に参列したことすらない。
なので、こうして生徒たちの門出に立ち会えるのは、おれにとってもうれしいことだ。
「うきうきだね。親友」
同じく右隣の来賓席でえらそうに座っている馬鹿に小声でそう言われて、しかしおれはそちらには一切目をやらず、壇上をガン見しながら素直に小声で即答した。
「ああ。正直もう泣きそうだ」
「涙腺がゆるすぎるよ、親友」
いや、だめだって。おれ、こういうの弱いんだって。
普通に第一位くんが涙で卒業証書受け取ってるの見ると、もうダメ。もらい泣きしちゃうわ。
あ、これから答辞とか読む流れなのかな? あー、もう無理です。だめだわ。泣きます。普通にハンカチ持ってきてよかった。
「一位くん、あんなに立派になって……」
「おーおー。せいぜい一週間くらいの付き合いだったのに、随分と入れ込んじゃってまぁ。やっぱり、自分に勝った将来有望な生徒たちの門出はうれしいんだねぇ」
と、ぐちぐちと言ってきたのは左隣の先輩だ。やれやれ、おれの感動に水を差さないでほしい。
「うるさいですね。いつまで引きずってるんですか先輩」
「うるさいってなにさぁ!? ワタシのことをかっこよくロマンチックに攫ってくれるはずだったのに開き直ってるんじゃないの! 生意気だぞ後輩のくせに!」
「あは〜」
「そこも笑うなぁ!」
おれの後ろの席でけらけら笑ってる聖職者さんにも鋭い指摘が入る。
まあ、今回一番好き勝手やっていろいろ満喫してたのこの人だからな。先輩の怒りもわかるっちゃわかる。先輩本人のがばがばな計画が失敗したのはいつも通り先輩のせいだと思うけど。
「でもまぁ、うれしいってのは本当ですよ。あとは、ちょっとうらやましい気持ちもあります」
「うらやましい?」
「はい。あの子たちが積み重ねてきた三年間は、おれが体験できなかったものだし……おれがこの学校に残せたものって、あんまりないわけじゃないですか」
そもそも、一年間という短い期間しか通ってないし。
あの日、あのとき。騎士ちゃんと一緒にこの学校を飛び出した選択を今さら後悔するつもりはないけど、それでもちょっとだけ思うところはあるわけで。
おれも三年間。この学校で学んで、騎士ちゃんや先輩や隣のバカや、同級生のみんなと一緒にもっと思い出をつくったりして。そういう青春があったのだろうか、と。
そんな可能性を、少しだけ考えてしまう。
「だから、正直に言えばちょっとだけうらやましい気持ちは、ありますね」
「……ふぅん」
「なるほどなるほど」
顔を見合わせた先輩とバカは、まるで示し合わせたかのように、同時に立ち上がった。
「ちょうどいい。そろそろ、卒業生が退場する」
「一緒に外に出てみようか。後輩」
「え? なんで」
「いいからいいから」
「見ればわかるさ」
引きずられるように、二人に連れられて外に出る。
会場の外には、卒業生に比べれば、まだあどけない顔立ちの在校生の生徒たち。そんな彼ら彼女らは、校門に続く道の両脇に、ずらりと整列してた。
そして、
「──総員、抜剣っ!」
鞘から剣が引き抜かれる音が、幾重にも重なって響く。
壮観、という他なかった。
号令に合わせて、在校生の騎士たちの腰から引き抜かれた剣が、高く掲げられる。一糸乱れぬ動きで、銀色の刃がまるでアーチのように道を形作る。
視界に入るすべての剣は、新たな門出のために捧げられたもの。
陽の光を浴びて輝くその銀光は、言葉も出ないほどに美しく、見惚れてしまうほどで。
その光景を、おれは誰よりもよく知っていた。
「え?」
啞然とするおれの右隣で、バカの親友がにやにやと言う。
