「あは〜。というわけで、ウチの教国にムーさんをかしてほしいんだよね〜」
「断る」
極めて簡潔に、ステラシルド王国国王、ユリン・メルーナ・ランガスタはそのお願いを切って捨てた。
対面に座るランジェット・フルエリンは、相変わらず同性でも見惚れてしまいそうな笑顔をニコニコと浮かべている。
かわいらしい笑顔だ。美しい笑顔だ。
けれども、人を喰う笑顔だ。
ユリンは自分の現在の感情を雄弁に示すために、これ見よがしにため息を吐きつつ、腕を組んでランジェットを睨み返した。
「えー、いいじゃん。陛下のケチ。美少女。成長期〜」
「ケチじゃない! ていうか、後半は悪口か!?」
このゆるふわ聖女と話していると、ペースが乱される。
ぎりぎりと歯軋りしながらも、ユリンはランジェから会話の主導権を握り返すために、肝心なことを聞き返した。
「そもそも、どうしてそこまでムムさんを欲しがる?」
「そりゃあ、極彩天武会で優勝したいからだよ。今回、優勝賞品がめっちゃ豪華でね〜。あの大会は最強の魔法使いを決める戦いでしょ? でもって、ランジェ的な意見になるけど〜、一対一の勝負なら、やっぱりムムさんが最強だって思うんだよね〜」
「……それに関しては同意する」
用意された舞台の上で、真剣勝負の一対一。
そういった状況下で、もっとも最強に近いのは、間違いなくムム・ルセッタだろう。
「まあ、ゆうくんが獲ってきた魔法をぜーんぶ使える、呪いを浴びる前の全盛期の状態で戦えれば、また話はちがってくると思うけど〜」
「本気を出したお兄ちゃんには魔王を殺した魔剣もあるしな」
「あは〜。それそれ〜」
とはいえ、それはないものねだりであるし、絶対に叶わない想像でしかない。
現在の勇者は、その強さを支えてきたほとんどの魔法を失っているし、魔剣についても本人が使いたがらない以上、使用を強制することはできない。
「しかし、腕利きの魔法使いを借り受けたい、という話であるなら……べつにシャナやアリアねぇ、ギルデンスターンでも良いのではないか? 実力的にも申し分なかろう」
「ん〜。シャーちゃんはたしかに超優秀だけど、魔術で崩せない相手だと手詰まりになる可能性があるし〜。アリアも昔より腕を上げていて、がんばってるとは思うけど、ランジェ的にはちょっと実力不足〜みたいな?」
「……それ、絶対アリアねぇ本人には言うなよ。必ずしょぼくれるから」
「あは〜」
「ところで、ギルデンスターンは?」
「あの女きらい」
「あ、はい」
急に真顔になったランジェットの圧力に、ユリンはただ頷くことしかできなかった。
ランジェット・フルエリンは悠然とした笑顔ですべてを許す慈悲深い神様のような……実際、神様をやっていた時期もある……存在だと思っていたが、そんな神様にも地を這うゴキブリのように生理的に受け付けない存在がいるらしい。リリアミラ・ギルデンスターンはゴキブリ。
「そもそも、あの死霊術師はべつに直接戦闘できるわけじゃないし〜。いくら潰しても死なないだけでしょ〜。ランジェ的には価値を感じない雑魚っていうか〜、潰しても潰しても湧いてくるハエっていうか、ハエ以下っていうか〜」
「うん。そうだな」
リリアミラ・ギルデンスターンがランジェット的にはハエ以下であることがわかったところで、ユリンは話題を切り返すことにした。
「まあ、そちらが言いたいことはわからないでもない。アリアねぇには隣国の姫君という立場が、シャナには我が国の宮廷魔導師という立場がある。そしてギルデンスターンは、単純に生理的に無理……世界を救ったパーティーの中で今、何の立場もしがらみもなく動かすことができるのは、たしかにムムさんだけだ」
「あは〜。さっすが陛下、頭の回転はやいね〜」
非公式な会見である。傍に従者もいない。
だから、ユリンはそれなりに長い付き合いになる聖職者に、じっとりとした視線を向ける。
「なあ、ランジェおねえちゃん」
「なにかな、ユリちゃん」
互いに、昔の呼び方に戻して。
二人は、静かに向かい合う。
「この際だからはっきり聞くが……本当に、こんな形だけの催しに意味があると思っているのか? 最強の魔法使いを決める。そんな個人の強さを比べる行為が、国家間のパワーバランスを左右するとでも?」
「形だけじゃないんじゃないかな〜」
