卒業式が終わった、その日の夜。
おれは先輩と二人っきりで、夜の街に繰り出していた。
「デート、デート〜」
「先輩。はしゃぎすぎて転ばないでくださいよ」
「なんなのさ、後輩。もしかして、ワタシのことを何もないところで転ぶ人だとでも思ってんの?」
「はい」
「はい……?」
先輩のご機嫌がかなり上向きになってるのはありがたいことだが、浮かれすぎてコケられても困るので、釘は差しておく。
それに、デートと先輩は言っているが、今晩の外出はきちんと目的と行きたい場所があるタイプのお出かけだ。
街の中心から外れて、少し寂れたエリアに向かって歩いて行く。夜なので暗いのは当たり前だが、昼間でも薄暗そうな路地裏を進んでいくと、いかにもそれっぽい雰囲気の店があった。
「ここが先輩いきつけの占い師さんがいるお店ですか」
「そうそう。そうなんだよ。でもめずらしいね、後輩。きみ、占いとかあんまり信じないタイプじゃなかった? まさか、行きたいっておねだりされるは思わなかったんだけど」
下から覗き込むように、先輩にそう言われる。たしかに、おれは神様とかはあんまり信じていないタイプだ。信仰してる神がいないわけでもないが、敬虔な信徒というわけでもない。
とはいえ、今回はこの占い師さんがきっかけで、騎士学校の生徒たちと関わることができたわけで。
──この前王都で評判の占い師さんに「想い人との関係を進展させるにはどうしたらいいですか?」って手相見てもらったら「あなたの仕事に関わらせるのがいいでしょう」と出ただけ
おれは素知らぬ顔で、先輩に言葉を返した。
「たまには不思議な力を信じてみてもいいかな、と。そう思っただけですよ」
「そっかそっか」
小さく、控えめな看板を見る。
看板には『ノインの占い小屋』と。たしかにそう書いてあった。
……うーん。
「……じゃあ入りますか」
「うんうん。でもこの占い小屋、毎日やってるわけじゃないから、占い師のおねえさんが今日もいればいいんだけどねぇ。ごめんくださーい!」
先輩のあとに続いて、中に入る。
ロウソクの灯り程度しか光源がない小屋の中には、フードを被った女性が一人。こちらの姿を目にとめて、ゆったりと会釈してくれた。青いフェイスベールで口元はよく見えないが、雰囲気だけで薄く微笑んでいるのがわかった。
「これはこれは騎士団長様。またいらしてくださったのですね」
のびやかですっと耳に届く、とても良い声の持ち主だ。
「はい! 今日はワタシの後輩を占ってほしくて、連れてきちゃいました」
「……なるほど。これもお導きでしょうか。騎士団長様がいらっしゃったときも驚きましたが、まさかあの勇者様にお会いできるとは……お目にかかれて光栄です」
「どうも」
おれも占い師のお姉さんに軽く会釈を返して、椅子に座る。
うーん。フェイスベールで顔が半分隠れていても、雰囲気だけでわかる。これは、かなりの美人さんだ。
惜しいなぁ。
「では、何について占いましょうか?」
「そうですね。じゃあ、ざっくりとおれの今後について」
「かしこまりました。わたくしの占いは、手相を軸に組み立てるものです。まずは、お手を拝借してもよろしいでしょうか?」
「いやです」
おれは、彼女に手を差し出すことを拒否した。
隣の先輩が、片方の目を点にして、こちらを見る。
「え? ちょいちょい後輩! だめだよ。いくらこのおねえさんが凄腕占い師さんでも、手相を見ないことには占ってもらえな……」
「そうやって、
面倒なので、結論から突きつけた。
対面に座る占い師のお姉さん……いや、得体の知れない女は、動かない。
「なんのことでしょうか?」
「ここまできたら、もうとぼけなくてもいいでしょう?」
さて、復習の時間だ。
「個人的に、魔法にはいくつか種類があると思ってるんですよ。触れてすぐに効果が発動するものよりも、おれは時間差で起動したり、わかりにくい効果を持続させるものの方が、厄介だと思ってまして」
学生諸君に行った講義を、自分の口で振り返る。
①触れている間しか発動しない魔法
②触れた相手に効果が残り続ける魔法
この女の魔法は、おそらく後者だ。
触れることが重要な要素である魔法にとって、手相を見る占い師、というのは魔法をばら撒くのに実に効率的な職業と言えるだろう。もしもまた教鞭を取れる機会があったら、ぜひとも実例として示したいくらいだ。
「勇者様の仰っていることの意味がわかりかねますが……その口ぶりですと、まるでわたくしが魔法使いで、まるでそちらの騎士団長様に何か魔法をかけた、と。そのように仰りたいように聞こえます」
「ああ、そうだよ」
女を睨み、即答する。
泡を食ったように慌てはじめたのは、隣の先輩だ。
