世界救い終わったけど、記憶喪失の女の子ひろった   作:龍流

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蒼にいろめく

「第三騎士団団長に敵の魔法の影響が認められたため、独自に市内の敵の潜伏場所に調査へ。その結果、敵は最上級悪魔二体と判明。その場で交戦に至り、仕留めるには至らなかったものの。撃退には成功、と。そのような経緯でいいか?」

「そんな感じです」

「舐めてるのか?」

 

 おれと先輩を玉座の上からの見下ろして、陛下はブチギレていた。

 もちろん、おれと先輩はすでに地面に膝をつき、いつでも華麗な土下座を繰り出せる体勢に入っている。全力謝罪の構えだ。

 二体の最上級悪魔、ヴァルゴとリブラをなんとか退け、諸々の事後処理を終えて、すっかり朝日がのぼった翌朝である。正直今すぐにでもベッドに飛び込みたいが「マジかよコイツら」みたいな冷たい目をしている陛下に対してそんなことを口走ってしまったら、その瞬間に打ち首決定になりそうだ。

 

「事前に申告があれば! 正式に部隊を動かすなり! 他の騎士団長を戦力として回すなり! 打てる手はいくらでもあったろうに! またその場のノリで適当に勝手に動いて! そういうとこ! ほんとそういうとこだぞお兄ちゃん!」

「うす。すんません」

 

 昔は妹みたいに可愛がっていた十二歳のちびっこにど正論で殴られるの、ほんとに心にくるからやめてほしい。

 

「あ、あのぅ……陛下。今回は、ワタシの油断で最上級悪魔の魔法にしてやられたわけですし、後輩のことはあまり責めないでいただけると……」

「うむ。お前の責任は大きい。というか、ほぼお前のせいまである」

「ぐはぁ!?」

 

 陛下にあっさりとそう言い切られ、先輩が呻く。正論パンチだ。

 まあ、仕方がない。だってその通りだし。先輩がそもそも占い小屋に行ってほいほい敵に手を触られて、魔法をかけられてなきゃ、こんなことになってない。とはいえ、日常的に人に少しでも触れられることを警戒するってのはわりと大変だから、先輩ばかりを攻める気にもなれないんだけど。

 これ、多分まだまだおれたちへのお説教続くんだろうなぁ……と思いきや、そこに割って入ってきたのは、意外な人物だった。

 

「陛下。お気持ちはわかりますが、そのあたりでよろしいのでは? 最上級が二体も出張ってきては、騎士団長クラスでも単独での対処は難しい。王都に侵入していた二体を、揃って迎撃できたのは事実。まずは、その事実を喜びましょう」

 

 玉座の扉を開いて入ってきたのは、はじめて出会う騎士団長だった。

 土下座していなくても、おれが見上げなければならないほどの巨躯。その全身を包み込む、漆黒の全身甲冑。低く重い、ずっしりと響くような声。

 第二騎士団の団長。通称は『黒騎士』。

 第一騎士団の団長である先生と並んで、王国最強の一角。世間的にはおれの色を受け継いだことになっているらしい大騎士である。他にも、貴族派の筆頭だの、魔獣狩りのスペシャリストだの、現在の王国唯一のドラゴンライダーだの、物騒な噂だけならおれもたくさん聞いたことがあるが、個人的には「合コンにこなかった騎士団長さん」くらいのイメージである。うん、見た目も口調も真面目そうな人だ。

 

「……それで、状況は?」

「は。滞りなく。賢者殿に王都全体の索敵を再度依頼させていただきましたが、敵の姿はみとめられません。今は私が動かせる部隊と第三の副団長らで警戒を敷いていますが、こちらも異常がなければ解除して構わないかと」

「うむ。今は、第一騎士団が団長と副団長揃って不在だからな。細かい判断はお前に任せる。頼むぞ」

「御意」

 

 陛下に向けて頭を下げた黒騎士さんは、今度はこちらを振り向いて、跪いた。

 

「お初にお目にかかります、勇者殿。私は、第二騎士団を率いております。お会いできて光栄です。名乗れぬ無礼は、どうかお許しいただきたい」

「あ、いえいえ。こちらこそはじめまして。お噂はかねがね。黒騎士さんとお呼びしても?」

「恐縮です。凡才のこの身を、勇者殿の色を含んだ名で呼んでいただけるとは、心まで引き締まる思いです」

 

