賢者と作家の人探し珍道中/朱炎のバーナーダイン
結局のところ、自分は押しの強さが足りないのではないか?
シャナ・グランプレは、悩んでいた。それはもう、大いに悩んでいた。
数日前の王都での一件。最上級悪魔を相手に、勇者が大立ち回りを演じた最中の出来事。イト・ユリシーズが勇者とキスをし、彼から『名前を呼ばれた』という、あまりにも許し難い泥棒猫を超えた火事場のドラ猫の如き、その暴挙。
言うまでもなく、魔王の呪いを抱えた勇者にとって『名前を呼ぶ』という行為は、普通の人間とはまったく異なる意味を持つ。
しかも、そのきっかけがキス。
キス。
そう、キス。
キスである。
唇という身体的部位の密接な接触にどれほどの意味があるのかはわからないし、考えたくもないが……しかしそれでも勇者の『
すでに自身の『
「私もやっぱり、勇者さんをむりやり押し倒すくらいのことはしなければ……と、まだ幼い天才賢者は、彼への想いを胸の内に秘めつつも、その熱い気持ちを抑えきれず、杖をぎゅっと握りしめていた」
「なに人の思考に勝手に脚色加えて小説風にしてるんですかまじでぶちころしますよ」
シャナは隣を歩く第五騎士団団長……レオ・リーオナインの頭を杖の先で小突いた。
「はっはっは! いやなに。賢者殿のような美少女が隣でずっと浮かない顔だと、ボクのような作家はつい創作意欲がかきたてられてしまうんだよ! ほら、美女と英雄の憂う顔は作劇の花、とよく言うだろう?」
「知りませんよ。あなたみたいな歪んだ創作者の性癖。興味もありません」
「いやあ、冷ややかな反応も実に良い! 昂る昂る!」
勝手に盛り上がっているレオを、シャナは冷ややかな横目で見上げる。
めずらしい組み合わせだ。
王室付の宮廷魔導師と、騎士団長が並んで歩く、というのは公的な式典の場でもそうあることではない。にも関わらず、シャナとレオが行動を共にしているのには、相応の目的と理由があった。
二人がやってきたのは、ステラシルドの国境にほど近い、冒険者ギルドだ。
「さて、情報があったのは、このあたりとのことです。とりあえず、入って聞き込みでもしてみますか」
「そうしよう。いやぁ、ギルドに来るのはひさしぶりだよ。賢者殿はどうだい?」
「私はそれなりにお世話になっていますよ。普通に依頼を受けたり、受付嬢やったりしていました」
「相変わらず増えているなぁ」
シャナが複数人いることを苦笑いで流しつつ、レオは安っぽい造りの扉を開いた。
中にいる冒険者の数はまだらだったが、最高級の鎧を身に纏った騎士と小さな魔導師の連れ合いは、否が応にでも目立つ。
しかし、向けられる無遠慮な視線に臆することなく、受付のカウンターに手をついたレオは、さわやかな笑顔と共に切り出した。
「失礼。美しいお嬢さん。今日のお仕事は何時までですか?」
「なんでナチュラルに口説くところから入ってるんですか。まじでぶち倒しますよ」
今日はあと何回このアホ騎士団長の頭を叩かなければならないのだろうか。
深いため息を吐きながら、シャナは伊達男と受付嬢の間に割って入る。そして、魔術によって転写された顔写真を差し出した。
「人探しをしています。四賢の一人……朱炎のバーナーダインをご存知ですか?」
◇
話がちがう。
全然見つからない。
「ギルドはこれで三つ目。まさかこんなにも空振りが続くとは……」
ぐでぇ、と。テーブルの上にのびたシャナは、フードの下で苦々しく呻いた。
「いやぁ、なかなか見つからないものだね。まあ、ボクはかわいい賢者殿と二人きりのデートの時間を長く取ることができて、大変喜ばしいよ」
「うっせえですよ」
「ふふ。口の悪さに切れ味がなくなってきたよ?」