「ちょ、ちょいちょいちょい! ちょっと待ってよ後輩! ワタシは全然いつも通りだよ!? 違和感なんてなんにも……」
「本人にはなくても、おれにはある」
先輩は、たしかにドジな人だ。
戦闘のスイッチが入っていない先輩は、全身が迂闊とクソボケと天然の塊である。
壁の穴にはハマるし、茶葉をひっくり返してティーカップも割るし、スライムが入ったケースを落として破壊するし、合コンの場では大理石のテーブルすら魔法で叩き割る。
しかし、先輩はドジやバカやうっかりでものを破壊することはあっても、人の家のものを意図的に破壊してそのままにしておくような人ではない。
家の鍵を壊された、あのときから違和感があった。
……他にも、洗面所に勝手に歯ブラシやタオルやコップを置かれる謎の行動をされていたのでスルーしかけたが、よくよく考えれば歯ブラシやタオルやコップを勝手に置いていくのは騎士ちゃんもやっていたので、そこまでおかしな行動ではない。多分、きっと。
とにかく、先輩に感じた違和感の原因は、目の前に座るこの女の魔法が原因だと。おれはそう結論付けた。
「……ふふ。本人が気づかない違和感を、他人が指摘するとは。確たる証拠もないのに、よくもそこまで言い切れるものですね。世界を救った英雄の勘、というやつでしょうか?」
「そんな大層なものじゃない。ただ、おれと先輩はあんたが思ってるよりも、ずっと付き合いが長いってだけだ」
「…………はぁぁぁぁ」
深く深く。占い師の女は、フェイスベール越しに、重い息を吐き出した。
「きっっもいわぁ」
口調と、態度と、雰囲気が、変容する。
「抱いてもないくせに、なんでそこまでわかんのよ?」
薄く透けるフェイスベールのその下で、占い師の女の口元が、裂けるように歪むと同時。
おれの横合いで、爆ぜるように炎と熱が炸裂。咄嗟に蹴り上げた机を盾に、跳んだ。
「こ、後輩!?」
「大丈夫です!」
不意打ちの攻撃を、おれも先輩も回避している。
大丈夫ではある、が。
これは、よくないパターンだ。
想定していた事態は、いくつかあった。
第一の想定。占い師が何かよからぬことを企み、魔法を悪用する存在であること。
第二の想定。その正体が人間ではなく、最上級の悪魔であること。
いやな予想に悪い予測を重ねているとはいえ、ここまではまだ想定の範囲内。事実、この占い小屋の看板の名前をおれが認識できてしまった段階で、あの占い師の正体が悪魔であることは承知の上で、この場所に踏み込んだ。
しかし……
「驚愕だな。まさか、こんなにも早くこの場所での活動がバレてしまうとは」
「ほんとうよ。どうするの? リブラ。こんなところで勇者ちゃんとやりあうなんて、ぜんぜん予定にないわよ」
「予定外だろう。控えめに言って。しかし、やるしかあるまい」
暗闇の奥から、別の声がもう一つ。
「疑問のはずだ。ゆえに、こちらから名乗らせていただく」
占い師の女とはべつに、もう一人。
二人並んだ男と女の背後から、その存在を証明するかのように、一対二組の黒い翼が広がる。
それは、コイツらが人間ではないことの証明だ。
「我らが最も尊き王の、十二使徒が一柱。リブラ・ツェーン。お初にお目にかかる、勇者」
「ヴァルゴ・ノイン。カリスマ占い師だったんだけど、今日で廃業みたいでざんねん。まあ、よろしくどうぞ? 勇者ちゃん」
いい加減、こういうパターンには慣れてきたとはいえ。
最上級が、一気に二匹。こんな王都のど真ん中で沸いてきたという事実に、おれはため息を吐くしかなかった。
ジェミニやタウラスと同格のヤツを、二人同時に相手取る。しかも、こんな街中で。
正直に言って、準備を入念に重ねていたとしても、御免こうむりたい状況だ。
先輩を後ろに庇いながら、じりじりと後ろに下がる。
「まさかこんな場所で、最上級が二体揃ってるとは思わなかったな」
「同感だ。こちらもまさか、勇者と騎士団長が揃ってお出ましになるとは思っていなかった」
会話をしながら、時間を稼いで間合いを取る。
ヴァルゴと名乗った悪魔の魔法は、おそらく継続時間が長く、対象者に影響を及ぼし続けるタイプ。直接の戦闘に長けたものではないはず。
そして、先輩の『
自分が魔法にかかっていることを自覚していない状態ならともかく、魔法効果を認識さえできれば、先輩は自力でヤツの魔法に侵された状態から脱することができる。
なるべく小声で、先輩に向けて語りかける。
「先輩。なるべく街中に被害を出さないように、さらに郊外までコイツらを引きつけながら戦います。いけますか?」
「……」
「……先輩?」
返事がない。
その端的な事実を補強するかのように。
ヴァルゴと名乗った女の悪魔は、満面の笑みで手を叩いた。
「あ! そうそう! 駆け引きする趣味とかないから、先に種明かしをしておくわね。アタシの魔法は『
は?