 おれが土下座状態だと黒騎士さんまで土下座しそうな勢いだったので、立ち上がって握手を交わす。

 本気モードの騎士ちゃんのようにフルフェイスの頭兜を被っているため、表情は伺えない。しかし、黒騎士さんは言葉も態度も所作もめちゃくちゃ丁寧だった。

 良い人だ。メガネさんもわりと丁寧だけど性癖が豚だし、先生は脳みそまで筋肉だし、先輩は言うまでもなくポンだし、おれの親友はバカのアホだし、もしかしてこの人が唯一まともで真面目な騎士団長なんじゃないか?

 

「陛下。こういう真面目で常識のある人材は大事にしたほうがいいですよ」

「そうだな。非真面目で非常識なお兄ちゃんが言うと説得力があるな」

「重ねて恐縮です」

 

 と、そこでかしこまっていた黒騎士さんは、先輩の方に視線を向けた。同時に、視線を向けられた先輩が「うげぇ!? こっちにもきたぁ!」とでも言いたげに、びくんと肩を震わせる。わかるよ、先輩。気持ちはわかる。真面目で丁寧な人に詰められるのってこわいからな。

 繰り返しになるが、黒騎士さんは屋内でも頭兜まで含めたフル装備なので、表情はおろか目線もうっすらとしか伺うことができない。しかし、その眼光には相応の圧力があった。

 

「貴様に、ひとつ問いたい」

「は、はい! すいませんワタシが悪かったです油断しました本当に以後気をつけま……」

「勇者殿との仲は、進展したのか?」

「……へぁ!?」

 

 先輩の喉から、すごく変な声が漏れた。

 ふざけんなよ。なに聞いてんだよこの全身甲冑非常識野郎。完全にプライベートに関する質問だろそれは。

 くそっ、おれが甘かった! 騎士団長にまともな人間なんているわけが……

 

「貴様は、魔法の影響を浴びていたが、勇者殿によって窮地から脱したと聞いた。そして、勇者殿の黒己伏霊(ジン・メラン)は、他者の魔法を奪うという。ならば、貴様と深く繋がった勇者殿が身を呈し、全力を以て最上級悪魔の魔法に侵された心を救い出した、と。私はそのように推測をたてていたのだが……違うか?」

 

 いや、やっぱりまともではあるのか?

 ちゃんと意味のある質問ではあるし、真面目ではあるのかな?

 おれが黒騎士さんの常識人度合い測りかねている中、先輩は顔を赤らめながらも、はっきりと断言した。

 

 

 

「そ、そう! そうです! ワタシは後輩と深く繋がりました!」

 

 

 

 言い方に語弊がありすぎるだろ。

 

「そうか。それはよかった」

 

 いたく満足そうに頷いて。

 がっしゃがっしゃ、と。

 鎧を鳴らして、そのまま出ていった黒騎士さんの背中を見送ってから。

 口をあんぐりと開けたままの陛下は、おれをまじまじと凝視して、呟いた。

 

「え。お兄ちゃん、もしかして……やった?

「やめなさいよそういう言葉使うの」

 

 

 

 ◇

 

 

 

「キャンピアス団長。お疲れ様でした。如何でしたか? はじめてお会いする勇者様は」

「ああ。噂に聞いていた通りのお人柄だった。陛下が全幅の信頼を寄せられているのも頷ける」

「よかったですね。団長、勇者様にお会いしたいと、以前から仰っていましたもんね」

「ひとつ、頼みがある」

「なんでしょう?」

「右腕を換装、交換したい」

「数日前にメンテナンスしたばかりだと思いますが、何か異常でも?」

「いや、異常はない」

「はて? では、なぜ?」

「勇者殿と握手してもらった。右の手甲はケースに入れて自宅に飾りたい」

「え、えぇ……?」

 

 

 ◇

 

 

 王都から離れた、街道の片隅にて。

 

「くそっ」

「完敗だな。しかし、いつまでもそう悪態を吐くなよ、ヴァルゴ。こちらは無事だったのだから、よかったじゃないか」

「っ……いいわけないでしょう」

 