野暮ったいギルドの休憩スペースも、レオ・リーオナインの手にかかれば気品あふれるティータイムの場に早変わりだ。あたたかい紅茶をゆったりと楽しむ余裕を保ちつつ、レオはテーブルの上に資料の書類を広げた。それを用意したのは、第四騎士団のギルボルト・ヴァノンである。
じっとりとした上目遣いで、シャナはレオに言う。
「あのクソブタメガネに、ガセ情報掴まされたんじゃないですか?」
「そう判断するのは、少し早計だよ。ヴァノン卿の情報収集能力は、一級品だ。少なくとも、ボクは彼から噓を教えられたことはない」
「じゃあどうして手掛かりすらも掴むことができないんですか?」
「さあ?」
肩をすくめる所作も無駄に様になるのが、また腹ただしい。シャナは正面に座るレオを睨むことをやめて、書類に視線を落とした。
シャナとレオの二人が、こうして調査に乗り出すきっかけになった情報は、二つ。
一つ目。ステラシルドとアイアラスの国境付近の地域で『炎熱系の大規模魔術を使う魔導師』の目撃情報があったこと。
二つ目。ギルドの登録から外れたならず者の冒険者集団が、略奪などの行為を繰り返していること。
これらの事実を確認するべく、国王であるユリン・メルーナ・ランガスタは、騎士団長のレオと宮廷魔導師のシャナという、小数精鋭の戦力を派遣したわけなのだが……こんなにも手がかりがでてこないと、いい加減情報そのものの真偽を疑いたくなってくる。
「朱炎のバーナーダイン。賢者殿のお師匠である清澄のハーミア殿や、あの口遊むシャイロック、鋼鉄のオセロと並び立つと言われた四賢の一人……とはいっても、ボクもそれ以上の知識はあまりなくてね。一体、どんな男なんだい?」
「一言で言えばクズですね」
「おや。なんともまぁ、身も蓋もない」
「事実ですから」
朱炎のバーナーダインは、史上最高の賢者、四賢の一角にして、世界最悪の魔術犯罪者である。
彼と出会った者曰く、酒の席で機嫌を損ねただけで、相手が火達磨になった、とか。取引で彼を騙した相手の金貨袋が爆発した、とか。無謀にも、彼を宮廷魔導師として招き入れようとした城が、一夜にして燃え滓の廃墟になった、だとか。
その悪行に関する逸話については、枚挙に暇がない。
「しかし、バーナーダインは我が親友が打倒したんだろう?」
「はい。ちょうど、死霊術師さんがパーティーに加わってすぐの頃に彼と出会って、揉めて、戦いになって……勇者さんがぶっとばしました」
「さすがは我が親友。死闘を繰り広げているね。それで?」
「彼は、かなり高さから満身創痍の状態で真っ逆さまに落ちていきました。それ以来、目撃情報はなく、生死不明。まあ、どこかで生きているに違いない、というのが私と勇者さんの共通認識ですが」
「ん? ああ、なるほど。その戦いで死んでいたら
「そういうことです。理解が早くて助かりますよ」
さすが、騎士団長と作家の二足の草鞋を履いているだけあって、話の要点を理解するのが早い。
書類をぱらぱらと捲りながら、シャナはバーナーダインに関する情報を補足する。
「彼の色魔法の名は『
「触れたら爆破……ということは、触ったものが爆弾になるようなものかい?」
「そのイメージに近いですね。小石だろうが人間だろうが、彼が触れた瞬間にそれらはすべて火種に変わりました。付け加えておくと、彼はそれらを遠隔や時間差で起爆することも可能でしたからね。あまり認めたくはありませんが、あの爆破狂いの中年親父は、攻撃力だけなら間違いなく最強格の魔法使いでしたよ」
「聞けば聞くほど、とんでもないな」
「さらにもう一つ付け加えておくと、当時の勇者さんはこの魔法を奪えなかったことをかなり悔しがっていました」
「我が親友もとんでもないな」