やわらかな笑みの色を薄くして、ランジェットはユリンの疑問を否定した。
「世界を救った勇者を擁する、ステラシルド。武力を着々と強化しつつある、隣国のアイアラス。魔王支持派だったオセロ翁のキドン公国に、亜人を取り込んで勢力拡大し続けてる吸血女帝のシーザァルト連合王国でしょー? そして、大絶賛立て直し中の、ウチの教国。魔王っていう共通の敵がいなくなった世界で、みんな次の覇権を争ってる。そのうち、戦争とか起きちゃうんじゃないの?」
世界はたしかに平和になったのかもしれない。
勇者が魔王を倒し、世界が滅ぶ直接の危機は去った。しかし、世の中が平和になってめでたしめでたし……で終わるのは、物語の中だけであって。
ユリンもランジェットも、国を率いる者として、その後の世界を見据えていかなければならない。
各国家間のガス抜き、という意味では、たしかに形だけでも最強の魔法使いを決めておくのは、有効かもしれない。
「それにしても、戦争とは縁起でもないことを言う。もう少し、人の良心を信じてほしいものだな」
「あは〜。それ、手放しで信じられるの神様だけだから。これからも王様やっていくなら、ユリちゃんも人間のことは常に疑うくらいの気持ちでいたほうがいいよ〜」
「やれやれ。忠告、痛み入る。ランジェおねえちゃんのお小言は、いつも心に響くよ」
「神のお告げってやつなのだ〜」
今度はころころと笑いながら、ランジェットはユリンに恭しく書面を差し出した。
「これ、大会の規定と、優勝賞品ね〜。今回は、結構人が集まると思うよ〜」
「ふうん……おい、ちょっとまて。シーザァルトのコロシアムチャンピオン、最上級悪魔なのか!?」
「みたいだね〜。王都にちょっかい掛けてきた最上級とかとはべつに、魔王がいなくなったあと、人間の王様と契約してる悪魔もいるんじゃないかな?」
「……ライラ・オフィリア・アーズヘイムは吸血鬼だ。半分人間じゃないあのイカレ女なら、悪魔を手元に飼うくらいはやりそうだな」
「あは〜。差別発言だ〜。ランジェは王様としてはキライじゃないよ、あの女帝さん」
「余はきらいだ。血を取られかけたし、お兄ちゃんも取られかけたし」
「ギルデンスターンを簀巻きにして献上しておこうよ〜。永遠に啜れる血袋だから、お気に入りでしょ? 外交問題を人身売買プレゼントで解決だ〜」
「そっちのほうが差別発言すぎるだろ」
軽いやりとりをしながら、ユリンはページをめくる。
そして、大会の優勝賞品が記されたページに目を留めた。
そこには、絶対にありえないものが記されていた。
「……おい。ランジェおねえちゃん、これ……」
「あはっ。だから言ったじゃん〜」
聖職者は幼い王に向けて微笑む。
「優勝賞品、めちゃ豪華なんだよ〜」
◇
「というわけで、おれの魔法を正しく運用すると……もしかしたら、一時的に、みんなの名前が呼べるようになるかもしれない……ということが、わかりました」
緊張で、ゲロ吐きそうだ。
王宮内でお借りした会議室。ひさびさにパーティーメンバーのみんなを集めて全員集合……という嬉しい日なのに、胃がきりきりと痛む。
一通り、今回の件……最上級と戦って先輩とキスしたら一時的に名前が呼べました……という経緯に関しては、説明し終えた。説明し終えたが、みんなの反応がない。
賢者ちゃんは、フードからこぼれる自分の毛先をいじっているし。
騎士ちゃんは、無言の無表情で感情が冷え切っているし。
師匠は、ぼけーっとしているし。
死霊術師さんは、微笑んでいるし。
赤髪ちゃんは、お茶菓子をもぐもぐしている。
こまるな。おれ、結構大事なこと言ってる気がするんだけど。みんなの反応に応じて、ちゃんと言葉を返すためにいろいろ準備してきたんだけど。
「どうしましょうか?」
「難しいね。とりあえず、検証が必要だし……順番にいく?」
「じゃんけんでも、する?」
「わたくしは最後で構いませんわ。その代わりじっくり検証するので……」
「いいんじゃないでしょうか。ごはんみたいに、減るものじゃないですし。順番に、繰り返し、何回でも試せば」
「まってまってまって」
おれ抜きでおれをどうするかの話が進行してるの、ちょっと勘弁してほしい。おれの話をしているはずなのに、誰もおれを見ていないんだが?