 飄々とそんなことを言うリブラに、ヴァルゴは歯軋りを隠せなかった。

 

「アタシを庇ったせいで、アンタの腕と翼がっ……」

 

 勇者とイトの拡張斬撃は、間違いなくヴァルゴを狙ったものだった。自身の魔法による洗脳が立ち回りの主軸であるヴァルゴに、その攻撃を防ぐ手立てはなく、そのまま受けていれば間違いなくヴァルゴは仕留められていた。

 リブラが、斬撃の射線に割り込むように、己の身を挺して庇わなければ。

 その結果、リブラの右腕は肘から先が切り落とされ、右の翼も同様に根本から半ばを断たれてしまった。

 

「痛み分けだな。しかし、お前を守れたのなら、俺の腕の一本や二本は安いものだ」

「……アンタ、真顔でそういうこと言うのほんとタチ悪いと思うわ」

「本心だよ。仲間に対して気持ちを偽る必要はない」

「…………まあ、いいわ。それで、傷の具合はどうなのよ? 再生はなんとかなりそう?」

 

 悪魔の身体構造は、人間のそれとは異なるため、人間では回復が難しいような手傷でも、魔力や魂の捕食によって回復の可能性はある。しかし、リブラは口元を歪めて呟いた。

 

「可能か不可能かでいえば、不可能だろう。俺が喰らった斬撃は、ただの斬撃ではない。蒼の魔法の斬撃は、断絶。俺の腕と翼が断ち切られたという事実は覆らないだろうな」

「……カプリコーンに、義手でも用意させましょう。あいつの自分可手(アクロハンズ)ならできるでしょ」

「ヴァルゴ。トリンキュロを昔の名前(カプリコーン)と呼ぶのはやめておけ。ヤツはそれをあまり好まない」

「うっさいわね。アタシの勝手でしょう」

 

 やはり苛立ちを隠そうともしないヴァルゴを見ながら、リブラは淡々と告げる。

 

「トリンキュロに依頼された王都への潜入。半ばで邪魔されてしまった形とはいえ、諸々の収穫はあった。お前の魔法が、騎士団長クラスに対して有効であることも証明できた。結果としてはそう悪いものではない。なにより、現在の勇者と会うことができた」

「アンタ、なに笑ってんのよ?」

「当然だ。勇者の魔法は、明らかに進化している。魔王様を倒したときよりも、強く、色濃く、激しく、その力を増している」

 

 片翼の翼を広げて、無表情が常であるはずの悪魔は、上機嫌に答えた。

 

「人が変わる様を見るのは、おもしろい」

 

 

 

 ◇

 

 

 

「で、結局のところ、後輩はワタシの名前を完全に呼べるようになったわけではない、と」

「まあ、そうですね」

 

 陛下の誤解を解くために、さらに事情説明を三十分ほど経て。

 おれと先輩は、王宮の裏庭にあるベンチに座って、ぐったりとしていた。さすがに、三回くらいちょっと深めのキスをしました……とは説明できなかったので、おれが自分の魔法の解釈を拡大したこと。それによって先輩にかかっていた魔法を解除したこと。一時的に、先輩の名前を呼べるようになったこと、などをかいつまんで伝えておいた。

 そう。一時的に、だ。

 戦闘が終わったあと。具体的には、繋いでいた手を離した瞬間から、おれはまた隣に座っている先輩の名前を呼べない元の状態に戻ってしまった。

 

「後輩の『黒己伏霊(ジン・メラン)』って、相手の魔法と名前を奪うんだよね?」

「基本的にはそうですね。というよりも、おれも自分の魔法は『そういう魔法効果』だと思って運用してきた感じで……」

「厳密に言うと違ったってこと?」

「どうなんでしょうね……」

 

 おれの魔法効果が『簒奪』だというのも、母さんから聞かされていただけで、確証があるわけではない。それに、実際に魔法が変化した賢者ちゃんの例もあったりするわけで。

 

「今まで相手の殺害を魔法の発動条件にしていたのを、接触でも発動できるようになった……そう考えるのが妥当なのかな、みたいな」

「でもでも、ワタシは魔法も名前も奪われてないよ?」

「そりゃ、完全に奪っちゃったらやばいでしょ」

「ワタシの心はとっくにきみのモノなのにー、とか言ってみたり」

「はいはい」

「おい。軽く流すな」

 