……欲情?
「……おい。なにふざけたこと言ってんだお前」
「残念ながら、大真面目なのよ」
後ろを見て、その異常に気付く。
いつも明らかに異なる、湿り気を帯びた吐息。熱に浮かされたような瞳。
それでいて、こちらを真っ直ぐに射抜くような、獰猛な視線。
ちがう。だめだ。先輩はまだ、魔法に侵されたままだ。
「二対一だと思ったかしら? ごめんなさいね、ボウヤ」
やばい、と。
そう思ったときには、もう遅かった。
「三対一なのよ」
そして、蒼い斬撃が眼前で閃く、その刹那。
「『
先ほど、最上級悪魔が放った炎熱魔術が児戯に思えるほどの熱と風の暴威が、炸裂した。
視界が横転し、すべてが吹き飛ぶ。それほどの圧倒的な破壊。反応する間もなく、成すすべもなく、反射的に体を転がして、おれは占い小屋の外に転がり出た。
「あっつぃ!? あついあつい! 髪ちょっと焦げたんだけど!?」
「あは〜。水もしたたるなんとやら、ならぬ、前髪焦げた良い男〜」
「なにもうまくない!?」
「天パデビューだねえ。ゆうくん。レッツドラゴンブレススタイリングだ〜」
「ほんとなに言ってんの!?」
簡素な占い小屋を半壊させた張本人は、口の端から龍の息吹の残滓を漏らしながら、けらけらと笑っていた。
ふう。危なかった。いざという時に備えて、聖職者さんに待機しておいてもらってよかった。まさかおれごと攻撃するような、こんな大味な援護もらうとは思ってなかったけど。
「それで状況は〜?」
「……最悪よりも、さらに最悪。敵の最上級はまさかの二体。しかも、先輩の洗脳……みたいなものも、まだ解けてない」
「あは〜。ほんとに最悪でウケる〜」
「なにウケてんだよ」
「ゆうくんの見立てがあまあまだったせいだね〜」
「あ、はい。まじですいません」
即座に心を込めて謝罪する。こういう言い合いで、おれは聖職者さんに勝てない。本当に勝てない。すぐに謝るのが最善である。
「最上級が二匹と現役の騎士団長さんが相手かぁ」
「いける? 聖職者さん」
「んー? ゆうくんと二人っきりで
ぱちん、と。
音を鳴らして、修道衣の両袖が落ちる。夜の闇の中で、病的なほどに白い腕が別の『何か』に変貌していく。
「相手が悪魔だろうと三人だろうと、おねえさんがいれば百人力だぜ〜」
先輩がもともとイカれてるせいで先輩の行動に違和感を覚えなかった方も多いと思いますが、感想欄で「先輩おかしくね?」って言ってた読者のみなさんはヤバい女検定一級の資格があります。タオルと歯ブラシとコップ置いてるのは事実なので、先輩がヤバい事実は特にかわりません。おかしいですね
今回の登場悪魔
ヴァルゴ・ノイン
最上級悪魔の一柱。第九の乙女。どこがとは言わないが死霊術師さんに匹敵するものを持つナイスバディおねえさん悪魔。薄い本適性が最強の魔法を持つ。
リブラ・ツェーン
最上級悪魔の一柱。第十の天秤。聖職者さんにタコ負けしたトリンキュロを慰めていたヤツ。ヴァルゴと行動を共にしているようだが……?
あは〜
聖職者さん。ゆうくんと先輩の夜デートをワクワクで見守っていたが、電撃参戦。ひさびさに勇者くんとタッグで魔法戦なのでテンションが高い
コミカライズ最新話も更新きております
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今回の見どころは死霊術師さんの心臓を握り潰す師匠です。よろしくお願いします