とはいえ、勇者が『
四賢に数えられたバーナーダインは、魔法使いとしてだけではなく、魔導師としての技量も超一流だった。魔法による爆破を起爆剤にした炎熱系魔術は、魔術と魔法の合わせ技。彼だけが辿り着いた、理論と技巧の到達点だった。生死不明になって数年が経った現在でも四賢の一人として名が通っているのは、そういうことだ。
彼の炎の恐ろしさは、未だに人々の脳裏に焼きついている。
「しかし、実際にそのバーナーダインを見つけた場合、ボクと賢者殿で捕縛しなければいけないわけだろう? いやだなぁ。イト先輩の『
「分類するなら、接触即死型、とでもいうべきでしょうか。触れれば必殺の魔法のほとんどは、たしかに自分自身に魔法効果を付与できない場合が多いですね」
自分自身と触れたものに効果を及ぼすのが魔法の常だが、しかし自分自身を『断絶』したり『爆破』したりすれば、当然即死するわけで。そういった観点からみれば、イトやバーナーダインのような魔法は、自分自身への魔法付与を諦めることを引き換えに、その攻撃性能を必殺の域まで昇華している、とも言えた。
「まあ、うちのムムさんやリリアミラさんは自分の魔法のせいで年をとれなかったり、死ねなかったりしているので、一概に自分に魔法をかけられるのが正しい……とは言い切れないのが魔法使いの難儀なところですがね」
「しかし、それを言うなら賢者殿も同じだろう?」
「さて? どういう意味でしょう」
「とぼけなくてもいいさ。親友から聞いたよ。
「……まったく。勇者さんは余計なことばかりあなたに喋りますね」
「ボクたちは親友だからね。隠し事はしない主義なのさ」
本当に、よく回る口だ。
喉を湿らせるために、シャナは自分のカップにも紅茶を注いだ。
「問題ありませんよ。今のところ、宮廷魔導師としての仕事に支障はありません。新しく増やせなくなっただけで、すでに『増えていた私』はそのままですしね。あなたの足を引っ張るような真似はしないので、ご心配なく」
「ああ。気に障ったのならすまない。謝罪しよう。咎めるつもりはなかったんだ。ただ、伝えておきたくてね」
「なにをです?」
つっけんどんに聞き返すと、レオはやさしく笑った。
「親友は、キミの心の変化をとても喜んでいたよ。それこそ、ボクに嬉しそうに語るくらいにはね」
「……そうですか。どうも」
上手く言葉を返せないことを悟られぬように、シャナは紅茶を長く啜った。
ちょっと、うれしい。
しかし、同時に不安でもある。
べつに、自分が弱くなったつもりはない。
果たして、自分が四賢の誰にも負けないような『最強』であれるのか、と。そういう心配がないといえば、噓になる。
そんなシャナの思考を読み取ったのか、レオは大げさに腕を広げて、口を開いた。
「心配には及ばないとも! 今回、キミにはこの第五騎士団団長、レオ・リーオナインがついている! 我が親友に代わって、キミの矛となり盾となり、朱炎のバーナーダインを打倒してみせよう!」
「……はいはい。精々、頼りにしていますよ。レオさん」
「おうとも! 存分に頼りにしてくれたまえ!」
「誰が、誰を打ち倒す……ですってぇ?」
浮ついた、高い声音が、横合いから水を差した。
シャナは、目を細めて声の主を見る。会話に割って入ってきたのは女性だった。
「なんです? あなた」
「それは……こっちの、セリフよ。うぷっ……こっちは気持ちよくのんでたのに、聞き捨てならない名前が聞こえてきたら、放っておけない……ぅん、でしょう」
タイトな黒のパンツスーツと赤いネクタイの組み合わせは、シャープな男装のような印象を受ける。しかし、その上から羽織った古臭いデザインのローブと、大きな魔女帽、そして背中まで伸びる艶やかなストレートロングの黒髪が、まるで「自分は魔導師です」とでも言わんばかりに、その存在を全力で主張していた。