「そういえば、きみは騎士学校の卒業式に参列するのははじめてだったね、親友! なら、仕方ない! 知らないのも無理はないだろう!」
目を疑うおれの左隣で、先輩がくすくすと呟く。
「うむうむ。そうなんだよ。どこぞの勇者さまを追放するとき、ワタシら結構盛大に送り出しちゃったでしょ? アレがなんか、この学校では、門出を祝う儀式として根付いちゃってね」
とどめと言わんばかりに、うしろから聖職者さんが告げる。
「あは〜。よかったねぇ。ゆうくん
「……はい」
三者三様に好き勝手に言われて、思わず苦笑いする。
おれたちのバカでアホな行動が、こうして目に見える形で、後輩たちに継がれている。
うん。それはちょっと、かなりうれしい。
「みなさま、失礼します」
後ろから声をかけられて振り返ると、卒業式の主役が立っていた。
「三つ編みちゃん! 卒業おめでとう!」
「ありがとうございます。ええっと……その、勇者様に、お願いがありまして」
「お願い?」
「はい。その、あのぅ……」
「ちっ。なにうだうだ恥ずかしがってんだ。さっさと言え」
三つ編みちゃんの後ろから、主席卒業の第一位くんがずいっと顔を出す。
まるで、何かを察したように。またもや顔を見合わせた両隣の二人は目配せをしあって、おれの背中を生徒たちの方へ、強く押した。
右手を、一位くんに。
左手を、三つ編みちゃんに。
がっしりと、強く掴まれる。
気がつけば、おれはいつの間にか集まっていた卒業生たちに取り囲まれていて。
「勇者先生。あなたがつくった伝統です。一緒に、歩いていただけますか?」
剣で飾られた花道を示して、そう言われた。
「……おれはきみたちとちがって、べつに卒業するわけじゃないんだけど?」
「でもたしか、勇者様もこの学校を卒業はされていないはずでは? 退学と追放はされていますが……」
「こ、こいつ……!」
頭の良い返答をされて、言葉に詰まる。
まあ、かわいい生徒たちのお願いなら、仕方ない。
「じゃあ、お言葉に甘えるよ」
堅苦しい式典の空気を脱ぎ去った、卒業生たちの歓声が、大きく響く。
学生たちの声は、うるさく、騒々しく、遠慮なく。
その騒がしさは、何年経っても、変わらない。
きっとこれからも、変わることはないだろう。
こんかいの卒業生
ジーク・ラヴェル
首席卒業。第一位。卒業後の配属は、グレアム・スターフォードの第一騎士団。要人警護や王都防衛など『人を守れる』分野に本人が強い興味と希望を示しているため、これからも研鑽し、学んでいく予定。
第一位として、首席卒業生として、定期的に同窓会の開催を目論んでいるおそるべき策士。
リーナ・ハーコート
七位として卒業。卒業後の配属は、ジャン・クローズ・キャンピアスの第二騎士団。大型モンスターの討伐、魔獣の群れへの対処など、ジークよりもよりアグレッシブに『人々への脅威に立ち向かえる』最前線を望んだ。
ジークと会えなくなるのがちょっとさみしいかもと考えている。
セラ・ロザライン
ジークに告白する気満々だったが、勇気が出なくてできなかった。がんばれ。ほんとがんばれ。
卒業後の配属は、ギルボルト・ヴァノンの第四騎士団。内定などの任務を主とするため、彼女の魔法を活かす機会は多いだろう。
イアロス・プルシェフスキー
第五位として卒業。卒業後の配属は、イト・ユリシーズの第三騎士団。イトを抱えて山中を駆け抜けた足腰の強さと根性と明るさにサーシャが目をつけ、試験後に直接勧誘した。イトはまた頭を抱えた。
第三騎士団は悪魔狩りとも呼ばれる部署で、対人戦や屋内を想定した戦闘も多いため、剣に頼らない彼のフィジカルを活かす機会は多いだろう。