 眠そうな目で眠くなるようなことをほざくからだろ。

 美人な横顔なくせに、口元だけは子どもっぽく尖らせて、足元がふらふらと揺れる。

 

「あーあ。もっかい手を繋いだらさらっと名前呼べるようになればいいのに」

「試してみればいいじゃないですか」

「もう試してるじゃん」

 

 ベンチに座ったときから、なんとなく。

 おれと先輩は、ずっと手を繋いでいた。

 とくに理由はない。ただ、どちらからともなく、なんとなく手を伸ばして、なんとなく繋いでいる。それだけである。

 

「やっぱり、何かのきっかけがないと発動しないのかもしれませんね」

「やれやれ。さすがは勇者様。ピンチにならないと魔法が使えないなんて、根っからの英雄体質だ」

「……先輩」

「なんだい後輩」

 

 手のひらにぬくもりがあると、人は落ち着く。

 だからおれは、落ち着いて言葉を紡ぐことができた。

 

「あと三ヶ月だけ。時間を貰えますか?」

「それは、何の時間なのかな?」

「先輩の告白に、答えを返すための時間です」

 

 勇気を出して、告げる。

 ずっと、おれを好きだよ、と伝え続けてきてくれた女性にこんなお願いをするのは、本当に情けない話かもしれないけど。

 でもやっぱり、おれの身辺や気持ちの諸々について整理するためには、それくらいの時間は必要だと思った。

 

「なんか、やりたいことあるんだ?」

「はい」

「いいね。あんなに燃え尽き症候群になっていた後輩がやる気を出してくれるのは、先輩としてもとても喜ばしいよ」

 

 先輩がこちらを見る。こんなに近くにいるのに、ようやく目が合った。

 

「安心しなよ。ワタシがいつからきみのこと好きだったと思ってるの? 今さらそれくらいの時間を待つの、苦でもなんでもないよ」

「すいません。ありがとうございます」

「いいってことよ! ワタシは心が広い女だからね。きみがパーティーメンバーの誰とハグしようがチューしようが、青空のように広い心で許してあげましょう! そう! 先輩だから」

「すいません誰かに聞かれたらこまるんで大声でそういうこと言うのやめてもらっていいですか」

「おっと、たしかに。誰かに聞かれたらまずいね。じゃあ、ちっちゃい声で言っておこう」

 

 言っておこう、といったくせに。

 言葉よりも先に、行動があった。

 唇が重なった。

 おれからではない。今度は、先輩の方から。

 深いキスではなかった。撫でるような、すれ違うような、本当にささやかなくちづけだった。

 

 

 

「誰とハグしようがチューしようが構わないけど、きみのファーストキスってわたしのものだから。そこんところよろしくね、後輩」

 

 

 

「……うす。先輩」

「うむ。素直でよろしい」

 

 見つめ合って、奇妙な間があって。

 それから互いに、くすくすと笑い合う。

 

「やっぱり、キスでも魔法、発動しないね」

「だめですね」

「普通のキスじゃだめなのかな?」

「普通じゃないキスって逆になんですか?」

「んー、上手なキス?」

「それ、上手い下手の基準どこですか?」

「ちなみにきみのキスはヘタクソだったよ」

「やかましい」

「あと、やっぱさぁ。こう、もっと情熱的な感じじゃないとダメなんだよきっと」

「おれの魔法の発動条件、面倒すぎませんか?」

「きみが面倒な男だからじゃない?」

「失礼すぎるでしょ」

 

 手を離して、伸びをして、深呼吸。

 おれにやられた分をやり返すことができて、すっきりしたのだろうか。

 こちらを見下ろして、先輩はにっと笑った。

 

「徹夜しちゃったしさっさと寝るかぁ……と言いたいところだけど、さすがにお腹も空いたしメシでもどうだい。後輩」

「それは奢りですか? 先輩」

「そりゃもちろん。もちもちのもちだよ」

「では、お言葉に甘えます」

 

 ベンチから立ち上がって、空を見上げる。

 本日は快晴。吹き抜けるような蒼空が、おれの目には眩しかった。

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