「……ふぅ」
騎士ちゃんが、ため息を吐いてこちらを見た。
アイスブルーの吸い込まれそうな瞳が、この世のなによりも冷たい。
すごい。人の目ってこんなに冷たくなるんだ。
「いろいろ言いたいことはあるけど」
「あ、はい」
「きみが前に進めたことはもちろん喜ばしいし、うれしいけど」
「え、うん」
「そのきっかけになったのがこの中の……パーティーメンバーの誰でもないっていうのは、やっぱり、ね?」
「あ、わぁ……」
つかつか、と。歩み寄られる。
思わず立ち上がって、後退りしたおれに構わず、騎士ちゃんはさらに詰めよって。
がん、と。
長い脚で壁を踏みしめて、おれの退路の一切を断って。
姫騎士様は、こちらを絶対零度の瞳で見下ろしながら、おれの顎を指先でやさしく持ち上げて、
「あたしたちに、順番に、無理矢理に、強引に奪われても、文句は言えないんじゃない? ねえ、黒輝の勇者さま?」
「……は、はい」
おれが甘かった。おれが悪かった。
誰か、助けてくれ。
「失礼する」
と、おれの願いが天に届いたのか。
そこでノックもせずに部屋に入ってきたのは、騎士団長のメガネさんだった。
しかし、メガネさんは、眼鏡の奥の目を見開いて、おれを足ドンして顎クイしてる騎士ちゃんという弱者と強者の縮図を見て、呟いた。
「む。修羅場だったか……失礼、出直そう」
「まってまってまって」
引き留める。
ここでメガネさんを引き止められなかったら、おれは終わるからだ。
「メガネさん。何か言いたいことがあってここに来たのでは!?」
「む。その通りだ。さすが勇者殿。では、用件だけ伝えさせていただく」
メガネさんは手元の書類を捲って、おれ……ではなく、師匠の方を見た。
「先ほど、陛下と教国の聖女殿の会談が終了し……武闘家殿にはやはり、教国の代表として、例の大会に出ていただくことになった」
「わかった。まあ、戦えるなら、私は、なんでもいい」
「……例の大会?」
「ああ。勇者殿はご存知なかったか。パーティーの皆様にはすでに説明を終えているが、もう一度お伝えしておこう。連合王国で開催予定の武闘大会。極彩天武会。各国から腕利きの魔法使いを集めて、最強を決める戦い。その参加者を、募っているところなのだ」
「へえ」
連合王国といえば、例の吸血女帝さんのお国である。
おれも未熟な勇者をやっていた頃に何かとお世話になった、破天荒な女帝さんなので、そういう催しを企画するっていうのは、らしいっちゃらしい。
「勝ったら、何かもらえるんですか?」
「ああ。今回は、優勝賞品がすでに明かされている」
「なんだろ。土地とか?」
「間に合ってる」
と、騎士ちゃんが冷たく言う。領主だからね。
「じゃあ、普通にお金とか金銀財宝とか?」
「それも間に合ってますわねぇ」
と、死霊術師さんがたおやかに笑う。会社経営者だからね。
「権力とか?」
「各国の国王や有力者が集まる場で実力を示したのであれば、引く手数多の存在になることは想像に難くありません。が、私には不要なものです。概ね間に合っています」
と、賢者ちゃんが毛先をいじりながらつまらなそうに言い捨てる。もう既に宮廷魔導師として王国内で権力掌握しつつあるからね。
「名声?」
「たしかに、最強の魔法使いっていう称号と名声はかなり魅力的な気がします。響きもかっこいいですし」
「うむ。ロマン」
と、赤髪ちゃんの肯定に師匠が賛同する。
この二人はロマン重視組のようだ。らしいっちゃらしい。
しかし、メガネさんはかけた眼鏡を指先で持ち上げながら、ため息を吐いた。
「富、名声、権力。残念ながら、今回の優勝者に与えられるのはそのどれでもない。だが、そのどれよりも、価値があるものだ」
「えぇ……難しいな。何か、特別な力を持った遺物とか?」
「さすがは勇者殿。あたらずともとおからず、といったところか」
簡潔に、メガネさんは告げた。
「優勝賞品は……遺物に封じられた、今は亡き魔王の魔法『
「は?」
あっけに取られるおれには目もくれず、メガネさんは言葉を続ける。
「勇者殿にかかった魔王の呪いの詳細は不明。だが、この魔法が封じられた遺物を入手することができれば……名を呼べぬ呪いを、解くことができるかもしれない。つまり……」
その言葉を引き継いで、騎士ちゃんが言った。
「最強の魔法使いになれば、きみを魔王の呪いから救えるってことだよ」
こんかいのとうじょうじんぶつ
・勇者くん
ちいかわ
・賢者ちゃん
私だっておでこにキスはしましたし!!!!
・騎士ちゃん
絶対零度
・武闘家さん
つえーヤツと戦えんのか!?オラわくわくすっぞ!!
↑(自分の存在が国家間の取引材料になっていることに気がついていない。コイツは何も知らない)
・死霊術師さん
ゴキブリかハエ
・赤髪ちゃん
勇者の唇を減らないからみんなで分けません?とか抜かしてる地味にやべえ女。もぐもぐ
・メガネさん
地味に空気が読める男。性癖が豚
・陛下
最近悩みが多い
・聖職者さん
あは〜。目標に向けて一歩前進
次回から新章です。ワンピでいうとワノ国編。BLEACHでいうと破面編。リボーンでいうと未来編なノリです。よろしくお願いします