ついでにいうと、顔立ちもかなり整っている。見たところ、年齢はアリアと同じか、それより少し上といったところだろうか。切れ長の気の強そうな瞳に、薄い唇。同性のシャナから見ても、かなり美人だ。
ただし……彼女は、どこからどう見ても、誰の目から見ても明らかなほどに、どうしようもなく酔っ払いだった。
右手にでかい酒瓶を抱えているし。
しゃっくり止まってないし。
ほっぺたも超赤い。
ついでに、瞳の焦点も虚ろだ。
シャナとレオは、思わず顔を見合わせた。
「申し訳ありませんが、酔っ払いの戯言に構っている時間はありません。水でも飲んで席に戻ってもらえますか?」
「賢者殿の言うとおりですね。魔女のお嬢さん。よろしければ、ボクの紅茶をお注ぎしましょうか?」
「ふぇ……う、うぅ……」
こてん、と。キツイ言葉を吐いていたはずの彼女は、今度は唐突にシャナたちの前に座り込んだ。まるで、尻餅をつくような勢いで、足を開けっぴろげにしているので、品も何もあったものじゃない。
この人、スカートとかじゃなくてパンツルックでよかったな……と思いながら、シャナは席を立って彼女の肩に手を置いた。
「ちょっとあなた、大丈夫ですか?」
「うぷっ……なんで、信じてくれないの? ほんとだもん」
「はい?」
「アタシ、嘘なんて吐かないんだから……」
この女、情緒不安定すぎる。
さっきまで怒っていたのに、今度は泣き出した。
これだから酔っぱらいは困る。そう思いながらも、シャナはレオの紅茶を押しのけ、彼女に水を渡そうとして、
「ほんとのほんとに、
「……はあ?」
耳を疑った。
「バーナーダインは……アタシのクソオヤジなんだから⋯……」
「え? は? ど、どういうことです? それは本当ですか!? 知っていることがあるなら、包み隠さず全部吐いてください!」
遂に出てきたかもしれない手掛かりに、シャナは咄嗟に食いついた。
いや、食いついてしまった。
「う……ちょ、ま……ゆらさな……」
シャナが要求した通り、彼女は吐いた。
それはもう、物理的に、盛大に、胃の中身を、シャナ・グランプレに向けて。
場末のギルドの中で、世界を救った賢者の絶叫が、轟いた。
こんかいのとうじょうじんぶつ
・賢者ちゃん
シャナ・ゲロンプレ。まじでかわいそうなので泣いていい
・アホ親友
レオ・リーオナイン。吐瀉物に巻き込まれかけたが、紅茶は華麗に救った。シャナは救えなかった。槍にも盾にもなれない男。カス
・魔女さん
新キャラ。へべれけのんだくれパンツスーツ魔女帽だだっこ黒髪ロングおねえさん。性癖を加速していくぞ遊星!スリップストリームで私についてこい!カモン!デルタアクセル!!
四賢の一人であるバーナーダインという名前になにやら関係があるようだが、ただの酔っ払いかもしれない。
・朱炎のバーナーダイン
ツンデレメガネババアのハーミア、ロリコン褐色のシャイロックと並ぶ、四賢の一人。史上最低の魔導犯罪者と呼ばれた、炎熱魔術のスペシャリスト。単純な攻撃の威力・火力・破壊力に限っていえば、四賢の中でも最高と謳われていた。いろんな人に炎熱の魔術を教え、広めて、あちこちの国でテロという火事を広げてきたカスオヤジ。ガンダムがわかる人にはアリー・アル・サーシェスと説明するのが一番早そう
生死不明のようだが……?
コミカライズ最新話更新されております。勇者くんと赤髪ちゃんがラピュタ天気の子落下する好きな回です
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